「改革・開放」は禁句だ

岡林 弘志

(2012.8.27)

 

 北朝鮮の辞書には「改革・開放」はないようだ。周辺国は、金正恩体制が「改革・開放」に踏み切るかどうかを注目している。経済立て直しのためには経済の「改革」が不可欠だ。しかし北朝鮮は、そんなことは絶対やらない、謀略だ、と激しく拒否反応を示している。確かに、今の権力世襲による独裁は、改革開放とは相入れない。

 

・「市場メカニズムの活用を」

 

 「新たな協力方式についても研究していこう」

中国の胡錦?主席は、金正恩第一書記の後見役、張成沢・国防委員会副委員長と会談した際、経済協力についてこう提案した(8.17)

 

 また、同じ日に張成沢に会った温家宝首相は、共同開発を進めるにあたって「投資環境を整えるための法整備や市場メカニズムを活用する」よう明確に求めたようだ。胡錦?の要請は抽象的だが、こちらは極めてはっきりと改革開放を求めていることがよくわかる。

 

 張成沢は、中朝国境にある黄金坪・威化島経済地帯の共同開発、共同管理のための共同委員会の会合のため中国を訪問(8.13-18)していたもので、金正恩体制が対外的にいかなる経済政策を行おうとしているのかを占ううえで、注目された。

 

 張成沢は、「密接に協力して、プロジェクトを進め、大きな成果を得たい」と答えたようだ。また、中朝共同委員会の会議については、「有利な投資環境を整えるうえで、最も優先的な工程を国際的な基準と相互の利益に合致するよう行動で解決することで合意」(8.14朝鮮中央通信)と、北朝鮮は報じている。

 

 黄金坪、威化島の共同開発は、昨年6月に着工式を行ったが、ほとんど進んでいない。とくに黄金坪は囲いがあるだけで、全く手が付けられていない。中国側は、開発を企業の参画によって行う方針を決め、早くから商売になる、いわゆる市場メカニズムが保証される開発環境を整えるよう求めてきた。しかし、北朝鮮は特別扱いを期待しており、折り合いがついていない。

 

 今回の張成沢訪中で、北の投資環境において市場メカニズムが働くよう全面的に改善されるかどうかはよくわからない。北の報道を見ても、改革開放に賛同しているのか、抵抗しているのかよくわからない。ただ、中国側の意向に応えない限り、共同開発が進まないことははっきりしている。

 

 ・「6・28措置」で経済は立て直るか

 

 金正日の時代、民生経済、食糧問題、人民生活は、まったく改善の兆しが見えなかった。というより、核ミサイル開発と神格化に力を入れすぎて、手をこまぬいていた。これを何とかしなければ、金正恩による権力継承はうまくいかない、今までと同じではだめ、という認識は十分にあるようだ。

 

 「6・28措置」。北朝鮮は、6月28日に「新経済管理措置」という新たな政策を実施し始めたらしい。あいまいなのは、対外的に公表されていないからだ。これまでの日韓の報道によると、特に農業において、協同農場の分組の単位を10-25人から4-6人に減らし、生産にかかる費用は国家が負担、収穫物の一定割合は国家が市場価格で買い取り、3割ほどは分組が自由に処分できる……。

 

 もし、そうなら1970年代に中国が行った「生産請負制」に近い。中国の農業生産を画期的に向上させた制度で、かねて中国が北朝鮮に勧めてきた方式だ。しかし、国家が生産費用の負担、生産物の買い取りというが、国家にカネがなければ、絵にかいたモチだ。

 

 金永南・最高人民会議常任委員長は、ベトナムを訪れた際、グエン・タン・ズン首相に「社会・経済分野の建設と開発の経験を共有させてほしい」と要請した(8.10朝鮮日報)という。

 

 このほかにも、「工場や企業が独自に生産や販売、利益配分の計画を立てることができる経済改革を導入した」(8.8米政府系のラジオ自由アジア=RFA)という報道もある。

金正恩は、すでに経済政策は「内閣に一元化せよ」と指示しており、北朝鮮が民生経済立て直しを模索していることは間違いない。

 

 ・「改革開放への期待は犬の夢」

 

 「われわれに政策転換や改革開放を期待するのは、太陽が西から昇るのを願うと同じく愚かなことで、犬の夢にすぎない」(7.29祖国統一委員会)。

 

 韓国の政府やメディアが金正恩体制に代わって、改革開放の兆しなどとの見通しを示していることに対しての反発だ。犬がどんな夢を見るか知らないが、犬にとっては迷惑な話だ。

 

 要するに、改革開放への期待は、独裁体制を崩そうとする「醜悪な目的」があるからということだろう。北朝鮮は、かねて改革開放を拒否してきた。改革開放は、独裁体制の“最大の敵”という認識があるからだ。

 

 確かに、改革開放が進めば、独裁体制の維持は難しくなる。中国を見ればよくわかる。経済は急成長したが、人民も自らを主張するようになり、共産党一党支配を維持するのに、四苦八苦している。ベトナムのドイモイ(改革)後も同様だ。

 

 しかし、中国やベトナムが社会主義方式によって衰退した経済を立て直し、目覚ましい経済成長を遂げたのは事実だ。経過をみると、中国は、精神主義を重んじた毛沢東一派を追い払い、ベトナムは「ドイモイ(改革)」を共産党、政府の総意として決め、内外に宣言した。肩肘張った社会主義体勢に風穴をあけることによって、改革開放を実行できたのである。

 

 北朝鮮は確かに、祖平統が言うように、改革開放をやるとは、一言も言っていない。反対に、金正恩体制に代わっても、民生経済を破たんさせた「先軍政治」を継続すると、明確に宣言している。ただ、民生経済をこのままにしておくことはできない。

 

 ・「経済措置」の成果はなかった

 

 これまで、北朝鮮は、何回となく「経済措置」を行ってきた。よく知られたのが、2002年の「7.1経済管理改善措置」である。硬直した経済管理体制を見直す内容で、配給制の縮小、企業の独立採算制拡大、市場の公認、賃金や物価の実勢化など広範な政策が含まれていた。

 

 これは、社会主義国家の根幹である配給制度の維持ができなくなったことが直接の動機だが、「7・1措置」だけを見ると、改革といってもいいような内容だった。しかし、肝心の食糧問題をはじめとする民生経済立て直しは、全く進まなかった。

 

 そもそも、軍事・軍需最優先の「先軍政治」の下では無理だった。民生経済にカネとモノが回らないままでの立て直しや改革は、手かせ足かせをはめられたようなものだ。

 

 また、当時広がりつつあった闇市を国家統制の下に置こうという金正日のもともとの狙いは裏目に出て、市場は人民の生き残り手段、生活維持手段として定着し、数を増やしていた。モノの供給が限られる中での市場の拡大は、物価上昇を伴わざるを得ない。

 

 それに手をうとうとしたのが、2007年11月の「貨幣改革」いわゆるデノミである。賃金や物価を市場価格、実勢価格に合わせるためにゼロをふたつ減らした。タンス預金を吐き出させる目的もあったが、むしろハイパーインフレを招き、大失敗に終わった。

 

 貨幣だけいじっても、モノの供給が詰まったままでは、混乱を招くだけだ。また、核やミサイル開発、それに個人崇拝・神格化のための巨額の出費をそのままにして、民生経済の立て直しは不可能だ。

 

 ・「政治改革なしに経済改革はできない」

 

 一連の「措置」をたどると、「政治改革なしに、経済改革は不可能」なことがよくわかる。そういう意味では、祖平統の反発は正しい。改革開放のためには、少なくとも中国ベトナムのように、民間や企業の経済活動を認めることが大前提だ。

 

 それには国家体制の改革がなければならない。「先軍政治」「首領独裁」をそのままに、経済だけをいじるのは「改革」とは言わないし、改革にはならない。祖平統の言う通り、それを「改革の兆し」などと期待するのはむなしい。

 

 いわゆる「経済措置」程度の手直しでは、民生経済の立て直しはできない。おそらく、周辺国の経済をよく知っている張成沢をはじめとして、経済官僚はよくわかっているはずだ。また、国際的な経済制裁が続く中、での「自立経済」には、おのずと限界があることも。

 

 寝苦しい夜、「犬の夢」を見た――。「先軍政治継承」はお題目として飾っておき、非生産的な部門への支出を抑えて、当面、民生経済にヒト、モノ、カネを集中させる。建前は建前として「人民が再びベルトをしめなくともいいように」(金正恩)実利を追求するということだ。

 

 それには強力な指導力が不可欠だ。20代の領袖と後見人が本気でその気になるか、そのための実行力があるかが問題だ。「真夏の夜の夢」はなかなかあまり正夢にならない。

更新日:2022年6月24日