混乱する鳩山政権の対北政策

佐藤勝巳

(2009.11.23)

 

 オバマ大統領のアジア訪問が終わった。米韓は、「金正日政権の非核化」に「一括解決」(核施設の破棄と援助を同時に実行すること)で対処するとの意思統一が出来た。しかし、金正日政権が応じてくるかどうかも不明である。北の非核化は何の進展も見せず、昨年12月時点に止まったままだ。

 

 6者協議参加国の実務者たちは、この数年間の交渉の経験から、武力行使でもしなしない限り、金正日政権は核を放棄しない、と本音で思っていることだろう。     

 にもかかわらず、中国とアメリカは北朝鮮に向かって6者協議への参加を呼びかけている。これはいったい何のためなのか。

 

 米中にとって6者協議とは、日韓の核拡散を防止できる一石二鳥の会議と位置づけているのではないか。北が6者協議に参加している限り戦争も、日韓の核開発もないと読んでいるからだ。

 仮に6者協議が始まっても、日韓に得るものは何もない。「一括解決」をめぐって金正日政権は、またもや果てしなく三百代言的屁理屈を繰りひろげ、米中は北を追い詰めて戦争になると困ると理屈づけ、若干の食糧や油を与えて、だらだらと6者協議を維持しようとすることだろう。

 

 金正日政権はその間に、従来どおり裏で弾道ミサイルに搭載できる核兵器製造に励む、ことだろう。金正日政権が核ミサイルを手にしても、中国はともかく、アメリカの安全保障にとっては全く脅威とはならない。

 

 オバマ大統領のアジア訪問は、日本の立場からすると問題の先送りにしか過ぎなく、成果でもなんでもない、むしろ日本や韓国の安全が危うくなった、というのが私の評価である。オバマ大統領はそれを承知しているから「核の傘」で日本と韓国を守ることをことさらに言及したのだろう。

 

 アメリカの「核の傘」とは、金正日政権が日韓に核攻撃をしてきたら、アメリカの核で北朝鮮を攻撃する。だから、金正日政権は日韓を攻撃できないということだ。だが、この相互抑止の理屈が通じるのは、金正日も北朝鮮が核攻撃されたら困ると考えることが前提である。だが、その前提は北朝鮮には通用しない。それこそが金正日政権の金正日政権たる所以なのだ。

 長年金正日政権のやり口を見てきた私は、金正日政権には国際的常識は通用しないし、それどころか核兵器を使用する可能性がもっとも高い政権だと思っている。

 

 オバマ政権が「一括解決」方式で時間を稼ぎ、北内部の矛盾を拡大させて金正日政権の崩壊を促すことを戦略目標に設定しているというのなら大賛成だ。だが、前述のように日韓の核保有を押さえるための6者協議なら時間とおカネの浪費以外の何ものでもないから、反対だ。

 

 韓米の対北政策はオバマ大統領のソウル訪問で団結が強まったようだが、日米関係はかつて韓国に盧武鉉政権が出現してきた時のように、公然と軋み音が聞かれ、北朝鮮に付け入る隙を与えている。鳩山・オバマ首脳会談の、最大の懸案事項・普天間基地移設問題も、触れることもできないほど、日米の軋みが深刻であることを世界に知らしめた。

 

 鳩山政権の対北政策もまた、混乱している。鳩山首相は韓国人に、日朝の懸案の一つ一つを解決する(本ネット11月11日付「鳩山首相の真意を問う」参照)と話しているが、具体的に、拉致、核、ミサイルを二国間交渉で解決するのか、それとも6者協議の場で解決するのか。今話題になっている「一括解決」に日本は賛成なのか、反対なのか――何一つ見当もつかない。 

 また、「週刊朝日」(11月27日号)が、北朝鮮から鳩山首相へ訪朝の誘いがあり、「12月電撃訪朝」を計画。それを聞いた小沢一郎幹事長が鳩山訪朝を応援するため、地ならしとして外国人参政権法の提案を急いで決めた、と報道している記事を読んで絶句した。

 この記事が本当なら、小沢氏は、北朝鮮や総聯が参政権付与に反対していることを知らないということであり、そうでなければ「韓国と北朝鮮を取り違えている」(韓国や民団は参政権付与に賛成)ことになる。しかし「週刊朝日」の記事には、そのことについて何も書いていないところを見ると、記者本人も小沢氏同様、無知だということになる。

 小沢一郎幹事長は、拉致にこだわるよりも日朝関係改善が先と、拉致棚上げを口にもしている(民主党国際局は11月14日小沢氏の発言はなかったと否定した)し、中井拉致担当大臣は、制裁の強化を主張している。

 小沢氏が会った韓国の民主党丁世均代表は親北の金大中派で、親北勢力の頭目の1人であり、中井拉致担当大臣が訪日を要請している黄長燁氏は、反金正日の代表的亡命者である。一体民主党の中で何が起きているのか、訳がわからない。これを指して知人は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界と言っていたが、単なる〝無知〟であってほしいと願う。

 

 一方、救出運動は、家族会の蓮池透副代表は講演やテレビで、制裁解除を公然と発言しだしている。家族会横田前代表も北朝鮮に対する制裁解除を主張している。家族会内部に明白な分裂が起きている。このように政府与党、家族会内に不透明さが急速に増してきている。この現象は、政権交代による過度的なものなのか、それとも金正日政権の工作の反映なのか、極めて緊張した情況を迎えている。

 

 11月14日東京赤坂のサントリー・ホールで行なわれたオバマ大統領の講演会に、家族会飯塚繁雄代表と横田滋・早紀江氏が招待された。大統領は「近隣諸国との全面的な関係正常化も、拉致被害者の消息について日本の家族が全面的に説明を受け入れるときにのみ可能です」(09年11月14日ホワイトハウス報道官)と、拉致の「解決」ではなく、「説明」で正常化するという正しくない発言に対して、飯塚家族会代表は謝意を表明していたが、勿論外交辞令であろう。

 

 ブッシュ大統領は2006年春、横田早紀江さんに長時間会見しただけではなく、その後も機会あるたびに、「拉致は忘れない」と発言し続けた。そのブッシュ氏が発言の2年半後に、拉致も核も進展していないのに、北に対するテロ支援国家指定を解除した。当たり前のことであるが、国際政治とはこのように、かくもはかなく、そして冷酷なものである。

 

 鳩山内閣が国や国民の安全をアメリカに委ねる危うさを感じて普天間基地問題で頑張っているのなら、心から支持する。だがそうではない。出来もしない公約を沖縄県民にし、議席を増やした。その付けが日米同盟に亀裂を生じさせているだけだ。前述のように北朝鮮政策も迷走が始まった。日本政府の対朝、対米政策は連動している。外交安保に仕切り直しも、待ったもない。鳩山政権の言動で、拉致、核、ミサイルの日韓米3国の提携にもひびが入りつつある。民主党に政権を付託した国民の責任は極めて重い。

更新日:2022年6月24日