レーダー 第6回

―セヌリ党代表選挙―

 

前回は7月30日に実施された国会議員の再・補欠選挙について報告した。選挙は与党セヌリ党の予想外の勝利という結果で終わったが、読者から、「朴槿恵政権はこれで安定するのか」という問い合わせがきた。筆者としては、今回の勝利によりセヌリ党並びに朴政権は1年8か月後の16年4月の総選挙まで時間的余裕が与えられるので、その間に態勢立て直しを図ることが出来ようと書いた。しかしそれがうまくいくかどうかについては考察しなかった。そのため、そういう質問が出て来たものと言える。本稿では、前回の稿で簡単に紹介した7月14日のセヌリ党の党大会での金武星代表体制の出帆を本格的に取り上げてみたい。朴政権の今後を考える上で不可欠な動きであったからだ。順序が逆になってしまったが、ご了解願いたい。

 

1.支持率最低の朴政権

朴槿恵政権の今後の安定性については、朴政権のアキレス腱とまで言われる人事政策の拙さの克服、政府と与党との意思疎通の改善、経済の活性化等、課題は多い。現在の韓国の政治は、4月16日に発生したセウォル号沈没事件と大統領が指名する一連の人事政策の失敗が重なり、大きな停滞を余儀なくされている。それを象徴するのが、セウォル号事件で更迭が発表された鄭烘原首相の後任人事の難航である。朴大統領が指名した二人の首相候補は相次いで自ら辞退することで後任人事は決まらず、結局60日経って鄭烘原首相の留任が発表された。それに対し、野党新政治民主連合は「セウォル号惨事の責任を取らず、総理一名も選べない無能政権」と朴政権を罵倒したのである。

その結果が朴槿恵大統領の支持率の急落である。事件前に60%を超えていた朴大統領の支持率は7月初めには40%にまで低下した(注1)。僅か2か月余りの間に大統領の支持率が20%以上も急落したことになる。これは朴政権並びに与党セヌリ党の危機と言うしかない。

 

2.危機の中の党大会

そんな最中に迎えたのが、7月14日の与党セヌリ党の党大会である。この党大会では、今後2年間セヌリ党を率いていく党代表(総裁)と5人の最高委員が選挙で選ばれる。今回選出される党代表は任期上2016年4月に実施予定の総選挙を取り仕切ることになる。党代表には公薦権(党公認候補の決定権)を行使するという極めて強い権限が付与される。その結果、誰が党代表になるかは、国会議員にとってのみならず、派閥にとっても命運を分かつきっかけとなる。

今回の党代表と最高委員選挙は、党内最多選で(7選)主流派である親朴槿恵系の徐清源議員(71)と5選議員で“元祖親朴”であったが現在は非朴系に分類される金武星議員(62)の巨頭対決で展開した。この2人以外では7人立候補したが、その中に97年の大統領選挙で与党を脱党して独自出馬した李仁済議員も名乗りを挙げていたのも興味深い。今回の選挙では党内の選挙としては珍しくネガティブキャンペインが飛び交う泥仕合の様相を呈し、顰蹙を買うものであった(注2)。

泥仕合に至った背景について、朝鮮日報は以下のように解説している。「徐・金両議員とも金泳三元大統領の系譜で政治活動を始め、2007年のセヌリ党の大統領予備選挙の時から朴槿恵キャンプで一緒に活動する等、政治的軌跡は殆ど一致している。そのため二人は相手に対して『良く知っている』と言える理由がある。しかし現実には二人で会って食事をしたり、酒を飲むことは殆どなかったという。『お互いを白眼視してきた側面がある』、関係者は『(二人は)動物で比喩すれば、獅子と虎の関係である』と言う」(注3)と。両者の関係には微妙なものがあったようである。

それはさておき、党大会の選挙の結果はどうであったろうか。党代表には総投票数5万2706票(得票率29.6%)を獲得した金武星議員が当選した。2位の徐清源は3万8293票(同21.5%)で、8.1%という大きな票差があった。これは金武星代表体制にとって大きな力を与えるものとみられる。3位以下に金台鎬、李仁済、金乙東が入った。

その結果注目されるのは、今回の選挙で与党指導部が非朴系で大半が占められるに至ったことである。与党指導部は代表1名、最高委員4名、当然職最高委員2名(院内代表と政策委議長)、指名職最高委員2名の計9名で構成される。これまでの黄祐呂代表体制では親朴系が7名、非朴系が2名だったのが、今回の選挙で非朴系が7名、親朴系が2名に逆転、親朴の没落、非朴の躍進を印象付けた。ある親朴系議員は「12年の総選挙以降セヌリ党最大派閥であった親朴系が事実上“空中分解”の水準に没落した」とまで述べている(注4)。朴政権は執権17か月目にして、党権(党の権力)を奪われたことになる。

 

3.「大統領には言うべきことは言う」

 新しく与党セヌリ党を率いることになった金武星代表はどういう政治家で、どういう主張の持ち主であろうか。前述のように、金代表は金泳三派で政治的トレーニングを受けた後、朴槿恵キャンプに移った人物である。それから10年、「親朴の座長格だった」時期もあるが、朴槿恵との関係はそれほど平坦ではなかった。与党関係者の間では「二人が率いていく今後の党と青瓦台の関係は緊張と協力が共存するだろう」という観測が多い(注5)。金代表はセヌリ党内では武大(金武星大将)というあだ名を持つほどにカリスマ性を持つ政治家でもある(注6)。

 朴槿恵大統領とセヌリ党の新指導部は党大会の翌日15日に、青瓦台で昼食会を持った。この会合で朴大統領は「(党と内閣は)呼吸を良く合わせて国家的に大きな課題である経済回復と国家革新を旨くやってくれるようお願いします」と期待を表明した。それに対し、金武星代表は「我々は風雨同舟(雨風の中で同じ船に乗った間柄)であり、大統領に良くお使えし、頑張ります」と答えた。

金代表は昼食会の前にあった朝鮮日報との会見で、「朴槿恵大統領に定例会見を建議し、定例的な会合の場で国民の声をありのままに伝達する代表になる。野党指導部とも随時会い、野党と青瓦台(大統領府)の橋渡し役も引き受ける。今のように党と青瓦台を垂直的に率いて行っては、大韓民国とセヌリ党には未来はない。今後党と青瓦台の関係を意思疎通と協力の健康な関係にしていく」と抱負を述べた(注7)。また金代表は国立ソウル顕忠院に参拝し、芳名録に「セヌリ党が保守大革新のアイコンとなって右派政権の再創出の基礎を構築する」と書いた。そして午前10時には再・補欠選挙の激戦地である水原の京畿道党事務所で初の最高委員会議を主宰し、「何よりも今度の7・30再・補欠選挙で安定的な院内過半数の議席確保が非常に切実な状態である。本日新指導部が初の最高委員会議をここ水原で開くようにしたのは、今度の再・補欠選挙に臨むセヌリ党の非常な覚悟を表したものである」と檄を飛ばしている。

 

4.今後の展望

 危機に直面している朴槿恵政権と新しく発足した金武星政権はうまくやっていけるのであろうか。次期大統領のポストを狙う金武星代表とすれば、修羅場を凌いで朴政権の立て直しに手を貸し、ソフトランディングさせられれば、名実ともに次期大統領候補として浮上し、彼自らの手で保守政権の再創出を達成することになろう。

 ここに興味深い世論調査結果がある。世論調査専門会社であるリアルメーター社がセヌリ党7・14党大会直後の15~16日に調査し、17日に発表したものである。それによれば、金武星代表はセヌリ党内の大統領選挙(大選)走者支持度調査で14.5%の支持率を獲得し、1位を記録した。2位には12.9%の金文秀前京畿道知事、3位には8.7%の鄭夢準前議員が入った。金代表は一週間前の調査では8.0%の支持率で3位であったが、1週間で支持率が6.5%も上昇したことになる。他方同じ社の調査で、朴槿恵大統領の国政運営を肯定的に評価する比率は、さる8日の44.5%から16日の調査では50.1%に上昇、50%台に復帰した(注8)。これもコンベンション効果であろうか。

 いずれにしても、これらの数字の変化は7月30日の再・補欠選挙実施前に行われた世論調査の結果である。再・補欠選挙の結果はセヌリ党の予想外の勝利であったが、再・補欠選挙での圧勝は、発足後間もなかった金武星体制の安定化を促し、朴政権の立て直しに大いに貢献していくものと思われるが、党と青瓦台の関係が今後どう展開していくかが大きな鍵とも言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(注)

1.(7月)4日に発表された韓国ギャラップの定例世論調査では、朴槿恵大統領の支持率は一週間前の42%から2%低下し、就任後最低値である40%を記録した。朴大統領の支持率はセヌリ党の支持率(41%)よりも低かった。これも初めてのことである。『朝鮮日報』14年7月5日。

2.社説「セヌリ党の権力競争みっともない、冷ややかな世論そこまで分からないのか」、『朝鮮日報』6月30日。

3.「政治インサイド」、『朝鮮日報』7月18日。

4.「与党指導部は親朴系対非朴系が7:2から2:7へ」、『朝鮮日報』7月15日。

5.「5年は親朴、5年は非朴…金武星“青瓦台には言うべきことは言う”」、『朝鮮日報』7月15日。

6.毎日経済新聞社『朴槿恵時代のパワーエリート』2013年1月。p98。

 

7.「金武星、“朴大統領”に定例会見を建議する」、『朝鮮日報』7月16日。

更新日:2022年6月24日