北の恫喝パフォーマンス

佐藤勝巳

(2009. 3.12)

 

恫喝

 北朝鮮は3月5日、北朝鮮周辺を飛ぶ韓国の「民間航空機の安全は保障できない」と警告した。また、9日には米韓が例年行っている合同軍事演習が軍事挑発だと言って、現在、南北間の唯一の連絡網となっていた南北当局間の通信回線を同日から遮断した。

 そして同じ9日、朝鮮人民軍総参謀部スポークスマンは、北朝鮮が打ち上げる人工衛星を撃ち落すことは、「戦争を意味し」日米韓の「本拠に対する報復打撃戦を開始する」と、相変わらず口先での攻撃は激しい。

 長年韓国に住む友人は落ち着いて、「同じレコードがまた回っていますね……」と笑いながら言っていた。日本のメディアもさすがに「戦争をする、する」という狼少年(金正日政権)の正体を見抜き、誰も騒がなくなった。

 日韓で騒いだのは3月9日夜の、世界野球選手権大会(WBC)の日韓予選で、テレビの最高視聴率時は36パーセントだったという。朝鮮人民軍総参謀部スポークスマンの「警告」は日韓では完全に無視された。朝日新聞の社説でさえも取り上げなかった。金正日政権は、振り上げたこぶしをどうするのか、そちらの方が見ものである。

 

解党

 北朝鮮で、日本の国会に当たる最高人民会議代議員選挙(12期)が3月8日実施された。韓国メディアでは、この代議員選挙を通じて金正日の後継者が見えてくるのではないか、と関心が集まっている。

 韓国電子版「デイリーNK」が、「金正日の三男、金正雲氏の名前が(代議員として)海州4軍団にある」と報じた。韓国政府は「確認できず」と言っているが、これで一段と注目を集めるようになった。

 韓国メディアの後継者問題に対する報道の仕方を見ていると、余り違和感を持っていないようだ。国家権力が3代にわたって世襲されるということは、親が偉いから子供も偉い。逆に、親が駄目だと子供も駄目という伝統文化(儒教)によるものであろうが、この国と何十年つき合っても、この点についての違和感は依然消えない。

 それはともかく、金正日氏の父・金日成が生きている頃は、それでも朝鮮労働党の組織が形式的であれ機能していた。党の規約では党大会は5年に1回開催されることになっている。党中央委員会総会は1年に2回開かれると決まっている。

 しかし、党大会は1970年第6回党大会を最後に、約40年近く開かれていない。党中央委員会総会は1993年12月以来約16年間開催されていない。道(県)段階の党組織の総会も開かれたという報道はない。多分、郡、市の党組織の総会も開かれていないと推測される。

 こんな共産党は見たことも聞いたこともない。誰がどんな方法で各級の党役員を選出しているのか。規約などあって無きがごとく前近代の典型、「人治」の面目躍如たるものがある。ついでに触れれば、金正日の肩書きに「総書記」と書かれたものがある。総書記は中央委員会総会で選出されることになっている。だが、それが開かれていないのに何時の間にか「総書記」になっているという「自由」な国柄である。

 

100%投票、100%信任劇

 「共産主義国家」で党が機能していないのに、その指導下にあるはずの国会議員選挙の候補者を一体誰がどんな方法で決定しているのか。言わずと知れた金正日国家国防委員長とその取り巻きが決めていることに間違いはないだろう。

 北朝鮮の実態は、このように文字通り金正日の個人独裁なのである。中国には中国共産党が存在し、実態はどうあれ大会は一応開かれ、人事や運動方針が決められている。北朝鮮では党大会が40年近く開かれていないのであるから、中国から見ても滅茶苦茶なところということになろう。

 いわんや、わが国から見れば理解不能な国家である。例えば代議員選挙であるが、1区に立候補者1人。私の記憶に誤りがなければ、過去11回の選挙のうち投票が100%に至らなかったのは2回。後は100%投票、100%信任と公表されている。

 信任の場合は投票用紙を貰って、そのまま投票箱に投票する。不信任の場合は囲いの中に入って×印を付けて投票箱に投票する。このように×印をつければ立会人に分かるような仕組になっている。凄い世界である。

 北朝鮮で言う代議員は、金正日のメガネにかなった人物、金正日独裁者を「銃爆弾を持って断固擁護する」忠誠分子六百数十名を選ぶ儀式ないしはショーなのである。

 北朝鮮内で金正日のメガネにかなって誰が国会議員(代議員)になるかは、本人にとっては大問題かも知れないが、われわれにとって独裁者金正日の家臣の入れ替えにしか過ぎず、関係ないことである。

 ただ、北朝鮮という極東の地に、このような個人独裁政権が出来、親子3代にわたって権力世襲が行われようとしていることは、文化人類学の研究の対象にはなる。しかし、わが国にも2世、3世議員が沢山存在しているから、これも併せて研究しなければならないことだろう。

 だが、政治的には、2000万人以上の国民を奴隷状態に陥れて人権を蹂躙、核ミサイルを開発して東アジアの平和と安定を脅かしている政権を、如何にして封じ込めるかという課題しかない。

 本欄で繰り返し指摘しているように、金正日政権の本質は、代議員選挙が実施されようがされまいが、「ならず者国家」であることに変化はない。この事実をしっかりと把握することが、何よりも韓国、米国、日本の指導者たちの急務であろう。

更新日:2022年6月24日