足元を見られた「トランプ流」

(2018.9.10)岡林弘志

 

 6月の米朝首脳会談の熱気は、この夏の猛暑にもかかわらず、冷えてしまったようだ。70年もの冷戦の化石は、一朝一夕に氷解しないということだろう。それに、北朝鮮は、名誉欲にとらわれ、パフォーマンスに満足しているらしいトランプ米大統領の足元を見て、「非核化」をちらつかせながら、「朝鮮戦争終結-体制保証」を求め、揺さぶり続けている。とはいえ、最需要課題であるはずの経済立て直しは、遅々として進まない。

 

首脳会談直後に米中“貿易戦争”とは

 

 「現時点では十分な進展があるとは思えない」(8・24)。トランプは、前日に発表したばかりのポンペオ国務長官の北朝鮮訪問を中止するとツイッターに書き込んだ。これまで、一部の核施設の破壊や米兵遺骨の返還などを挙げ、「非核化」へ向けて着々と進んでいると繰り返してきたが、ここへ来てようやく米朝協議が進展していないことを認めた。

 

 「中国が北朝鮮に対して資金や燃料、肥料、その他さまざまな商品を含む相当な援助をしている。これは役に立たない」「中国はかつてほど非核化の進展を助けてくれない。ポンペオ氏の訪朝は、中国との貿易関係が解決してからの可能性が高い」。トランプは、「非核化」協議停滞の原因は、中国の非協力にあると指摘した。

 

 もしそうだとしても、直接の原因はトランプが仕掛けた対中国報復関税にある。確かに、米国の対中貿易の赤字は膨大だ。2017年は2700億ドルを超えた。それぞれの経済事情があるのだが、トランプには我慢ならない。6月から百億ドル、千億ドル単位の追加関税措置を連発、中国も報復関税をかけ、貿易戦争の様相を呈している。

 

 特に、トランプが狙い撃ちしているのは、中国が輸出に力を入れている先端技術や通信関係。軍事予算方針では、政府機関が中国製を使うことを禁止する措置にも署名した。そのうえ、トランプは中国からのすべての製品に関税をかける(9・7)と息巻いている。

 

 中国は「事実を歪曲した無責任な論理は世界一」(外務省)と、トランプの対応に最大級の不快感を示した。直ちに、対北国連制裁を否定することはないだろうが、最近の米国の出方をにらみながら「北朝鮮の経済と民生発展を支持する」(王毅外相)と北朝鮮に約束するなど、北朝鮮寄りの姿勢を強めている。

 

 貿易問題では、断続的に米中協議が行われているようだが、収まる気配は全くない。米朝関係の観点から見ると、せっかく、史上初めて米朝首脳会談が行われて、これから周辺国の協力も得て、北朝鮮に国連制裁を背景に非核化を実行させようという時。制裁の実効性の一番大きなカギを握る中国と、わざわざことを構えるというのは、理解に苦しむ。

 

 トランプは、貿易と非核化は全く別問題と考えているのか、あるいは米国の実力を持って脅せば、中国もハハーッと言うことを聞かざるを得ないと思いこんでいるのか。貿易を材料にさらなる対北圧力を迫ろうというのか。不動産の世界では資金力を背景にやりたい放題をやってきたときのクセが抜けないのか。

 

北は「終戦宣言」を最重点課題に

 

 米中関係もさることながら、米朝協議がうまくいかない直接の原因は、両国の要求がかみ合わないからだ。北朝鮮は朝鮮戦争の終戦宣言―平和協定締結を求め、米国はその前に核関連施設のリスト提出と破壊の工程表など非核化の実を求めている。

 

 「朝鮮戦争の終戦宣言などに同意しなければ、核実験やミサイル発射を再開する」(8・24)。北朝鮮の金英哲・労働党副委員長がポンペオに書簡を送り、米国が終戦宣言や平和協定締結に踏み切らないことを強く非難、「(非核化交渉は)再び危機に瀕し、崩壊する恐れがある」と、強く警告した(8・28米CNNテレビ)という。

 

 これほど挑発的にでられては、申し訳なかったとのこのこ平壌へ出掛けていくほど米国も人はよくない。この書簡は、直ちにトランプにも見せ、ポンペオ訪朝取りやめの直接の原因になったようだ。これまで、板門店などで、断続的に実務接触があったが、双方の折り合いが付かなかった。このままでは進展なしと判断したのも、協議中止の要因の一つのようだ。

 

 「我々がとった措置に米国は応えるどころか、制裁維持、終戦宣言を先送りする態度を示している」(8・4シンガポールで李容浩外相)。北朝鮮にすれば、すでに豊渓里の核実験場を爆破(5・24)、米兵の遺骨55柱の返還(7・27)など、米側の要求を受け入れ、誠意を見せてきた。その見返りとして、まずは「終戦宣言」で実を見せるべき、という理屈だろう。

 

 しかし、米側はまずは核関連施設のリスト提出など非核化の核心にかかわらないまま、見返りは出せない。また、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、衛星写真を分析して、寧辺の核施設では改良工事が進む。東倉里のミサイル基地の解体はごく一部にとどまるという分析もある。北朝鮮が「非核化」の実を示しているとは見ていない。

 

 また、金正恩は首脳会談では、「終戦宣言」を全く口にしなかったのに、実務協議に変わったとたん、「終戦宣言」を当面の最優先課題に据えた。首脳会談までは、当面の脅威である「米韓軍事演習」の中止が最大の課題だった。しかし、中止が決まってみると、米国の脅威そのものは、米国との戦争が未だ終わっていないことにあるとあらためて認識したのだろう。

 

 中国としても、朝鮮戦争が継続中であることが、朝鮮半島不安定、ひいては中国にとっての脅威になっている。すぐ隣で行われる米韓軍事演習や在韓米軍に直ちに配備できる戦略兵器は、中国にとっても気持ちがよくない。これらを食い止めるための第一歩である「終戦宣言」を推進するよう、北朝鮮に強く求めたに違いない。

 

「北朝鮮はよいことをしている」

 

 金正恩は、米朝首脳会談で「誠意を持って非核化をやる。信じて欲しい」と繰り返しトランプに訴えた。これを信じて、トランプは、米国がかねて主張してきた「検証可能」「不可逆的」という表現は入れず、北朝鮮が主張した「朝鮮半島の完全な非核化」で妥協した。また、南北首脳会談(5・26)や南北高官級協議で、金正恩は「1年(2年という情報も)で非核化」を明言。これが、トランプにも伝えられ、米朝首脳会談実現の大きな要因になった。

 

 「金正恩氏とは非常によい関係にある」(8・30)。トランプは、こうした事態にも、相変わらず金正恩への信頼を口にしている。また「ミサイル発射実験をしていないし、核実験もしていない。人質も返した。非常によいことだ」と北朝鮮のいまの言い分に沿うようなことを言ってはばからない。

 

 ポンペオ訪朝中止を受けて、マティス国防長官は「これ以上、米韓演習を中止する計画はない」(8・28)と、演習再開も示唆した。しかし、トランプは「演習に巨額の費用をかける理由は、現時点ではない」否定した。その後、「大統領が決断すれば、すぐ再開できる。再開すれば過去最高になる」と付け加えたが、迫力はない。

 

トランプの決断に下っ端は背いている

 

 要するに、北朝鮮は「トランプ流」の足元を見て、得意のじらし作戦を取り始めたのだ。ある意味で、トランプのやり方はわかりやすい。一つは、パフォーマンス好きだ。それに「ディール」(取り引き)を絡ませる。米朝首脳会談を開く際、直前になって「止ーめた」と言って驚かせ、実現へこぎ着けた。そして、世界が注目する中で、「史上初」の会談の舞台で、「ナンバーワン・アメリカ」の大統領らしく鷹揚に振る舞って見せた。

 

 会談や共同声明の内容については、「非核化」の詰めが甘いなどの批判がでたが、トランプとしては、演出十分の檜舞台に立てたことで、満足だったのだろう。そして、金正恩も、トランプへの信頼、尊敬の念を如才なく見せつけ、トランプの自尊心をくすぐった。それに、トランプは地道に、緻密に、というのは性に合わない。「非核化」についても、金正恩が必ずやると言ったから、やるだろう。細かいことでごちゃごちゃ言う必要はない。ということだろう。

 

 「米国は口先だけで、関係改善について何も実行していない」「初の朝米首脳会談で新たな歴史的第一歩を踏み出したトランプ大統領の決断とは異なる」(8・6労働新聞)。北朝鮮は、悪いのは下っ端だと非難してしながらも、ひたすらトランプを持ち上げる。これもトランプの好むところだ。

 

 「私は世界中の誰より忍耐強い」(8・30)。トランプは、米朝関係についてこう述べたが、西欧やカナダ、日本などの通商関係では、もっと米国のモノを買え、対米黒字を減らせと、こらえ性もなく責め立てている。いずれも、これまで民主主義、資本主義などの価値観を共にし、信頼を築いてきた友好国にもかかわらずだ。どうも、トランプはカネが絡むと、見境がなくなる性癖があるようだ。

 

 安倍首相はことあるごとに米国へ行き、黄金のドライバーを進呈するなど、「信頼関係を強固」にするのにひたすら努めてきた。しかし、日本の貿易黒字は我慢がならないらしく、会う度に、メイドインUSAの武器や製品を買うよう迫っている。6月の会談では「パールハーバーは忘れないぞ」と言ったという報道もあった。

 

 そういえば、米国と北朝鮮との間を見ると、経済制裁によって、今のところ貿易ゼロ、金銭のやりとりはない。トランプにとって、いきり立つ理由がないと言うことか。そして、米韓演習はカネがかかるからやりたくない。北が核実験やミサイルを飛ばさない限り、演習もやる必要がない。金正恩はいい奴だ。こうしたトランプ流は、北朝鮮とって、実に都合がいい。

 

「大統領への否定的な話は一度もしていない」

 

 「トランプ大統領の1期目の任期中に、朝米の70年の敵対の歴史を清算、関係改善をしながら非核化を実現したい」(9・5)。金正恩は、韓国特使団の訪問を受けて、あらためて「非核化」の意思を強調した。北朝鮮は、何を言えばトランプが喜ぶかをよく研究している。トランプの最優先課題である大統領再選(2021年11月選挙)を念頭に、トランプの手柄となる期限を示して、それまでにやるよと、ということだ。

 

 また、金正恩は「最近の朝米交渉にやや難しさはあるが、こうした時こそトランプ大統領に対する信頼は引き続き維持される」「私は、参謀らに対してもトランプ大統領への否定的な話を一度も口にしたことはない」と、トランプへの信頼を繰り返し強調した。いじらしいほどだ。案の定、トランプは大喜び。「ありがとう、金委員長。我々はともにやりとげることができるだろう」(9・6)と、直ちにつぶやいた。

 

 鄭義溶・国家安保室長を団長とする韓国特使団は、特別機で平壌を訪問、金正恩に文在寅大統領の親書を手渡し、会談した(9・5)。金正恩は上機嫌で、一行を労働党本部庁舎の入り口まで出てきて出迎えた。会談では、南北首脳会談の平壌での開催(9・18~20)が決まった。

 

 もう一つ、特使団の役割は、膠着状態にある米朝非核化協議を打開することにあり、トランプからの伝言も披露された。これに対する金正恩の対応が、先に記したような内容だ。また、「非核化を決めた自身の判断が正しかったと感じられる環境が整うことを希望するというメッセージを米国に伝えて欲しい」という伝言を託した。私は反対もあったのに、大変なことを決断したのだから、忖度してよ、ということか。

 

 一方で、注文も出た。「豊渓里(核実験場)の坑道の三分の二が崩壊し、核実験は永久にできない」「非常に実質的で意味ある措置なのに、国際社会の評価が低すぎる。善意を善意として受け止めて欲しい」。要するに「非核化」を着実に進めているのに、何故信じないのか。その見返りに、「終戦宣言」をやってもいいのではああないか。ということだ。確かに豊渓里の爆破は公開された。しかし、1990年代の核協議で、一部施設を爆破しながら、協定が破棄されると直ちに核製造を始めたという“前科”がある。自らが招いた不信感でもある。

 

 いまの時点で、北朝鮮が「終戦宣言」を最優先課題にしていることは間違いない。この会談で、金正恩は「韓米同盟が弱まるとか在韓米軍が撤収すべきだとか言うことは、終戦宣言と全く関係がないことではないか」とまで念押しした。終戦宣言をすると、北朝鮮は在韓米軍の撤退などを条件にだしてくるのではないか。韓国や米国の一部にある危惧を意識しての発言だ。「終戦宣言」への執着の度合いがよくわかる。

 

オレがやればうまくいく?

 

 「金正恩氏と会うのを楽しみにしている」「私は彼(金正恩)を好きだし、彼も私を好きだ。非常によい関係を築いている」。トランプは、ことあるごとに、金正恩との再会への期待をもらしている。米朝の実務協議を見ながら、なんでもっとスラスラできないのかと思っているのだろう。

 

 確かに、米朝の非核化協議は進まない。米側の実務者とすれば、「検証可能」「不可逆的」な「非核化」を確実に進める裏付けがなければ、前へ進めない。そして、北朝鮮は、実務者が協議の場で妥協することは絶対できない。自らの裁量を発揮する余地はないからだ。

 

 また、トランプはこれまで、部下に難題を持ちかけて、できないと罵倒し、クビにするというやり方で商売をやってきたといわれる。大統領になってもそのクセは直らず、すでにトランプ政権の政治任用者の数十人が首になっている。これでは、落ち着いて外交、交渉はできない。

 

 一方、北朝鮮にとって、「核」は体制の存亡がかかっている。パフォーマンスで「非核化」へは進めない。体制保証は間違いないと確信が持てなければ、踏み込めない。「非核化」への抵抗が大きい軍部の了解も必要だ。必死なのだ。それに、両国間にはこれまでの長い確執と不信感がある。溶きほぐすのは容易ではない。

 

 しかし、トランプには、それがイライラのタネだ。オレが直接、金正恩と話せば、一挙に解決する。トランプの「再会談」への言及には、そんな自負がチラチラしている。金正恩が9月末の国連総会に出席、その際第2回の首脳会談という観測もあったが、これは無理。それでも年内という可能性はまだ残っている。トランプの発言も、これを意識してのことだ。

 

目玉がなかった建国70周年

 

 一方、米朝関係が北朝鮮の思うように進んでいるわけではない。それを象徴するのが、賑々しく行われた建国70周年の軍事パレード(9・9)などの行事だ。最大の見世物だったICBM(大陸間弾道ミサイル)は、米国の反発を恐れて登場しなかった。また、金正恩は壇上で閲兵したが、人民に誇示すべきモノがないためか、演説はなかった。

 

 「自立経済をアピールするための国際イベント」(9・2聯合ニュース)はいくつか計画されている。「平壌秋季国際商品博」(9・17~21)では「先端技術を使った電子製品、機械、軽工業製品など国際競争力を持った製品が出品される」と宣伝している。「国際映画フェスタブル」「国際マラソン大会」なども開かれる。

 

 要するに、経済制裁があっても、「自立経済」によって、生産活動は活発で、国際交流も盛んに行われることを、内外に示すためだろうが、涙ぐましい。米朝首脳会談直後の現地視察で、金正恩が怒鳴りまくったように、生産現場は資材やエネルギ不足で、疲弊しきっているのが実情だ。

 

 「70年の歴史は、厳しい試練と難関を切り抜けて、世紀的勝利と変革だけを綴ってきた英雄的叙事詩的行路だった」(9・9労働新聞社説)。国家の一大行事にもかかわらず、まさに「叙事詩的」、抽象的な成果を誇るしかできなかった。本来なら、「非核化」で、経済制裁が解除され、金正恩が新年辞で強調した「経済」立て直し路線がスタートしたことを、高らかに誇る場にしたかったはずだ。

 

 しかし、米朝交渉は初めからかみ合わず、経済制裁は従来のまま。韓国は盛んに南北交流を進める姿勢を見せながらも、米国の顔色を見ながら、経済の絡む交流は進められない。北朝鮮は、トランプの足元を見て、したたかに交渉しているように見えるが、実は北朝鮮にとって、望ましい状態が生まれているわけではない。

 

北はトランプの鼻息もうかがいながら

 

 金正恩は、韓国特使団に米国が米朝協議で繰り返し求めてきた非核化のリスト、工程表については、何言わなかったようだ。少なくとも、南北双方の発表にはなかった。当面は「終戦宣言」を最優先に求めていくことになりそうだ。今のところ、トランプのかんに障ることはないと判断してのことだ。

 

 北朝鮮は、今でもトランプに対する警戒心は解いていないはずだ。度重なる米韓軍事演習で、金正恩は肝を冷やし続けた。予測不可能な大統領の気まぐれ、軍事攻撃も辞さない。何をするかわからないという恐怖があった。北朝鮮は煮ても焼いても食えない相手と思えば、再び軍事面の脅威をひけらかすかもしれない。

 

 11月には米国の中間選挙がある。米朝交渉の進展も選挙にかなりの影響を及ぼす。トランプとしては、それまでに目に見える「非核化」が欲しい。北朝鮮はそのあたりを慎重に見据えている。北朝鮮はトランプの足元を見ながらも、トランプの鼻息をうかがう日々を過ごしている。

更新日:2022年6月24日