「恐怖」を基盤の新路線は?

(2015.11.25)岡林弘志

 

今度は、かつでナンバー2ともいわれた崔竜海だ。人民軍の長老の葬儀委員に名前がないと思ったら、処刑ではないが、島流しになったらしい。金正恩第一書記は、気に食わないと粛清するのが習い性となっている。来年5月、36年ぶりの労働党大会を開くと発表したが、恐怖政治を基礎にして、いかなる路線を示すのか。

 

またまた「革命化教育」

 

「正恩氏側近、失脚か」「革命化教育中」――。北朝鮮の元老、李乙雪元帥死亡(11・7)のニュースとともに、日韓のメディアは、崔竜海・労働党書記(65歳)の失脚を一斉に報じた。李乙雪の国家葬儀委員リストも、同時に発表されたが、この中に、崔竜海の名前がなかったからだ。

 

崔竜海の父親、崔賢は、金正恩の祖父、金日成や李乙雪とともに、抗日パルチザンの同志だった。したがって、「パルチザン2世」としては、真っ先にかけつけなければないはずだ。そこに参加させてもらえないというのは、よほどのことがあったに違いない。

 

北朝鮮では、重大行事の際の参加者名簿に名前がなければ、失脚か死亡を意味する。そして実際に、崔竜海は葬儀(11・11)に姿を見せなかった。当初は、金正恩の逆鱗に触れて、処刑されたのでは、という観測も流れた。金正恩なら、やりかねないという予断があったからだ。

 

北朝鮮は、これについて、一切報道していない。しかし、2,3日後には、党書記を解任され、地方の協同農場で「革命化教育」を受けている、という情報が漏れてきた。「革命化教育」は、幹部が「反党行為」をしたり、担当部署で失敗をした場合の処罰の一つ。崔竜海は、パルチザンの子弟ということで、極刑は免れ、これに続く措置に収まったのだろう。

 

原因はいろいろあるが

 

原因は何か。公式発表がないので、日韓のメディアには、さまざまな憶測が飛び交っている。▼10月に完成したばかりの白頭山英雄青年発電所の工事不良の責任を問われた▼担当の青年同盟の成果不振(前項と同じか)▼国家体育委員長として落ち度があった▼担当した「未来科学者通り」(11月完成)の建設事業での失策▼金正恩の特使として戦勝記念日(9・3)に訪中したが、何の成果もなかった……。中には、「金正恩と同じ型のズボンをはいていて不興を買った」なんていうのまで。

 

韓国国家情報院は、やはり白頭山発電所の水路崩壊事故の責任を取らされ、11月初旬から、地方の協同農場で「革命家教育」を受けているようだと国会に報告した(11・24)。金正恩は、完成式の際、まさに世紀の快挙であるかのようなはしゃぎ方をしたので、余計、頭に来たのだろう。

 

しかし、白頭山発電所や未来科学者通りは、金正恩が力を入れ、10・10の労働党創建70周年に間に合わせるよう工事を急がせてきたものだ。北朝鮮では「速度戦」によって行われた工事のほとんどは欠陥工事。専門家でない軍人や学生を動員して、完成を急がせれば、手抜きなどまともな工事ができないのは当たり前だ。

 

急げ!の大号令をかけたのは、大元帥様なのに、結果については、担当者が責任を取らされる。金正日の時代から続く、北朝鮮式の責任の取らされ方だ。崔竜海も様々な部門の責任者になっているが、今回は、このパターンでの責任追及に引っかかった。

 

これまでも何回か失脚

 

「パルチザン2世」崔竜海の経歴はきらびやかだ。1950年生まれ、今年65歳だ。若くして「金日成社会主義青年同盟」の委員長を長く務め、金正日の側近と言われた。2010年には、労働党政治局員候補、党書記、党軍事委員会委員、人民軍大将と、一挙に党中央や軍の中心に躍り出た。そして、金正恩体制になった2012年、人民軍総政治局長として、勲章をいっぱいぶら下げた軍服を着て登場。さらに、党政治局常務委員、国防委員会委員などに就任、ナンバー2、金正恩の側近中の側近と言われた。おそらく、この時が絶頂期だった。

 

ただ、何回かの失脚も経験している。よほど目に余ったに違いない。1994年と2004年に、やはり不正事件で、地方へ飛ばされ「革命化教育」を受けた。いわゆるお坊ちゃん、贅沢な生活を好み、ブランド品を集め、女優とのスキャンダルもあった。しかし、いずれも数年後には返り咲いている。“親の七光り”のおかげだ。

 

今回も、そのうち、復活という見方もある。確かに「パルチザン2世」のレッテルは重い。ただ金正日は、崔龍海を、同じ「パルチザン2世」として、「どうしようもないが、うい奴じゃ」と見ていたような気がする。また、幹部や重鎮を次々と処刑したことにより、人材不足だ。命ある限り、「反省書」を提出して復活、もあるかもしれない。

 

「信念捨てれば、歴史のごみ」

 

「信念は遺伝するものではない。…信念を捨てた人間は、歴史のゴミとして捨てられる」(11・2労働新聞)。誰がという具体的な名前は出てこないが、崔竜海失脚の直前、こんな論文が出ていた。失脚の予告にも読める。また、金正恩は、金正日と違って、崔竜海に“同志的”な感情は持っていない。ダメなら捨てると割り切るのが統治スタイル。復活は難しいという見方もある。

 

「粛清」とは「不正者・反対者などを激しく取り締まること。独裁政党などで、方針に反するものを排除すること」(広辞苑)。北朝鮮の歴史は、粛清の歴史であり、金正恩は権力基盤を強固にするため、より積極的に粛清を利用している。恐怖政治である。

 

36年ぶりに労働党大会

 

そんな中で、朝鮮労働党は、来年5月初めに「第7回党大会」を招集すると発表した。前回は1980年10月。なんと36年ぶりだ。ということは、金正日時代には一度も開かれなかったのである。党の組織をないがしろにした独裁を好んだためか。金正日の統治スタイルを知る大きなカギだ。

 

「党大会」は、国家より党が上にある社会主義国家においては、もっとも権威のある機関だ。北朝鮮でも「最高指導機関」(党規約14、21)と位置付けられている。かつては5年に1回と明記してあったが、金正日はその気がなく、2010年9月の改定で削ってしまった。

 

党大会の議事は、5項目列挙されている。「党の路線と政策、戦略・戦術」をはじめとして、党綱領と規約の修正、党中央委員会の選出、それに「党総書記の推戴」も行われるが、これは今回関係なさそうだ。要するに、北朝鮮の統治の原則、路線を打ち出す機会でもある。

 

前回、1980年の大会は、金正日が後継者として、党の役職に就き、公にされたことで知られる。また、金日成が南北の体制を維持しながらの「高麗民主連邦共和国」の創設による南北統一を打ち出し、内外の注目を集めた。これは今でも北朝鮮の対南政策の基本になっている。なお、金正日は、党大会は開かなかったが、「先軍政治」を自分の路線として打ち出し、旗印とした。

 

「最後の勝利を早める」

 

それでは、来年の党大会はどうなるか。もちろん、北朝鮮のことだから、予測は禁物だ。ただ、自己顕示欲が強く、粛清による権力把握に自信を持った金正恩としては、金日成、金正日に劣らない新路線、新方針をぶちあげたいのだろう、とは推測できる。

 

「金正恩元帥の指導に従い…わが党を金日成・金正日同志の遺訓を指針として、指導的役割を高め、チュチェの革命偉業の最後の勝利を早める重大な任務がある」。党大会召集の決定書では、その目的は、回りくどくて抽象的で、よくわからない。

 

「最後の勝利」は、金正恩の「新年辞」にもよく出てくる。「武力赤化統一」とは、ストレートには言いにくいのだろうが、そのために何をするのか。周辺国としては、大いに関心があるところだが、具体的には、只今検討中なのだろう。ただ、このところの北朝鮮の動きからは、行き詰まりを見せる外交、経済を何とか打開したいという思いは見える。

 

経済・外交の閉塞突破を模索

 

「潘基文・国連事務総長が週内にも平壌訪問の予定」(11・15)。聯合ニュースの予測原稿は、日韓のメディアに一斉に転電されたが、翌日、国連報道官が否定、水の泡に終わった。ただ、潘基文は「できるだけ早く訪朝できるよう努力している」(11・23)と、協議中であることを認めている。

 

北朝鮮は、李スヨン外相を国連に2回派遣、国連の動きに神経をつがらせている。今年も第3委員会で「北朝鮮人権被害非難決議」が採択(11・19)されるなど、北朝鮮への風当たりは強い。決議には、国際刑事裁判所への付託、最高責任者への「効果的制裁措置」が盛り込まれている。実現には、安保理の決議が必要で、中露の拒否権により、実現の可能性はほとんどない。

 

それでも、北朝鮮としては、「最高権限への侮辱」は何としても阻止しなければならない。国連に対するけん制の一環として、潘基文の訪朝は、模索すべき価値がある。また、潘基文は韓国の次期大統領の最有力候補である。まざまな思惑も考えられる。

 

南北関係についても、このところ、幾分柔軟だ。朴槿恵政権になってしたままだったが、久しぶりの離散家族再会(10・20~26)に応じた。続いて、韓国側の繰り返しの要請に応えて、南北高官協議に向けた実務接触を開く(11・26)ことになった。南北高官協議(8・25)で合意した南北関係改善の動きは、遅々としてではあるが進んでいる。冷却のままではまずいと思っているのだろう。

 

中国との関係も、建国以来最悪と言われたが、これも修復の動きが急だ。今年最大の行事、労働党創建70周年に、中国のナンバー5といわれる劉雲山・政治局常務委員が出席したため、閲兵式では、談笑しているところを見せ、会談では「経済発展、人民生活改善のために、平和と安定の外部環境を必要としている」と、中国が喜ぶような姿勢を見せた。

 

「特区経済」を練り直し

 

経済立て直しについて、金正恩は「最大の課題」と繰り返している。最近目立ったのは、「羅先経済貿易地帯の総合開発計画」の発表だ(11・18)。この地区の食料、日用品、衣料、農場、ホテルなどへの外国資本の投資、観光地開発への参加などを呼び掛けている。同時に、外国企業の利益確保、送金、経営権の保障なども盛り込んでいる。

 

聯合ニュースは「本格的な開放実験に乗り出したことを対外的に知らせるもの」という見方を紹介している。「羅先自由貿易地帯」は、1991年に発足、「特区での改革開放か」と期待されたが、祖外からの空気が入るのを警戒して、ほとんど成果を上げていない。

 

特区については、唯一ほぼ順調といえるのは「開城工業団地」だ。北朝鮮がいちゃもんをつけない限り、普通に稼働している。理由ははっきりしている。韓国の資本、技術、経営方式を取り入れているからだ。東南アジアの国をみればよくわかるように、「特区」は外国の協力なしにはうまくいかない。果たして、「羅先」は、これまでのやり方を反省して、外国の協力を受け入れる態勢をつくれるかにかかっている。

 

「人民の生活向上」は懸案のまま

 

民生経済全体を見ても、混迷・停滞の原因ははっきりしている。記念碑的建物や施設の完成は、大々的に報じられているが、民生経済が好転したという話は聞こえてこない。神格化事業と核・ミサイルに、ヒト・カネ・モノをつぎ込んでしまうからである。もうひとつは、領袖型独裁で人材が育たず、建設的な提案が出てくる仕組みになっていないからだ。

 

別の言い方をすれば、経済のインフラを整備しない限り、経済の再生、「人民生活の向上」はできない。電力不足なのに、すぐに水漏れのするダムをいくらつくっても、無駄遣い。毎年自然災害に襲われるのに、山河を荒らす施設ばかりをつくれば、さらに被害は大きくなる。

 

経済の立て直しは、金日成の末期から金正日の時代も、絶えず重要課題であり続けてきた。1989年のソ連崩壊、冷戦終結のあおりで、急低下した国力、GDPは、いまだに回復できていない。理由は、ここに述べたとおりだ。チュチェ経済の欠陥であり、失敗の最大原因だ。

 

「併進路線」はどうなる

 

従って、来年の党大会に注目するのは、これまで路線を変更するか、を見る最大の機会だからだ。金正日時代の「先軍政治」、経済は停滞したままだった。金正恩は、それを修正した、「経済建設と核武力建設」の両方に重点置く「併進路線」をスローガンにしている。2013年3月に打ち出した。

 

それから2年半になるが、平壌中心部の町並みの派手さは目立つが、「人民生活の向上」は成果を上げているようには見えない。今でも最重要課題のスローガンであり続けている。先に述べたように、肝心の食糧事情は、まったく改善されていない。「併進」はスローガンに終わっている。

 

「石川県輪島沖で、北朝鮮漁船3隻が漂流」(11・21-22)。船体には、朝鮮文字で「朝鮮人民軍」「保衛部」などと書かれており、10人の遺体が見つかった。船は見るからに古く、ぼろぼろだ。漁網や釣り針も見つかっており、明らかに、軍の仕事として、漁業をやっていたのだろう。

 

同じころ、金正恩は、おそらく漂流漁船が出港したであろう元山近くの第313軍部隊傘下の水産事業所の改築完成を視察(11・23朝鮮中央通信)。「軍人や人民に常に新鮮な魚を供給できる確固とした担保を設けた」と、満足の意を表した。ところが、肝心の魚を捕まえる漁船は老朽化。しかも、荒天にもかかわらず、ノルマを稼ぐため、無理して海へ出たのだろう。

 

恐怖政治の中での「生活向上」は矛盾

 

やることがちぐはぐ。基本をおろそかに、見栄えの良さを誇示して、元帥さまだけが満足する「現地指導」方式の矛盾がよくわかる。先に述べた独裁特有の構造的欠陥をそのままに、小手先の「改善」やスローガンを変えても、基本が変わらなければ、同じことだ。

 

また、恐怖政治の中で、周辺が政策や路線を変えようと提案するのは命懸けだ。独裁の限界だ。果たして「党大会」での新路線、本当に「人民生活向上」に結び付く新路線は期待できるだろうか。

 

はたから見ていれば、「改革・開放」が必須条件だが、それをやれば「金一族独裁」でなくなると恐れている。大きな矛盾を解決するのは、至難の業だ。

更新日:2022年6月24日