“失敗” 繕い、引き締めに懸命

(2019.4.15)

岡林弘志

 

 米朝首脳会談の物別れから、1ヶ月半。金正恩国務委員長は、鳴り物入りでハノイまで出掛けたが、最も力を入れた経済制裁の解除は一歩も進まなかった。やはり力を落としたのか、3回目の会談の用意があると言明したが、いまいち迫力がない。国内にたいしては、期待を抱かせた分、失望も大きく、それを繕い、引き締めるのに懸命だ。

 

尊大に「もう一度ぐらい首脳会談も」

 

 「米国が第3回朝米首脳会談をしようとするなら、もう一度ぐらいは行ってみる用意はある」(4・12朝鮮中央通信日本語版)。金正恩は、最高人民会議で「施政演説」を行い、再度の首脳会談に言及した。なんとも、もって廻った表現だ。オレの方はどっちでもいいよ。もし、そっちがどうしてもと言うなら、出て行ってやってもいいけど、どうする? と言ったところか。

 

 その代わり、「米国が正しい姿勢をもってわれわれと共有できる方法論を探す条件」付きだ。米国のトランプ大統領や側近が、記者の質問に答えて「3回目もあり得る」と答えているのを聞いて、3回目をやりたければ、米国が求めた「完全な非核化」を下ろして、北朝鮮が求めるように段階的非核化-制裁解除に切り替えて、出ておいでと言うのだろう。

 

 そして「今年末までは忍耐力を持って米国の勇断を待つが、この前のようなよいチャンスを再び得るのは難しいだろう」「米国がいまの政治的計算法に固執するなら、解決の展望は暗く、非常に危険だ」。このままでは、米朝関係は元に戻ってしまうが、それでいいのか。米国が無体な要求をするなら、我々はちっとも困らないから、今のままでもいいよ、と尊大だ。。

 

 なぜ、こんなに偉そうな物言いになったのか。687人の代議員を前に、ここは、米朝首脳会談は米国がやりたいというから、わざわざハノイまで出掛けて行って、寧辺の核施設破壊などの「非核化」を確実に進めるといった。それなのに、米国は目茶苦茶な要求をしてきた、けしからん!と言ってみせる必要があった。施政演説は放映され、新聞にも載る。事前に人民にも知らせ期待を持たせたため、失敗などとは、口が裂けても言えない。

 

 米の要求はいかに理不尽か。「我々が進む道を逆戻りさせ、先武装解除、後体制転覆の野望を実現する条件を整えようと躍起になっている」からだ。確かに、完全な非核化で丸裸になれば、リビアのカダフィやイラクのサダム・フセインの二の舞になり、哀れな末路をたどらざるをえない。金正恩が最も危惧することだ。

 

 そこで頼りになるのは、トランプしかいない。「私とトランプ大統領との個人的関係は、国同士のように敵対的ではなく、相変わらず立派な関係を維持している」。要するに、ボルトンなど強硬派の言うことを聞くな。得意な独断専行で、オレが言うように段階的「非核化」、制裁解除を受け入れれば、いつでもうまくいく。半世紀以上も敵対してきた米朝関係改善は大きな外交の手柄になるじゃないか。

 

「敵対勢力に深刻な打撃」と言うが

 

 一方、金正恩がこの演説で最も力を入れたのは「自力更生」だ。「政治情勢の流れは、我が国家をして、自立、自力の旗印を高く掲げることを求めている」。これに先立つ労働党中央委員会総会(4・10)でも、「自力更生」という言葉を 20数回も使った。そのうえで「制裁で我々を屈服させると血眼の敵対勢力に深刻な打撃を与えなければならない」と、ゲキを飛ばした。

 

 なんとも大げさな表現だが、実際に、制裁を実行する周辺国への北朝鮮が打撃を与えるような策があるわけではない。金正恩は「制裁解除のために、のどが渇いて首脳会談に執着する必要はない」とも言う。米国に対して強がりを言ってみたが、やせ我慢が見え見えだ。

 

 なお北朝鮮のメディアは、中央委総会で「2月末の米朝首脳会談の趣旨にも言及した」というが、具体的な米国の非核化要求や北朝鮮の主張など具体的な報道はなかった。また、米国やトランプ大統領に対する名指しの非難もなかった。

 

 首脳会談の失敗から、1カ月金正恩の動きは、あまり報道されなかった。また、首脳会談の評価についてのコメントもほとんどなかった。おそらく、善後策について頭を絞り、その結論が、今回の中央委総会と最高人民会議での演説だ。しかし、いずれも精神論が中心になっている。

 

 「自力更生」は、何年も前から言ってきたが、とうに限界が来ている。制裁解除-周辺国の経済協力なくして、最大の課題に据えた経済発展、人民生活の向上は不可能。そのために、米朝首脳会談に踏み切った。今さら「自立更生」と言われも、人々の耳にはむなしさが残るだけだ。

 

珍しく現地指導ではひたすらねぎらう

 

 「商品の陳列方法と形式が多様で見た感じがよく、サービスの環境と規模、商品の質と品種においても高い水準であることがわかる」(4・8)。金正恩は、改築・増築を進める平壌の大聖百貨店を現地指導して満足の意を示した。2月の末の米朝会談の準備に忙しかったらしく、今年になってほとんどなかった現地指導を4月になって続けざまに実施している。

 

 ▼「革命の生家」である三池淵地区の地区整備、住宅などの建設現場(4・4)▼元山葛麻海岸観光地区の建設現場(4・.6)▼平安南道陽徳郡温泉観光地区建設現場(4・6)、そして▼大聖百貨店…と立て続けだ。

 

 珍しいのは、いずれの現場でも進捗状況に満足し、時に、関係者をねぎらったりしている。また、金正恩の生誕地といわれる日本海側の元山の葛麻海水浴場の建設現場では、完成目標を今年の労働党創立記念日(10・10)から「来年の太陽節(金日成主席の誕生日)まで」と、さらに6カ月延長を自ら言い出している。

 

 金正恩は「何かに追われているような速度戦でなく」と理由を説明した。これまで「千里馬」でなく、「万里馬精神で速度戦を!」とハッパをかけていたのは、金正恩自身だった。かつてなら、怒りまくるところだ。現場の責任者はぴりぴりしていたに違いない。養魚場だったか、うまくいっていないと責任者を処刑したことすらある。

 

 しかし、米朝首脳会談の失敗で、経済制裁緩和は望めない。人民の期待は完全に裏切られた。もし金正恩が首脳会談の失敗を棚に上げて、怒りを爆発させたら、人々の不満は金正恩に向かう。ここは波風立たないように、人民を慰撫するしかない。穏便な対応をするという方針にしたのか。

 

 特に、葛麻海水浴場は、金正恩誕生の地と言われる元山地区にあり、最優先プロジェクトだ。ハイカラな路面電車、バッテリーカーを大量に導入、水上パネル宿所もつくる。それに「海水浴客が時間をわかるように建物と各所に野外時計を設置」する。そして「50年、100年後も遜色がない」(金正恩)ホテルや海岸施設を整備するというから大変だ。地中海あたりの最高リゾート地に習おうとしているのではないか。それには、外国産の資材や技術が不可欠だ。

 

 しかし、制裁では贅沢品も対象になっており、多くの資材が調達不能。工事の遅れの原因は間違いなく経済制裁だ。従って、最大の責任者は、核開発を進め、厳しい制裁を招いた金正恩自身にある。それを棚上げして……とはいかなくなっているのだろう。

 

制裁続行で引き締めに躍起

 

 一方で、国内の引き締め、不満の広がり防止にも力を入れている。毎週末に行われる職場や居住地の「総和」や労働党員の「細胞集会」などでは、「首脳会談がうまくいかなかったのは、トランプが我が共和国を抹殺しようとする無理な要求をしたから」などと宣伝をしているようだ。また、保安要員が市場などでの人々の口コミ、うわさにも目を光らせているという。

 

 「我々は過酷な環境の中にある。聖なる我が革命の勝利のために力強く闘っていこう」(3・25-26)。金正恩は、人民軍中隊長・政治指導員大会を5年ぶりに開いた。これも、会談の失敗を糊塗し、対米敵対意識を高めるために、軍の中堅に結束と革命の勝利を呼びかけたのだろう。また、平壌では、昨年は行われなかった防空訓練(3月中旬)が実施された(3・25朝日新聞)という。

 

 北朝鮮が引き締めに躍起なのは、それだけ制裁が効いていることの裏返しだ。先述したように、金正恩が最も力を入れる葛麻海水浴場建設は、完成目標を2回も延長せざるをえなかった。建設資材などの調達が出来ないからだ。いくら「自立更正」とはっぱをかけても、ないものはないのである。

 

 「党幹部・富裕層の調査強化 不正名目で財産取り上げか」(4・7東京新聞)。昨年秋から検閲を強め、金正恩の身辺警護をする護衛司令部政治部の幹部数人が粛正され、5人が銃殺された。これは、不正を許さないという名目で、幹部らのタンスドル預金をはき出させるのが目的。それだけ、外貨不足に悩んでいることの表れだ。これも制裁がもたらした影響だ。

 

 制裁下で最も有力な外貨獲得手段である観光も、思うように進んでいない。「北朝鮮の観光客受け入れは、1日千人が上限になる」(3・12、中国・環球時報)。実際に、昨年7~8月は1日約1800人の観光客が入国したが、ホテルや交通機関が対応できなかったという。これも、経済制裁で、ホテルやバス、交通網の整備、拡充が思うようにすすまないせいだ。

 

 そのうえ、2018年の食糧生産は、水害、干ばつなどにより前年比9%(約50万トン)減。国連は報告書で「ここ10年で最低を記録、380万人が緊急の人道援助を必要としている」(3・6)という。ここ数年のことだが、核実験などが影響し、昨年の緊急援助は必要額の4分の1しか集まらなかったという。このためか、ロシアに小麦粉などの支援を要請したという報道もあった。いくら国民に呼びかけても「自力更生」は、この面でも絵に描いた餅に過ぎない。

 

と言って核・ミサイルで脅すわけにはいかず

 

 かつての北朝鮮なら、首脳会談失敗となれば、相手に罵詈雑言を浴びせ、軍事挑発をちらつかせるのが常套手段だった。しかし、相手のトランプは「私は金委員長と非常によい関係を維持している」(4・6)と、会談の後も言い続けている。これでは、金正恩もえげつないことをするわけにはいかない。

 

 しかし、黙っているわけにも行かないのだろう。米国の偵察衛星などに見えるように、核やミサイル開発の基地では、チラチラ動きを見せている。米国にある北朝鮮分析サイト「38ノース」は、東倉里の衛星発射場で、ロケット移動用のレールやエンジン燃焼実験場の整備を進め、発射可能な状態という分析を発表した(3・7)

 

 また、「東部・新浦の造船所で3000トン級の新型潜水艦の建造を本格化させている」(4・5朝鮮日報)という。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)3、4基が搭載可能とみられる。3年ほど前から潜水艦専用のドッグ建設という情報があったが、それが完成し稼働しているのだろう。「38ノース」も同じ分析を発表した(4・12)。

 

 ただ、核・戦略ミサイルの実験という動きはない。もし、核実験となれば、トランプは怒りを爆発させ、軍事攻撃もしかねないという心配もある。予測不可能性はトランプの性癖の一つだ。金正恩にとって、戦略爆撃機が平壌上空を舞い、近海に2、3隻の空母が遊弋する姿は悪夢の再現だけは避けなければならない。

 

文在寅訪米は空回り

 

 「今はビッグディールについて話をしている」(4・11)。トランプは、米韓首脳会談の頭撮りの際、記者団の質問にこう答えた。文在寅大統領は、米朝の橋渡しをと張り切ってワシントンまで出掛け、トランプに段階的な合意、制裁解除を説得しようとしたが、会談を前にしてあっけなく拒否されてしまった。

 

 さらにトランプは、「金剛山観光や開城工業団地の再開など、北朝鮮への支援問題について話し合うのか」という質問にも、「今はその時期ではないと思う」ときっぱり否定、北朝鮮の完全な非核化が実現するまで「制裁は維持したい」と断言した。

 

 会談の頭撮りでの記者団とのこうしたやりとりは27分にも及び、肝心のサシの会談は2分ほどで、拡大会議に移ってしまった。いずれも仲介役を誇示したかった文在寅がトランプとの会談で持ち出すつもりだったが、あらかじめ記者団の質問で、拒否されてしまった。とりつく島もない。トランプは、文在寅の主張をあらかじめ話にならないと判断、肩すかしを食わせたのだろう。

 

 会談の本番では、文在寅があらかじめ練っていった「まず、米国と北朝鮮が包括的な非核化策に合意。北朝鮮が寧辺核施設など重要施設を廃棄する。米国はこれに相応する制裁緩和を段階的に行う」といういわゆる「グッド・イナフ・ディール」を提案、説明したという。しかし、トランプはいわゆる「ビッグディール」を譲らなかったという。

 

 首脳会談の後、たいていは行われる記者会見はなく、韓国側のブリーフィングで、トランプから「南北首脳会談または南北接触を通じて韓国が把握した北朝鮮の立場をできるだけ早く知らせてほしい」と依頼されたことを公表した。結局、実質的な「仲介役」は出来なかった。

 

韓国は「お節介な仲裁者」と八つ当たり

 

 「南朝鮮当局は、おせっかいな『仲裁者』『促進者』の振る舞いをするのではなく、民族の一員として気を確かに持って言うべきことは堂々と言い、実践の行動でその真心を見せるべきだ」(施政演説)。金正恩は、米朝会談の失敗の憂さを韓国にぶつけたのだろう。

 

 そして、米国の鼻息をうかがってばかりいないで、「南北共同宣言」で約束した南北交流や経済協力などをどんどん進めろ。また、オレは開城企業団地、金剛山観光の再開も受け入れると言ったじゃないか。あからさまに業を煮やした格好だ。

 

 いくらなじっても、文在寅は何も言えないと見てのことだ。完全に足元を見られている。金正恩は、習近平国家主席と、あらためて「同盟関係」を確認したが、中国も制裁を守り経済・交易は進めていない。しかし、習近平をそしったりは出来ない。韓国は鬱憤晴らしの相手もさせられている。

 

 ただ、金正恩は、南北関係はうまくいき、文在寅は人道援助などの名目で、かなりのモノやカネをくれると期待していたのだろう。しかし、世の中はそう甘くはない。1昨年までの北朝鮮の核・ミサイル実験は、それほど国際社会の反発・非難を招いたのだ。見通しが甘かった。

 

「全体朝鮮人民の最高代表者」になったが…

 

 金正恩は最高人民会議で国務委員長に再任されたが、北朝鮮のメディアは、国務委員長「再推戴」の祝賀会を報じる中で、「全体朝鮮人民の最高代表者、共和国の最高領導者として高く推戴された」(4・14)と伝えた。 この「全体朝鮮人民の最高代表者」という表現は初めてだ。憲法が改定され、新たにこの称号も付け加えたようだ。

 

 今回の最高人民会議代議員の候補者名簿に金正恩の名前がなく、何らかの地位変更、より権限のある肩書きをつけるのではないかと推測された。このことのようだ。同時に、今まで対外的には金永南最高人民会議常任委員長が名目的に「国家元首」になっていた。今回引退したため、これを機に金正恩が対外的にも国家元首になったのかもしれない。

 

 しかし、「全体朝鮮人民」というと、韓国や海外在住朝鮮人も入ることになる。「赤化統一」を国家目標としていることからすると、なるほどとは思う。しかし、言うまでもなく、これで韓国民がこぞって、「最高代表者」として金正恩をあがめることにはならない。

 

 また、金正恩は名実共に国家元首となったのといっても、肩書きだけで「自力更生」がうまくいくものではない。祝賀会では、新たに就任した崔龍海・最高人民会議委員長が「巧みな対外活動によって国際政治情勢に巨大な影響力を行使し、北朝鮮の尊厳と威信を誇示した」と褒め称えたが、米朝関係は膠着したまま、トランプが変わるわけもない。

 厳しい経済制裁は続き、金正恩にとってはやせ我慢、「苦難の時」が続く。

更新日:2022年6月24日