中井洽(はじめ) 拉致担当大臣に期待する

佐藤勝巳

(2009. 9.24)

 

 中井洽拉致担当大臣が、拉致の取り組みについて「圧力を強めることから始める」と答えた(産経新聞9月21日付)のは、金正日政権との交渉は「圧力」以外ないという交渉相手の本質をずばりついた正論であり、民主党政権内では異色のものである。

 民主党は政権公約で「拉致問題はわが国に対する主権侵害かつ重大な人権侵害であり、国の責任において解決に全力を尽くす」「拉致問題を含む諸懸案を解決したうえで日朝国交正常化に取り組むことが必要です」と述べている。これは言葉を代えていえば、拉致、核、ミサイルを解決してから日朝正常化交渉に取り組む、ということである。

 自民党政権の北朝鮮政策が「拉致解決に偏りすぎている」と発言していた岡田克也氏が外務大臣だけに、拉致担当大臣の態度を注目していた私としては、まずは拍手で歓迎したい。

 だが、アメリカ人記者2人が釈放された8月以降、家族会横田滋前代表が「やはり交渉がないと解決は難しいと思います」(9月3日の集会)と軸足を金正日政権との話し合いに置けと発言し続けているのは、中井大臣の発言とも異なり、金正日政権に付け入る隙を与える、危険な発言である。

 アメリカ政府は、6月北朝鮮を出港した貨物船江南号を20日間にわたって米第七艦隊で包囲追跡し、ミャンマーへの入港を実力で阻止した。また、オバマ政権は国連決議を根拠に、金融制裁の強化を日々強めている(詳細は省略する)。拉致されたアメリカ人2人を奪還した背景にはこのような軍事力の行使があった。中国も珍しく国連決議に定められた武器などの輸出禁止を忠実に実施している。

 韓国も1月から、金正日政権の軍事挑発にいつでも即応できる臨戦態勢を確立していた。だから、韓国・現代峨山の職員を人質に脅しをかけたものの、北は結局、釈放しなかったら、開城工団で働く自国労働者4万人の賃金(日銭)が入らなくなるという危機的状況に追い詰められた。

 

 だが日本は、海上自衛隊がアメリカ第七艦隊のように、北朝鮮の貨物船に対して拉致解決を迫る手段としてイージス艦や航空機で20日間も公海上で包囲追跡するような抑止力を行使できるかと言えば、出来ない。〝軍事力の行使が出来ない国家を国民が作った〟からだ。この厳然たる事実を無視して、アメリカが出来るのになぜ日本が拉致を解決出来ないのかというのは訝(おか)しい上に、この事実を抜きにして、政府のやり方が悪いとか、話し合いを、という主張は客観的に金正日政権を利することになりかねない言動である。

 

 中国胡錦濤国家主席の特使、戴秉国・国務委員(外交担当)がピョンヤンで金正日と面会した折、金正日が核問題は「2国間及び多国間の対話を通じで解決したい」と述べたと、9月18日付中国国営新華社通信が報道したのを受けて、多くのメディアは、金正日が6者協議への復帰を示唆したものと報じた。だが、現時点では不明であるが、ミサイルや核実験をした今年の春とは違う態度であることは確かである。

 この金正日政権の戦術的「変化」は、日本、アメリカ、韓国、中国と歩調を揃えて圧力を加えた結果である。

 

 私を含めた有権者が軍事力を行使できない国家を作りあげた結果、無念なことであるが、いつまでたっても拉致被害者を救出できないでいる。2006年の安倍晋三内閣成立以前の日本政府の北朝鮮政策は論外としても、ここ3年間なぜ拉致を解決できないでいたかと問われれば、わが国が抑止力を行使できないという一点に尽きる。従って「友愛外交」を唱える民主党政権の出現で拉致解決がより困難になった、と私は見ている。

 安倍内閣以来わが国政府は、拉致の進展(北が拉致を認め、拉致被害者全員を日本に帰国させる話し合いに入ったとき)がなければ油一滴、コメ一粒、部品一個、金正日政権に支援しないとの政策を6者協議の中で貫き通した。これは日本外交の質的変化で、高く評価すべきものである。

 拉致救出は困難であるが実現しなければならない最重要課題である以上、この政策を継承発展させ、「政治指導」で着実に手を打つことを中井洽大臣に期待している。

更新日:2022年6月24日