危機に立つ中国共産党

佐藤勝巳

(2011. 8. 8)

 

「高速鉄道」事故(7月23日)で、なにやら中国共産党の雲行きが怪しくなってきた。メディアに対して共産党の統制がきかなくなって来たからである。中国共産党指導部にとって、これはかつての天安門事件をはるかに越える、危機的状況といえる。

 

中国や北朝鮮(金正日個人独裁)で、共産党の統制がきかなくなるということは、国民が共産党の命令に従わないことだ。中国共産党指導部にとって、あってはならないことが突然、事故で顕在化してきたのである。

 

温家宝首相は事故の5日後に事故現場を訪れ、メディアの前で、病気で入院していたと言いながら、事故の真相を究明したうえ、その調査内容を公表すると約束した。他方、党中央は、国民の共産党への抗議に恐れたのか、権力内部の路線の対立なのか不明であるが、死亡者に対する補償金額を当初の倍、日本円で1200万円ほどを支払うと方針を変えた。プロレタリア独裁国家で、党が人民に「譲歩」するという前代未聞のことが起きたのである。

あの「泣く子も黙る」共産党指導部を国民がネットで批判しているのに、弾圧出来ないどころか、首相が事故現場におもむき、例えポーズであったにせよ、国民の要求にこたえざるを得ないという、「革命的大事変」が起きたのである。それにしても、温家宝首相の体調不良もあったかも知れないが、あの自信のない虚ろな表情に気がついたのは私1人ではあるまい。

今回の事故は、北京五輪、上海万博、広州アジア大会などで発揚してきた中国の国威を、余すところなく粉々に打ち砕いた。加えて、国民から不信の総反撃を喰った。温家宝首相の気力のない顔は、ダメージの深刻さを反映していたと言える。

 

あの事故によって、中国が「高速鉄道」を売ろうとしても、買う国家はいなであろう。また、事故で39名の死亡者(中国発表)で、国威発揚で中国国民を騙してきたことが、白日の下に暴露され、国民の信頼をさらに失った。

その証拠に、党中央が「事故を報道するな」と報道機関に指示をしたにもかかわらず、党の命令を無視して、被害者家族に対する当局の不誠実な対応を批判・非難する発言などがインターネット上に流れたのである。

これらの情報はリアルタイムで全世界に広まり、共産党指導部の面子を情け容赦なくつぶした。驚くべきことに、当局が差し止めた数ページの事故に関する新聞の報道記事が、そのままネットサイトに掲載されたことである。

第二次世界大戦後、共産主義中国と北朝鮮を観察してきたが、現在中国で、中東と同じようにネットで人民が政治をコントロールし出した、新しい時代の幕開けを実感している。

共産党が人民をコントロール出来なくなったということは、理論的には中国共産党の終焉の始まりといえる。逆にネットを使って党を牽制しだしている。金正日将軍様はこの事実をピョンヤンでどう捉え、対処しようとしているのか、関係者の関心を集めている。

 

高速鉄道利用可能な階層は、労働者・農民ではない。共産党の改革開放政策の恩恵に浴してきた、ー定の教育を受けパソコンも駆使できる知識を持った階層に属する人たちだ。その人口は4億人程度と言われている。中国共産党を支えてきたのは、実は、いたるところで当局の横暴に「暴力」で立ち向かっている、無政府主義的な労働者・農民、またはルンペンプロレタリアートではなく、この階層と言われてきた。

 

温家宝首相の妻が、宝石商を営んでいることは、門外漢の私までもが知っているように、党幹部の親類縁者が、地位を利用して富を蓄えてきたことは秘密ではない。中国で偉くなることは、「富」と「自由」を手にすることである。これは中国の伝統文化であり、漢民族のDNAというべきものである。

 

改革開放政策による高度成長は、特権的党幹部とそれにつらなる「中産階層」を生み出し、両者は相互に支持しあい、補完しながら、利益を分配してきた「仲間」であった。ところが、バブル経済で富が増え「富と自由」の分配をめぐり、両者の間に徐々に矛盾が蓄積されていった。今回の事故をきっかけに、それがより顕在化していくのではないのか。

共産党指導部は「中産階層」とテクノクラートに依拠してきたのだが、このグループに見放されたら党は存立し得ない。だから温家宝首相が顔色を変えて事故現場に足を運び、献花、補償を倍に引き上げ、沈静化につとめているのは、インターネツト世論があるからだ。

 

他方、中産階層も、余り共産党叩きをすると、彼らの収入源である共産主義体制を壊すことにもなりかねない。そうなったら元も子もなくなってしまう。「共産党のー党独裁を廃止せよ」という政治スローガンが見られないのは、彼らの微妙な立場をよく現わしている。党の特権階層と中産階層がどこで折り合いをつけるのか、複雑で鋭い緊張が続いている、と私は見ている。

 

折り合い(妥協)に失敗したら、中国の政治、経済ははじけ、世界中の株式市場が大混乱に陥る懸念も否定できなくなってきた。アメリカ、日本、EUは莫大な財政赤字を抱えている。それなのに円が買われているのは、ドルより円が信用出来るという深刻な国際金融事情に由来している。いつ何が起こるか分からない不確実さが益々増して来ている。

更新日:2022年6月24日