イライラは募るばかり

(2022.6.24)岡林弘志

 

 やるべきか、止めるべきか、それが問題だ。北朝鮮の核実験。準備は整っているようだが、今のところ踏み切っていない。国内外を見ると、実施した場合の反発、反動はかなり激しそうだ。このためか、金正恩・労働党委員長のイライラは募るばかり。新型コロナだけでなく、国内問題であちこちのあらを見つけては、怒りを爆発させている。精神衛生上、極めてよくない状態にあるようだ。

 

情け深い指導者を誇示するが

 

 「党と人民を欺く行為だ」。金正恩は「激憤された」のである。先の労働党中央委総会拡大会議(6・8~10)でのことだ。ここでは人事、今年度前半の政策実行の総括と対策、新型コロナ対策の現状と今後の課題などが議題だった。その時の一場面を労働新聞(6・14)が紹介している。金正恩は中央委のメンバーに「人民の消耗品」を一般の商店などから買ってくるように命じ、子供用のベルト、歯磨き粉をはじめとする消耗品、要するに日常の生活用品を集めさせた。

 

 金正恩は、これらをいちいち点検して、あまりの質の悪さに激怒したのだ。確かに北朝鮮の日用品の質は悪い。かつて北朝鮮へ行った人なら、誰でも痛感することだ。ホテルのトイレットペーパーをはじめとする備品、商店に並べられた台所用品など、まさに後進国の水準だ。しかし、経済力からいってそんなものだろう。金正恩は日常生活では、外国製品か質のいい日用品を使っているため、庶民が日頃どんなモノを使っているか知らなかったのだ。

 

 「消費品の質はそっちのけで生産量だけに重点を置くのは人民に対する誤り」「要領主義的な態度で党と人民を欺く行為」。要領よく数だけは揃えているが、こんな質の悪いモノを作ってどうするのだ。金正恩は部下を叱るときは舌鋒鋭い。そして「『先質後量(先に品質、次に量)』原則で消費品の生産に拍車を加えよ」と命令した。しかし、発展途上国ではまず必需品が人々に行き渡るように量を優先するのは当たり前だ。

 

 この叱責を受けて、金徳訓首相は慌てて、クビ元をさすりさすりか、平壌市内の船橋編織工場、平壌日用品工場、平壌靴工場を視察、「質が良い消費品を作れ」と指示した。正恩自身も、この後、平壌第一百貨店と西平壌百貨店を訪れ、「人民の物質的福利を増進するのに実質的に寄与」するよう指示した。しかし、言うのは簡単だが、指示された工場の方はどうする。もともと、質のいい製品を作れるような質のいい原材料は手に入らないし、機械もない。

 

 一方で、黄海南道海州市で発生した「急性腸内性伝染病」に対して、金正恩は家庭に備えていた薬品を党黄海南道海州市委員会に送った(6・16)。「北朝鮮で『腸内性疾患』とは腸チフス、赤痢、コレラなどの感染症を指す」(聯合ニュース)のだそうだ。この日の労働新聞は一面に、金正恩と李雪主夫人が並んでソファに座り、薬品を点検するなど送る準備をしている写真を載せた。この家には様々な薬を常備しているのだ。メディアは「愛の不死薬」とお銘打って、大々的に宣伝している。

 

 その翌日には、実妹の金与正・党副部長はじめ党幹部らが、やはり医薬品を送ったという記事を労働新聞が載せている(6・17)。これらの出来事でよく見えるのは、金正恩がいかに人民のためを思って、日々国政に当たっているか、部下もその尊い姿を見て、奉仕に駆り立てられるのだ。「人民第一」を最大限アピールする機会になっている。

 

「核戦力を急速に強化する!!」一方でイライラも

 

 それにしても、金正恩はイライラを募らせている。新型コロナ対策では、対策がなっていないと、会議の度に部下を叱責、ときに怒りを爆発させている。公衆衛生当局だけでなく、監視が甘いと司法当局者まで叱責された。もともと、医療・衛生行政、そして人々の衛生環境・栄養状態は後進国。欠点を指摘しようと思えばいくらでもある。

 

 そもそも、こうした医療・衛生状態を作ったのは、金正恩の、というよりそれ以前からの金一族による北朝鮮支配の結果だ。「富国」を後回しにして「強兵」に力を入れてきたためだ。叱責されても部下としては、クビをすくめて嵐が通り過ぎるのを待つしかない。運が悪ければ、首になったり、時にはクビが落とされたりする。それはともかく、金正恩の今のイライラの最大の原因は、核実験ができないことではないか。

 

 「我が国が保有する核戦力を急速に強化発展させる」(4・25)。金正恩は軍事パレードの際の演説で公言した。実際に核開発を進めているはずだが、これを核実験で見せつけてこそ、最大の脅威と位置づける米国を震撼とさせることが出来る。米国大陸に届く大陸間弾道ミサイルと核実験。口だけの脅しではないことを実物で見せてこそ、米国は北朝鮮と真正面から付き合わざるを得なくなる。これが最大の国難である経済制裁を解除させ、核保有国として認定させるなど、北朝鮮との交渉に応じざるを得なくさせるのである。「これが目に入らぬか!!」である。

 

 一時、期待を掛けたトランプ大統領との米朝首脳会談は雲散霧消。韓国には対北融和路線の文在寅政権に代わって保守政権誕生の可能性が高くなった今年の1月、党政治局会議で大陸間弾道ミサイルや核実験を含む「全ての活動の再開を早急に検討する」よう担当部門に指示していた。これを受けて、今年1月から各種ミサイルの発射を繰り返し、すでに6月上旬までに17回にのぼる。日本海に着水した連射砲などを入れると19回だ(付表参照)。

 

 核実験の方は、咸鏡北道・豊渓里の核実験場で行なわれるはずだ。北朝鮮は2018年5月、米朝首脳会談をにらんで、実験場の坑道などを爆破し、外国記者にも立ち会わせ、非核化の意向を対外的にアピールした。しかし、金正恩の指示で、3月には米国の偵察衛星で捉えられるほど盛んに復旧工事などが行なわた。すでにいつでも核実験は可能なはずと言われ、米国の高官も度々こうした情報を口にしている。

 

 しかも、金正恩自身、「いかなる勢力でも我々の国家の根本利益を侵奪しようとするなら、核戦力は第二の使命を決行せざるをえない」(4・25)。人民軍創建90年の記念式典の演説で、核を自衛だけでなく先制攻撃にも使用するという意思を明らかにしている。この脅しも実験の裏付けがあってこそ米国に対する圧力になり得る。しかし、これまで実験は行なわれていない。

 

中国は核実験に厳しい目

 

 ブレーキになっているのは、まず中国か。これまで北の核実験に対する国連の経済制裁に賛同してきた。隣国が地域の不安定要因になれば、経済活動に支障が出るだけでなく、周辺国の厳しい対応を招くなど、必ずとばっちりが来る。それに、今年秋は5年ぶりに共産党大会が開かれる。習近平主席が異例の3期目を確定する重要な機会である。コロナによる経済停滞という難題を抱え、これ以上のゴタゴタはなんとしても避けたい。

 

 北朝鮮が核を誇示すれば、やがて韓国、台湾、日本の核保有への意欲を刺激しかねない。近隣に核保有国が増えるのは好ましくない。それに、ロシアのウクライナ侵略で、国連のロシア非難決議には反対し、西側世論の批判を浴びた。さらに、ロシアに武器援助などをしないよう監視の目にさらされている。そのうえ、北朝鮮のことで米国などから厳しく攻められるのは割に合わない。

 

 従って、中国はミサイルはともかく、核実験については北朝鮮に厳しく控えるよう、水面下で伝えているようだ。北朝鮮にとって、国際的な経済制裁の中で、中国は唯一の交易国、友好国。また、北朝鮮がようやく認めた新型コロナについても、条件なしで関連の薬品、衛生用品を援助してくれている。習近平の意向は重みがある。中国の言うことを聞かざるをえない。

 

米韓は合同軍事演習を強化へ

 

 「韓国と米国は、北朝鮮の核と弾道ミサイル計画について緊密に調整。北朝鮮が方針を転換するまで圧力を維持する」(6・13)。ワシントンで行なわれた米韓外相会談の後、両国は北朝鮮に厳しく対応する方針を示した。特に、「7回目の核実験の可能性を憂慮する」と付け加えた。対北融和を掲げた文在寅政権に代わった尹錫悦政権は、北朝鮮の軍事的な挑発には厳しく対応する方針だ。米国とはすでに様々なレベルの折衝を通じて、意思疎通を図ってきた。

 

 具体的には、北朝鮮が短距離弾道ミサイル8発の発射実験をした(6・5)のを受け、翌日米韓軍は地対地ミサイル8発を日本海に向けて発射。さらにF16戦闘機4機を含む20機が黄海上で編隊飛行。そのまえにも、5、6月に行なわれた合同演習では、米空母「ドナルド・レーガン」が参加した。空母の参加は2017年11月以来のことだ。また、聯合ニュースは、日米韓が8月上旬~中旬にハワイ沖の海上で北朝鮮の弾道ミサイル探知・追尾訓練を実施すると報じた。北朝鮮の核ミサイル開発が日米韓の連携強化を招いている。

 

 米韓首脳は、先の首脳会談で米韓演習の強化で一致した(5・21)。核実験ともなれば、かつてのように米軍のB52戦略爆撃機やステルス戦闘機、偵察機などが日本海を飛行することになる。空母や原子力潜水艦の日本海登場もあり得る。B1B戦略爆撃隊はグアムで待機中だ。戦略装備・兵器の北朝鮮周辺への飛行は、金正恩が最も恐れる事態だ。こうした米韓の出方も核実験のブレーキになっているか。

 

半年のミサイル発射で年間の食糧不足を補える

 

 もう一つ、コロナという国難に襲われた国内事情もありそうだ。北朝鮮は今年に入ってのミサイル発射などについては翌日公式に発表し、ミサイル技術の進歩を誇示してきた。時には「戦術核」搭載を想定(4・17)したことまで明らかにした。ところが14回目(5・4)の大陸間弾道ミサイル(ICBM)らしきを発射以降、一切公表しなくなった。

 

 理由は想像するしかないが、人々がコロナな地域封鎖などで苦しんでいる中、とてつもないカネとモノを雲散霧消するミサイル実験は、反発を招くとようやく思い至ったのではないか。ミサイルは人々の腹を満たすことはない。むしろ食糧難の原因になっているのではないか。人々の批判、不安をかき立てる。

 

 相変わらず、北朝鮮の食糧不足は深刻だ。韓国統一部は、80万トンが不足と推定している(6・20)。米中央情報局(CIA)は先に、不足量を2~3カ月分の必要量に当たる約86万トンと試算した。北朝鮮の食糧不足は恒常的なものだが、コロナ鎖国により、中国頼みの肥料や農薬、農業機械や部品、燃料が入ってこない。また、毎年水害や干害に襲われ、収穫量が上がらないことなどが原因だ。

 

 一方、韓国政府のシンクタンク、韓国国防研究院は、北朝鮮が今年のミサイル発射に推定4億~6億5000万ドル(約540億~870億円)を費やしたという分析結果をまとめた(6・9聯合ニュース)。ことし6月5日までの17回33発のミサイル発射の各種経費をまとめたものだ。このうち材料費を約半分の2億800万~3億2500万ドルと推定。残りは人件費其の他だ。

 

 この費用を食糧調達に充てると、51万~84万トン分のコメ(平壌での価格を基準)を購入できるという。要するに、今年前半のミサイル発射実験の費用で、人々の2~3カ月分の不足を補うことが出来る。要するに一年中、食うに困ることはないのだ。こうした数字が北朝鮮で知られることはない。しかし、前半のハデハデしく、メディアで報道されたミサイル実験のニュースをみて、我が国はわが将軍様は偉いと思う人もいるだろうが、反面そんなカネがあるなら、コメを配ってくれと内心思う人もいるはずだ。

 

コロナ国難が大きなブレーキ?

 

 まして、核実験ともなるとさらなる経費が必要。北朝鮮がミサイル実験の報道を止めたのは、人々の不満を刺激しないという配慮が働いたためとすると、核実験にも当然ブレーキがかかる。また、実験場周辺は振動や漏れた放射能の危険も伴い、住民の不安をかき立てる。コロナによる国難が大きい影を落としている。

 

 そんな時、金正恩が主催する労働党中央軍事委拡大会議が開かれた(6・21~23)。例年1日だけだが、3日間。このため、核実験で何か決めるという推測もあったが、報道は抽象的。「戦争抑止力強化のための重大問題や前線部隊の作戦任務追加などを議決した」(6・24朝鮮中央通信)という。韓国の聯合ニュースは「戦術核兵器の最前線配備や韓国の戦力増強計画に対応した『先制打撃』戦略・戦術を加えた」と推測している。

 

 肝心の7回目の核実験については言及なし。北朝鮮について予測するのは禁物だが、今のところは実施に踏み切っていない。独裁者は常識的な判断をすることはないが、もし、実施した場合、周辺国の厳しい対応に直面するのは間違いない。核実験をしなくても、たとへ踏み切ったとしても、金正恩のイライラは収まることはないだろう。

 

更新日:2022年6月24日