「役者やのー」、大変身”平和の使者”に

(2018.5.7)岡林弘志

 

 思わず「役者やのー」と叫びたくなる。12年ぶりの南北首脳会談。金正恩・労働党委員長は、当意即妙のやりとり、打ち解けた身振り手振りで、すっかり平和・和解の使者を演じ、見事、文在寅・韓国大統領はじめ韓国民の多くは、乗せられた。冷血な独裁者のイメージはどこへやら。言明通り、このまま完全な南北和解、「非核化」へ進むならいいのだが、北朝鮮の”前科”が楽観を許さない。

自分の責任棚上げ、「よく言うよ」

 「大いに胸が痛む。ここまで来るのに数メートル歩いただけなのに、なぜ時間が違うのか」(4・27)。首脳会談が行われた「平和の家」の歓談室、壁に掛けられた二つの時計は、「ソウル」と「ピョンヤン」の標準時を刻み、30分ずれていた。それを見た金正恩は、早速「時間から統一しよう」と約束した。帰った直後、北朝鮮の標準時を韓国に合わせるよう指示し、直ちに(5・5)に実行に移した。

 韓国では、「首脳会談の約束が素早く着々と実行されている」と大歓迎されている。しかし、おい、おい、だ。「なぜ違うのか」なんて金正恩に言われても困る。「胸が痛む」ことをしたのは、他でもない金正恩自身だ。2015年、「日帝時代に奪われた標準時を取り戻す」と30分ずらしたためである。

 「どんな素晴らしい合意、文面が発表されても、きちんと履行されなければ、皆様に大きな失望を抱かせる」「胸襟を開いてよい結果を導き出し、過去のように振り出しに戻る、実行できないことがないようにしよう」(冒頭発言)。全くその通りだ。しかし、そうできなかったのは、南北どちらの責任が大きかったのか。北の指導者にこう言われては、南の指導者は立場がないはずだ。

 「我々は対決し闘うべき異民族ではなく、和合すべき一つの民族だ。一日も早く全民族が平和、平穏に暮らせるよう、私は軍事境界線を越えてきた」「板門店が平和の象徴になれば、一つの民族、一つの原語、一つの歴史、一つの文化を持つ北と南が一つになり、繁栄を享受できるようになる」(共同発表発言)。いやいや、これも全くその通りだ。

 あんたは偉い!と言いたいところだが、振り返ってみれば、朝鮮戦争を起こし、様々な軍事挑発、騒動を起こしてきたのは、北朝鮮の方だ。延坪島砲撃、韓国の哨戒艦撃沈(いずれも2010)‥‥軍事挑発のほとんどは北朝鮮のしでかしたことだ。いわば、マッチポンプ的な“和解”演出だ。今回の金正恩の話は、ほとんどがこのたぐい。「あんただけには言われたくない」「今さらなにを」である。

「冷戦の化石」は溶け出すか

 首脳会談の結果は「板門店宣言」にまとめられた。「両首脳は、朝鮮半島でこれ以上戦争が起きないこと、新たな平和な時代が開かれることを、8000万我が民族と全世界に厳粛に示した」。それはいいことだ。とにかく、半世紀以上にもわたって、南北朝鮮の対立、いざこざのため、周辺国はとばっちりを受けてきた。

 そして、北東アジアの真ん中にある朝鮮半島の対立は、この地域の協力・繁栄の大きな障害になってきた。そして、特に北朝鮮の人々は、人権抑圧と飢餓に苦しめられてきた。南北双方が軍事に使う国家財政、資源は膨大なものだ。是非、是非、宣言通りになって欲しい。しかし、これとても、なぜそうだったのかの反省なしに、うまくいくのだろうか。端で見ていて、心配になる。北朝鮮が過去と無関係に豹変できるのか。

 この「宣言」の柱は、第3項目に揚げられた「今年、終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換」することだろう。具体的には、「恒久的な平和体制構築のため」、南・北・米の3者、または、中を加えた4者会談の開催を「積極的に推進する」ことになった。休戦協定の調印国である米国、中国を入れての会談は、妥当なところだろう。

 同時に①民生面での改善・発展②軍事対立・緊張の緩和―もうたわれた。具体的には、各種の会談、交流、協力、民族共同行事の開催、離散家族再会の再開、開城に南北共同連絡所設置、そして、拡声器放送やチラシの散布など相手方の対する敵対行為の全面禁止、黄海側の北側限界線付近を平和水域に、いかなる形態の武力も使用しない不可侵合意を再確認し遵守する‥‥。

名演技に韓国では「信頼する」が急上昇

 休戦からすでに65年だ。南北分断は、日本の植民地のあと、米ソの利害衝突で固定化された。しかし、いつまでも「冷戦の化石」と言われるのは、当事者である南北双方にとって、名誉なことではないだろう。宣言の各項目が実行に移されれば、まさに「平和の時代が開かれる」(宣言冒頭)のは間違いないが、果たして‥‥。

 「北朝鮮の非核化・平和の意思を信頼する」64・7%―。韓国の世論調査機関「リアルメーター」(4・27実施)の発表によると、「信頼しない」の28・3%を大幅に上回った。このうち、「以前は信頼していなかったが、現在は信頼するようになった」52・1%もあった(4・30)。韓国の対北感情は大幅に変わった。文在寅の支持率も83%と急上昇だ(4・2、3)。

 金正恩の演技がいかに見事だったかがよくわかる数字だ。妹の金与正・労働党第1副部長が終始かいがいしく秘書役を務め、夕食会には、李雪柱夫人も登場、ソフトな印象を振りまいた。言うまでもなく、引き立て役として、文在寅も好演したのである。それにしても、叔父や異母兄を殺害、軍首脳などを公開処刑にした冷血、残酷な指導者像は、消えてしまったようだ。

「統一前夜」の騒ぎは過去にも

 問題は、宣言通りに南北の和解、交流が進むかどうかだ。というのは、南北間にはこれまでも何回か、対立の時代は終わり、自由な往来が始まると思わせる“節目”が何回かあった。最初は、1972年7月の「南北共同声明」だ。自主、平和、民族大団結の統一についての三原則が明記された。ここでも誹謗中傷の中止、各分野の交流が明記された。

 その当時、川崎にいたが、民団、総連ともに、今にも統一という雰囲気で、合同集会を開いたり、浮き足立っていたことを思い出す。当時ソウルにいた特派員に聞くと、酒場は「統一、万歳!」などと祝杯を挙げる人々があちこちで見られたという。しかし、両政権ともに、むしろ警戒心を強め、あっという間に、お祝いムードはしぼみ、むしろ対立は深まった。

 91年12月には「南北基本合意書」と「南北非核化共同宣言」が合意された。合意書では、和解、不可侵、協力交流の具体策まで明記された。「非核化宣言」には、実験、製造の禁止、再処理やウラン濃縮施設の不保有、査察実施などが含まれている。当時、これに関わった政府高官から「南北でできること、やるべきことはすべて網羅した」と聞いた。

 そして、2000年6月、「太陽政策」を掲げる金大中大統領は、分断後初めての南北首脳会談を実現させた。「南北共同宣言」にも、統一の原則確認、連合制と連邦制の共通点を経ての統一、経済など各種の交流を含む。その後、離散家族再会や金剛山観光、開城工業団地などが実施され、各分野の交流が盛んになった。

 首脳会談の時、金正日は、金大中を飛行場まで出迎え、同じ車で平壌へ向かった。それまで、金正日は北朝鮮でも公の場で演説や話をしたことがなかったが、「みんなが私をなんて言っているか知っている」などと、冗談を言い、気さくなところを見せた。このあたりの雰囲気は、今回とよく似ている。「いつか来た道」でもある。

 金剛山観光は大賑わい、特に南北を縦貫する京義線の連結事業は大々的に行われ、第一号が走るときは、軍事境界線近くの都羅山駅では、賑々しく祝賀行事が行われた。融和ムードは高まり、金大中はノーベル平和賞まで貰ってしまった。

北は「南風」「韓流」に耐えられるか?

 しかし、いずれも束も間の出来事。最大の原因は、北朝鮮の独裁体制が、南北交流に耐えられなかったからだ。離散家族の再会は、当初ソウルと平壌で交互におこなわれたが、北側に住む家族にとって、ソウルはあまりに刺激が強すぎた。このため、金剛山のホテルになったが、やはり韓国の家族や赤十字からのプレゼントは衝撃的だった。

 金大中、盧武鉉大統領時代、一方通行だったが、韓国から各界各分野の人々が数多く北を訪れた。そして、多くのカネやモノを与えた。当時、北朝鮮のカラオケには、韓国の懐メロもかなり入っていた。これも尻つぼみになり、保守大統領に代わると、完全に閉ざされた。いずれも北朝鮮が「南風」に耐えられなかったからだ。例え、対北融和派であっても、持ち込まれるモノや雰囲気は、自由と資本主義の産物だ。独裁とは相容れない。というより有害、体制の危機を招く。

 今回、金正恩は各種の交流、往来に積極的な姿勢を見せた。本当にできるのか、金大中の頃に比べて、「南風」に耐えられる体質はできているのか。ハタから見ていると、とてもそうは見えない。実績のない金正恩は、公開処刑など恐怖政治で態勢の強化を図った。決して外に開かれた体制ではない。

 平壌は、ショウウインドウ都市だ。華麗なビルが建ち並ぶが、経済全体が発展したわけではない。核ミサイルに国力を集中した結果、民生経済はきわめて脆弱だ。ヒトの往来はモノの流れを伴う。モノは雄弁だ。豊かさや技術の進歩を宣伝する。これまで厳しく取り締まってきた「韓流」も入り込む。

 金正恩は、今回の会談で朝鮮民族が好む「ペッチャン・セダ(度胸・胆力がある、太っ腹)」であるところを見せ、韓国民の喝采を得た。これを北内部に対しても見せることができるか。独裁体制は、外部との自由な行き来を許さない。自由の風が入り込むからだ。

 今回の会談は、北朝鮮をも湧かせたという。金正恩が文在寅を手玉に取り、これから経済発展のために協力させることを約束させた。そのうえ、トランプまでも会談に引っ張り出すことになった。大元帥様の威力が世界を動かしている、といったたぐいの宣伝が大々的になされた。今回の会談の様子は、直ちにテレビで放映された。

 それに、人民は「市場経済」で、たくましく生きているのだろうが、各種のノルマ、勤労奉仕は厳しく、閉塞感はかつてと変わらない。何でもいいから変わるなら大歓迎なのだろう。平壌での日朝首脳会談、金大中訪朝の前後にも、似たような雰囲気になったという。

 その後は、取り締まりが厳しくなり、人々を失望させ、あきらめを強いた。今回、交流はするが、国内の締め付けは厳しくするということはないのだろうか。金正恩が体制の危機を感ずれば、人民の期待は一気にしぼむ。金正恩がどれほど「南風」に耐えられるか。南北関係はここにかかっている。

 そして、南北交流の大前提は「非核化」だ。北が核ミサイルを放棄して、国連の経済制裁が解除されなければ、韓国は経済援助や経済交流ができない。「宣言」には「南北は完全な非核化を通して、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目的を確認」と明記してある。肝心の「非核化」は、近く開かれる米朝首脳会談で話し合われる。果たしてどうなる。

「非核化」に条件を付けられるか?

 「我々は北朝鮮と非常にうまくやっている」(5・4)。トランプ米大統領は、史上初の米朝首脳会談を前にして上機嫌だ。つい最近も、「ノーベル賞!」という支持者のかけ声に、得意満面だった。そんなにはしゃいで大丈夫か。米中央情報局(CIA)と北朝鮮側は頻繁に接触しており、根拠があってのこととは思うが、相手は北朝鮮のことだ。心配になる。

 金正恩は「非核化」を明言しているが、明確でない面がある。懸念の一つは「朝鮮半島の非核化」という表現だ。「半島」には当然、韓国も入る。核持ち込みの能力がある在韓米軍の撤退が前提というということになれば、米韓は簡単には受け入れられない。

 もう一つは、「南朝鮮と米国が段階的措置を取れば」(中朝首脳会談)と前提を付けたことだ。1994年の米朝枠組み合意、2000年代前半の六カ国協議では、北朝鮮の非核化の各段階に合わせて、周辺国は経済援助、燃料援助、軽水炉建設などを代償として与えた。しかし、北朝鮮は裏で技術を温存、核開発を進め、今や「核強国」を自称するに至っている。代償はただ取り同然だ。

トランプに首脳会談を持ちかけた以上‥

 周辺国が、金正恩の「非核化」を歓迎しつつも疑心暗鬼がぬぐえないのは、そうした「前科」があるからだ。この点は、トランプ周辺もよく知っている。このため、最近トランプ側近になったボルトン大統領補佐官は「リビア方式」でと言っている(4・29)。リビアの非核化には、ブッシュ政権の国務次官としてかかわった経験がある。

 「リビア方式」は、2003~04年、カダフィ大佐は即時、無条件の「核」をはじめとする大量破壊兵器すべてを放棄すると宣言。核関連物質や生物化学兵器は外国に搬出され、核開発計画・設計書まで提出、米英の査察団が徹底的に査察を行った。この後、米国は経済制裁を解除、国交を正常化した。もっとも、カダフィは11年、欧米が支援していた反政府勢力に殺害された。

 金正恩にとって、実にイヤミな案だ。北朝鮮が核開発を急いだのは、カダフィが核を手放したため、あるいはイラクのフセインは核を持っていなかったため殺害されたと解釈、反面教師にしたためだ。ボルトンの言うとおりだと、金正恩は丸裸にならなければいけない。

 ただ、金正恩も過去のように「サラミ戦術」で時々の代償だけ取って、密かに核開発は進めるということはできそうもない。非核化の実を示さなければならないという覚悟はあるだろう。そうでなければ、トランプという常識に当てはまらない相手に首脳会談を申し込めないはずだ。

独裁の「守護神」をどうする

 金正恩は、南北首脳会談の席で、最初の措置として、豊渓里・核実験場を5月中に閉鎖し、米韓の専門家、記者に公開すると述べたという。かつてない素早い対応だ。この実験場は過去の実験で崩壊して使えないという分析もある。金正恩は「大きな坑道2つは健在だ」と反論、非核化への本気度を示したという。

 しかし、トランプの求めるのは、実験停止ではない、核兵器、関連施設の全廃だ。それと早急な「非核化」だ。もし、思うようにいかなければ、軍事攻撃もあり得る。トランプにはそう思わせる予測不能なところがある。これまでのようなこざかしい、あるいはずるがしこいやり方は通じない。

 果たして、核という守護神なくして金一族の独裁体制は守れるのか。核保有国でありながら、トランプが納得する「非核化」の方法はあるのか。また、南北交流も閉鎖的な独裁体制の維持に風穴を開ける。金正恩は、体制の根幹に関わる判断を迫られている。

 このところ、金正恩得意の現地指導の報道はない。もっぱら、米朝首脳会談の準備に没頭しているようだ。事態は急速に好転したかに見える。その反動で、急速に暗転しないよう願っておこう。

更新日:2022年6月24日