「あばたもえくぼ」で大丈夫か

(2018.10.29)岡林弘志

 

 さんざん期待を持たせた2回目の米朝首脳会談は、年明け以降に持ち越しになるようだ。トランプ米大統領は、北朝鮮の非核化に楽観的な見通しを持っていたようだが、やはりそう簡単ではない。「我々は恋に落ちたのだ」と言うに至っては、なにをか言わんや。好きになれば、外交がうまくいくならこんな楽なことはない。北東アジアの安定は、かなり遠い。

 

簡単でない2回目の首脳会談

 

 「年明けのいずれかの時期になりそうだ」(10・19、ロイター通信)。米政府高官は次の米朝首脳会談について、年内の開催は無理という見通しを示した。一方、ポンペオ国務長官は「来週(21日~)高官協議を開き、非核化に大きく進展するよう議論する」と述べた(同日、ボイス・オブ・アメリカ)。しかし、これは先送りになった。今のところ具体的な見通しは立っていない。

 

 2回目の会談については、トランプがやたらに前のめりだった。文在寅韓国大統領との会談(9・24)でも「遠くない将来に会うつもりだ。日時と場所を近く発表する」と意欲を示していた。10月にも開かれるかのような口ぶりだった。そして、場所は、金正恩労働党委員長が、かつて留学していたスイスや米朝の窓口の一つになっているスウェーデンなどが取りざたされた。

 

 そして、非核化についても、米韓会談で「金委員長は率直で素晴らしい。多くの進展がある」と、自信を見せた。こうした認識から、トランプはポンペオを平壌に派遣、金正恩との会談を行わせた(10・7)。金正恩も丁重にもてなした。会談に加えて、昼食会も開かれ、両者の顔合わせは5時間半にも及んだ。異例のことだ。

 

 「両国にとってよい未来を約束する素晴らしい日だ」。金正恩も上機嫌だった。そして、「第2回首脳会談準備のための実務協議を早い時日内に開催することで合意」(朝鮮中央通信)したのである。トランプには当初、米中間選挙(11・6)での共和党てこ入れの材料にという思惑もあったようだが、時間的に無理。それに、世論調査では、共和党苦戦の見通しも。トランプも「選挙戦で忙しい。米国を離れられない」と、それどころではなくなっている。

 

「終戦宣言」と「非核化リスト」で対立

 

 「非核化」が進まない理由ははっきりしている。米国は、まずすべての核にかかわるリスト、非核化の工程表を出すよう求めているのに対して、北朝鮮はすでに実行した核実験場の破壊などの見返りに、まずは朝鮮戦争の「終戦宣言」を求めて、両者折り合いが付かないからだ。両者の隔たりは大きく、実務者協議での打開は難しい。

 

 「私たちが信頼醸成のために示している善意に、米国は応えず不信を強めている」(9・29国連総会で李容浩外相)。「我々が朝米会談の共同声明を履行するため、実質的な措置を執っているのに、米国は制裁・圧力を続け、屈服させようとしている」(10・2朝鮮中央通信論評)‥‥。北朝鮮の欲求不満は高まっている。

 

 確かに、これまで北朝鮮は豊渓里核実験場を爆破(5・25)し、核や弾道ミサイルの実験を自制している。また、①東倉里のミサイルエンジン試験場と発射台を米などの専門家の立ち会いの下に破壊する②米国が米朝共同声明に基づく「相応の措置をとれば」、寧辺の核施設を廃棄する(9・19南北首脳会談で)―など、「非核化」の具体的な措置を示してきた。

 

 しかし、米国は終戦宣言に応じず、経済制裁を緩めるつもりはない。それだけ、北朝鮮への不信感が強いのだろう。まずは、北朝鮮の核開発の実態を知るため、核にかかわるすべてのリストは欠かせない。北朝鮮がこれまで表明している核施設の破壊だけでは不十分だ。秘密の核開発施設、研究施設を疑っている。

 

 「20~60個持っているのではないか」(10・1)。韓国の趙明均統一省は、情報当局の分析を元に、国会で報告した。また、核爆弾の原料となるプルトニウムについても50キロほど保有という報告もされている。しかし、北朝鮮は未だに保有する核爆弾や原料の数量を明らかにしていない。米国としては、見せかけの「非核化」だけで、見返りの措置をとるには早いということだろう。

 

「我々は恋に落ちた」とは

 

 「我々は恋に落ちたのだ。彼は私に美しい手紙を書いた」(10・29)。トランプは米中間選挙の集会で、口が滑ったのか、本音を吐露したのか、こんな発言をした。もっとも、「メディアは、なんてひどい、大統領らしくないと言うだろう」と、揶揄されるのはわかっているのに、つい言っちゃったのか。

 

 恋に落ちるというのは、あえて説明する必要もないが、冷静に客観的に相手を見るのでなく、「あばたもえくぼ」、何でもよく見てしまう。恋は盲目だ。おそらく、外交の場ではもっともふさわしくない対応の仕方ではないか。まして、相手はこれまで「非核化」ではさんざん煮え湯を飲まされてきた北朝鮮である。

 

 またトランプは「私は彼が好きだ。彼も私が好きだ」とも言った。この調子で外交をやられてはたまらない。「金正恩が非核化というのだからやるだろう。どんどん進めろ」と言われても、米国の外交当局、対北朝鮮の実務者は、はい、はいとはいかない。頭をかかえているだろう。「非核化」の口約束だけで、見返りを与えれば、北朝鮮の思うつぼだ。核根絶に失敗した1990年代の米朝核協議の再現だ。

 

 「好きだ」と言えば、非核化が出来るなら、誰も苦労はしない。トランプは北朝鮮にとって核廃棄が死活問題であることをよくわかっていないとしか思えない。金正恩にとって、核は唯一の「守護神」なのである。よく言われるように、核を手放したカダフィやフセインは、あわれ殺されてしまった。二の舞になってはいけない。父親の遺言でもある。いかにトランプに「あんたが好きだよ」と言われても、それでは核を捨てるよとは、簡単にはいかない。

 

韓国の前のめりも影響か

 

 「金正恩委員長は、確固たる非核化の意思を繰り返し約束した」(9・20)。平壌での南北首脳会談を終えた文在寅大統領は、金正恩が非核化に積極的であることを繰り返し強調した。文在寅はこの後ニューヨークへ行き、トランプとの首脳会談をすることが決まっていた。金正恩の意向をトランプに伝える役割を買って出ている。

 

 とにかく、文在寅は北朝鮮で大歓迎された。平壌国際空港ではタラップ下で金正恩が出迎え、平壌市内への沿道には、10万人もの住民が一張羅の服を着て「マンセー」と声を張り上げた。そして、迎賓館で、金正恩は「我々は貧しいが、最大限の誠意を尽くす」と、珍しくへりくだって見せたりもした。そして、「非核化」の意思が固いことを繰り返し、トランプへの伝言を頼んだ。

 

 この中で、金正恩が寧辺の核施設や東倉里のミサイル基地などの廃棄を表明した。ことによると、それ以上の「非核化措置」の意向を示したかもしれない。そして、文在寅は「米朝首脳が早期会談し、合意点が見つけられるよう努力する」ため、トランプに金正恩のやる気を懇切丁寧に説明したのだろう。トランプが「非核化」に楽観的な発言をする背景には、文在寅のやはり前のめりの意向も影響しているのだろう。

 

 「南北融和」を公約の柱とする文在寅にとって、最初の正念場であり腕の見せ所だ。その第1歩が朝鮮戦争の終結だ。「年内に出来る」と断言していた。そのためには、米朝関係改善、北朝鮮の「非核化」、国連の経済制裁解除が大前提。実質的な南北交流、経済交流は出来ない。しかし、その前に出来ることは何でもやっておこうということのようだ。

 

 南北間では、2回の首脳会談などを通じて、様々な関係改善、交流の具体策が合意された。これを実現するため、頻繁に南北協議が進んでいる。すでに、開城に南北連絡事務所が設置され、双方の実務者が常駐している。また、板門店の共同警備区域(JSA)の非武装化のための地雷除去は実施され、見張所(GP)、兵力、火器の撤去で合意した。JSA内なら、観光客も自由に南北を行き来出来るようになるという。

 

 さらに、朝鮮半島の西側を走る京義線、東側の東海線の南北連結などのための共同調査、北朝鮮の植林を推進するための育苗場整備の推進など、様々な分野での南北協力が合意されている。しかし、韓国が哨戒艦撃沈事件(2010)などを受けた独自の制裁措置の解除も話題になったが、これは野党や遺族などの反発があり、検討するには至っていない。また、文在寅が強く望んだ年内の「終戦宣言」も全く見通しは立っていない。

 

 それに、米国からは、経済制裁が続く中、制裁に抵触するような協力、北朝鮮の経済に資するような協力には、クレームが付いている。特に、南北の鉄道連結については、資材から技術など、全面的に韓国側の負担となる。それではあきらかに経済制裁違反となる。なし崩しに南北協力が進めば、「非核化」に支障がでるからだ。また、軍事分野では、米軍の了解がなければ、一歩も進まない。

 

 トランプと違い、北朝鮮に厳しい認識を持つ米国政府の実務者、特に軍部は、韓国の対北融和策に警戒感を隠さない。特に「非核化」が実質的に動かない限り、制裁だけでなく、軍事的な対応も緩めるつもりはない。要するに、北朝鮮にとって、経済的に助けになるような交流・協力は出来ないのである。今のところ、文在寅政権の対北前のめりは空回り気味だ。

 

成果なく、いらだつ北朝鮮

 

 「米国の選挙演説の場では、我々は北朝鮮と本当に仲がいい‥と笑みを浮かべ、記者会見などでは対北制裁解除は考えたことがないと厳しい表情をする。一体、どっちが米国の本当の顔なのか」(10・21朝鮮中央通信)。米国が朝鮮戦争の「終戦宣言」に応じないことで、北朝鮮はいらだちを募らせている。様々な機関を通じて、米国非難を繰り返している。

 

 いらだちの背景には、せっかく金正恩が宿敵である米大統領との会談という大決断をしたのに、目に見える成果がないからだ。特に、人民の生活に直結する「経済制裁」がそのまま実行されていることに我慢がならないのである。文在寅によると、金正恩は「経済発展のために核を放棄する」と言ったようだが、その入り口になる経済制裁解除の動きがないからだ。

 

 金正恩にとって、米朝関係改善は重大な決断だ。最高指導者に就任して、5年が経過。核・ミサイルで「軍事大国」を誇ることが出来たが、一方で周辺国の反発を招き、外交的にも、経済的にも孤立を深め、肝心の「人民生活の向上」は、遅々として進まない。文在寅にも「貧しい國」と認めざるを得ない状態から抜け出せないでいる。経済立て直しは、公約の軍事・経済の「強盛大国」を実現する「並進路線」のための必須の課題である。

 

 また、金正恩は「全知全能」の指導者であることを国民に知らしめ、指導力を強化してきた。金正恩が決断した以上、世の中は、世界はそれに応えるのが当然だ。しかも「非核化」という存亡をかけた決断をしたのに、肝心の米国はそれに応えない。その成果が見えないのでは、権威に傷が付く。独裁体制の根幹にかかわる。

 

 従来は、事あるごとに周辺国への「離間策」によって、北朝鮮にとって有利な条件をつくる外交戦術を得意としてきた。今回も、進まない米朝関係をよそに、南北関係においては、文在寅政権の南北交流、関係改善に応じている。これまでなら、ここで、米韓間には大きな不協和音が生ずるはずだ。

 

 しかし、今回は勝手が違うようだ。一つは、対北経済制裁は国連決議に基づいており、韓国が独自に北朝鮮に外貨を渡すなど実質的な経済協力が出来ない。さらに、軍事がらみも多いが、これは在韓米軍の了解がなければ進められない。韓国独自に南北関係を進めるとはいかない。北朝鮮がもっとも望む経済協力、対立の構図を緩めるところまで踏み込むことが出来ないのである。

 

ローマ法王が平壌訪問?

 

 「ローマ法王が、金正恩委員長の招待状がくれば行くことは出来ると述べた」(10・18、韓国大統領府発表)。文在寅がバチカンを訪問、フランシスコ法王と会談した時の話だ。韓国のメディアの多くは外交の成果と持ち上げたが、キリスト教と金正恩・北朝鮮の取り合わせは、なんとも唐突で、違和感がある。

 

 北朝鮮の憲法は一応「信教の自由」をうたっているが、実際は「宗教はアヘン」、過酷に取り締まり、多くのキリスト教指導者が処刑された。1980年代、教会やお寺などの建物を造って、韓国の宗教関係者に見せたこともあったが、見せかけだけ。いまだに宗教活動は処罰の対象で、信教の自由はゼロだ。

 

 それなのに、何故こんな話になったのか。きっかけは南北首脳会談(9・19)。この場で、カトリック信者である文在寅が「いまのフランシスコ法王は、朝鮮半島の平和繁栄に深い関心を持っている。面会したらどうか」と持ちかけ、金正恩が「法王が平壌を訪問するなら、熱烈に歓迎する」と答えたということらしい。

 

 フランシスコ法王は、2014年に韓国を訪問、キリスト教徒が多く、熱烈に歓迎された。その際、当然のことながら、朝鮮半島の平和と安定・繁栄を祈り、演説した。そして、熱心な信者である文在寅は大統領になったら、バチカンを訪問することをかねて望んでいた。また、文在寅の側近には、学生運動からカトリック信者という経歴の持ち主もかなりいる。首脳会談のすぐ後に、バチカン訪問が予定されており、金正恩に持ちかけるシナリオを書いたのだろう。

 

 しかし、法王の訪問ともなれば、当然その国の宗教の扱い、人権にかかわる状況をかんがみるのが通例だ。北朝鮮は、先にも述べたが、建国以来のあらゆる宗教を取り締まり、過酷な扱いをし、今に至っている。北朝鮮のアキレス腱だ。それを全面的に変えるというのでない限り、法王が訪問して、指導者を祝福とはならないだろう。

 

 文在寅としては、非核化、南北融和の一助、促進剤になると踏んでの提案だったのだろう。また、トランプもキリスト教の信者だ。ローマ法王の朝鮮半島平和の希望は、「終戦宣言」を促すうえでもプラスになる。という説得をしたのかもしれない。いずれにしても、法王訪朝というのは、あまりに突飛だ。それだけ、韓国も米朝関係改善の遅々たる歩みに、焦りを感じているということだろう。また、これに乗った、金正恩も同じだ。

 

米朝首脳会談は不可欠だが

 

 いま、トランプは、中間選挙(11・6)に飛び回っている。今のところ、共和党の苦戦が伝えられている。これが米朝関係の行方にどう影響を及ぼすか。そして、トランプとしては、大統領再選を目指して、次の手を考えていくことになるだろう。

 

 これまでのいきさつを見ると、米朝関係は実務者協議では平行線をたどるばかりで、進展の可能性は少ない。北朝鮮の非核化に、米朝首脳会談が不可欠だ。ただ、惚れた腫れたの次元では、空回りをするだけ。そして、「アメリカ第1」、北朝鮮の核・ミサイルが米国に届かなければいいという「非核化」で、満足してもらっては困る。

 

更新日:2022年6月24日