若い星が消えた――さようなら、中川昭一さん

佐藤勝巳

(2009.10.13)

 

 人とはいつか別かれるときが来ると分かっていても、私の子供とあまり齢の違わない中川昭一さんの弔文を書くのは淋しく、悲しい。

 

 港区元麻布善福寺、通夜の(10月8日18時)会場入れ口周辺は喪服の列で埋まった。葬儀委員長が自民党谷垣禎一総裁ということもあって、夕闇の中を黒塗りの車が、無言で道路両脇を埋め尽くす喪服の中を次々と潜り抜け、坂の上にある焼香場に入っていく。

 焼香を行なうまで列を作り無言で1時間待機した。台風が去って徐々に暗闇が増す空を眺めながら、中川昭一さんの死を、そしてこの国の行く末を考え続けた。56歳という働き盛りの政治家の突然の他界に、私と同じようにショックを受けたであろう、凄い数の焼香者にそんな雰囲気が感じとれた。

 

 連続当選8期、農林水産大臣(第27・41代)、経済産業大臣(第3・4・5代)、財務大臣(第10代)、内閣府特命担当大臣(金融担当)を;歴任している。党の役職は政調会長のほか、拉致問題特命委員長などなど赫々たる政治経歴である。あと、官房長官か幹事長をつとめれば、総理大臣のポストが目前の人であった。

 今年の2月、朦朧記者会見で本人はもちろん、自民党にも深い傷を負わせ、総選挙大敗の原因の一つとして認識されるようになった。その直後の不幸である。

 

 中川昭一さんが超党派の拉致議連の会長に就任したのは拉致された被害者5人が帰国した直後(2002年9月30日)であった。「救う会」会長の私と中川昭一さんとの付き合いはこの時から始まった。    

 振り返ると中川さんと政治の話をした記憶は殆どない。議連会長就任、間もない頃、小さな立食パーティーが開かれた。めぐみさんのお母さんの手を握り、「すみません、すみません」というようなことを言って涙をボロボロ流した。その時は付き合いも浅かったので、「泣き上戸」なのかなあ、程度でそれほど気にはかけなかった。

 まもなくして都内の寿司屋で二人だけでビールを飲んだことがあった。何を話したのか記憶はないが、突然、「佐藤会長と話をしていると、親父(おやじ)と話をしているような気がする」と言って、目を潤ませた。

 それまで自分の歳など意識したことがなかっただけに、拉致議連会長に「親父(おやじ)」と言われて吃驚した。昭一さんのお父さん中川一郎議員は、1972 年の日中共同声明に反発して、翌1973年自民党の若手タカ派議員31名の血判状を取って「青嵐会」を創設した中心人物である。私が、その「おやじ」とダブったのか、単純に年格好が似ているというのか、具体的に聞かなかったが、ふっと中川昭一さんの心の内側をのぞいたような気がして急に親しみが増した。

 

 中川さんは小泉純一郎政権下で、経済産業大臣と農林水産大臣を数年つとめている。われわれは小泉政権に対して、拉致解決のために経済制裁を科するように要請しつづけ、小泉首相はそれを頑なに拒み続けた。中川大臣は小泉内閣の閣僚でありながら、毎年5月の連休頃、日比谷公会堂で開かれている拉致救出の国民大集会などに出席、金正日政権への経済制裁を実施すべきだと小泉首相とは違うことをマスコミの前で再三再四発言した。

 中川大臣の言動は運動関係者にとっては有難いことであったが、閣内の意見不一致で問題視されかねない、リスクをともなうものであった。現に、小泉内閣の閣僚には、拉致議連幹部出身の大臣もいたが、われわれの集会に顔を見せることはなかった。心配なのであるとき、中川大臣に直接「小泉首相から注意のような話はないのですか」と尋ねたことがある。「今のところ何もないが、あったら制裁の必要性を全力で説明するつもりだ。その時は知恵を貸して欲しい」と、いつもの笑顔とは違った緊張した顔で語った。私は何も言わず力いっぱい中川大臣の手を握り返した。

 

 彼には、優しさと気弱さが同居していた。政治家は図太く、時には荒々しく、よい意味のハッタリがないと保てないことがある。拉致議連の会長を辞めて、大臣になっても機会を見つけては拉致被害者家族の役員などを呼んで食事を共にすることを忘れなかった。俺が、俺がの自己主張の強い永田町の世界で、誰からも好かれた理由の一つは、この優しさとイケメンからこぼれるような笑顔にあったと思う。

 しかし、田中角栄・小沢一郎・小泉純一郎氏らと比較したら、図太さや気迫の不足は歴然としている。権力の中枢にいれば、政策の選択に日々迫られる。100人が賛成したら100人が反対する。政治とは苛酷な仕事であり、ストレスが溜まらないはずがない。中川さんのデリケートな神経にストレス加わり、酒が進んだ。無念でならない。若い星がこの国から一つ消えた。

 

 自民党の敗北、中川昭一氏の急死がこの国の政治に何をもたらすのか、注目していきたい。合掌。

更新日:2022年6月24日