トランプへの期待といらだち

(2019.1.15)岡林弘志

 

 年明けとともに、北朝鮮は動き始めた。金正恩労働党委員長は、恒例の新年辞で、早い機会の米朝首脳会談への期待を示すとともに、後ろ盾を求めて、早々に北京へ出掛け、中朝首脳会談。一方で、少しも緩まない経済制裁へのいらだちも隠さない。お正月気分にはほど遠いようだ。

 

重ねての首脳会談への誘い

 

 「完全な非核化へ進むというのは‥‥私の確固たる意思です」「私はいつでも米大統領と対座する準備が出来ており、必ず国際社会が歓迎する結果をもたらすため努力するでしょう」(1・1)。金正恩は、新年辞でも、トランプとの二回目の首脳会談への熱い思いとそのための「努力」を強調した。

 

 昨年6月の第1回以来、秋や暮れにも再会談という観測が出たが、結局年越し。いずれも、事前の実務者協議が整わなかったためだ。今回、トランプ米大統領も「私も金委員長と会うのを楽しみにしている」と前向きだ。トランプが来月ベトナムでやろうと提案したなどの情報が飛び交っている。しかし、今のところ事前のお膳立てをする実務協議の予定はない。

 

 昨年末にも、金正恩は第2回会談をやりたいという親書をトランプに送り、すぐに返事があったようだ。とにかく、金正恩が首脳会談を熱望していることは間違いない。米朝実務者の間では、終戦宣言とすべての非核化リストを巡って、平行線をたどり、膠着している。しかし、トランプなら話がわかるとみているのだろう。トランプの太っ腹への期待である。

 

 それに、昨年、中国、韓国の首脳と複数回の会談を行ったが、結局、北朝鮮の外交、経済の苦境を救うには、米国が大きなカギを握っていることがあらためてはっきりしたためだ。北朝鮮の当面の最大の目標である国連の経済制裁解除、体制保証につながる終戦宣言も、米国が動かなければ、どうにもならない。特に韓国の文在寅政権は、交流や経済援助に前のめりになっているが、対北制裁が足かせとなって、どうにも動きようがない。

 

 中国としては、昨年来、金正恩が頼ってくることもあり、東北地方との交易を緩めるなど経済交流をするのに、やぶさかではない。しかし、いま米中の貿易摩擦が激化して、中国経済全体を揺すぶっている。こんな時に、対北制裁を緩めて、トランプの機嫌を損ねては大事だ。やはり言葉以上の手助けは出来ない。

 

習近平の「温かい招請、情熱的歓待」に感謝

 

 とはいえ、金正恩にとって、もっとも頼りになるのは中国だ。第2回に備えてだろう。金正恩は、新年早々に中国を訪問(1・7~10)、習近平国家主席との首脳会談を行った。まずは、「年明けからの忙しい日程をすべて延ばして、温かく招請し、情熱的に誠心誠意歓待してくれた」と、手もみせんばかりに感謝した。そして今回の訪問が「全世界に朝中親善の普遍性、不敗性を誇示できる」と、大げさな表現で両国間の親密さ、運命共同体であることを強調した。

 

 一昨年まで、習近平が国際的な行事を開催、あるいは米中会談をするのにぶつけて、繰り返し核実験や弾道ミサイル発射実験をしたのは、誰だっけ? なんて皮肉も言いたくなるが、対米交渉をにらむと、手の平を返すようにすり寄らざるを得ないほど、中国の後ろ盾が必要ということだろう。

 

 肝心の核については、「朝鮮半島の非核化目標を堅持し、先の朝米首脳会談の共同声明を誠実に履行する基本的立場に変わりない」と、「非核化」への決意を述べた。同時に、「朝米関係の改善と非核化協商過程に生じた難関と懸念、解決展望について述べた」という。

 

 要するに、北朝鮮は核実験場の爆破やすべての核施設の公開など「非核化」への第1歩を踏み出した。これを受けて、米国は、北朝鮮が求める終戦協定に応ずるべき、ということだ。習近平も「当然の要求であり、朝鮮側の合理的な関心事項が当然、解決されなければならないと、全面的に同感」したという。さらには「朝鮮同志の頼もしい後方、堅実な同志、友人として積極的で建設的な役割を発揮する」(朝鮮中央通信)と、後ろ盾になる事を約束した。

 

 また、両国関係の連携の堅さを示すため、金正恩は習近平の初めての訪朝を要請した。朝鮮中央通信は「快く受諾し、それに対する計画を通報した」という。韓国の青瓦台(大統領府)は「4月に実現」と予測している。ただ、新華社通信をはじめ中国側の報道はない。

 

「経済建設」への転換は必ずやれと念押し

 

 今回の会談で、興味を引いたのは、習近平が、金正恩に経済立て直しに、全力を尽くすよう2度にわたって念押ししたことだ。首脳会談(1・8)では、「昨年、金正恩同志が社会主義経済建設に総力を集中すべきだという新たな戦略的路線を打ち出し、平和愛好的で発展の指向を国際社会に示したことは世界から歓迎されている」と、世界もそれがいいといっているのでその通りに実現せよといっている。

 

 さらに「金同志の戦略的決心は正確であり、朝鮮人民の利益と時代に流れに合致している」「友人として、金同志の指導の下で社会主義偉業の遂行に新たな成果が得られることを心から願う」と、諭している。これだけでは足りないと思ったのか、その夜の歓迎宴でも「朝鮮労働党中央委第7期第3回総会で打ち出した新たな戦略的路線を必ず貫徹」すべきと、その方針を公式に決めた会合を具体的に示し、重ねて要求している。

 

 ここで言及された中央委総会(2018・4・21)では、「国家核戦力完成」に伴い、「核実験と大陸間弾道ロケット試射を中止。北部核実験場を廃棄」し、これからは「全党、全国が社会主義経済建設に総力を集中する」と宣言している。核開発中心だった「並進路線」から経済建設重視への路線転換である。

 

 習近平がわざわざ、この総会にまで言及したのは、路線の転換を公約したのだから、その通りに経済立て直しに全力を尽くせ、それを実現するには、まず経済制裁の解除が必要だ。それには、非核化を実行し、米国を説得する必要がある。そうすれば、中国としても手助けが出来るし、米国にものを言うことが出来る。金正恩に言い聞かせた格好だ。

 

 朝鮮中央通信には、この件についての金正恩の発言は出てこない。ただ、経済重視路線をアピールするためもあってか、首脳会談翌日には、北京近郊の先端技術を取り入れた老舗の漢方薬企業「北京同仁堂」の工場を視察し、「技術向上に多くの成果を収め、立派に発展したことを高く評価した」という。

 

「自立経済」に、やせ我慢といらだちと

 

 とにかく、金正恩が米朝首脳会談に実現に必死なのがよくわかる。それだけ、経済制裁解除―経済援助が喫緊の課題ということだ。超大国の首脳を相手に国際舞台に登場したことは、金正恩の偉大さを国内に誇示するうえで、実に大きな効果をもたらした。しかし、生活に何の変化、いいことがなければ、人民はやがて失望する。先述したように、昨年4月には経済重視、人民生活向上を最優先とする路線への転換を国民に宣言した。その成果が欲しいのである。

 

 「過酷な経済封鎖と制裁に中でも自分の手で前途を切り開いて飛躍的な発展を遂げた」「いかなる外部の支援や助けがなくても、朝鮮式社会主義発展の道に沿って力強く前進する」。金正恩は、新年辞のむすびの部分で、「自力更生」で十分国家を運営していけると、胸を張って見せたが、痛々しい。虚勢であることは隠せない。

 

 「自立経済」による「経済活性化」はどのように実現するのか。具体的には「電力の生産を画期的に増やす」「金属工業と化学工業のチュチェ化」「交通運輸部門では規律強化の旋風を巻き起こす」「畜産業では人民により多くの肉類と卵が供給されるようにすべき」「セメントなどの建材の生産能力を計画通りに拡張する」‥‥。

 

 昨年とたいした違いはなく、こうした目標からは、人民生活の基本を支える部門が未だに不十分なことがよくわかる。「自立経済」の強調は、金正恩のやせ我慢であり、対北経済制裁が緩まないことへのいらだちであることが、新年辞からにじみ出てくる。

 

 実際に、北朝鮮の外貨稼ぎの柱である対中貿易(2018)は、前年比88%も減った。経済制裁で、それ以外の国との貿易がほとんど止まっている中で、この数字は深刻だ。中国からの輸出も33%減。日用品から先端工業製品まで大幅に減っている(1・14中国税関総局)。これでは、経済立て直しは出来ない。

 

前のめりの韓国にはさらなる要求

 

 一方、対外関係で大きく変わったのは南北関係だ。「70余年の民族分断史上、類を見ない劇的変化が起こった激動の年」と、「新年辞」でも、大書特筆している。「(昨)年初から大転換のための主導的、果敢な措置を講じた」と、北主導の関係改善を強調。「1年に3度の北南首脳の対面・会談は前例のないこと」「私は非常に満足に思っている」と、自らのイニシアティブによると自画自賛している。

 

 そして、南北の全民族は「北南宣言を徹底的に履行、朝鮮半島の平和と繁栄、統一の全盛期を開いていこう!」と、呼びかける。そのためには「軍事的敵対関係の解消」のために「実践的措置を講じるべき」と主張、①緊張の根源である外部勢力との合同演習をこれ以上許さず②外部からの戦略資産、戦争装備の搬入も完全に中止-するよう、韓国に求めている。

 

 これは、米韓が一時的に延期している合同軍事演習を今後一切やるな、また、金正恩が恐れるB1戦略爆撃機やステルス偵察機、原子力空母、高精度の迎撃ミサイルシステムなどを朝鮮半島に派遣したり、持ち込んだりするな、ということだろう。あるいは在韓米軍は韓国から出て行けと言っているのかもしれない。

 

 そして、「停戦協定当事者と、朝鮮半島の現在の停戦体系を平和体系に転換するための多者協議を積極的に推進すべきだ」と主張する。北朝鮮が強く求めている休戦協定の停戦協定への転換、平和協定の締結を話し合うため、南北朝鮮と米国、中国との4者協議をやろうということだ。もちろん、中国は北朝鮮の応援をしてくれることを想定している。

 

 南北関係での具体的な提案は、「われわれは、なんの前提条件や対価なしに開城工業地区と金剛山観光を再開する用意がある」ということだ。いずれも、北朝鮮にとっては、貴重な外貨稼ぎだった事業だ。このうち、金剛山は、韓国人観光客が北の兵士に射殺され、中断した。本来なら「何の前提条件もなしに」と言われたら、韓国は怒らなければならない。

 

 少なくとも、謝罪と今後は「観光客の身の安全は必ず守る」、再発防止ぐらいは言わなくてはならない。しかし、文政権は何を言いわれても、北には怒らない。むしろ、交流しようと言えば大喜びすると思われている。完全に足元を見られているのである。

 

 この二つの事業は、直接カネが絡む。韓国からドルとモノが北へ動く。経済制裁に抵触する可能性が大きく、米国がクレームを付けるのは間違いない。それをわかっていながら、北が提案したのは、文在寅大統領に、公約通り南北交流を進めるなら、この程度は、米国を説得してやってみろ、と試しているのかも知れない。とにかく、虫のいい提案だ。

 

現有の核爆弾については言及なし

 

 虫がいいといえば、「非核化」についても、「完全な非核化は、私の確固たる意思」と言い、「すでに、これ以上の核兵器の製造、実験、使用、拡散などしないことを内外に宣布し、実践的措置を講じてきた」という。しかし、肝心の現有の原爆などの核兵器や、原料になる濃縮ウラン、プルトニウムについては、全く言及していない。「核保有国」ではあり続けるということか。

 

 そして、「我々の主動的、先制的努力に、アメリカが信頼性ある措置、実際行動によって答えるならば、両国関係は速いテンポで前進するでしょう」と、米国が答える番、ボールは米国側にあると言っている。「昨年、急速に進展した北南関係の現実が示すように、一旦決心すれば不可能なことはない」と、トランプに呼びかけている。韓国のように何が何でも交流をやろうとすれば出来る。実務者の細かい話を聞くのでなく、思い切ってやろうよ、という呼びかけだ。

 

中国の後ろ盾は確認したが

 

 前回は、中朝首脳会談から1カ月後に、米朝首脳会談が開かれた。今回の金正恩の訪中は、近々に迫った米朝会談に備えて、あらためて中国の支援、後ろ盾を頼んだのだろう。中国としても朝鮮半島への関与を確認するのは、意味のあることだ。とにかく、慌ただしい。

 

 それに、会談当日の1月8日は、金正恩の誕生日だった。そんな日にわざわざ、外遊するのはよほど切羽詰まってのことか。とも思えるが、そういえば、金正恩の誕生日は北朝鮮で公表されていない。母親が「成分」の悪い在日出身であることを隠すためのようだが、休日になってはいない。これは関係ないか。

 

 ただ、会談を呼びかけられたトランプの方は、政権の主要ポストの辞任が相次ぎ、メキシコ国境の壁建設を巡って、民主党と激しく対立、一部の政府機関が閉鎖されている。大統領の職務が遂行できるかどうかの深刻な事態だ。年末から新年にかけて多事多難だ。中国との貿易摩擦にどう対応するかも差し迫った懸案だ。

 

 ただ、来年は再選成るかどうかの大統領選挙がある。外交的な成果を求めているのは間違いない。そして、金正恩は慌ただしく中国の後ろ盾を再確認した。果たして、望むように早い機会の首脳会談と行くかどうか。今のところ確たる見通しは見えていない。

更新日:2022年6月24日