謀略情報に躍るメディア

佐藤勝巳

(2008. 5.30)

 

 町村官房長官は「連日事実無根の記事が出ることに、私は大変な怒りを覚えております。 ……アメリカ政府からも記事の内容のような連絡を受けたことはありません」と5月27日の記者会見で、怒りを露わにして否定した。

 問題になったのは、「拉致被害者『数人生存、帰国の用意』―北朝鮮、米に伝達―」という5月27日毎日新聞夕刊の一面トップ記事である。筆者が調べた限りガセ(裏づけのない)である。

 実は、5月9日読売新聞の朝刊1面トップでも、拉致担当中山恭子首相補佐官が韓国政府当局者との接触のなかで、横田夫妻と孫娘を韓国で会わせて欲しいと仲介を要請、それが実現すれば問題の「遺骨」を北に返すと発言した、と事実無根の報道をし、大騒ぎになった(本欄5月12日「読売新聞に見られる報道の危機」参照)。官房長官の発言は多分、読売新聞の記事のことも念頭にあっての怒りであったと推測される。

 この二つの記事に共通していることは、発言当事者や政府関係者を取材しないで記事を作成していることである。当事者を取材しないで記事を書くことが許されるなら、何でも書ける。現に書いている。過去にも、こういうことは報道界で見られたことだし、この二つの新聞社以外でもやっている。各社それぞれ脛に傷を持っているから、「相互批判」はやれないのだ。

 しかし、「北朝鮮が拉致被害者数人を日本に帰す」と「米国に伝達」という毎日新聞のこのくだりは、いまなぜこのタイミングで出されたのかという点で、非常に興味がある。

 08年5月20日のコラムで私が言及しているように、いま、ヒル国務次官補と金桂寛外務次官は、プルトニウムの申告などで、日本や韓国、中国などをどう誤魔化すか、また、日本が問題にしている「拉致の進展」の中身をうやむやにして、いかにして「テロ支援国家指定解除」に持ち込むか、と必死になっている。

 この二人の野合に、読売のでっちあげ記事は、日本が金正日政権に妥協する考えを持っているというメッセージの役割を果たし、毎日新聞夕刊は、金正日政権から米国経由で「近くよいことがあるよ」という、日本政府へのメッセージではなかったのか、と筆者はみている。

 この種の「謀略」報道は、最初から事実はどうでもよいのである。世論をヒル・金両名の意図する方向に誘導できればよいのだ。例えば、読売新聞の報道を、政府は文書で否定した。

 すると山崎派の平沢勝栄衆議院議員は、新聞記者に対して「中山さんは(読売が書いたように)しゃべっている。嘘を言っているのだ」と吹聴している。平沢議員は、根拠を示さず中山補佐官が「嘘を言っている」と言う。

 「謀略」とはいつもこのように根拠を示さず、「言った、言わない」の水掛け論争に持ち込むのが常套手段である。要するに書かせた方が勝ちなのだ。

 他方、5月22日自民党山崎拓衆議院議員を委員長とする超党派の「日朝国交正常化促進議員連盟」が発足した。今なぜ日朝の「国交正常化」議連の立ち上げなのか。日本人を拉致した政権との正常化には、拉致の解決が先決である。それ以外に何があるのか。

 米朝正常化近し、と上述の偽情報を流す。その情報を前提に議連を立ち上げる。絵に描いたように、金正日政権が意図する方向にことが進んでいるではないか。

 金正日政権との「国交正常化」が必要だという動きが顕在化してきたのは、昨年の12月上旬からである。

 契機となったのは米朝が急接近しているので、それの受け皿が必要ということから、自民党内に「朝鮮半島問題小委員会」を立ち上げたのが、衛藤征士郎・山崎拓両衆議院議員である。民主党にも似た組織が今年2月結成されていた。

 立ち上げられた議連(会長・山崎拓議員)は、これの延長線上に出来たものと推定されるが、これら一連の動きは、昨年10月頃の動きと非常に似ている。

 07年10月26日の日本経済新聞は、5段見出しで日本政府が「日朝打開への新方針」と1面トップで大々的に報道した。事実を見れば明らかのように、別に方針など変わっていない。控えめに言って大誤報である。日本経済新聞は、嘘を報道したことを恥と思わないのだろうか。

 この前日25日、参議院外交防衛委員会で高村外務大臣は、「拉致被害者数名の方が、日本に帰るということで解決というわけには行かないが、進展にはなりうる」(読売新聞07年10月26日)と発言をして物議をかもしたことは記憶に新しい。このときはアジア太平洋州局長・北東アジア課長ともに海外出張で不在。誰が外務大臣にレクチャーしたのか。

 昨年10月の日本経済新聞の中身と、5月9日の読売新聞が報じた、架空の中山恭子首相補佐官発言は、架空という点で全く同じだ。前述の毎日新聞夕刊の拉致被害者数名帰国云々も、高村外相発言と非常に似ている。

 米朝接近が始まると、このような偽情報が、日本のマスメディア1面トップに颯爽と登場して来る。普通、こういうのを謀略と呼ぶ。

 「地位の高い」シナリオライターがいて、昨年は、日本経済新聞、今年は読売新聞、毎日新聞、次は……と順番に使っているような気がしてならない。

 それにしても、報道機関の北朝鮮情報に対する甘さには呆れる。架空の話をしても飛びつくのだから「情報提供者」は笑いが止まらないだろう。今に始まったことではないが、報道機関の金正日政権に対する不勉強は目に余る。

 わずか半年のあいだに、日本経済新聞、読売新聞、毎日新聞が、たてつづけにデマ記事を1面トップで掲載している。

 インチキな情報(国益)を売って代金を手にしている、という自覚すらもないのではないのか。そうでなかったらこんなことはできない。

 いつ、朝日新聞とNHKが引っかかるのか。「謀略」にどう対処していくのか、報道機関の質が問われている。この国の危機はやはり尋常でない。

更新日:2022年6月24日