四面楚歌、鳴りをひそめた金正恩政権

洪熒・佐藤勝巳

(2012.6.14)

 

宮廷内クーデターの進行

佐藤 崔龍海が軍の総政治局長に就任(4月11日確認)してから、「核実験の計画はなかった」(5月22日新華社通信)などと急に軍の挑発的な言動がトーンダウンしました。他方、李明博政権は、北が韓国を攻撃したら、即「報復攻撃する」旨のメッセージを繰り返し発信し続けています。ですから今までと違って、李明博政権は報復をせざるを得なくなっています。従って、韓半島はー触即発という極めて緊迫した情勢にあります。洪教授はこの動きをどう捉えていますか。

 

 専門家たちによれば、GPSへの撹乱電波を発信している場所の特定は容易だとのことですが、問題になった韓国の航空機などへのGPS攪乱攻撃(4月28日から5月13日まで)は韓国が国際機構を動かして強力に対応するや北は、これを中止しました。韓国としては北がより直接的な形で挑発してくれた方が報復しやすいのですが、ご指摘の通り、今までとは違ったトーンになっています。

なぜ、平壌の調子が変わったのかです。そもそも軍籍のなかった崔龍海が、いきなり軍序列のトップに就任したことは、一種の「宮廷クーデター」と見るべきものでしょう。言葉を代えて言うなら、クーデターで新しい実権グループが軍を押さえ込もうとしているということです。

 

佐藤 一定の力の裏づけがないと「クーデター」は実現できませんが、崔龍海を支える親衛勢力は誰なのか。具体的な証拠はありませんが、中国の陰を感じないわけには行きません。いまひとつ、政治局常務委員・総参謀総長の李英浩がなぜ、総政治局長に就任しなかったのか、です。軍が二つに割れていると考えると素直に宮廷クーデターの背景や軍のトーンダウンが分かるような気がしますが……。

 

日、韓、中の圧力

佐藤 それはさて置き、5月13日の北京での日、韓、中、3ヶ国の首脳会談で、3カ国は「北朝鮮のさらなる軍事挑発行為の阻止に向けた連携の強化で一致している」が、翌14日の共同声明からは、北の問題が抜け落ちています。これは、中国と韓国、日本との間に意見の違いがあったからです。しかし、この違いは今が初めてではありません。むしろこの会談で、3ヶ国間で自由貿易協定(FTA)交渉開始、投資保障協定、金融協力、地震、津波、火山など気象データー交換、海賊、サイバーセキュリティなどの問題で3ヶ国が新たに協力することで一致したことは、非常に注目される現象です。

 

不可解な円・元の直接決済

 この首脳会談のあと、6月1日から日本と中国が円と中国元の直接決済に移行しました。日本ではこの措置は、これまでのドルを仲介しての決済に比べ、手数料の軽減につながるなどの理由で、大手商社などは歓迎していると報道されていますが、戦略的な本質から言えば、これこそかねがね中国が狙っていた、ドル通貨覇権への挑戦の第一段階ではないか。私には、元のドルへの本格挑戦のための工作に日本が乗ったとしか思われません。

政治家たちは、安保など重い戦略的課題はできるだけ避け、機能主義的な、経済的観点から接近する傾向を強く持っています。今度の円と元の直接決済は日本側がこの機能主義的傾向を巧みに利用した中国の罠にはまったとしか思われません。TPPを論議していた筈の日本が突然逆の方向へ走るのを見て驚きました。

野田総理は4月末の訪米の時、日米同盟の根幹に関する、いや、アメリカの通貨覇権を揺るがすような決定をオバマ大統領と事前にどう話したのでしょうか。日本の専門家たちの意見を是非聞きたいと思っています。

 

中国、国境封鎖の示唆も

佐藤 国際金融における覇権争いという観点から、重大な指摘だと思います。他方、北京での3カ国首脳会談で、東アジアで北の金氏王朝だけが村八分にされ、完全孤立と言う意味で、平壌から見ると想像以上の打撃ではなかったのか。中朝関係という視点から見ると、今までには考えられない中国側の北に対する具体的な変化と見てよいのではないでしょうか。専門家の一部には、北の核ミサイル実験を阻止するために、北京が、中朝国境の封鎖を水面下で示唆したのではないかとの声も聞かれますし、可能性は否定できないと思います。

 

東アジアに新しい秩序を予感

 中国は「6者協議」を9年間も彼らの思惑から、別の目的に利用してきました。そして平壌は核保有を「憲法」に明記しました。もはや中国の「6者協議利用戦略」は破綻しました。先生との二人の対談で何度も話してきましたが、北の核ミサイル保有は、結局は韓国の対応措置を呼び、その波紋が周辺に拡大して、国際情勢は何かを契機に一度動き始めるとその速度と範囲は予測するのが難しいものです。東アジアの様子が根本的に変わる兆候が現われてきました。

そうなったら、今、耳目を集めている世界的な金融不安をはじめ、シリア問題やイランなどとは比較にならない大きな変化となります。日本も韓国もそういう事態への備えと覚悟が急がれます。

 

佐藤 より直接的なのは、ユーロ安、世界の株価暴落、円高の来襲です。このヨーロッパ金融不安の再燃で、中国、ブラジルなどの新興国の輸出が失速、経団連米倉会長は「世界恐慌」の到来かと、危機意識を隠していません。

国際情勢など見ようとしていない、主観主義の権化金正恩体制が核ミサイル実験を強行したら、日本では「非核3原則」の見直しが、そして東アジアはいよいよ歴史的な変動が予測されます。米・中から見れば、現状を維持するために、北の核ミサイルを封鎖しなければならない客観情勢が生じつつあります。北のミサイル実験の失敗、核実験が出来ない現状。「ソウル火の海」発言など韓国への軍事恫喝が鳴りをひそめているのは、内部の事情に加えて巨大な国際情勢の圧力と見るべきです。もはや個人独裁国家を甘やかす余裕は皆無です。情勢を見誤って跳ね上がれば、情け容赦なく潰されかねない緊迫した情勢にあると見ています。

 

 国際情勢の変動に北内部の一部勢力が連動する可能性は、弾道ミサイル実験に失敗したときの対談(4月26日)で言及しましたが、ここ約1ヶ月間の中国と北のヒトの交流は、公表されているものだけでも党、軍など相当の量に達しています。

「主思派」の元祖とも言われる金永煥など韓国人の北韓人権活動家4人が3月29日から中国で抑留中ですが、この事態はどうも北と中国両方の公安関係者同士の連携による工作という気がします。つまり、金氏王朝の内部不安が深刻だという反証とも言えます。

 

佐藤 外に向けて挑発を繰り返そうとしていたのに、崔龍海政治局常務委員・軍総政治局長就任の時点から、ブレーキがかかったことは間違いありません。当然、矛盾は内部に向くのは政治の力学です。当面、金氏王朝の宮廷内の動向に注目したいと思います。

更新日:2022年6月24日