300万人を餓死させた共犯者たち

佐藤勝巳

(2008. 8.29)

 

 『わたしの娘を100ウォンで売ります』(晩聲社刊)を読んだ。

 朝中国境の国民に蛋白質不足が起き、代わりに「蛇やカエルを食べている」という話が、私の耳に入ってきたのは1975年であった。勿論、信じることが出来なかった。

 しかし、その後、「祖国」を訪問した在日朝鮮人の話などから、着実にこの「100ウォンで売ります」の世界に近づいていったことを四半世紀かけて確認した経過がある。

 その中でショックだった話は、某有名大学で、ある学生が金正日を批判するビラを撒き、捕まった。彼は、学生たちの前で火あぶりの刑に処せられたのだが、当局は火を母親につけさせた。

 私は、この話しを知ったとき、この政権は許してはならない、指導者を八つ裂きにしても飽き足らないと思うようになった。

 「100ウォンで売ります」を読んで、過去にインプットされてきたこの種の情報が、映像のように組み立てられて行った。解説で「この詩を読みながら、私は改めて文学の威力を実感した」と趙甲済氏は述べている。文字の力は捨てがたい、と私も思った。

 また、「300万という人間の死は、その屍を1列に並べると、長い日本列島の札幌(北海道)から沖縄(那覇)まで直線で往復する距離に相当し、ジェット旅客機でその死体の列の上を時速700キロで飛んでも6時間以上かかる。『戦争』でもない平時に到底想像も出来ない歴史的惨禍である」と洪熒氏は同じく解説で書いているが、衝撃である。

 初歩的原子爆弾の殺傷力に例えると、1発で30万人が死亡すると仮定した場合、原子爆弾10発分に相当する、物凄い数の死者である。

 私の問題意識からすると、直接の下手人は金正日政権であるが、それだけではない共犯者がいると思っている。

 金正日政権を支えてきたの、が実は韓国・中国・日本などの周辺国ではないのか。特に、ここ10年の韓国政権は「太陽政策だ」「抱擁政策だ」と言って100億ドル相当の援助を殺人の下手人に与え助けてきた。

 次に、米クリントン政権は8年間「軟着陸政策」「ソフトランデイング政策」と称してモノやカネを与えて北の非核化を実現しようとして失敗した。

 ブッシュ政権も06年10月から、モノやカネを与え、北朝鮮の非核化を実現するという「幻想的」な政策に転換した。

 つまりクリントン政権、韓国の金大中・盧武鉉政権と同じく金正日を支える政策に変質していった。六者協議における米朝協議の茶番劇がそれを証明して余りある。

 日本は、殺人の下手人に150万トンのコメを贈与した。中国は、金正日政権の貿易代金の未払いなど棚上げを繰り返し行なって、直接間接に金正日政権が倒れないように支え、かつ中国の影響力の強化を狙っている。

 関係国が金正日政権を支えた理由は何か。誰も本音を言っていないが、金正日政権を倒したら難民が押し寄せる。それは真っ平だと思っているのだ。

 もう一つ、戦争になったら自分が死ぬ可能性が出る。それは嫌だと思っているからだ。別な言い方をすれば、周辺国が被害を受けたくない、という利己的な考えの結果、金正日政権に対して生かさず殺さずの政策を採ってきたのである。

 そして、国際社会は、北朝鮮国民300万人を餓死させるという悲惨な状態を許し、見て見ない振りをしてきた。私はこれが真実に近いと思っている。

 金正日政権を倒すことが最大の人権擁護であり、平和への担保であることは多言を要しない。しかし、分かっていても自分は犠牲になりたくないという集団的利己主義が普遍的に存在しているからではないのか。六者協議がそれの見本である。

 『わたしの娘100ウォンで売ります』を読んで、改めて思ったことは、金正日に責任があるが、しかし、われわれの「平和」は、300万人の北朝鮮国民の餓死者の死臭の上に成り立つ、欺瞞に満ちた「平和」であるということだ。

 だが、金正日にも寿命がある。彼の死によって、あの独裁体制は崩壊するであろう。

 注目すべきことは、ソ連・東欧。中国・ベトナムでは、国民を食べさすことが出来なくなったら、指導者を交代させ、制度を変えたり、修正したりした。

 しかし、北朝鮮ではそれが起きなかった。300万人の餓死は、北朝鮮の特殊性と不可分の関係があると考えるのが普通であろう。

 世界のエゴイズムの本質は何も変わっていない。それにしても独裁者の手による300万人の餓死は、どんなことがあっても許してはならない。

更新日:2022年6月24日