コメを支援したい人は、支援すればよい

佐藤勝巳

(2008. 5.26)

 

 ブッシュ政権は、金正日政権に1999年以後最大規模のコメ50万トンをこの6月から1年かけて援助することを5月16 日決めた。

 米国務省は「今回の支援は、純粋に人道的次元であり、核問題解決に向けた6者協議と関係ない」(17日ショーン・マコーマック報道官)と述べているが、発言している報道官自身が一番信じていない筈だ。

 なぜなら、北に直接支援すると非難が来る。それを回避するため国連などの国際援助機関を通じて食糧などの支援をし、他の政治問題で取引をする、ということだからだ。 

 外交上この種の取引はよくあることだ。今回のブッシュ政権の援助の狙いは、核の申告問題で金正日政権から譲歩を引き出す、ということであろう。

 申告問題の現状であるが、北が米国に渡した寧辺の核施設に関する18000ページの資料が精査され、今週中に終了する予定と言われている(外務省筋)。問題は、プルトニウム抽出量を金正日政権は30キログラムと言い、ヒル国務次官補は30~50キログラムと言っている。

 数量問題で米朝が闇取引しても、プルトニュウムは嘘をつかない。査察は絶対に必要である。なぜならプルトニュウムの量と行方は、我が国の安全保障と直結しているからだ。この点日本は絶対妥協してはならない。

 問題なのは、ヒル国務次官補らが、今回のコメ50万トンの援助によって、申告問題で金正日政権から一定の譲歩を引き出せるのかである。

 「米国は最近、完全でない申告が出てきてもとりあえずそれを受け入れ、6者全体を前に進めるという姿勢に変わった」(外交筋)という。

 つまり、6者協議を「テロ支援国家指定解除」で前に進めるということである。ブッシュ大統領が認めるかどうかの決断は残されているが、米国務省は果てしない後退を続けているのだ。

 正日政権は、完全な申告をせず、そのうえブッシュ政権からコメ50万トンまき上げる約束を取り付けた。後は申告を延ばし、日本人拉致を棚上げするという作戦であることは明白だ。ヒルらの完全な外交の敗北である。

 日本は、日本の安全保障を脅かす、米朝の動きに妥協はない筈だ。

 また、拉致の進展(金正日政権が拉致を認めて、返還の交渉に応じたとき)がない限り、コメ一粒、油一滴与えない原則を貫き通すべきである。これの後退もあってはならない。

 福田総理は、6月17日付ワシントンポストのインタビュー(6月10日取材)において、「核問題の解決のみでは問題の解決にならず、日本は北朝鮮との国交正常化は受け入れられない旨述べ、福田総理は『核問題、ミサイル問題及び拉致問題の3つは一つのセットを成している』、『これら3つのうち一つでも欠けたら問題解決にならない』とのべている」と発言しているように、日本政府の態度は変わっていない。

 続けて、「福田総理は、ブッシュ大統領が日本の懸念を承知しており、核問題において『不用意な交渉』を行うことはないと信じている」と発言しているが、われわれは福田総理のこの主張を断固として支持するものである。

 しかし、ブッシュ政権の過去の動きを見ていると、国務省は必ずしもホワイトハウスと同じ動きをしていない。ライス国務長官、ヒル国務次官補の動きは要注意である。

 日本政府は、ブッシュ政権に対して「日米同盟の利益を尊重し、金正日政権との非核化の前進を望むなら、日本人拉致問題の解決を金正日政権に毅然として求めて欲しい」と、強く要求すべきである。このタイミングを外してはならない。

 しかし、関係者周知のように「コメ支援は人道問題」というのは表向きの話で、裏はそんな上品な話ではない。

 2005年に金正日政権が、国連世界食糧計画(WFP)に対して食糧事情の好転を理由に支援中止を要請し、分配の監視も拒否した。金正日政権は、監視要員のかなりの人員が「アメリカ中央情報部のスパイだ」と主張している。つまり、WFPの援助には必ず監視要員が配備されるという背景がある、ということだ。

 ワシントンポストは、6月17日付で、援助したコメが市場に流れないように「約65人の外部モニタリング要員を配備することで合意した」「北朝鮮が食糧支援の主体であるWFPに任意のモニタリングを許可し、倉庫およびその他の施設に接近することを許可した」という。

 「米国は当初、北朝鮮に食糧支援を直接し、モニタリングも直接実施すると主張していたが、交渉の過程でWFPによる間接支援方式に後退した。また、WFPが韓国語のできるモニタリング要員を配備することは許可するが、韓国出身(ethnic Korean)は国籍を問わず許可しないという北朝鮮の主張を受け入れた」と報道している。

 この報道の裏にはコメを1年かけて援助する、すなわちモニタリングが1年続くという意味が隠れている。それにともなう情報収集も1年続くという情報戦争の顔が見え隠れしている。

 北朝鮮が必要としている食糧は、1日約1万トンである。従って、米国が援助する食糧は50日分に相当する。

 見方を変えると金正日政権は50日分のコメのために一年間もモニタリングを受けいらざるをえないほど食糧問題が深刻化しているということである。

 日本政府は、わが国の国益に基づき、はっきりと米国政府に向かって自己主張すべきである。

 韓国も援助などする必要はないと思う。金正日政権は、困まると何か言ってくる。日韓共同で辛抱強く原則を貫けば展望は必ず開かれる。

更新日:2022年6月24日