「人民生活」より「軍事最優先」

(2022.4.28)岡林弘志

 

 四月は北朝鮮にとって、というより金一族による独裁体制にとって輝かしい月だ。金正恩・労働党総書記が党のトップに就任して10年、そして祖父、金日成主席の生誕110年という節目の年の記念日が4月に重なるからだ。北朝鮮に「三重苦」がのしかかる中で、確実に進んでいるのは、「金一族神格化」と体制の守護神である「核ミサイル」開発だ。「人民生活の向上」という最大の公約はリップサービスのまま、明るい展望は見えてこない。月末には金一族独裁体制の威力を見せつける総まとめとして軍事パレードが行なわれた。

 

「核攻撃」にも言及、最大規模の軍事パレード

 

 「わが国が保有する核武力を最大の急速度で強化、発展させるための措置を引き続き取っていく」(4・25)。金正恩は人民軍創建90周年記念日に行なわれた夜10時からの軍事パレードで演説し、核ミサイル開発を急ピッチで進める決意を強調した。金正恩は真っ白な「元帥服」。肩には金糸で刺繍された元帥の肩章、袖口はこった刺繍で彩られ、ズボンは明るいブルー、赤の線が2本通っている。この姿で公開の場に出るのは初めてだろう。張り切りようがわかる。

 

 さらに、これまで核については、「戦争抑止力」という前提を付けていたが、この日は「決して望まない状況が形成される場合、核が戦争防止という一つの使命にのみ縛られているわけにはいかない」「第二の使命を決行せざるを得ない」と核の先制攻撃も辞さないという姿勢を示した。実戦でも核を使う、あるいは先制攻撃をほのめかしたのは初めてだろう。

 

 前のめりになった背景には、ロシアのウクライナ侵略がありそうだ。プーチン大統領は核使用の可能性を口にし、欧米の直接的な軍事介入を牽制した。これを機に欧米との対立が激化している。これまで中ロは国連での北朝鮮の核実験非難に加わってきたが、今後米国などが提案する対北非難に加わる可能性はほとんどなくなったと判断してのことだ。

 

 続いて、誇らしげに展開したのが軍事パレードだ。兵士2万人、車両約50台余。金正恩は軍事パレードが好きでこの10年で12回目、これまでで最大規模だ。この日の“目玉”は、わざわざ「3月24日に万里の大空に打ち上げられた大陸間弾ミサイル(ICBM)」と説明した「火星17型」。車輪11軸というとてつもなく長い搭載車で会場に登場すると、「広場全体が瞬く間に歓喜と激情のるつぼと化し」(朝鮮中央テレビ)、金正恩も満足げに手を振っていた。その前にはやはり最近発射実験をした「極超音速ミサイル」2種類も登場。また、初めてと思われる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も登場した。

 

 いずれも、米本土を直接攻撃で、あるいはグアムや在日米軍基地を狙う能力を持つと言われる。つい最近の「火星17」発射の際(3・24)は、わざわざ金正恩が現地指導をした。かつて大陸間弾道ミサイル発射の際は「人工衛星」などと言っていたが、この時はずばりICBMと明言し、「米帝国主義との長期的対決を徹底して準備していく」と米国向けであることを強調して見せた。

 

 軍事パレードの様子は丸1日後の翌日夜に、朝鮮中央テレビで録画中継された。夜空に展開する空軍ショーやドローンをふんだんに使い、行進の軍靴だけをクローズアップするなど、映像効果を十二分に考慮して目一杯編集されていた。金正恩が言う「軍事強国」をどうだどうだととばかりに内外に見せつける2時間だった。また朝鮮中央通信は写真150枚余を付けて配信した。

 

市民パレードで生誕110年祝賀

 

 「偉大な金日成同志の不滅の革命活動史は永遠無窮だ」「人民に幸福を与えた主席の以民為天の貴い革命的生涯だった」(4・15)。平壌の金日成広場で行なわれた生誕110周年慶祝報告大会で、李日煥書記は当然ながら金日成をこれでもかこれでもかと賞賛した。壇上には党、軍、内閣の首脳陣が顔を揃え、直立不動の姿勢で耳を傾けていた。ちなみに、金正恩の演説はなし。

 

 続いて「平壌市民パレード」。白のチマチョゴリの女性たちに支えられた、道幅いっぱいの巨大な北朝鮮の国旗、続いて色とりどりのチマチョゴリや男性にに囲まれた金日成と金正日の銅像、大きい扇子を振りかざした舞踊隊‥‥。さらには、太鼓、軍人家族、功労者、少年団などの集団が列を作って、次々と行進していった。ここでは金正恩は盛んに手を振っていた。

 

 最後は「社会主義強国」「一心団結」「自力更正」などと書かれた大型の旗を持った集団が行進。一方で広場いっぱいに動員された人々は、「自主、自立、自衛」「永遠の首領」「金日成」「決死擁護」そして、最後に「金正恩」の人文字を次々と描いて見せた。1時間ほどか。生誕100年(2012)、105年(2017)には、軍事パレードはが行なわれたが、この日はなし。

 

金正恩の労働党トップ就任10周年も

 

これに先立ち、金正恩の「最高首位推戴10周年」の慶祝報告会も行なわれた(4・10)。実際は父親の金正日総書記が亡くなった2011年12月から実権を握っていたが、党の最高位である第一書記(当時)に就任したのが翌年の4月11日だ。それから10年、丁度祖父の生誕記念日の節目の年の同じ月。これを逃す手はない。先だっての祝賀会となったのだろう。

 

「敬愛する金正恩総書記を陣頭に戴いたのは、党と共和国の大いなる光栄、誇りであり、わが人民の最高の幸福である」。崔龍海・最高人民会議委員長が演説して、偉大さを強調した。「天才的な思想家・理論家、非凡で優れた政治家、希世の天が賜った総帥‥‥」。本人が聞いたらくすぐったくなるようなよいしょを羅列して見せた。もっとも本人は出席していなかった。

 

金日成生誕110年でも、李日煥は締めくくりで「金正恩同志の指導があるので、わが国家と人民は永遠に必勝不敗である」と、金正恩の偉大さを強調した。要するに祖父の記念日を利用して、この際、「金一族による世襲支配」の正統性を誇示し、金正恩の権力基盤をさらに固めるというのが、こうした神格化行事の狙いだ。

 

平壌の新住宅は「功労者」にプレゼント

 

もう一つ、金日成絡みでは、大々的に行なわれた「普通江段々式住宅竣工式」(4・13)。沿岸の斜面を利用して、段々式の瀟洒な住宅がずらっと並ぶ。この地はかつて金日成の邸宅があった場所だ。テープカットをした金正恩は「首領様は自分の邸宅が撤去された跡に、愛国者や功労者たちの幸福溢れる住まいが出来て喜ぶに違いない」と満足そうだった。

 

この後、金正恩は何人かの「功労者」に与えられた入居予定のマンションや住宅を見て回った。その一人がご存じ、朝鮮中央テレビで、金正日の時代からおどろおどろしい独特の抑揚で、首領様絡みのニュースを担当してきたピンクのチョゴリのアナウンサー、李春姫だ。金正恩は「80代近くなのに青春時代の気迫でわが党の声、朝鮮の声を全世界に届けている」と讃えた。

 

李春姫は、感激ここに極まれりという表情、そのうえ「私はこの人と親しいのよ」といわんばかりになれなれしく金正恩の腕にもたれかかって、自分の区画まで案内した。この場面も含めて、李春姫自身のアナウンスで翌日例の口調で放送。自分を自分で褒めるというなんとも“誇らしい”光景だった。このほか、金正恩は一世帯分を与えられた年配の女性アナウンサー、労働新聞の論説委員の区画も回り、ひたすら感激、感謝の言葉を聞いて満足そうだった。この一等地の住宅に入るのは、金正恩が言うように、いずれも金一族の独裁支配にひたすら尽くしてきたいわば、エリートだけだ。

 

住宅は平壌と「革命の聖地」を最優先

 

金正恩は昨年からの「5カ年経済計画」の一環として、住宅建設を重点課題に据えた。しかし、今のところ完成し、進行中なのは平壌と「革命の聖地」の一角、三池淵。それに大水害で被害を出した一部地区だ。特に平壌市については今年の施政方針で「5カ年計画期間に首都の住宅問題を完璧に解決する」と約束した。ここは「革命の首都」であり、「成分」のいい家族しか住むことが出来ない。

 

それ以外については、「全ての農村を三池淵市の農村の水準に、裕福で文化的な社会主義理想村につくろう」と目標を掲げた。しかし、こちらは「近い将来に」と期間の限定はない。また、おととしの水害で大被害に遭った咸鏡南道の鉱山がある検徳地区。金正恩の肝いりで素早く復興住宅が作られた(1月完成)。しかし、マンションの上階や平屋の二階では、肝心の水道が使えず、住民から苦情が出ているという(4・18デイリーNK)。

 

要するに欠陥住宅だ。「速度戦」で工事を急がされたこともあって水をくみ上げるポンプの数が足りないうえに、電圧が一定でないので十分に機能しないのだという。水がなければ生活は出来ない。金正恩は、資材、器材を最優先で調達しろと指示したが、絶対数が足りない。平壌や革命の聖地の優先度が高く、実際にはそれ以外の地方には十分に回らないことがよくわかる。

 

「人民に白い飯」は半世紀過ぎても目標のまま

 

 今の北朝鮮で人々の一番の不平不満は食うことだろう。それを抑える手法の一つは人民への温情表明だ。「以民為天」が心情と称えられた金日成は「人民に白い飯と肉のスープ、絹の服、瓦屋根の家」(1962)を約束した。しかし、実現しないうちに東西冷戦崩壊、旧ソ連や中国による最恵国待遇がなくなり、経済は混迷、人々の生活を直撃する中で亡くなった(1994)。金正日の時代になってもこの影響が続くところへ、大水害と干ばつに次々と襲われた(1995~98)。食糧不足による餓死や病気で亡くなったのは百万人とも二百万人とも言われる。本人が「苦難の行軍」と名づけたほどだ。

 

 そして金正恩。10年前の就任直後には「2度と人民がベルトを締めることがないようにする」と約束した。しかし、核ミサイル開発にかかわる国連による経済制裁、毎年襲われる天災、コロナ恐怖症による鎖国の「三重苦」によって、民生経済は四苦八苦。一般の人たちは食糧難に襲われ、平壌以外では餓死者や一家逃散などの情報が漏れてくる。「第二の苦難の行軍」ともいえる惨状だ。

 

 昨年制定した「経済発展5カ年計画」に触れる中で、「国の経済を立て直し、人民の食の問題を解決する効果的な5年間にする」(22・10・10)と改めて約束した。かつては軍事パレードでの演説で、「我が人民の厚い信頼を受けるだけで、ただ一度も満足に応えることが出来ず、本当に面目ありません」「努力と真心が足りず、我が人民は生活の困難を脱することが出来ずにいます」(20・10・10)と涙を流したこともあった。

 

 しかし、実際は「今後もわれわれは引き続き国防力強化に国家の全ての力を最優先的に集中していく」(3・24)のである。金正恩は、ICBM試射の成功を見届けた上で、こう宣言した。核ミサイル開発を最優先にして「国家の全ての力」をつぎ込むという。これでは「人民生活向上」は後回しになるのは当然だ。人民をなだめるためのリップサービスにおわっている。

 

 金正恩の執政10年を振り返ると、いわゆる「成果」を上げたのは、核ミサイル開発だけだ。「軍事最優先国家」と言っていいだろう。しかも世界第一の軍備を供える米国との長期対決を想定してのことだという。これまでもこれからもどれだけのカネとモノをつぎ込むことになるのか。しかも、核ミサイル開発と、神格化事業は、おびただしいカネ、モノ、ヒトを消費する。

 

独裁が「三重苦」を招き、民を苦しめる

 

 この4月の出来事は今の北朝鮮の国家運営の実情を象徴的に表している。金正恩が最も力を入れているのは、「核ミサイル開発」と「金一族の神格化事業」だ。核ミサイル開発が招いた国連による経済制裁、毎年襲われる天災、コロナ恐怖症による鎖国・交易停止の「三重苦」によって、民生経済は四苦八苦。一般の人たちは食糧難に襲われ、平壌以外では餓死者や一家逃散などの情報が漏れてくる。

 

 現独裁体制はこの二つの事業によって、人民の不平不満が為政者に向かわないようにしているのである。今は貧しいが、かつては日帝に踏みにじられて、暗黒の時代を過ごした。これを開放し、国家として存続してきたのは「金一族」のおかげだ。これを子供の時から徹底して教え、年中行事としてアピールする。そして、「軍事強国」「核大国」として、二度と他からの侵略を受けず、最大の脅威である米国も恐れるほどの武器装備を調えておく。その標本を時々の軍事パレードで強烈に印象づけ、それを先導する首領様の威力に恐れ入らせる。

 

 一方で、党の指示に従わない、不平不満を抱く、韓流テレビドラマや歌謡曲に接する人民は厳罰に処せられる。また、見せしめとして公開処刑に立ち会わされる。恐怖支配が独裁支配の裏打ちとして仕組まれている。二重三重の軛によって、独裁体制に従う仕組みを作っているのである。

 

 振り返って見ると、いま北朝鮮の住民を苦しめる「三重苦」は、いずれも核ミサイル開発や、三代にわたって治山治水いわゆるインフラ整備を怠ったためだ。国際的に見ても異常なコロナ鎖国は金正恩の異常な警戒心によって行なわれた。いずれも金一族の独裁体制が招いたものだ。金正恩は「人民の忠僕」「為民献身」などと事あるごとに口にするが、実際にやっていることは正反対だ。このおめでたい月に改めて思う。

 

更新日:2022年6月24日