やはりトランプは怖い!?

(2018.4.13)岡林弘志

 

 なんとも慌ただしい。金正恩労働党委員長は、北京へ行って殊勝なところを見せたと思ったら、韓国芸術団を迎えて、愛想よく振る舞う。中国、韓国にこれだけ気を遣うのは、やはり間近に迫った米朝首脳会談を控えて、不安なのだろう。トランプ大統領の機嫌を損ねたときの”防波堤””保険”を担保しようという思惑があるのではないか。これまでの強面とは余りに落差がある。

 

手の平返し、初外遊は中国

 

 「初の外国訪問が中国になったのは、あまりに当然であり、朝中親善を代を継いで生命のように大事にする私の崇高な義務だ」(3・27)。金正恩は、習近平・中国国家主席が開いた宴会で、初めて外遊先に中国を選んだ意義を強調して、受け入れてくれたお礼を述べた。過去5年の対中姿勢からは、手の平を返したようなメーセージに驚かされる。

 

 特に昨年は、習近平の訪米、中国内での国際会議開催などの度に、金正恩は核実験、ミサイル発射をぶっつけて、習近平の神経を逆なでした。これもあって、中国は国連制裁に賛成し、ついには、石油製品の輸出制限にまで踏み込まざるを得なかった。中朝関係はかつてないまでに冷え込んだ。原因は北朝鮮の核ミサイルだ。

 

 そんな矢先の電撃訪中だった。どのツラ下げてとも思うが、そこは権謀術数の世界、少しでも外交的に有利と思えば、昨日の敵は今日の友である。両首脳ともに、昨日までのことはなかったように、朝鮮戦争以来の友誼を強調した。金正恩は「これからたびたび会って友誼を一層厚くする」、習近平は「熱烈に歓迎する」と、乾杯した。

 

 金正恩の豹変は、5月中に予定される米朝首脳会談を前に、中国の支援、支持を得るためだろう。韓国の文在寅大統領とは4月に首脳会談を開くことになっている。米朝間の橋渡し、代弁役までやってくれそうだ。しかし、それだけは、安心できない。やはり、大国中国の後ろ盾が欠かせない。それに、厳しさを増す中国の経済制裁に耐えられなくなったからだ。

 

 また、中国にしても、あれよあれよという間に、南北・米朝首脳会談が予定され、カヤの外。朝鮮半島への関与は国益に関わる。また、金正恩は初の外遊先として中国を選んだ。中国抜きの外交なんてできるものではないことがわかったようだ。自尊心をくすぐったのだろう。中国は、首脳会談を受け入れた。

 

メモを取り、「戦略的意思疎通」を約束

 

 「習近平主席らにたびたび会って友誼を一層深くし、戦略的意思疎通を強化していかなければならない」(3・26朝鮮中央通信)。金正恩は、これまでの無礼を詫びたのだろう。そのうえで、これからの「戦略的意思疎通」の重要性を強調した。抽象的だが、「戦略的」というのは、国家の命運に関わることをすべて中国に相談するということになる。

 

 北朝鮮は、核実験などでも中国に連絡しなかったことがあるという。このため、習近平が強く求めたとも言われるが、この約束は重い。今後、北朝鮮は、北東アジアの地域安定に関わること、特に核実験や大陸間弾道ミサイルの実験についても、逐一中国に報告することを約束したことになる。しかも「意思疎通」だから、一方的に連絡ではない。相手の了解を得ることまで含むのかもしれない。実はこの約束が、今回中国が首脳会談を受け入れた本当の理由ではないか。

 

 ということは、すでに米朝首脳会談にどう臨むか、金正恩は「非核化」についてどこまで具体的な提案をするか。そこまでも踏み込んで、習近平に話したとみるべきかもしれない。今回の首脳会談のもっとも注目すべきは「戦略的意思疎通」にあると思う。

 

 こんな約束をせざるを得なかったのは、それだけ中国の対北不信感は強く、金正恩のこれまでの対応への怒りが強かったということだ。そして、金正恩は、習近平の求めることを全面的に受け入れ、恭順の意を示さざるを得なかった。会談の場面の映像を見ると、習近平の厳しい顔つきと金正恩の緊張し、時におどおどしたように見える仕草にそれが垣間見えた。

 

 そして、習近平へのへりくだりを象徴したのが、金正恩のメモを取る姿だ。習近平が何かを話しているとき、ノートを開いて、盛んにメモを取っていた。自ら格下を認めたに等しい。首脳会談で、首脳がメモを取るのは、極めて異例のことだ。まして、金正恩が相手の話に懸命に耳を傾け、メモを取るなんて姿はこれまで見たことがない。

 

 金正恩が現地指導に行ったときは、尊大に身振り手振りを交えて、さかんに指示を与える。これを回りの年を取った幹部が一字一句漏らしてはいけないと、懸命にメモを取る。金正恩はいつもメモを取らせる方だった。それが、独裁者であることの象徴でもあった。

 

 ところが、中朝会談では、逆の役割を演じて見せた。ということは、習近平に対して、これから従順に実に付き合っていきます、という態度を見せ、「ウイヤツじゃ」と思わせ、味方に付ける必要があったということだろう。ちなみに、金正恩のメモを取る姿は、北朝鮮のメディアでは放映されていない。

 

「段階的」非核化は、トランプに通じるか

 

 「米韓の努力で平和的雰囲気をつくり、段階的措置をとれば、朝鮮半島の非核化の問題は解決できる」(3・26)。金正恩は、習近平に非核化についてこう説明した。ここで注意すべきは「段階的」という言葉だ。1990年代からの米朝交渉や六カ国協議で、周辺国が煮え湯を飲まさせたのがこの言葉だ。周辺国は代償だけを払わされ、核計画は温存させてしまった。

 

 果たして、トランプにもこの手が効くか。六カ国協議などでは、中国、ロシアが北朝鮮の肩を持ったこともあり、日米韓の思うように、非核化は進まなかった。しかし、トランプには、この手法が通じそうもない。歴代大統領が会わなかった北朝鮮の首脳にわざわざ会ってやるのだから、目に見えるような結果を出せ。のらくら、人をはぐらかすような交渉に、オレは関心がないんだ。言うことを聞かなければ、軍事攻撃の選択肢もあるぞ。となりかねない。

 

 米朝首脳会談は、おそらく金正恩が予想したよりあっけなく決まった。ストレートな申し込みが、トランプのオレが、オレがの性格に、うまく合致した。「非核化」の意向を示したことで、これまで30年近く、周辺国が手を焼いてきた北朝鮮の核問題をオレなら、一気に解決してやると思いこませた。そんな気負いをうまく刺激したのだろう。

 

 超大国米国を首脳会談に引っ張り出したのだから、金正恩としてはしてやったりだ。しかし、あらためて考えると、トランプは、金正恩が思うように動くような相手ではない。とにかく、予測不能だ。「米国第1」を掲げ、そのためには、国際的信用を失ってもかまわない。いわば「自分第1」だ。

 

 米朝首脳会談の最大の議題は「非核化」である。少なくともトランプはそのつもりでいる。そうでないなら会う必要はない。そして、ストレートに「非核化」を求めるに違いない。金正恩が一挙に非核化を決断して、査察を受け入れる。そうすれば朝鮮戦争休戦協定を平和協定に切り替え、国交を結ぶ。

 

 短兵急に結果を求めるトランプに「段階的措置」が通じるか。トランプも過去に北朝鮮が代償だけを手に入れて、非核化を袖にしたことは知っている。素早い対応、目に見える成果を求めるに違いない。どう見ても厳しいやりとりになりそうだ。

 

「先制攻撃は正当だ」、超タカ派を起用

 

 そして、もう一つ、金正恩の不安をかき立てるのは、トランプ政権の顔ぶれだ。これまで対話重視とみられてきた人材をクビにして、国務長官にはポンペオ中央情報局(CIA)長官(3・13)を、大統領補佐官(国家安全保障担当)にボルトン元国連大使を起用した(4・9)。いずれも超タカ派で知られる。

 

 特に、ボルトンはブッシュ政権時代「ネオコン」として知られ、イラク攻撃を主張した。今年2月には「北朝鮮の核兵器がもたらす脅威に先制攻撃を加えるのは完全に正当だ」(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)と主張している。米国内には「米朝首脳会談がうまくいかなければ、軍事的解決を求めるだろう」という見方も出ている。

 

 しかし、金正恩としては、トランプが求めるように簡単に非核化へ進むわけにもいかない。核のない北朝鮮は、ただの最貧国でしかない。独裁体制の存続も危うくなる。核保有国、独裁国家のまま、米国の関係正常化を果たしたい。それに、なんとしても、米国の軍事攻撃を抑える必要がある。それには朝鮮半島での紛争を望まない中国の支えが不可欠だ。

 

韓国芸術団にも最大の賛辞

 

 「わが人民たちが南側の大衆芸術に対する理解を深め、心から喜ぶ姿を見て胸がいっぱいになり、感動せずにはいられなかった」(4・1)。金正恩は、韓国芸術団の公演を鑑賞した後、出演者一人一人と握手し、公演に賛辞を送った。「今回は『春が来る』というテーマだったので、秋には『秋が来た』という公演をソウルでしよう」と、秋の約束までして上機嫌、最後は全員と記念撮影をした。

 

 この公演には、ベテランの趙容弼や、今人気がある少女時代のソヒョン、K-POPのガールズグループ「レッドベルベット」ら11組が出演し、「友よ」「顔」「銃で撃たれたように」「忘れないで」など26曲を披露した。約1500人が来場し、最後は総立ちになって拍手をしていた。

 

 当初、金正恩夫妻の鑑賞は予定されていなかった。2回目の南北共同公演を見学する予定だったが、突然都合が悪くなり、この日の見学となった。最後まで客席にいて、韓国の団長の説明を聞くなど、公演を楽しんだ。金正恩も変われば変わるものだ。これまでは、韓国歌謡は「頽廃的」と非難し、国内では、厳しく取り締まってきた。

 

 北朝鮮の人々は、韓国の歌やドラマなどをテープやCD、DVD、それにUSBなどで見ることは禁られ、密告を奨励し、見つかると強制労働所へ送られた。厳罰に処してきたのである。それが「人民がこころから喜んだ」ことに感激したというのだから、びっくりだ。これまでの取り締まりは何だったのか。

 

報道陣締め出しに陳謝まで

 

 また、この公演では韓国の報道陣が閉め出され、取材ができなかった。金正恩が突如参観することになり、慌てた当局者の手違いだったようだ。ところが、直後に、金英哲・労働党副委員長が報道陣の前へ姿を見せて「自由な取材をさせなかったことは誤っていた」と、謝罪したのだ。

 

 しかも、「南側で天安艦撃沈の主犯と言われている金英哲です」と自己紹介をした。確かに金英哲は、韓国では韓国軍哨戒艦「天安」の撃沈事件(2010・3)や延坪島砲撃(2010・11)の実行責任者と言われている。ユーモアのつもりだろうが、韓国には数十人の死者が出ている。冗談のタネにするような話ではない。悪趣味だ。こんな話を金英哲の一存でできるはずがない。おそらく、金正恩から、こう自己紹介でもして謝れとでも指示されたに違いない。

 

 しかし、これまで、北朝鮮が取材の不手際で頭を下げたなんて話は聞いたことはない。取材拒否は何回もあった。それだけ、韓国側の機嫌を損なわないよう気を遣ったのだろう。ちなみに、韓国芸術団の2回目の公演は、北朝鮮との合同で行われた(4・3)。約1万2千人が来場し、終った時には10数分も拍手が止まらなかったという。当局の指示があってのことだろう。

 

 北朝鮮を巡って戦争が起これば、韓国は最初に攻撃を受け、主戦場になる。従って、人命被害は甚大、経済は大混乱が必至だ。従って、もしトランプが軍事的選択をするとなれば、最も反対するのは韓国だ。金正恩は、それも念頭に、韓国への対応を豹変させ、友好ムードをつくろうとしているのだろう。中国、韓国への対応の突然の切り替えは、それだけ、金正恩がトランプを恐れているかの裏返しだ。

 

トランプ流にどう応えるか

 

 「会談は5月か6月中旬になるだろう」(4・9)。トランプは、初の米朝首脳会談の日程を閣議で明らかにした。そのうえで「願わくば、長い歳月に続いたこととは違う関係になれたらいいだろう」と述べ、これまでとは異なる「非核化」を通じての関係正常化への期待も述べた。

 

 首脳会談を前に、米朝の水面下の接触が始まったようだ。米政府関係者が「金正恩委員長が朝鮮半島の非核化について協議する用意があると確認した」(4・8)と、米国メディアが伝えた。すでに、中朝首脳会談(3・26)の際に、米CIAの幹部と、北朝鮮の情報機関幹部が会ったともいわれる。

 

 近くポンペオCIA長官が国務長官に就任するようだが、首脳会談の下打ち合わせは双方の情報機関同士で行われているようだ。トランプは、従来の外交チャネルはまどろっこしい、「同じ轍を踏む」とみているのだろう。

 

 果たして、金正恩はどう対応するのか。最近は、積極的だった現地指導にも行かず、南北首脳会談、米朝首脳会談への対応に腐心しているようだ。体制存続もかかる重い重い判断を迫られている。

 

更新日:2022年6月24日