不信の塊は簡単には融けない

(2018.12.12)岡林弘志

 

 米朝1回、南北3回、中朝3回―。この1年、朝鮮半島を巡って、いずれも初顔合わせだったが、これまでになく頻繁に首脳会談が開かれた。金正恩朝鮮労働党委員長にとっては、あわや軍事攻撃という危機は遠のいた。しかし、肝心の“火種”である北朝鮮の「非核化」は進んでいない。トランプ米大統領がもくろんだように、即断即決、メデタシ、メデタシとはいかない。朝鮮戦争は休戦のまま、東西冷戦の化石と言われて数十年。その間に積み上がった不信は固く凍り付いて、簡単には融けない。それに対北包囲網にほころびも見えている。

 

「年明け早々に」米朝首脳会談?

 

 「1月か2月には開かれるだろう」「われわれは非常にうまくやっている」(12・1)。トランプは、2回目の米朝首脳会談について楽観的な見通しを示した。ポンペオ国務長官も「年明けすぐに開かれるだろう」と同調。第一回はさる6月に開かれ、世界中の注目を集め、ゼスチャーたっぷりのトランプの得意げな表情が世界中のテレビに映し出された。

 

 しかしその後、中心議題だった「非核化」の具体化を巡って米朝は対立、秋に再び首脳会談を予定、その準備のため11月上旬に米朝高官協議がセットされたと言われたが、直前になって見送りに。理由は、ご存じの通り、米国がまず核関連施設などのリスト、廃棄の工程表を出すよう要求。北朝鮮は豊渓里の核実験用トンネルの爆破などの「相応の措置」として、朝鮮戦争の終戦宣言を求めている。妥協点は見つからないまま、今年も暮れようとしている。

 

 トランプの年明け早々という楽観的な見通しには、どんな裏付けがあるのか。米朝が板門店で接触(12・3)という情報もあるが、米朝の歩み寄りの可能性が出てきたのか。特に、北朝鮮は実務者、高官といえども協議の場での裁量権はゼロ。金正恩が決断しなければ、進展はない。金正恩の言葉で、次の会談ではトランプが満足するような答えを持っていくから、とでも言ったのか。

 

 「(米朝会談の)残っている合意を、金正恩委員長と一緒に履行することを願い、金委員長が望む事を私が実現する」(11・30)。文在寅韓国大統領は、アルゼンチンのG20でトランプと会談した際、金正恩労働党委員長への伝言をたのまれた。その通りなら、米国は北朝鮮が強く求める朝鮮戦争終戦宣言をまとめる気になったということか。

 

 一方で金正恩は、あらためて核開発の拠点である寧辺の施設への米国などの査察を認める用意があるという意向を示したという(11・27聯合ニュース)。これは、すでに韓国を通じて、トランプにも伝えられた。寧辺はウラン濃縮プラントなど核開発の中心となってきた。すでに南北首脳会談(9・19)の平壌共同宣言に「寧辺核施設の永久的廃棄などの追加措置の用意がある」と明記されている。あらためてこの点への注意を喚起したのか。

 

 米朝が、「非核化」に向けて、本当に具体的措置で歩み寄るのか。第2回の首脳会談では、そこが焦点になる。しかし、いまのところ、そのための舞台を整える実務者、あるいは高官協議のめどは立っていない。盛んに水面下の接触が行われているのだろうが、果たしてどうなるか。

 

60年余のわだかまりは固い

 

 「非核化のプロセスは極めて早く始まる」(トランプ)「世界はおそらく重大な変化を見るだろう」(金正恩)。6月の米朝首脳会談の後の会見で、両首脳は、自らの決断力を誇示しながら、早い機会での成果を強調した。しかし、実際は、半年が経過したいまも、基本的な状況は変わっていない。

 

 長い間「東西冷戦の化石」と言われ、軍事力をもって対立してきた両国の不信は、そうそう簡単には氷解しないのだろう。北朝鮮は、独裁体制の維持強化を国是に周辺国に対して、ハリネズミのように対してきた。同時に、韓国の赤化統一を狙って、軍事挑発を続けてきた。米国は、北の挑発に対応し、北の体制崩壊も視野に入れて、軍事的包囲網を強化してきた。

 

 そして、北朝鮮は独裁体制の“守護神”として、核兵器の開発に邁進する。これが周辺国の危機感、警戒心を募らせ、対立は深まり、北朝鮮は同盟国・中国の非難も受け、外交的に孤立、昨年はあわや米朝軍事衝突もと言われるまでに緊張が高まった。60余年の不信がつもりに積もっている。一回の首脳会談で氷解するような不信、わだかまりではないのだろう。不信の核には、文字通りの北朝鮮の核問題があるのだ。

 

 これまで、米朝間では1990年代、2000年代に、北朝鮮の核廃棄で合意したが、北朝鮮は核開発を止めなかった。米国や周辺国には、対北不信が積もっている。よほどの確証が得られなければ、北が廃棄と行っても信用できない。トランプが、「金正恩が『非核化』と約束したから、いいじゃないか」と言っても、実務者は石橋をたたいてからでないと渡れない。

 

 北朝鮮に言わせれば、力では米国の足元にも及ばない。「核放棄」は、簡単にはい、そうですか、とはいかない。これまでイラクのフセイン、リビアのカダフィは、核を持っていない、廃棄したとたんに、殺されてしまった。最近でもイランは、欧米と核廃棄、経済関係復活で、合意したが、トランプに変わったとたん、イランは気にくわないと合意を破棄し、制裁を復活させた。米国に対する不信は根強い。

 

指導力誇示を優先し、上っ滑りか

 

 それに、両首脳ともに、自らの指導力、統率力を誇示するに急で、上っ滑りした、ということはなかっただろうか。トランプは、パフォーマンス好きだ。歴代大統領が手を焼いてきた北朝鮮問題、こんな小さい国を相手に何をしてきたんだ。俺なら、一挙に解決してやる。そうすれば、文句ばかり付けているマスコミも黙るだろう。

 

 幸い、支持者の中には、北朝鮮とつながりがあって、豊富な鉱物資源に目を付けて、一山当てようというのもいる。そいつらは利用価値がある。その面からも工作は出来る。そして、ノーベル平和賞ともなれば、念願の大統領再選は間違いない。さいわい、金正恩も太っ腹なところを誇示する癖があり、ツー、カーでやれるのではないか。

 

 核についても、開発をここで止めれば、米本土まで届くような核ミサイルを作ることは出来ない。それに、日韓に命じて経済支援をたっぷりやらせれば、金正恩も折れてくる。「核」を持っていれば、かえって、危ういし、貧乏なままだということをわからせてみせる。

 

 一方、金正恩にとっても、じいさんやオヤジが恐れおののいてきた米帝の親玉を相手にして国際的な檜舞台で丁々発止やりとりをして、まずは経済制裁を解除させ、朝鮮戦争を終わらせる。指導者としての修行はしなかったが、これ以上ないハクが付く。権力基盤は盤石、金一族の独裁体制を鉄壁に出来る。近くの国々は、競って経済的なつながりを付けようと、文在寅はもちろん、日本も平壌詣でをするようになる。

 

 また、長年「苦難の行軍」などに苦しんできた人民も、俺を仰ぎ見る。「人民生活の向上」の公約もすぐに果たせる。万々歳だ。「核」については、丸裸になっては元も子もない。そこをなんとか考えるために、部下には特権を与えて食わしてやっている。

 

 それに、トランプは、その場で満足して、自分の有能さを誇示するのが好きなようだ。そうした類いは、おだて甲斐がある。トランプの手下はごちゃごちゃ言っているが、親分がこうと決めれば収まるだろう。とにかく、米朝首脳同士の顔合わせそのものが歴史的な出来事だ。お互いに太っ腹なところを見せ合おうではないか。

 

韓国は対北融和へ次々と‥

 

 そして、米朝首脳の自己顕示欲をひたすら刺激するなど、橋渡し役に熱心だったのが文在寅だ。公約の経済再生がうまくいかず、支持率は下降線をたどっている。根っからの対北融和派の文在寅にとって、南北和解は国民にアピールできる絶好の課題だ。それには対北包囲網の根幹である米国と北朝鮮を握手させる必要がある。文政権は、この1年、南北融和、米朝間の仲介に走り回った。

 

 文在寅にとって、盧武鉉政権以来途絶えていた南北首脳会談を、立て続けに3回もやった。歴史的快挙とみているだろう。これまでの北朝鮮の軍事挑発については、「反省と謝罪」を求めず、和解・交流へひた走った。板門店で最初の首脳会談(4・27)、第2回(5・26)、第3回(9・18~20)は平壌で。そして、ついには金一族が革命の聖地とする白頭山へ金正恩とともに上り、手を取り高く揚げて、喜び合った。

 

 「南北は、南北関係で全面的で画期的な改善と発展を成し遂げる」「共同繁栄と自主統一の未来を早めていく」(4・27板門店宣言)。ほんの数年前、韓国の哨戒艦を爆破し、延坪島砲撃事件があった加害者と被害者とは思えないバラ色の南北関係がうたわれている。

 

 しかし、大きな足かせになっているのが、国連の対北経済制裁だ。このままでは北朝鮮がのどから手が出るほど欲しい経済協力、経済援助は出来ない。それでもカネがらみでなく出来ることは何でもと、韓国は張り切っている。まずは当局者同士がいつでも連絡が取れるようにと、開城に連絡事務所を開き、双方のスタッフが常駐している。

 

 軍事的には、双方のスピーカーによる宣伝放送の停止、板門店の共同警備地域(JSA)内の地雷除去と南北往来自由、非武装地帯(DMZ)内の監視所の一部撤去などがすでに実施された。民生面でも、将来の鉄道連結を念頭に、北朝鮮内の鉄道共同調査、森林育成のための育苗場の改修、病気対策。また、オリンピックやアジア大会などへの合同チーム結成など、多岐にわたっている。

 

 中には、南北の軍事通信線確保のため、韓国が老朽化したケーブルや通信機器などを提供、松の線虫病退治の薬剤50トン、韓国産のみかん200トン(北からの松茸2トンのお返し)など、カネメのものも北へ送った。いずれも、経済制裁に抵触しないぎりぎりの分野にある物資だ。

 

 しかし、北朝鮮が喜ぶような経済・物資援助は、北朝鮮の非核化―国連制裁解除が大前提、そのためには米朝による合意が必要不可欠だ。文在寅は、トランプと金正恩の中をしきりに取り持ち、当初は「年内に終戦宣言」の腹づもりだったようだが、やはり、米朝間のこじれは、簡単にはほぐれなかった。

 

 また、9月の会談で「近いうち」と約束した金正恩の年内の韓国訪問は、先送りになりそうだ。文在寅は「年内と考えている」と期待したが、金正恩にとっては現時点で訪韓しても経済制裁がそのままでは、何の実利もない。ただ、歓迎、反対も含めて大騒ぎになる中へ行ってもしょうがないという事だろう。文在寅もかなり上っ滑りだったと思う。

 

期待が大きい拉致被害者には、過酷な1年

 

 「言葉に尽くせない精神的な苦痛を受けてきた」「解決しないのが不思議で仕方がない。政府は早く交渉して欲しい。人間の命を重く考えて、動いて」(11・15)。横田めぐみさんが拉致されてから41年のこの日、母親早紀江さん(82)の訴えは悲痛だった。この1年、朝鮮半島を巡って、慌ただしく動きがあったが、日朝、特に拉致問題については、表向き全く進展がない。

 

 横田さんの言葉に安倍晋三首相への直接の批判はなかったが、心中忸怩たるものがあったに違いない。「拉致問題解決に政治生命を懸ける」「最重要の政治課題として取り組む」「一日も早い解決に向け、あらゆるチャンスを逃がさない」‥‥。安倍は、首相になる(2006)前から、拉致問題への取り組みに最大級の表現を使って、解決を“公約”してきた。ある面では、拉致問題との関わりで名をなし、首相のイスに座るまでになったと言ってもいいだろう。

 

 それから10年以上、2回目の首相になり(2012)、与党多数の固い権力基盤を持ってから早くも6年が経つ。しかし、この間、一人の拉致被害者も帰って来ていない。北朝鮮が外交の常識が通じない、犯罪をへとも考えていない異常極まりない国であることは間違いない。

 

 しかも、2002年に被害者5人を取り戻した際、おそらく北朝鮮が期待した“解決金”は日本の世論が厳しく支払われなかった。犯罪者に解決金を払う必要はないが、それを逆恨みする理不尽さを持った国が北朝鮮だ。安倍はそのことを十分に知っている。そのうえで「政治生命を懸ける」「最重要課題」と言ったのである。

 

 それだけに、特に被害者家族は、今度こそはと信頼し、期待をした。第2次安倍内閣は与党が多数を占めて、歴代内閣に比べても権力基盤は強固だ。しかし、この1年、北朝鮮と水面下の接触はあったようだが、進展と言えるほどのものはなかった。米朝、南北は年明けから動き出した。米国も韓国も、昨年夏か秋から北朝鮮と水面下の接触を持ち、転機を探ってきた。それが年明けとともに表に出てきたのである。

 

本当に「最優先課題」となっているか

 

 昨年10月、安倍は突然に衆院を解散した。大義名分なき総選挙とも言われた。結果として、与党は増えたが、自民党は解散前をほぼ同じ議席だった。もちろん、安倍はこの前後の一ヶ月以上、全国を走り回った。しかし、この間、朝鮮半島を巡って、韓国や米国など周辺では水面下のめまぐるしい動きがあったのである。

 

 安倍は、トランプと関わりを最優先し、対北朝鮮では話し合いのための話し合いはしないと厳しい対応を続けた。しかし、肝心のトランプは、金正恩との対話へと180度転換した。結局、安倍としては、トランプに拉致問題を議題とするよう頼むしかなかった。

 

 また、突然の総選挙には600億円を超す国費が使われた。今さら言ってもしようがないが、昨年秋にこれだけのカネを使うのなら、そのうちの幾ばくかを使って、対北工作をすれば、拉致解決の手がかりをつかむことが出来たのではないか。本当に拉致解決が「最重要課題」になっているのか。

 

 いま、拉致被害者の家族が思うのは、言葉でなく行動、被害者を一日も早く親や家族の元に返すことだ。北朝鮮との交渉は、政府、いまは安倍内閣以外には出来ない。従って、政権批判はしないが、被害者家族らの間には、鬱積したものが積もっているに違いない。この一年の北朝鮮を巡る慌ただしい動きを横目で見ながら、期待が大きかっただけになおさらだ。

 

変化があったが、基本は先送り?

 

 この一年を振り返ると、北朝鮮包囲の構造もかなり変わった。米国が対北対話へ踏み切った事をきっかけに、中国は北朝鮮の“後見役”に変わった。習近平国家主席の神経を逆なでするように核・ミサイル実験を続けてきた金正恩が、米国の軍事脅威に危機を抱き、泣きついてきたからだ。

 

 それでも、中国は国連の経済制裁を守ることでは米国に歩調を合わせてきた。トランプが習近平を「信頼できる」といい、習近平も、トランプの貿易攻勢・非難を交わすため、米中首脳のつながりを大事にしたからだ。しかし、トランプは、巨額の対中貿易赤字が我慢出来ず、大幅な制裁を課し、いまや米中貿易戦争とも言われる。そうした中、北朝鮮の「非核化」については、米中が連携するといっても自ずと限度がある。

 

 また、日米韓の連携にも、影が差している。米国は文在寅の何でもかんでも対北融和に不快感を持っている。また、韓国の植民地時代の厳しい対日対応に、安倍政権は露骨な不快感をあらわにしている。かつて、北朝鮮は、日米韓の離間策を仕掛けてきたが、対話攻勢に出たら、今や日米韓が勝手に離間してくれている。なんとも皮肉な事だ。

 

 といって、金正恩がほくそ笑んでいるとは思えない。米国戦略爆撃機、原子力空母からのミサイル攻撃などで声明を狙われる危機は一応遠のいたが、当面の目標である米国による体制保証、経済制裁解除・経済立て直しは一歩も進まなかった。一瞬華やかな場面はあったが、実利は得られていない。

 

 朝鮮半島を巡ってこれまでにない局面が現れたが、北東アジアの相関関係の基本部分の変化は先送りされたという1年だったか。

 

更新日:2022年6月24日