危機管理を急げ

佐藤勝巳

(2008. 9.17)

 

 人の死を「無常」と言う。

 金正日氏の健康状態に異変が起きたと報道されている。66歳ともなれば、脳や心臓、循環器系統に異変が起きても不思議ではない。不摂生な生活をしていれば、尚更である。

 しかし、今回の情報を探っていくと、本当に脳梗塞なのかどうか、確証を掴むことが出来ない。仮に誤報であっても、全世界に流れた病気説が北朝鮮に逆流して、後継者争いが激化する副作用が起きることは避けられないのではなかろうか。

 病気説が真実なら、短期間に300万人もの国民を餓死させ、政治犯強制収容所で多くの人を殺害させた権力者を、国民の裁きを受けることなくベッドの上で往生させてよいのか、と複雑な感情を持って見守っているのは私一人ではないと思う。

 8月29日付ネットに掲載した「 300万人を餓死させた共犯者たち」で若干触れたことであるが、陸続きの韓国、中国は、北朝鮮に混乱が起きたら「難民が来る。それは避けたい」と考えている。また、戦争を引き起こされたら困る、という本音を隠して「太陽政策」だ、「抱擁政策」だ、はたまた「朝鮮半島の非核化を支持する」などと、訳の分からないことを言って金正日政権の延命を図り、北朝鮮国民を大量に餓死させてきた。これらはすべて各国のエゴイズムである。

 米ブッシュ政権も、06年秋からモノやカネを与え、金正日の考えを変えるという、実現不可能な誤った政策に変わり、今日に至っている。

 しかし、金正日が病気であろうがなかろうが、北朝鮮をめぐる「難民並びに戦争脅威論」という名の国際的エゴイズムの本質は何も変わってはいないことを確認しておく必要があろう。

 このエゴイズムをわれわれは非難することができるだろうか。たとえば日本人に、戦争を覚悟し、非核化と拉致を解決せよと言った場合、国民の圧倒的多数の本音は、「それは困る」というのではなかろうか。

 これまで拉致被害者を救出出来ないでいるのは、「人のためで犠牲になるのはご免」というエゴイズムのなせる業ではないのか。この私の仮説が正しければ、金正日政権を支援し続けてきた国際的エゴイズムと同質のものと言える。

 このテーマは大袈裟に言うなら人類発生以来のものである。それはともかく、金正日政権は本当に戦争する意志と能力を備えてはいないと、私は分析している。

 「意志」とは、金正日国家国防委員長の意志を指すのだが、氏のあの日常生活を見れば分かるように、暖衣飽食、放蕩に明け暮れている人間が、死を賭した戦争を国際社会に挑むだろうか。私にはどう考えても、絵空事にしか思えない。

 というのは、私は、1950年の朝鮮戦争、1960年代後半から70年にかけての朝鮮半島の緊張を見て来た経験から、現在の金正日政権が戦争の意志と能力を備えているとは到底思えないのだ。

 金正日政権を追い詰めると戦争になるなどという話は、私はかなり前から、「神話に近い」事実誤認だと思っていた。せいぜい彼らが出来るのは、テーブルを挟んで寧辺の核施設「無能力化を中止する」とか、「元に戻す」とかいう程度のことだ。ハッタリでも「戦争になる」とは口にすら出来ないでいるではないか。

 朝鮮人民軍は、将官たちの食糧横領によって、空腹を抱える下級兵士が、強盗を働かないと生きていけない状態に陥って久しい。このような軍隊が戦争をはじめたら、銃口が敵に向くのか指揮官に向くのか、確信を持って答えられる将官はいないはずだ。

 この一点からでも朝鮮人民軍に、客観的には戦闘能力はないと考えてよい。また、ハード面の兵器・装備の量・質ともに、米軍などに比較したら問題外だ。しかし、かの国の軍人は、実戦経験を持ったものが皆無に近いため、観念的で暴発の危険を絶えず内包しているから、油断は禁物である。

 なぜ、今こんなことをわざわざ記すかというと、脳梗塞と言っても詰まった場所、範囲によって千差万別である。軽症ですむ可能性も否定できないからである。

 私は昔から軍事的圧力、抑止力を行使することで、内部矛盾を激化させ、戦争に至らずに金正日政権を崩壊に導くことが可能だと主張をしてきた。

 病気説が正しければ、軍事的圧力なくして内部矛盾を引き起こすことが出来たことになる。これは天佑に近い。

 問題は、難民の流出をどう抑止するかである。抑止の基本は食糧を可及的速やかにどの程度援助できるかどうかにかかっている。この場合食糧を輸送する船舶の手配が決め手となる。食糧支援をどこの国際機関を窓口とするのか。6者協議でやるのか。韓国か、いや誰の主導で危機管理をやるのか、だ。

 権力者にもしものことがあれば、後継者問題をめぐって、内戦に近い権力闘争が予測できる。また、権力の空白が生じることによって、金正日一族を中心とする「核心階層」(特権階層)に対する国民の報復の心配もある。この場合の危機管理を国連か、米中か、どこの指導で行うのか。

 この対処を誤ったなら、韓国や中国が恐れてきた難民が東アジアを流浪する、最悪の事態が予測される。

 私は、ことの性質上、危機管理は韓国政府並びに韓国国民が責任を負うべきだと思っている。韓国にどんな困難があろうとも、それを回避してはならないだろう。

 日本は、まず拉致被害者の所在を確認することである。そこからすべてが始まる。急がなければならない。

更新日:2022年6月24日