“飽食”からの請求書――国家財政の破綻

佐藤勝巳

(2012.5.21)

 

ヨーロッパの金融不安再燃

いよいよ衆議院特別委員会で「社会保障と税の一体改革」の関連法案の審議が始まった。

 時を同じくしてギリシャでの総選挙では、緊縮財政政策を主張した政党が過半数を獲得できなかった。その結果、政党間の妥協が不成立となり、6月17日、再選挙となった。反緊縮財政派の優勢が伝えられるなか、ヨーロッパ連合(EU)からの脱退を懸念するギリシャ国民は、銀行からユーロ(通貨)を下ろし始めた。そのため、EU全体で取り付け騒ぎが起こるのではないか、との懸念が広まりつつある。

 

フランスでも、緊縮財政政策を掲げた現職大統領候補が敗れ、公務員の大量雇用など経済成長策を主張した候補が当選している。このギリシャとフランスの現象は、われわれに何を突きつけているのだろうか。

 

贅沢の付け

EUで起きている金融不安に共通しているのは、10万円の収入しかないのに、借金して15万円の生活を続けてきたその請求書が届いたということである。債権者が債務者に生活水準を下げて借金を返済せよ、ということだが、ギリシャ国民は緊縮生活などご免だ、と言ってデモやストで抵抗し、そのデモやストに賛同する政党に投票したのである。外から見ていると、さらに破滅の道に向かって走っている「狂気の沙汰」でしかないが、だが、ギリシャをはじめEU諸国で起きていることは対岸の火事ではないのだ。

 

天文学的な借金

実は、日本政府の抱えている借金は1000兆円。国民一人当たり700万円。税収40兆円の国家財政にとって、これは天文学的な借金だ。国内総生産(GDP)との関係ではギリシャよりはるかに日本のほうが深刻である。ギリシャやスペインの若者の失業率は50パーセントを超えている。このまま行けば日本はそれより酷いことになるのだ。

 

野田佳彦首相は「社会保障と税の一体改革は誰が政権を取っても避けられない問題」と上品なことを言っているが、この関連法案が通過しても、一時しのぎにはなるが少子高齢化が改善されない限り、国家財政破綻は回避できない、となぜはっきりと現状を語らないのだろう。

 

1000兆円の借金は自民・民主が作った

そもそもこんな気が遠くなるような赤字を作った張本人は自民党である。自民党は、農協や日本医師会・歯科医師会、土建業界、高齢者などに税金をばら撒くことで票を集め、政権維持をはかってきた。

 

民主党は、子供手当、農家への個別補償、高校生の授業料援助などを公約して、天下を取った。税金をばら撒く先が自民党と違っただけで、見返りに票を集めて天下を取るというやりかたは同じである。

 

1000兆円という赤字は、自民・民主両党が政権を取るため、または政権を維持するためにばら撒いた合計金額である。税収以上に支出してはならないのに、年金だ、医療だ、介護だと高齢者の票を手にするためにばら撒いた。だが、政治家だけを一方的に責められない。両党のばら撒きに圧倒的に多くの有権者が食いついたのだ。ばら撒いても票が集まらなければ、ばら撒く政党や政治家はいなくなる。要するに、有権者の政治に対する意識水準の低さがこんな信じがたい赤字を作り出したのである。有権者は1500兆円という自分たちの預金を食い潰しただけの話なのだが、それすらも気がついていない。

 

2010年11月末現在、年金を貰わなくても生活可能の年金辞退者はたった96名で、それどころか、親の死を隠してまで年金を受給していた人がいた。貰えるものは何でも貰い、一方では被災地の瓦礫引き受けを渋る。ここに通底しているのは、己があって国家がないという寒々とした有権者の心象風景である。この現実を無視して、“絆”などと歯の浮くような言葉を使うのは欺瞞ではないのか。

 

卑しき有権者

今年度も、年金、医療、介護、子育てに23兆円必要とし、高齢者の毎年増加で、1兆円余の社会保障費が増えていく。税収が増えなければ、赤字国債で補填する以外ないが、それは財政の破綻の道だ。結局、年金を全く貰えなくなるより、減額するか、医療費の個人負担を多くするほか解決の道はないのだ。

 

 自分の目先のことしか考えていない選挙民と、票を詐取したい政党・政治家を前にして、消費税の値上げを提起した野田政権は、社会保障費の中で半分を占める医療費の10兆円にも切り込むべきだ。そうしないと国家財政の破綻を食い止めることは困難である。

 

私は、70代後半で胃ガン、80歳で腹膜炎、81歳で脱腸を手術した。立て続けに3回も入院したことで、現代の医療の一端をベッドの上から垣間見る機会を得た。なかでもガン治療に抗ガン剤を使用することに関して特に効果がないと考えている。それどころか「抗ガン剤は増ガン剤」だったことを自ら体験したことで、国会で徹底的に検証する必要を痛感している。抗ガン剤の使用を規制するだけで、保健財政は健全化する。

 

150年前の産業革命前には殆どなかった病気――ガン、心臓病、脳梗塞、高血圧、糖尿病など――の蔓延が医療費を増大させている。財政再建という観点からも、医療費や国民の健康問題は徹底的に論議しなければならない緊急の課題になっているのである。

 

アメリカの実践に学べ

実は、1974年アメリカでも同じ問題に直面していた。アメリカ上院は、ガン退治のため「栄養問題特別委員会」を設置し、内外から医師、生物学者、栄養学者など専門家だけでも300人以上の証言やレポートを2年の歳月をかけて集めた。それを約5000ページの「アメリカ合衆国上院栄養問題特別委員会報告書」(委員長の名前をとって通称「マクガバン・レポート」と呼ばれている)にまとめ、1977年に発表している。 

 

結論を要約すると、「①がん、心臓病、脳卒中などアメリカの六大死因となっている病気は、現代の間違った食生活が原因になって起こる“食原病”てある。この間違った食生活を改めることで、これらの病気を予防する以外に先進国民が健康になる方法はない。②現代の医学は薬や手術といったことだけに偏りすぎた、栄養に盲目な医学であった。栄養に正しい認識をもつ医学につくり変える必要がある」(真柄俊一著『がんを治す“仕組み”はあなたの体の中にある』)というものである。

 

このようにアメリカでは、30数年前に生活習慣病克服に積極的に取り組んだことで、国民の健康確保と医療費の削減、ガンの死亡率低下に成功した。このことを医療ジャーナリストの故今村幸一氏が30年前に『アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート――いまの食生活では早死にする』(出版社―経済界)を出版していた(2002年に改訂版を出版)のに、わが国の議会では、このような問題意識は皆無であり、従って国会で論議は全く行われてこなかった。こんなことで社会保障と税の一体改革など成果を挙げることは出来るはずがない。

 

40兆の税収に10兆の医療費

後期高齢者の病気の予防、医療費削減に政治は全力を挙げて取り組まなければならないのに、小沢一郎氏の言動はそんなことに関心はなく、あるのは政局だけだ。40兆の税収のうち10兆円もの医療費を必要とする現状を大変だと思わないのだろうか。国民の医療費が膨張しているということは、不健康な人間の量産、または医療機関や製薬資本が不当な利益を得ているということではないのか。政治はなぜこの深刻な事態に立ち向かおうとしないのか。

 

今からでも遅くない、国会のリーダシップで、委員会を立ち上げ、病気の予防に国を挙げて取り組むべきである。これこそが「社会保障改革」の核心なりである。そうしなかったらこの国は、長寿イコール病人の増加による医療費で滅びてしまうということを知るべきである。

 

話を元に戻す。収入以上の生活(飽食)をした結果、ヨーロッパは危機に見舞われ、世界恐慌が云々される事態を招いている。日本も同じ危機に直面しているのだが、資本主義社会は、自由競争と多数決の原理で動いている。従って政治を動かすためには議席を多く取らなければならない。そのためには大衆に迎合、愚民政治おこなうことになる。

 

自由民主主義体制の構造矛盾

これは万国共通であり、大衆迎合は自由民主主義体制の構造的な矛盾なのだ。2008年のリーマン・ショックが矛盾の象徴的で、それの延長線上にあるのが、昨今のヨーロッパの金融不安なのだ。従って、危機は容易に解決できない。景気を刺激し緊縮政策を進めると、野田首相もフランス大統領も口にしているが、矛盾の根幹は、生産された製品が売れないことにある。矛盾することを同時に行うというのであるが、いまだ成功した例はない。

 

ならば、飽食と決別することで食生活や生活習慣を抜本的に改善し、拡大再生産ではなく縮小均衡という、生活水準を下げることも論点の一つとして論議してみる必要があるのではないか。

更新日:2022年6月24日