中国の恫喝に屈した菅政権

佐藤勝巳

(2010. 9.28)

 

 日本政府は、中国に脅しをかけられた途端、9月24日、領海侵犯をした中国人漁船船長を処分保留のまま釈放してしまった。あまりの軟弱な政府の対応に、われわれ高齢者の間から「なんだ、あの弱腰は!」と、怒声が一斉に上がった。

 

 もっとも、こうなるのではないかという危惧は、海上保安庁の監視船が中国漁船を逮捕したときからあった。菅直人首相をはじめ、官房長官も外務大臣も口を揃えて「国内法にしたがって粛々と対処する」と繰り返し発言していたからだ。日本の領土を盗りに来ている相手に〝粛々と対処する〟などと、こともなげに口にしている様子を見て、民主党政権は尖閣諸島問題、共産主義中国の本質を理解していないと苦々しく思ってテレビを見ていた。正確に理解していたなら、安全保障関連閣僚会議を緊急招集し、軍事衝突も視野に入れた対策を立てていたはずだ。

 

 皮肉なことに、菅内閣に尖閣諸島問題の本質を教えてくれたのは、当事者の中国だった。もたもたしている日本を屈服させるための二の矢が放たれて来た。レアアースの輸出を全面ストップという恫喝。家電業界はパニックに陥った。次に、日本政府が船長の身柄を再拘束、取調べを続行すると分かるや、間髪を入れずに、日本人4人をスパイ容疑と称して中国領土内で身柄を拘束した。菅内閣はここで初めて何が起きているかに気がついたようだ。

 

 当時、首相と外務大臣は国連出席のためニューヨークにいた。米首脳へ尖閣諸島問題の協力を要請したであろう。アメリカは、中国の膨張主義への警戒が高まっている折、渡りに船と、オバマ大統領とクリントン国務長官は、尖閣諸島が日米安保条約の適用範囲内と、今まで口にしなかったことを口にし、日本にも恩を売った。

 

 尖閣諸島は言うまでもなく日本の領土である。中国は、日本が敗戦で沖縄が米軍に占領されたとき。また、沖縄が日本に返還されたとき、尖閣諸島について何も意思表示していない。ところが、1970年国連の資源調査で、あの周辺海底に世界弟3位の石油が埋蔵されていることが判明するや、「尖閣諸島は中国のもの」と言い出した。その根拠は、中国の民間の幾つかの古文書に書いてあるというものだが、いずれの文書からもそれが尖閣諸島に当たるかどうか特定できない(外務省)というものだ。

 そして今回「自分の領土内で操業して何が悪い」と言って、日本監視船に体当たり、領内に殴り込みをかけてきた。ヤクザが縄張りを拡大するときと同じ手口である。ヤクザは、法律を無視、暴力で目的を果たす。これがヤクザのヤクザたる所以である。このたびの中国の言動が正にそれに当たる。

 

 彼らの論理からすれば、この程度のことで尖閣諸島が手に入るのなら、笑いが止まらないはずだ。ヤクザ組織の幹部の1人温家宝は、ニューヨークで、言うことを聞かなければ「何が起きるか分からないぞ」と、菅首相・前原外務大臣を脅した。すると菅内閣は脅しに屈して、絵に描いたように船長を釈放した。

 すると中国はすばやく、「謝罪と賠償」を要求してきた。だが、彼らはネットなどでは勝利、勝利と大騒ぎしているようだが、なぜか中国政府は浮かぬ顔をしている。理由は前述のようにアメリカのトップに、尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内と言明させてしまった。中国は、尖閣諸島を手に入れるにはアメリカと戦争しなければならなくなった。局地戦では勝利したが、戦略的には逆に困難を創り出したというのが、中国共産党の総括になるはずだ。浮かぬ顔はそのせいであろう。

 

 日本の領土に侵略してきたものに対処するのは、基本的には軍事力以外ない。専門家の話によると、日本に「領海法」がないため軍事力で国土防衛ができないという。要するに国家の体をなしていないのだ。

 

 加えて、昨年末には、当時民主党幹事長だった小沢一郎氏が、民主党国会議員や党員シンパ600余名を引き連れ、北京を訪問して、胡錦濤の前で「野戦軍指令として(今年7月の)参議院選挙で勝利、日本を“解放”する」と誓ったことは記憶に新しい。帰国するや中国共産党幹部を天皇に合わせろと記者会見で吠えた。鳩山由紀夫氏は普天間基地移設問題で、日米同盟を目茶苦茶にした。中国から見れば好機到来と映ったはずだ。

 

 中国は、小沢氏が総理大臣になることを期待していたことは間違いないが、日本国民はそれにノーを突きつけた。菅氏は、小沢氏ほど親中国ではないが、菅内閣に尖閣諸島に攻撃を仕掛ければ(脅せば)実効支配の道が開かれる、と読んだのであろう。

 

 金正日政権の韓国哨戒艦撃沈は、鳩山政権の言動で沖縄の米軍基地が揺れていることが引き金になった可能性は否定できない。菅首相は鳩山内閣の副首相で、鳩山首相の親中・反米政策に反対しなかった。その菅氏が首相になって3ヵ月後、普天間基地移設問題を忘れたかのように、一転して「尖閣諸島を守って欲しい」とアメリカに要請する。菅首相や仙谷官房長官は、自分たちの言動に矛盾を感じないのか。一体どこに思想や定見があるのか。どこに気概や誇りがあるのか。余りにも腑抜け無節操、なぜ中国と戦わないのか。

 

 民主党は日本の安全保障をどうする気なのか、不安がますますつのる。しかし、わが国の深刻さは、自民党が天下を取っていたら違う対応をとっていた、と断言できないとこだ。検察庁は押収した証拠を改竄というおぞましい事件を引き起こしている。裁判官は大丈夫なのか、と思わざるを得ない。この国はいたるところで〝劣化〟が蔓延、深化している。隣国で独裁者の子どもが後継者に選ばれるかどうかも確かに問題だが、この国のモラルが溶解していることはより深刻で問題だ。

 

 それにしても、日本人がこれほど反中国に傾斜、わが国政府のだらしなさを学習させられたことはない。幕末は4隻の蒸気船で国民が目覚め、幕府を倒すのに15年を要した。1隻の中国漁船で目が覚めるのかどうか、問われているのは有権者の自覚であろう。

更新日:2022年6月24日