延坪島砲撃は「獲らぬ狸の皮算用」
(2010.12. 7)岡林弘志
北朝鮮が韓国領の延坪島を砲撃した目的はいくつもあるようだ。ざっと並べても、対外的には、米朝、南北関係を有利に進めると同時に、長い間続いた朝鮮戦争の休戦体制を揺さぶり、北朝鮮が望む秩序を打ち立てる。国内的には、民生経済の遅れから人民の目をそらし、権力世襲を支障なく進める……。しかし、砲撃という乱暴な方法は、周辺国の強い反発を招いている。北朝鮮は「獲らぬ狸の皮算用」に終わるのではないか。
▽連日の現地指導で余裕を誇示?
北朝鮮の砲撃以来、金正日総書記の現地指導が連日のように続いている。
12月2日=咸鏡南道端川のマグネシウム、鉱山機械、港湾建設現場。3日=咸鏡北道茂山の鉱山、食料工場。4日=会寧のたばこ、食料工場……。
砲撃(11・23)以来、大安ガラス工場、平壌舞踊大学、国立交響楽団公演、龍城機械企業所、咸興市内の軽工場、食品工場などを回っている。なぜか軍施設は含まれていないが、ほぼ連日の報道、しかも黄海から離れた東北部に偏っている。
今回の韓国領への陸地砲撃は、明らかな休戦協定違反であり、韓国からも反撃があり、北朝鮮は盛んに戦争の危機を繰り返し叫んでいた。
昨年11月10日に黄海で南北銃撃戦があった時、金正日の動静は10日ほど伝えられなかった。日韓のメディアは地下指揮所などで対応に追われているとの推測記事を書いた。それ以前も南北関係が緊張した時は、しばらく動静報道がないのが通例だった。
それに比べると、今回は異常だ。韓国からの反撃は大したことがないと見越したのか。いずれにしても余裕のあるところを誇示したかったのだろう。
おそらく、金正日は今回の砲撃にいたく満足している。
北朝鮮が放った170発の爆弾は、一部は民家にも落ち被害を出したが、軍施設を狙い撃ちした。これに対して、韓国軍の反撃は80発に終わった。韓国内では軍の対応について「生ぬるい」「遅い」などと指摘され、李明博政権は厳しい批判にさらされ、金泰栄国防相を更迭せざるを得なかった。
しかも、米国の情報会社が公開した当日の衛星写真(12・2)を根拠に、韓国軍は北の砲台など軍事施設に有効な打撃を与えられなかったと与党議員までが追及している。韓国社会は大きくゆすぶられている。
米国も、政府首脳が集まり、特使を日韓中に派遣。日本でも菅政権がおっとり刀で対応に追われ、野党のあらさがしにさらされた。
中国も北を抑えろと批判され、あわてて「北東アジアの緊張緩和のために六カ国の主席代表による意見交換を」と提案するなど、周辺国は北朝鮮に振り回された。
金正日にとっては「核抑止力を持った先軍政治の成果」を目の当たりにした思いだろう。
▽“休戦協定秩序”の清算も狙い
「必ず報復しろ」
延坪島を含むあたりの海上では、99年6月、02年6月、09年11月に、南北の銃撃戦が行われ、北朝鮮はほぼ一方的にやられてきた。通常兵器の遅れが原因だ。報復は、金正日の至上命令であり、北朝鮮軍の悲願だった。
韓国情報院は、今年8月に北朝鮮軍の「海岸砲部隊は射撃準備をしろ」という無線を傍受したと国会で明らかにした(12・1)。
また、金正日が今年1月、黄海上の韓国領土である5島占拠を想定した奇襲上陸訓練を指示した(11・29中央日報)という情報もある。また、金正恩が11月初旬に「敵が砲撃したら、反撃する準備を」と指示したという情報もあった。
「南朝鮮傀儡らが延坪島一帯のわが方領海に対して砲射撃を加えるという無謀な軍事的挑発をした」
砲撃の当日に発表した朝鮮人民軍最高司令部の報道分は、砲撃の理由をこう言及していた。北朝鮮は、軍事的に周到に準備するとともに、攻撃を正当化する理屈も考えていたのである。
5島がある海域は、国連軍が設定したNLL(北方限界線)の南側だが、北朝鮮の主張する境界線はそれよりかなり南に引かれ、5島周辺の海は北朝鮮の領海内というのが北朝鮮の言い分だ。
しかし、これまで、北朝鮮はそうは言いながらも、この海域への砲撃、5島への直接攻撃は控えてきた。事実上、休戦協定による秩序を守ってきたのである。今回の砲撃は、休戦協定秩序をここで清算したいという意思の表れだろう。
同時に、事実上の後継者として登場した金正恩の最初の肩書は、中央軍事委員会副委員長だ。さまざまな面での「天才ぶり」を宣伝しているが、やはり軍事面での指導力を見せつける必要がある。
また、金正恩の後ろ盾として9月の党代表者会などで一挙に昇進した李英鎬総参謀長(党軍事委員会副委員長)、金英哲人民武力部偵察総局長(同委員会委員)は、60代の若い世代だ。この二人にとっては後見人としての地位を確実にし、軍内部の世代交代をすすめるためにも、できるだけ早く目立つ手柄を立てておく必要があった。
砲撃をこの時期に断行したのは、こうした事情もありそうだ。
▽「強盛大国」への焦り
さらには、2012年「強盛大国」建設への焦りが見える。
「強盛大国」を実現するには、金一家による「代を継いだ」独裁体制の確立が最大柱になっている。健康不安がある金正日から三男、金正恩への権力世襲を確かなものにしておく必要がある。そのためには、最大の軍事脅威である米国による体制保証と、強盛大国の未達成部門、民生経済の活性化が不可欠だ。
今回の砲撃は、こうした懸案を一挙に解決できる、快挙になるはずだった。
しかも、その直前には米国の核専門家、ロスアラモス国立研究所のヘッカー元所長を北朝鮮に呼んで(11・12)、大規模なウラン濃縮施設を見せている。
米国はあわてて直接交渉に応じて休戦協定を平和協定に移行させ、独裁体制を容認する。そうなれば、韓国は恐れ入ってカネとモノを捧げ持ってくる。日本も追随するしかない。中国も改革開放などをせつかずに援助をする。
となれば、人民にも幾分かは食わせることができ、砲撃命令でハクをつけた三男への権力世襲への反発のなくなる。まさに「一石」で「五鳥」も「六鳥」も捕まえることができる。
▽相次ぐ軍事演習で包囲網
問題は、北朝鮮の「皮算用」のように進むかどうかだ。
北朝鮮は、これまで、信頼を作ったうえで外交を展開するという方法に背を向けてきた。反対に恫喝外交、瀬戸際外交を常套手段とし、ある程度の成果をあげ、ついには核開発を進めるに至っている。
しかし、日米韓は政権交代や世論の動向などによってふらついたこともあったが、学習したのである。脅しや瀬戸際に驚いて、北朝鮮の言い分を認めることは、むしろこの地域の安定を損なうことを。
砲撃そのものが周辺国に大きな衝撃を与えたのは間違いないが、はるかに反発の方
米韓両国は、早速黄海での合同演習を実施した(11・28~12・3)。米空母「ジョージ・ワシントン」や韓国の最新鋭のエージス艦「世宗大王」が参加する大規模なものだ。続いて韓国軍は周辺海域29か所で射撃訓練を始めた(12・6~12)。年内にもう一度、米韓合同演習を実施する予定もあるようだ。
3月の韓国哨戒艦沈没の後、空母の黄海派遣には中国が強く反発したため、日本海に変更した。しかし今回、北朝鮮が攻撃したのは明らか。中国は「我が国の排他的経済水域での軍事行動には反対」と、間接的に文句を言うしかなかった。
日米も共同総合演習を日本海や沖縄南西部で実施(12・3~10)。ジョージ・ワシントンをはじめ艦艇60隻、航空機400機、兵員は自衛隊3万4千人、米軍1万人の規模だ。これには、韓国軍も初めてオブザーバーとして参加するなど、日米韓の連携も強化されている。
▽韓国軍は装備を強化
片や、韓国軍は遅ればせながら、今回の反省から黄海5島の軍備増強に着手した。延坪島には多連装ロケット砲(射程30㎞以上)5門、地対空ミサイル、自走砲6門を新たに配備。他の4島にも同様の装備を備えるための予算措置をとった。
初動の指示などで批判された李明博大統領は、国民向けの談話を発表(11・29)。「北韓の挑発には必ず応分の対価を払うことになるだろう」と、断固たる措置をとる決意を示した。
金寛鎮次期国防相は、国会の人事聴聞会で、北が追加挑発をした場合は「航空機で爆撃する」と明言した。さらに「北韓指導部と北韓軍が主敵であることは明白だ」と述べた。4日に正式に就任し、同日午後にはさっそく延坪島を視察した。
これに対して、北朝鮮は「情勢は極度の戦時体制に入った」「挑発する者には百倍、千倍の無慈悲な懲罰を加える」など、連日激しい言葉を発している。
しかし、韓国と米国が軍事対応を強化している時の攻撃は、無謀としか言いようがない。「両刃の剣」は、自分の方にもふりかかってくる。
▽深まる「先軍政治」の悪循環
今回の砲撃で、北朝鮮包囲網は一段と狭まり、中国が非難に加わらなくとも、外交的孤立が深まったのは間違いない。
さらには、砲撃によって、北朝鮮経済は一層、困難を増すはずだ。
米韓などによる続けての軍事演習は、北朝鮮の緊張をさらに高める。北朝鮮も対抗して、全軍で演習を展開せざるを得ない。燃料と食料が不足する中で、準戦時体制を敷いているはずだ。韓国軍の前線の装備強化に対応した装備の配備も必要になる。
経済負担の急増は避けられない。
これまで、北朝鮮経済は軍需が民生経済を圧迫してきた。今年、ようやく「人民生活の向上」を最大の目標に掲げ、民生経済に力を入れ始めてきたが、今回の砲撃でその余裕はなくなる。
「強盛大国」の弱点である「経済大国」の実現はますます困難だ。
軍需にカネや資材、燃料を回さざるを得ないからだ。となれば、民生経済、人民生活をはますます圧迫するのは必至だ。
そんな中で、権力世襲が順調に進むとは思えない。このところ漏れてくる情報では、人民を食わせることができないままでの権力世襲への反発は根強い。
それでも金正日の健康不安は深刻で、世襲は急務だ。統制は一段と厳しくならざるを得ない。北朝鮮は悪循環の速度を増しつつある。
「先軍政治は朝鮮半島の平和と安定の万能の宝剣」
北朝鮮当局者は、一様に先軍政治の効用をこう説明する。しかし、今回の砲撃を見るまでもなく、この「平和と安定」は北朝鮮が望む、北朝鮮が主導する平和と安定であることがよくわかる。
「先軍政治」を掲げる限り、国際的な常識による「平和と安定」は実現しないし、「人民生活の向上」難しい。
2010年の朝鮮半島は、朝鮮戦争休戦以来、もっとも不安定な状態で終わりつつある。