拉致調査打ち切り「通告」

―相手にせず放っておけばよい―

佐藤勝巳

(2008. 9. 8)

 

 金正日政権は9月4日、日本に新政権が誕生した後、その政権の対応を見てから拉致の再調査委員会の立ち上げを考える旨、外務省に伝えてきた。

 政府は「遺憾だ」、家族会からは「怪し からん」という声が上がっている。しかし、長年北朝鮮の政治手法を見てきた私には「またか、そうだろうな」と思うだけであった。

 本欄でも私が繰り返し書いているが、金正日政権は核放棄など毛頭考えていないということを肝に銘じておくことだ。拉致の解決も当面考えていない。

 彼らはいま、ブッシュ大統領にテロ支援国家指定解除の署名をさせることのみを考えているのである。

 だから金正日政権は、米国のテロ支援国家指定解除が遅れていることに反発、「核施設の無能力化中止」(8月26日)、「寧辺にある核施設の復旧」(9月2日)の方針を相次ぎ表明したのだ。

 「米国の次期政権とより有利な条件で交渉するための時間稼ぎ」(韓国・朝鮮日報9月6日)とか、すでに「米国内部でも『ブッシュ政権の対北朝鮮核交渉は事実上終わった』という声が出ている状況だ。米民主党・共和党の全党大会期間に合わせ発表したのも、こうした政治的メッセージの表明だとみなせる」(朝鮮日報9月6日)という観測も出ている。

 金正日政権が、日本人拉致解決に関心を示したかのようなポーズを取ったのは、あくまでもブッシュ大統領にテロ支援国家指定解除の署名をさせる手段の一つなのだ。この位置づけは一貫して変わっていない。

 従って、テロ支援国家指定解除が難しいとなれば、「再調査など時間の無駄」と彼らは考える。福田首相辞任をたまたま口実に使っただけで、打ち切る理由は「拉致担当大臣の思想が悪い」でも何でもよいのであるから、そのことにあまりこだわる必要はない、と私は思っている。

 問題は、5者の態度である。

 金正日政権が一方的に約束を反故にしたのだから、いつも口にしている「行動対行動」の論理で制裁を科すのが当然なのだが、韓国の金塾(キム・スク)韓半島平和交渉本部長は、「まず日本の齋木昭隆アジア大洋州局長と会った。性急な過剰対応は望ましくない、という点で意見が一致した」、さらに「続いて米国のヒル国務次官補と2者協議を行った。緊密に助け合いながら非核化の過程を牽引していかなければならない、という点で合意した」(朝鮮日報9月6日)と言っている。

 この報道が事実なら、6者協議は金正日政権の好き放題の行為を追認する協議機関にしか過ぎない、と言われても仕方がない。いや、そうではないと言うのなら、なぜ「6者協議を休会にする」と言わないのか。

 アメリカも日本も、衆議院選挙(10月ごろか)、大統領選挙(11月)を控えて金正日政権にかまっている暇がない。米国で新政権が誕生し、陣容を整えて動き始めるのは来年の夏ごろであろう。6者協議はそれまで、実態として休会なのだ。

 何度でも言うが、対北朝鮮外交の要諦は、彼らを相手にしないで放って置くことである。必ず慌てる。その意味で、日本政府の、拉致の進展なくして援助はもちろん、人道支援もしないという方針は正しい。米国、中国、ロシア、韓国は見習うべきだと思う。

 核や拉致など解決する意志の全くない政権を相手にして妥協に終始するのは、金正日政権と緊張を高めると戦争の危険が迫り、難民が押し寄せるのでそれを回避したいという「300万人を餓死させた共犯者たち」の論理だ(8月29日の私のコラム参照してほしい)。つまり6者協議の5者の態度が変わらない限り、現状が大きく変化することは望めない。

 それにしても、なぜこんな馬鹿げたことが相も変わらず続くのか、ということをきちんと考えておくことが大切であろう。

 金正日政権は、強面に出れば要求が通ると信じている。事実、今まで要求は通ってきた。これでブッシュ大統領がテロ支援国家指定解除にサインすれば勝利であろう。

 しかし、サインしなかったら、最大の政治目的であったテロ支援国家指定解除は実現できず、米国の金正日政権に対する制裁は続く。前述のようにこれから約1年間米朝関係は動かない。

 問題は、ブッシュ大統領がテロ支援国家指定を解除するのかどうかである。もし解除にサインすれば、核拡散を事実上認めた「史上最悪の大統領」という烙印を押される。従って、私は、サインの可能性は低いと見ている。

 だが、北朝鮮でいま「飢餓に陥る恐れのある」人たちを、国連の世界食糧計画(WFP)は640万人と推定している。「1990年代末期以来」の「深刻かつ広範な飢餓の恐れ」と警告している。この発表が事実なら(この団体は、援助が仕事で、カネを集めるために現実と違う表現をする可能性がある)、話半分でも大変なことである。

 時間の経過は、確実に金正日政権の基礎体力(経済力)を弱めているのだが、残念ながら北朝鮮の非核化も、拉致解決も現時点では期待できない。

 現状で、解決の可能性があるとすれば、金正日の寿命が尽きるのを待つしかないという状況にある。

更新日:2022年6月24日