レーダー第五回

―7・30再・補欠選挙で与党圧勝―

野副伸一

(2014. 9. 2)

 

1. 再・補欠選挙の実施

 

 韓国では、政治的イベントが続いた。6月4日の統一地方選挙、同日の教育監選挙に続き、7月30日には国会議員の再・補欠選挙が実施された。今回の再・補欠選挙が注目されるのは、空席数が歴代最多の15議席に達しており、”ミニ総選挙”の様相を呈していたこと、また6月4日の統一地方選挙の結果が拮抗しており、再・補欠選挙が統一地方選挙の延長戦の意味合いが込められていたことも見逃せない。さらに韓国の今後の政局の展開を見る上で、今回の再・補欠選挙は見逃せないイベントでもあった。与党セヌリ党が過半数の4議席が獲れるかどうか、獲れない場合7月14日に発足したばかりの与党の金武星代表(総裁)体制は不安定化するしかなく、さらに朴槿恵政権のレームダック化も不可避であろう。また事情は野党側も同じで、3月に発足した第一野党の新政治民主連合が敗北した場合、金ハンギル・安哲秀共同代表体制は、大きな混乱に直面するものと見られていた。

 

2. 予想外の与党の圧勝

 

 再・補欠選挙の結果は、予想外の展開となった。苦戦をしいられてきたセヌリ党は全15議席中11議席を獲得し、勝利を予想していた新政治民主連合は4議席に留まった。その結果、国会での各党の議席配分は、以下の通りとなった。

 セヌリ党:(選挙前、以下同じ)147→(選挙後、以下同じ)158、新政治民主連合126→130、統合進歩党5→5、正義党5→5、無所属2→2、空席15→0、合計300→300。

 今回の投票率は平均して32.9%と低かった。昨年には2回の再・補欠選挙があったが、4・24再・補欠選挙では投票率は43.4%、10・30再・補欠選挙では33.5%と、いずれも今回より高かった。なお投票率は選挙区により大きな差があり、今回でも、野党統一候補対与党候補の対決で関心が高まったソウル銅雀乙区では46.8%、1988年に小選挙区制導入後、初めて与党候補が当選した全南順天・曲城区では51.0%になっている。

 今回の再・補欠選挙の結果が予想外であったのは、6・4統一地方選挙後にもセウォル号沈没事件処理の遅れ、首相後任人事での不手際等、政府・与党には明るい材料がなかったことである。そんな中で注目されるのは、朴槿恵大統領が6月13日に7閣僚を交代させる内閣改造を発表、要職である経済副首相兼企画財政相に大統領側近で政策通として知られる崔炅煥セヌリ党前院内代表を起用したことである。また朴大統領は7月10日に与野党の院内代表4人と会談し、大統領は国会との意思疎通を促進するため、5人による定例会談の設置を提案したことである。

 今回の再・補欠選挙では、与党は経済の活性化と国政の安定的運営を国民に訴えた。それに対し、野党はセウォル号惨事等で露呈した朴槿恵政権の無能と無責任さを審判しなければいけない、と基本的には統一地方選挙時と同じ戦法で選挙に臨んだ。しかし野党の主張は二番煎じと受け取られ、票は伸びなかった。

 

3. 注目すべき点

 

 今回の再・補欠選挙では、いくつか注目すべき点があった。簡単に紹介しておきたい。

 第1が激戦区であるソウルの銅雀乙区でセヌリ党のナギョンウォン候補が正義党候補で野党統一候補でもあるノフェチャン候補を僅差で破り、33か月ぶりに国会議員にカムバックしたことである。今回の再・補欠選挙では新政治民主連合と正義党が選挙協力の一環として3選挙区で単一化候補を出したが、1選挙区での成功のみに留まった。このため、新政治民主連合の内部では、権力維持に汲々するあまり単一化政策に早急に乗った指導部への批判が強まっている。

 第2に、全羅南道(全南)で保守系候補が初めて当選したことである。韓国政治の特徴の一つとして地域主義が挙げられるが、1988年に小選挙区制が導入されて以来、全南で当選するのは野党系候補者のみであった(金大中、盧武鉉政権時代は与党系候補)。「奇跡のようなこと」(『朝鮮日報7月31日』)が可能だったのは、イジョンヒョン当選者が朴槿恵大統領の最側近であり、イ当選者の“予算爆弾”の約束が効果的であったこと、さらに野党内の分裂等、複合的な要因が作用したからとみられる。

 第3に、孫鶴圭や金斗官といった新政治民主連合の大物政治家が落選したことである。孫鶴圭の場合は元々ハンナラ党出身の政治家で、民主党では外様大名のような扱いを受けてきた。11年の4・27再・補欠選挙では与党の金城湯池である盆唐乙区を割り当てられ、与党元代表を相手に奮闘、首尾よく勝利し、与党に“盆唐ショック”を与えた。今回も与党の牙城とも言うべき選挙区をあてがわれ、新人候補を相手に戦ったが敗北した。敗北のショックは大きく、孫候補は政界引退を表明した。

 第4に、今年4月に発足した新政治民主連合が大きな混乱に直面する可能性が出てきたことである。今回の選挙の敗北の責任を取って、金ハンギル共同代表と安哲秀共同代表は7月31日辞意を表明した。二人の共同代表が辞めれば、当初来年3月に予定されていた全党大会は早まる可能性が強い。当面非常対策委員会体制で行く可能性が強いが、次期リーダーは16年の総選挙の公薦権、次期大統領候補の選出とも深く関わって来るので、党内のヘゲモニー争いが強まっていきそうである。

 第5に、安哲秀共同代表の政治的立場が急速に弱まってきたことだ。『朝鮮日報』8月1日の記事「言葉だけの安哲秀の新政治」は、「去る3月独自勢力化を放棄して民主党と手を結んだ安哲秀の“新政治”の実験は7・30再・補欠選挙の惨敗で4か月余に事実上幕を下ろした」と安哲秀代表を厳しく批判した。同紙は7月31日の記事でも、「その間野党圏の次期有力走者として認識されてきた安代表は党内の位相が急激に狭まり、大統領選挙への道にも蹉跌が生ずるだろう」としている。

今後の展望

 以上で7・30再・補欠選挙の説明は終わるが、今回の選挙が韓国の今後の政治にどんな影響を与えるのであろうか。

 第1に、今回の再・補欠選挙の勝利で、大統領と政府・与党は2016年4月の総選挙までの1年8か月間、大きな選挙がないため国政課題の推進に集中できるようになったことである。青瓦台は選挙結果に対し、「今後経済活性化と国家大革新等、この間提示してきた国政課題に邁進する」と述べている。また今回の選挙の勝利で、セヌリ党の金武星代表体制は早期に安定していくものと見られる。

 第2に、野党の混乱はさらに激烈になっていくものと見られる。金ハンギル・安哲秀代表が辞任した後誰が新政治民主連合を率い、野党を再建していくのかが現時点で見えないことである。今回の選挙で平沢乙区で落選した鄭長善前議員は『朝鮮日報』とのインタビュウ(8月1日)で、「今我々には百薬は効き目がない。退路すら探すのが難しい。党代表を新しく選出する程度の変化では失われた国民の支持を回復するのは困難である」と述べ、「路線と戦略すべてを根本から新しく立てねばならない」としたのである。

更新日:2022年6月24日