東アジアに核ドミノか

佐藤勝巳

(2013.5.7)

 

金正恩を黙らせた米中会談

 「核で火の海にするぞ」と騒いでいた金正恩が急に静かになった。もともとハッタリと無知に由来する能天気発言であるから、良識ある世間はいくら何でもと内心思っていながらも、経験不足と独裁体制だから何をしでかすか分からない、という不安も消せなかった。

 

 この金正恩の言動が、米国と中国を動かしたことは、まぎれもない事実である。ケリー米国務長官が北京に飛び(4月13日から)、米中会談に臨んだ途端、金正恩は静かになった。この米中会談で、金正恩が黙らざるを得ないことが論議されたに違いない。

 

韓国核保有要求

 米中を慌てさせたもう一つの要因は、韓国の世論調査の結果である。核武装やむなしという意見が70%に達して、与党セヌリ党元代表鄭夢準氏がアメリカのシンポジウムで核拡散防止条約からの脱退を主張し(現地時間4月9日)、核武装を公然と唱えたことだ。こうした動きを誰も止めることは出来ない。韓半島の南北が核を手にするかもしれないという衝撃が走ったことである。

 

 北が核を手にすることになったのは、北に一番の責任があり、次に米国、中国に責任がある。1993年と94年の核査察をめぐる米朝2国間交渉、ジュネーブ合意(1994年10月)で、米国は、北に軽水炉と重油をただ取りされ、その後の6者協議(2003年から)でも、日本を除く関係国が重油を北にただ取りされた。中国は6者協議の議長国として北朝鮮に制裁を科す日米の強硬論を拒否権行使を背景に、骨抜きに終始、北の核開発を擁護してきたのだ。中国は許せない。

 

 金大中・盧武鉉政権も中国と歩調を合わせ、6者協議の中で北に対する制裁に反対してきた。その流れをくむ韓国野党は責任を当然とるべきだ。今度中国は、国連決議2094号の支持にまわった。朴槿恵政権は、開城工業団地からの撤退を決めた。米中から教唆されたと思われるが、措置としては正しいが、韓国の核開発世論に対する米中の懐柔策かもしれない。「ピョンヤンが駄目なら、ソウルがあるさ」式の米中の思考に安易に乗ってはならない。米中の間違った国益実現のための駆け引きの挙句、狂気の金正恩体制に核を保有させたのだ。それを許した、没主体、従属的な日韓両政府も米中と同罪であり、国民に説明すべきである。

 

 23年前、私はワシントンを取材して北が核開発をしていることを実感し「金日成政権の核保有を許すな―日本政府への提言」(1992年『現代コリア』1月号)を書いた。その拙文の中で日本から北に600億円送金されていると、日本の責任も書いた。(付録として掲載してあるので参照してほしい)とうとう北の核が現実のものとなった。無念であるが、しかし阻止する手段は残っている。

 

中国の読み違い

 なぜこんなことになったのか。それは、中朝の複雑な関係に原因がある。中国は大国主義的観点から、米日韓と闘う道具として北朝鮮の核開発を利用して来た。北朝鮮は逆にそうした中国を逆手にとって、中国から核技術を引出し、秘密裏に核を開発して来たのだが、この度の核実験で騙されたことを知った。慌てふためき「アメリカ帝国主義」と談合する「醜態」を晒したのだ。

 

 ピョンヤンは、核を持つことで、北朝鮮を軽蔑、差別してきた中国社会帝国主義の鼻を明かしたと、祝杯をあげたと思われる。北の核開発は、米日韓に対抗する朝中連帯の側面と、今一つ、被抑圧民族北朝鮮が支配民族中国に対する〝復讐〟の側面があったのだ。中国は支配民族として、後者の側面を意図的に軽視して来た。これから朝中関係がアメリカをも巻き込んで、どう展開するのかアジアにおける最大の焦点となって来た。

 

核のドミノ現象

 韓国、日本、台湾も、アメリカの核の傘を前提にした従来の安保政策を根本的に変えなければならなくなった。北が核保有国となった以上、これら3国はアメリカを信用して安保を任せられない。われわれはどんな負担を背負っても、自分の国は自分で守らなければならない。アジアにおける核ドミノは望むことではないが、避けられない趨勢となってきた。

 

 韓国が核を持てば、北京にはピョンヤンからよりも近くなる。日本がミサイルに搭載できる核を製造するのに、総理大臣が決断すれば数週間で可能であると、韓国の核の専門家が私に教えてくれた。核を運搬するミサイルは、鹿児島県から人工衛星を打ち上げているミサイルの角度を少し変えれば、地球の裏側まで飛んでいく大陸間弾道弾に変わる。北朝鮮のものと違って精度ははるかに優れている。中国は、北朝鮮、韓国、日本、台湾の核ミサイルに包囲されることになる。中国も深刻である。

 

 日本の大陸間弾道弾は、北米、中米、南米大陸のどこにでも容易に届く。さらにヨーロッパにも届く、世界の風景が一変するのだ。今、国際情勢はそこに直面している。アメリカの国務長官、軍の参謀本部議長が北京詣でをしているのは、ただ事ではないからである。

 

米中覇権の後退

 そういう事態が出現して困るのは米中である。だから上記のように慌てて覇権国米中が接近したのだが、これは米中の覇権が相対的に後退したことを意味する。例えば、北が核ミサイルを所有するまでは、戦略物資食糧と重油を中国から(有料)供給されていた。中国が北の生殺与奪の権を握っていた。北が核を持てば、仮に中国が朝中国境を閉鎖、食糧や重油を断った場合、金正恩にその勇気があるかどうかわからないが、座して死ぬより、核ミサイルを北京上空に撃ち込んで死ぬということも、論理上あり得る。抑止という点でも、力関係は質的に変わったのだ。北京は、従来のように北を見下した態度で対処できなくなったのだ。

 

 韓国政府が核を保有すれば、中朝関係と同じように、北朝鮮、中国、米日、台湾に対して力関係が変わっていくことは、指摘するまでもない。弱小国が台頭し、覇権国の相対的に後退する。核拡散防止は事実上崩壊し、世界秩序の再編という容易ならぬ事態が実現する。国際政治に与える影響は計り知れない。歴史上に大事件となる。

 

米参謀長、中国のメッセンジャー

 米中はこの情勢を肯定するはずがない。その最初の縄張り調整がケリー米国務長官の訪中である。ケリー氏は韓半島で脅威がなくなれば、迎撃ミサイルをこの地域から縮小してもよいと中国に提案した(4月14日朝鮮日報)。その代わり、北の核を抑えろ、と中国に要求した可能性が大きい。二回目の縄張り調整がデンプシー(大将)米統合参謀本部議長の訪中(4月21~25日)であったと見るべきである。

 

 デンプシー議長が、北京で何を話し合ったか知らないが、帰路東京に寄って、中国が尖閣諸島を「核心的利益だと言っていた」と安倍晋三総理との会談(26日)で伝えた。彼の言葉を裏付けるように中国外務省スポークスマンは、同日の定例記者会見で、尖閣諸島が中国の「核心的利益」だと初めて言及した。偶然の一致と見ることはできない。安倍首相に尖閣で譲歩をせよ、と米中で迫ったのではないだろうか。そうだとするなら、随分アメリカも変わったものだ。

 

 安倍総理は、立ち話でデンプシー米統合参謀本部議長に「国際情勢は大きく変わりつつある。新しい安保模索のため、事務方に非核3原則の放棄、核拡散防止条約からの脱退を研究させています」とつぶやくべきだ。そうしないと、なめられて何をされるか分からない世の中になってきた。

 

自主防衛の信念

 日米同盟の強化には大賛成であるが、アメリカの意向に従属することではない。まず、沖縄県の基地移転問題を日米合意通りに速やかに決着をつけ、国益に即し自主防衛を強化すべきである。そうすれば米国は軍事費を削減できるし、アジアの安保も維持できる。それが日米同盟の当面必要なことであろう。

 

 次に政府は、中国に進出している日本企業の引き揚げを経団連に求めるべきだ。最小限度、国際社会から馬鹿にされない状況を作ることが急務である。その意味で総理の国会答弁に込められた歴史認識に国民は勇気づけたと思う。伊藤博文を殺害した安重根は、韓国から見れば英雄だが、日本から見れば総理殺害のたんなるテロリストである。安を日本に英雄として認めろというのが、朴槿恵大統領らの主張である。そんなことは話にならない。初めて戦後生まれから「普通の首相」が出てきた。歴史認識は、誰が何と言おうとぶれてはならない。必要なことは断固として国を守る信念と行動である。

更新日:2022年6月24日