北、今なぜ「党代表者会」なのか

佐藤勝巳

(2010. 8. 5)

 

 金正日政権は6月23日、「朝鮮労働党中央委員会政治局決定書」で、9月上旬「朝鮮労働党代表者会を召集することについて」を公表した。

 

 「朝鮮労働党代表者会」は、朝鮮労働党規約には見当たらない。規約にあるのは「第3章 党の中央組織」の項の「代表者会議」である。

 規約にある「代表者会議」は、「中央委員会は、党大会から党大会の間に党代表者会議を招集することが出来る。党代表者会議の選出比率とその選挙手続きは党中央委員会が規定する。代表者会議は党路線と政策及び戦略・戦術に関する緊急な問題を討議・決定、自己の義務を果していない党中央委員、委員候補、准委員候補を召還し、委員および委員候補の補欠選挙を行なう」と記されている。

 

 党代表者会議は、中央委員会が招集するもので、党代表者会議に出席する代議員を選出するのは党中央委員会と明記されている。しかし中央委員会は、1993年12月以来17年間開催されていない。党規約に従えば、党代表者会議開催前に中央委員会を開き、代議員の「選出基準や選挙の手続き」を決めなければならないはずだ。ところが冒頭のように「政治局」が、「党代表者会」の召集を告示している。明らかに党規約で言う「代表者会議」とは違うものだ。 

 

 党大会が開かれたのは30年前の1980年第6回党大会で、そのとき選出された中央委員の何人が現在生存しているのだろう。 この年の党大会で選出された政治局員で、現在生存しているのは金英柱、金永南の2人だけだ。金正日政権のやっていることが党規約に違反していると言っても、何の意味もない。金正日個人独裁国家であるから、独裁者の発言があらゆることに優先するため党規約も憲法も紙くず同然だ。問題は、独裁者金正日が党大会でなく、なぜ、「党代表者会」なる規約にも無い会議の開催を命じたか、である。

 

 冒頭紹介した政治局決定文書は「代表者会」の招集理由を、「主体革命偉業、社会主義強盛大国偉業の実現において決定的転換が起きているわが党と革命発展の新たな朝鮮労働党最高指導機関選挙のため……」としているが、それならば今までは強盛大国実現に「決定的転換」が起きていなかったから、党大会や代表者会議を開催しなかったのか。 また、なぜ党大会を30年、中央委員会を17年開催しなかったのかに全く触れていない。批判を許さない個人独裁国の愚民政策、奴隷化政策を行っていることをこの1枚の「決定書」からも見てとれる。

 

 それはともかく、労働党が規約に基づく「代表者会議」を開催したのは、過去2回しかない。1958年に金枓奉、崔昌益、武亭など反金日成派を粛清するためと、1965年に金満哲政治局員に代表される中国派を粛清するために、「党代表者会議」が開催されたのである。今回の「党代表者会」は、過去の2回と違って金正日の反対派は存在しないのに「党代表者会議」に似た「党代表者会」開催となった理由は何なのか。

 

 そのヒントは、今年5月に行われた金正日・胡錦濤首脳会談にある、と私は見ている。この首脳会談で胡錦濤は金正日に、中朝の交流について5項目を提案したと、5月7日中国中央テレビが報じている。その中で最も注目されたのは「両国の内政、外交における重大な問題、国際・地域情勢、党・国家統治の経験など共に関心を持つ問題について随時及び定期的に突っ込んだ意思疎通をおこなう」という部分だ。

 

 表面は相互に意思疎通できることになっているが、現実の力関係から言って、これは中国の「内政干渉」提案ではないかと見ていたが、金正日訪中後、早速中国共産党は「党・国家統治の経験」について「突っ込んだ意思疎通」を図ったのだろう。その結果が、朝鮮労働党「代表者会」開催ではないか。なぜなら、金正日は前述のように、この間党大会・党代表者会議、中央委員会など開催せずとも、独裁体制の下で党と国家を「運営」してきているからだ。

 

 日韓の一部メディアはこの「党代表者会」開催は、キム・ジョンウン氏を後継者に認めるためと書いているが、本当にそうなのだろうか。私は、金正日は後継者をまだ決めていないと見ているので、中朝首脳会談の約1ヵ月後の、この突然、党規約にない「党代表者会」招集を言い出したのは、内部からの要求ではなく、外部の中国共産党の強い要請以外考えられないと見ている。

 

 金正日にとって後継者問題ほどデリケートな問題はない。彼自身が後継者に決定されたのが1974年であるが、名実共に権力を継承したのは1985年で、約10年の歳月を要した。

 80年の党大会以後、金正日は表では金日成に絶対服従していたが、裏では金日成に対する報告書のすべてチェック、金日成の政治関与を規制してきた。また、老化を防ぐためと称して、若い女性を金日成にかしずかせるなど、政治に関与させないための色々な手が打たれてきた(私と四半世紀以上交流のあった北政治指導部に詳しかった在日朝鮮人の話)。要するに権力の世襲は、父子の間でも簡単なことではなかったのである。

 

 日本では想像もできないほど儒教文化の強い北朝鮮にあって、親の世代を党中枢から引退させ子どもの世代に交代させることは、これも簡単なことではなかった。党大会を開き金日成世代を排除すれば、軋轢(あつれき)が生じる。従来のポストを与えれば、権力の継承が遅れる。党大会や中央委員会を開催せず、個人独裁で政治を行い、金日成世代の自然淘汰を待つ、と考えたのが金正日の解決策であったと思われる。

 

 金正日が、子どもの誰かを後継者に決定すれば反対する幹部はいない。そのかわり後継者を決定したら、後継者グループから、金正日が棚上げされる可能性が生まれる。もっと厄介なことは、金正日が父金日成から権力を引き継いだ時より、経済が比較にならないほど劣化している。朝中関係も最悪。若い子ども達の手には負えない。私が、金正日が後継者を決定していないと言うのは、以上の根拠によるものである。しかし皮肉なことに、金正日が老化のため、自然淘汰される情況に直面している。金正日政権にとって危機はかつてないほど深刻なものとなっている。

 

 中国共産党は、この事態を権力崩壊の危機と捉えている可能性が高い。現状で金正日にもしものことが起きたら、混乱は避けられない。中国共産党の戦略目標は、軍事境界線が中国国境までくることを阻止することにある。その具体的対策が、前述の5月の胡錦濤の5項目提案(「内政干渉」)ではなかったのか。

 

 9月上旬の朝鮮労働党「代表者会」で、中国共産党が1983年から金日成政権に求めてきた「改革開放」の第一歩である共同農場に「個人請負制」を導入するのかどうか、そして金正日の長男・金正男に近い張成沢氏(80年の第6回党大会で中央委員候補)が党のどのポストにつくのか、軍幹部が政治局員に何人はいるのか。先軍政治の継続か、改革開放に移行するのか、注目すべきはこの1点であろう。

 

 中国は表向き、金正日政権を支持しているが、金正日は中国の要請を無視して3回目の核実験を国防委員会声明(7月24日)で示唆した。中国は金正日の態度に怒り心頭に発しているはずだ。だが、金正日政権は、表向き北朝鮮を支持するポーズを取っている中国の本心は中国の利益追求に他ならず、信用できないと考えている。中朝の相互不信は今に始まったものではないが、それはより陰湿、内向化してきている。

 

 アメリカは、世界に存在している北高官たちの銀行口座をピンポイントで閉鎖する制裁措置の準備にはいった。 金正日政権にとっての打撃は大きい。中国の国益とも衝突する。米中間の緊張も高まってきている。

 

 そのとき民主党政権は、キムヒョンヒ氏を日本に招待し、特定の拉致被害者家族と食事をさせ、それが韓国の要請(中井大臣の国会答弁)だといって、彼女をヘリコプターに搭乗させ、1時間近くも関東周辺を観光させるという、とんでもない常識外れのことをやってのけた。この政権は、内政も心配だが、外交は普天間移設問題も含め、国際情勢に対する無知は、首相が変わっても何の変化もない。不安の消しようがない。

更新日:2022年6月24日