”太っ腹”会談の後に怪しい影が?

(2019.7.9)岡林弘志

 

 いかにも、ハプニング好きの二人の出会いだ。第3回の米朝首脳会談は、なんと一日前にツイッターで提案し、しかも東西冷戦の「化石」である板門店で行われた。まさに歴史的な出来事と言いたいところだが、あらかじめシナリオありの気配も。ただ、最大の懸案である「北朝鮮の非核化」については、これから実務協議と決まったが、なんと、米国からは当面北朝鮮の核保有を認める「現状凍結」案が浮上という情報も漏れてきた。

 

わずか20歩、1分の「歴史的」越境

 

 「週末、一緒に過ごせてよかった。素晴らしい対面をした。近くまた会うのを楽しみにしている」(6・1)。なんとも甘ったるいような、こそばゆいようなツイッターをしたのは、トランプ米大統領だ。会談のなかでも「歴史的」を繰り返していた。帰国しても、北朝鮮の金正恩・国務委員長との板門店会談(6・30)の興奮からさめやらないようだ。

 

 いずれにしても、異例だったのは、間違いない。まずは、きっかけがツイッターだったことだ。少なくとも表向きそういうことになっている。G20で大阪に来ていたトランプは、続いて韓国を訪問(6・29~30)することを念頭に、「非武装地帯(DMZ)で、2分間でも会いたい」(6・29)とツイッターした。これに対して、北朝鮮は5時間後に「非常に興味深い」(外務省談話)と、素早く反応した。

 

 今まさにIT時代ではあるが、首脳会談がツイッターで決まるというのは珍しい。一日に何回もツイッターをするトランプらしいか。また、金正恩の方も、ひたすら望みをつなぐトランプからの呼びかけは、大歓迎だ。こちらは独裁、ご本人がよしとなれば、誰も反対できない。かくして、首脳会談実現となった。

 

 もう一つ、異例だったのは「冷戦の化石」である板門店で、トランプはあっけなく北朝鮮領内に入ったことだ。もちろん米大統領としては初めてだ。歴代大統領の何人も板門店あるいは軍事境界線近くの米軍基地などへ脚を運んだ。北朝鮮を双眼鏡で覗き、米軍将兵に対して、北朝鮮軍への警戒を怠らないよう激励して帰るのが通例だった。

 

 「私がこの境界線を越えるのを望みますか。越えられれば光栄だが…」「一歩越えれば、史上初めて我が国の地を踏む大統領になりますよ」。こんなやりとりがあったようだ。板門店の会議場に挟まれた軍事境界線を示す礎石をはさんで、二人は握手。トランプは礎石をまたいで、北側に歩を進め、金正恩の背中を親しげにたたいた。歩数にして20歩、わずか1分ほどの“滞在”だったが、トランプはまさしく、現職の米大統領として初めて北朝鮮の地に一歩を記したのである。

 

 本来なら、これは休戦状態にある朝鮮戦争の終結を象徴する出来事になるような行動である。一国の最高責任者の行動は重い。しかし、今回は、直ちに休戦協定が平和協定に変わるわけではない。金正恩とは仲がいいということをアピールする以上の意味を持つかは、これからだ。最も、人為的に引かれた境界線は虚構、こんな線を守るため血を流し合うのはナンセンスということなら、それなりの意味はあるが、そういうことでもなさそうだ。

 

トランプは板門店にこだわり、筋書きは出来ていた?

 

 とここまで書いたが、どうもハプニングにしてはできすぎている。さかのぼって見ると、事前の筋書きらしきもチラチラする。怪しいのは、6月に入ってからの両者の書簡のやりとりだ。「金正恩委員長から美しい手紙を受け取った。感謝している。前向きのことが起こるだろう」(6・11)。2月末の会談が決裂となってさほど経っていないのに、トランプは上機嫌だった。

 

 「素晴らしい内容が盛り込まれている。興味深い内容について慎重に考えてみる」(6・23)。一方の金正恩も、トランプから親書を受け取ったことを明らかにし、「トランプ大統領の政治的判断能力とたぐいまれな勇気に謝意を表する」とまで、褒め称えた。両者とも、具体的内容は明らかにしなかったが、板門店ハプニング会談も入っていたとしてもおかしくはない。

 

 トランプの親書は、米国務省のビーガン北朝鮮担当特別代表が平壌へ飛んで金正恩に直接手渡した。此の時にシナリオはつくられた。そしてビーガンは会談の数日前からソウルにいて、会談前夜は板門店で北側と綿密に打ち合わせを行ったようだ。秘密裏にことを進め、直前になって、トランプがツイートで会えるかどうかわからないがというような思わせぶりな発信をし、世間の注目を集めて……。

 

 トランプは、かねて板門店にこだわりを持っていた。第2回会談の候補地として、板門店をあげたことがある。ことによると、昨年の南北首脳会談が板門店で行われ(4・27)、両首脳が軍事境界線をまたぐ場面が世界中に放映され、注目を集めた。その時から、トランプは、自分をアピールするに最もふさわしい舞台と思いこんだのかもしれない。

 

 それに、来年の大統領再選をにらんでも絶好の機会だ。トランプが大阪に来ているその時に、宿敵民主党の大統領候補が一堂に会する討論会があった(6・28)。世論調査では、複数の民主党候補よりトランプは劣勢にある。それにぶつけるように、板門店での米朝首脳ハプニングの歴史的出会いは、有権者の目を引きつけるに十分だ。会っただけで外交手腕をアピールできる。長年バラエティ番組をやってきたトランプにとって、得意とするところだ。

 

 そういえば、トランプのツイート後の話(6・29)はわざとらしかった。朝には「金正恩委員長がツイートを見ていたら、DMZであいさつをするため会うかもしれない」。昼には「今朝思いついた。2分間は会えるだろう」。そして、ツイートから5時間後、北朝鮮の崔善姫第一外務次官が「公式提案を受けていない」といいながらも、「朝米首脳の対面は関係進展の契機になる」と前向きの反応を示した。

 

 筋書きが出来ていなければ、こううまくは進まないだろう。それに誇り高いトランプは、呼びかけたが振られたという屈辱には耐えられない。そうなれば、かえって笑いものになり、大統領再選に大きなマイナスだ。それくらいの計算は誰でもするだろう。

 

 一方の金正恩も、ハプニングは好きだ。それに、軍事境界線上で、長年の宿敵の親玉とサシで、丸腰で会うという姿は、自らの”太っ腹”を内外に見せる絶好の舞台だ。若くして最高指導者となり、権威付けに苦心してきた。朝鮮語に「ペチャン セダ」という言葉がある。肝が据わっている、太っ腹などを意味し、朝鮮半島の男性が好んで使う。何よりの褒め言葉でもある。もちろん、金正恩も好きだ。文字通り肉体的な太っ腹を叩いて、呵々大笑というのは絵になる。

 

 かくして、「2分間」といっていたはずの出会いは「53分」もの会談となった。そして、両者の軍事境界線での出会い、トランプの越境は、米国や韓国、日本のテレビは同時中継、ニュース速報も広く世界に伝えられ、注目を集めた。トランプ、金正恩にとっては、してやったりだ。

 

金正恩にとっては“救いの神”

 

 「朝米の最高首脳は、連携を密にして、朝鮮半島の非核化、朝米関係の突破口を開くため、生産的な対話を再開、進めることで合意した」(7・1)。労働新聞の1面は、例によって両首脳が両国国旗の前で、固く握手をする写真とともに、「歴史的出会い」と大見出しを付けた。「反目してきた両国間に前例のない信頼を創造した驚くべき出来事」として、大々的に報道した。1~3面にかけて36枚もの写真も添えられた。

 

 しかも、これは「トランプ大統領の提議」によって、金正恩が「受諾」して、「電撃的に」実現したものだ。あの米帝の親玉の方からオレに会いたいと言ってきたんだ。どうだ、オレ様はそれほどの存在なんだ。少なくとも国内にはそう宣伝できる。

 

 また、半世紀以上も両国間に高くそびえ立ってきた軍事境界線に、米大統領を誘導して、北の地を踏ませたのである。祖父も父親も出来なかったことをやった。しかも、おじいさんほどの年齢の差があるトランプを前にしても、決して格負けしない。いかに外交的手腕が優れているか。そして“太っ腹”なところも人民にアピール出来た。

 

 金正恩は、これまで米側の実務者に不信感を持っているが、トランプにだけは悪口を言わずきた。直接の親書のやりとりで、なんとか「二人の信頼関係」を崩さすことなく、トップダウンによって風穴を開けることを戦術としてきた。その期待に、トランプが応えてくれたのである。

 

 ハノイ会談の決裂で、人民に期待を抱かせた経済制裁解除には手につかず、失望を与えた。米朝間の展望は開けない。このままではじり貧だ。そんなタイミングでのトランプからの呼びかけだった。金正恩にとっては、断る理由は何もない。むしろ救いの神のように見えたのかもしれない。独裁の基盤を引き締め直すに絶好のタイミングだった。

 

習近平も貿易戦争をにらみしたたかに?

 

 「歓迎に値する」(7・1)。中国外務省の副報道局長は、板門店会談を素早く評価した。そして10日ほど前、習近平・中国国家主席が訪朝し首脳会談を行ったことにも言及、「半島問題の政治的解決プロセスに新たな動力を注入した」と、中国もそれなりに役割を果たしたことを強調した。板門店会談で、習近平訪朝の影が薄くなった気もするが、中国メディアは、板門店会談を速報、国営テレビの英語放送は生中継までしたという。中国の関与を誇示する必要があったのだろう。

 

 習近平の訪朝は、2012年に国家最高指導者となって初めて。7年も経っていた。北朝鮮はかねて習近平訪朝を求めていたが、核実験などに不快感を示し、応じなかった。中国はしたたかだ。今回は、米朝が決裂した後という北朝鮮にとっては実に有り難いタイミングで、金正恩と首脳会談が実現した(6・20~21)。もちろん、金正恩は大喜び、2日間つきっきりでひたすら接待に努めたのは言うまでもない。

 

 当然「非核化」は重要な議題になった。金正恩は「半島情勢の緊張を避けるために積極的措置をとったが、関係国の前向きの反応がない」と、米国が応じないとぐちをこぼした。我が方は、核実験場の爆破までやったのに、米国は経済制裁を緩めようとしない。習近平は「中国は非核化実現のために積極的な役割を果たす」と約束した。

 

 中国はいま、米国との間で貿易戦争の真っ最中。トランプが主導する対中貿易関税引き上げは、中国経済に多大の損害を与える。もちろん、米国経済にとってもマイナスだが、そんなことを聞くトランプではない。丁々発止のやりとりが展開される中での大阪G20。トランプは習近平に首脳会談を持ちかけてきた。貿易で譲歩しなければ、3千億ドル(約32兆4千億円)分の中国からの輸入品に追加関税を課す「第4弾」の制裁関税を宣言していた。

 

 中国にとって、北朝鮮の核は、米国との関係改善の絶好の材料になり得る。具体的にどんなやりとりがあったかは明らかにされていないが、習近平が、北朝鮮との仲介役として何らかの提案をして、金正恩を説得した。その内容は直ちに、米国へ伝えられた。

 

 G20後の米中首脳会談(6・29)。トランプは会談後「中国との貿易交渉を続ける。当面、新たな関税は課さない」とえらく柔軟な対応を見せた。そして、目の仇にしてきた華為(ハァーウェイ)に対する全面禁輸の一部を解き、米企業が部品を売ってもいいことにした。これまでのトランプからは考えられない譲歩だ。習近平が貿易面で譲歩した面もあるのだろうが、北朝鮮との関係で、トランプが喜ぶような役割を果たしたとも推測できる。

 

まずは「核凍結」で妥協という情報も

 

 さてさて、肝心の非核化はどうなった? 「我々は(実務協議の)チーム設立で合意した。2~3週間内に動き始める」(6・30)。トランプは、金正恩との1時間近くにわたる会談のあと、上機嫌だった。しかし表向き、具体的に合意したのは、実務者協議のスタートだけだった。北朝鮮も「非核化と朝米関係で突破口を開く生産的対話を再開する」(6・1朝鮮中央通信)と似たような発表をした。

 

 とここまで書いてきたら、「米国、北朝鮮に譲歩?」というニュースが流れてきた。まずは「核・ミサイル開発計画の全面凍結」を優先させ、米国は人道支援や双方の連絡事務所設置などで、外交関係を改善するのだという(6・1ニューヨーク・タイムズ)。この案は、ビーガンが板門店会議からの帰りの機中でオフレコを前提に一部記者に漏らしたのだという(6・2米メディア「アクシオス)。そして、凍結した後に米国がハノイ会談で主張した「(完全な非核化の)工程表を議論する」のだという。

 

 米政府の最強硬派、ボルトン大統領補佐官は、当然「議論したこともないし、聞いたこともない」(6・1)と直ちに全面否定した。ボルトンはG20ではトランプとともに大阪にきていた。当然トランプに同行して板門店に行ったのかと思ったら、大統領特使としてモンゴルへ行っていた。安全保障担当なのにおかしいではないか。

 

ボルトンは外された?

 

 もう一度、報道を見直したら、板門店会談には肝心のポンペオ国務長官も行かなかった。同席したのはビーガンとトランプの娘イバンカ夫妻だったという。イバンカも大統領補佐官ではあるが、いわば私的秘書のようなものだ。となると、強硬派のボルトンもポンペオも外されたと考えた方が自然だ。

 

 このままでボルトンらの言うことを聞いて「完全非核化」を言い続けていても、対北交渉は進まず、大統領再選のプラス材料にはならない。ここは一歩引いて、金正恩が受け入れやすい妥協案を持って交渉した方がいい。少しでも進めば、トランプの手柄になる。まずは北朝鮮が受け入れやすい「核凍結」ならば、米大陸に届く大陸間弾道ミサイルの開発は止めることが出来る。当面の脅威はなくなりトランプの成果になる。そんな“ご注進”があったのか。

 

 そして、次の段階として「非核化の工程表」を目指す。そうすれば、トランプがハノイ会談で主張した「北朝鮮の完全な非核化」という目標に変わりはない。ボルトン外しの裏にはそんな思惑があったのではないか。

 

 そういえば、トランプは会談の直後「スピードは目的ではない。我々は包括的合意を目指す」(6・30)と、上機嫌だった。妥協案を念頭に置いての発言とみてもつじつまが合う。経済制裁については「今は維持されているが、交渉の過程でまた何かあるだろう」。最終的に「包括的な」核廃棄計画をつくるなら、途中での制裁緩和もいいではないかということか。

 

 これなら、金正恩にとっては御の字だ。会談の冒頭のカメラ撮りで、「分断の象徴の場所で、我々が握手すること自体が今後に肯定的な影響を及ぼす」と満足な表情だった。金正恩にとって、ただ会っただけでも救われたのに、妥協案を軸に実務協議が進むなら、こんないいことはない。まずは事実上「核保有国」として認められることになるのだから。

 

 それに、にっくきボルトンは板門店に付いてこなかった。「ボルトンは無謀な好戦主義者。欠陥人間は一刻も早く消えるべきだ」(5・27朝鮮中央通信)。トランプは北朝鮮の主張を受け入れ、対北交渉チームから外したのだ。やはり、トランプとは気が合う。トランプにだけは秋波を送ってきたのに間違いはなかった。金正恩も上機嫌だった。

 

「サラミ戦術」はいつか来た道

 

 もし「核凍結」となれば、日本にとっては北朝鮮の「核の脅威」がそのまま残る。最悪だ。それに、「いつか来た道」になりかねない。「非核化」の各段階で周辺国が見返りを行う「サラミ戦術」の再来だ。交渉の間、北朝鮮は核原料や施設を温存して、ある程度見返りを手にした後、さらに非核化を求めると、ちゃぶ台返しをして、再び核開発……。1990年代、2000年代の轍を踏むことになる。

 

 トランプは第1回会談の共同声明の「朝鮮半島の非核化」を「北朝鮮の非核化」と勘違いしていたらしく、周辺の忠告を入れて、第2回会談で、本来の米国が求めた「完全で検証可能、不可逆的な核ミサイル計画の放棄」に戻した。果たして、今回はどうなるか。

 

 米メディアの中には、早くもボルトンは解任という予測も出ている。トランプの娘イバンカ夫妻は、かねてボルトンを毛嫌いしてきたのだという。ただ、北朝鮮のしたたかさを無視すると必ず失敗する。教訓だ。7月中にも始まる米朝協議を注目したいが、トランプ政権の内部がどうなるのか、そちらからも目を離せない。

更新日:2022年6月24日