イヨーッ!「独断と専行」

(2018.3.20)岡林弘志

 

 これほど、慌ただしい展開も珍しいのではないか。南北首脳会談が決まったと思ったら、つい最近まで不倶戴天の如くののしり合っていた米朝首脳が5月中に会談するという。なぜか。双方の目指すものは全く異なるが、独裁的なやり方で似た者同士、直接会うことで即断即決、思いが叶うという思惑が一致したということだろう。そう簡単に進むとも思えないが、同床異夢というか、なんとも不思議な慌ただしい展開だ。

 

「瓢箪から駒」の米朝首脳会談

 

 「いいだろう!会おう」(3・8)。トランプ米大統領のこの一言で、史上初めてとなる米朝首脳会談が決まった。これまで「ロケットマン。病んだ子犬だ」などと、揶揄してきた金正恩労働党委員長の提案を受け入れてのことだ。あまりの急展開は世界中を驚かせた。

 

 金正恩の提案を伝えたのは、韓国の鄭義溶・大統領府国家安保室長だ。文在寅大統領の特使として、平壌を訪問(3・5~6)。金正恩から「直接会い、話をすれば、大きな成果を出すことができるだろう」というメッセージを預かり、伝えた。同時に「非核化の意向がある」「核ミサイル実験は凍結する」「米韓軍事演習実施に理解」という金正恩の発言も伝えられた。

 

 それにしても余りに異例のことだ。米朝間に外交関係はない。従って、高官同士の会談でも、まずは水面下のやりとりがある。まして、首脳同士とあれば、用意周到な根回し、外相会談など段取り・議題を詰めてという過程が必要だ。それを抜きにして一気に首脳会談だから驚く。おそらく、米政府要人はほとんど関わらないうちに、トランプの独断で決まったに違いない。

 

 両首脳は、これまでの政治・外交手法にとらわれない点がよく似ている。金正恩は、中国の反発をものともせず、核ミサイルに突っ走り、気にくわない側近は手続きなしに処刑する。トランプもオバマ政権の政策をことごとく切り捨て、西欧諸国の反対が必至のエルサレムのイスラエルの首都認定をぶち上げ、貿易戦争を起こすだろう鉄鋼などの関税引き上げにサインした。

 

 そして、米朝関係においても、金正恩は、「老いぼれ」「米帝に無慈悲な鉄槌を下す」など、敵愾心を煽るプロパガンダを展開させてきた。トランプは、対話を模索するティラーソン国務長官に対して「時間の無駄」と激しく批判してきた。それが180度の転換だ。手の平を返したようにとはこのこと。両者ともに「独断と専行」が、政治手法の軸になっている。

  

 若くして最高権力者になった金正恩にとって、経済が低迷する中、めざま

▼米朝首脳会談までの動き▼

1・1

 

 

金正恩が新年辞で「北南関係の改善は焦眉の急」「平昌五輪に代表団派遣」
1・9 南北高官会談

1月

中旬

平昌五輪に北芸術団派遣、南北合同チームなどで合意

2・8

 

北・人民軍創建日、軍事パレード

2・9

 

平昌五輪開会式。北代表団として、金正恩の妹、金与正参加。

2・10

 

 

金与正、文在寅と会談。金正恩の親書を渡し、「会談したいので訪朝を」

2・23

 

米国、対北独自制裁発表。「これまでにない厳しい内容」

2・25

 

五輪閉会式。金英哲・党副委員長参加

3・6

 

金正恩、韓国特使と会談、4月末に南北首脳会談で合意

3・8

 

 

韓国特使、トランプに金正恩からの首脳会談要請を直ちに了承、5月末までに実施に

しい実績が欲しい。トランプも支持率が低迷している。ハプニングやサプライズによって、世間をあっと言わせたいのである。いわば、似たもの同士。自分が出ていけば、これまで誰も解決できなかった米朝関係を一気に好転できる。オレが解決してやる、オレならできる。

 

 両者の独断と専行、自己顕示欲、名誉欲などが絡み合い、その延長線上に米朝首脳会談がセットされた。「瓢箪から駒が出た」のである。

 

「四面楚歌」への危機感

 

 しかし、これまで外交あるいは周辺国との首脳外交に背を向け、ひたすら核ミサイル開発を進めてきた金正恩が、なぜ対話に踏み切ったのか。一つの見方は、昨年の相次ぐ実験で、米大陸にまで届く核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させ、核大国、ミサイル大国を実現した。そこを基盤にして、米国と対等の交渉ができると判断したからという。

 

 また、国家運営の大方針である「並進路線」のうち、核ミサイル開発ではなく、もう一本の柱、経済再生に力を入れるため、周辺国との外交関係の修復、経済制裁の解除、経済協力を必要として、という解説もあった。

 

 確かに昨年1年で、核もミサイルも長足の進歩を遂げたのは間違いない。しかし、確実にワシントンを破壊するためには、1、2発のミサイルを持ったところで、本当の脅威にはならない。それに、まだ、実戦配備をしたわけでもない。あくまでも実験段階だ。まだまだ、発展途上である。

 

 そうなると、やはり、経済制裁と米国の軍事的脅威に音を上げてという要因が大きいのではないか。特に「斬首作戦」などとわざわざ公にしての米韓軍事演習の規模拡大、北朝鮮近海まで昨年1年で20数回も飛んできたB1戦略爆撃機は、金正恩に恐怖を与えた。自らの生命の危険を感じたのである。

 

 経済制裁は、中国が本気で取り組み始めたため、北朝鮮の貿易は壊滅状態だ。密輸はあるだろうが、焼け石に水だ。同時に外貨獲得は極端に減っている。自国通貨が、外国に対しては何の価値もなく、国内でも紙切れ同然。このままでは体制の危機だ。統治資金にも事欠く。

 

 日常品の多くを占める中国製品が減り、物価が上がるのは必至だ。国内では、このままでは、餓死者が出た1990年代半ばの再現、「第2の苦難の行軍」といううわさが出始めたという情報もある。今回、金正恩が米朝首脳会談を中国抜きで提案したのは、中国の経済制裁が北にとっていかに大きい打撃になっているかの裏返しだ。

 

 すでに、外交的な孤立は深刻だ。抜け穴のように利用してきた、欧州や東南アジアの国々も、大使の国外退去などの強硬姿勢をとる国が増えている。それに伴い、通商関係も途絶える。トランプの大号令もあって、国連の経済制裁が顕著な効果を発揮し始めたのである。今回の南北、そして米朝の首脳会談の提案は、この「四面楚歌」に息苦しくなってのことではないか。

 

トランプへの伝言託し、韓国特使を異例の厚遇

 

 そこで、包囲網突破のために目を付けたのが、韓国の文在寅政権だ。もとより対北融和路線を掲げ、南北関係改善、首脳会談を繰り返し表明している。国連の経済制裁は実行すると言いながら、「人道支援」などの名目で、民間の支援は許可している。さらに戦争はいかなることがあっても避けたい。金正恩にとって、これほど与しやすい相手はいない。

 

 「凍結状態にある北南関係を改善し、民族史に特筆すべき重大な年にすべきだ」(1・1新年の辞)。金正恩は、年代わりと共に、これまでの対外・対南戦術を転換、「傀儡政権」などと揶揄してきた文在寅政権への呼びかけを始めた。文在寅が大歓迎したのは言うまでもない。

 

 しかも「今年は韓国で平昌五輪が開かれる意義深い年」「民族の地位を高めるよい機会になる」「代表団の派遣は十分に可能」と、平昌五輪(2・9~25)参加まで表明した。今ひとつ盛り上がりを欠いていた冬季五輪を盛大にするためにも、おいしい話だ。このところ、下がり気味だった政権支持率の回復にもプラスになる。

 

 金正恩が必死で突破口を開こうとしたのは、平昌五輪開会式に、最も信頼する妹の金与正を派遣した(2・9~11)ことでもわかる。文在寅宛ての親書を持たせ、南北首脳会談を呼びかけた。そして、その返事をするため訪朝した文在寅の特使団(3・5~6)へのもてなしも、異常と思えるほどだった。

 

 まず、会談場所は労働党本部といういわば”本丸”。おそらく、ここへ入った外国人はほとんどいない(日本人料理人の藤本健二だけか)。金正恩自らが出迎え、会談と夕食会はあわせて4時間12分にも及んだ。そして「同じ民族同士力を合わせよう」「血を分けた同胞」など南北連携を盛んに呼びかけ、板門店での4月中の南北首脳会談で合意した。

 

 「我々のミサイルで、文大統領は苦労してきた。我々が決心したので、もう、明け方に起きなくてもいいですよ」。北が明け方早くミサイルを発射すると、その度に、韓国では安保会議が開かれた。金正恩は、そのことを話題にして、核ミサイル実験の凍結を約束し、冗談めかした口調で、文在寅に恩を売るのも忘れなかった。

 

 さらには「外国では私のことをなんと言っているか知っている」と、気さくなところも見せた。韓国批判は全くなく、もちろん平気で部下を公開処刑にする「冷酷さ」の片鱗も見せることはなかった。特使団が会場を去る際は、車に乗って出発するまで見送った。かつて、北朝鮮は、外国の賓客にも下手に出たと思われるような対応はしたことがない。

 

 まして、「首領様」が格下の特使団を賓客扱いするのは、異例中の異例だ。それほど、韓国に託したものが大きいということだ。帰国後、直ちに訪米することが決まっている特使に託した米朝首脳会談の呼びかけをいかに重視しているかの現れだ。そして、金正恩の思惑は、めでたく効果を生み、トランプが即決したことで、米朝首脳会談という果実を生んだのである。

 

 もっとも、北朝鮮のメディアは、米朝首脳会談については、未だに報道していない。金正恩と韓国特使団との会談は大々的に報じたのと大違いだ。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」が、米朝首脳会談に関する記事をホームページに載せた(3・10)が、すぐに削除されたという。いかに独裁とは言え、昨日まで罵詈雑言を浴びせ続けてきたトランプと会談というのは、あまりに唐突過ぎて、内部調整やそれなりに雰囲気作りが必要なのだろう。

 

トランプは上機嫌だが‥‥

 

 「(米朝首脳会談の席を)私はすぐ立ち去るかもしれないし、世界中の国にとって最高のディール(取り引き)を成し遂げるかもしれない」(3・10)。トランプは、首脳会談が決まった後も上機嫌だ。さらに歴代大統領の名前を挙げて、「これまでできなかった。もっと早く取り組むべきだった」と、自画自賛。すでに非核化が実現したかのようでもある。「ディール」が得意技と自負しているのだろう。

 

 しかし、北朝鮮はしたたかだ。すんなり非核化に進むという見方は少ない。1990年代からの対北交渉は、失敗の歴史だ。北朝鮮は非核化を約束し、見返りの経済援助を受け取りながら、裏で核開発を進めてきた。今や「核大国」を自称し、労働党規約、憲法にも核保持をうたっている。何よりも、核は、独裁体制の「守護神」だ。

 

 それに「核のない金正恩」は「裸の王様」だ。北東アジアの一角にあるただの最貧国になってしまう。何をもって人民を支配するのか。非核化となれば、経済制裁はなくなる。しかし、少しでも門戸を開けば、中国や韓国の製品が洪水の如く流れ込む。「モノ」は自由や商業主義も持ち込む。そんな中で独裁体制を維持するのは至難の業だ。しかし、米朝首脳会談を要請し、実現することになった以上、「非核化」へ進まざるを得ない。

 

在韓米軍の撤退は「出口論」

 

 「非核化」へのハードルは、2つある。1つは北朝鮮側の条件だ。「北朝鮮への軍事的な脅威が解消され、体制の安全が保障されれば、核を保有する理由はない」。韓国特使団は、北朝鮮側がこうした立場を明らかにしたことを記者会見で明らかにした。かねて北朝鮮が主張してきたことだ。

 

 米韓軍事演習の中止―在韓米軍撤退―休戦協定の平和協定への切り替えを意味する。しかし、米韓軍事演習は、もともと、北朝鮮の相次ぐ軍事挑発に対抗して、1976年、「チーム・スピリット」と名付けて始められた。94年の米朝枠組み合意では、北の核開発中止を条件に中断したが、北の核開発継続が明らかになり、再開された。その後の北の核ミサイル開発、軍事挑発に対応して年々規模を拡大してきた。

 

 朝鮮戦争は、もともと北朝鮮が韓国を吸収するため起こしたものだ。今でも朝鮮半島全体を北朝鮮化するための「統一」を国是にしている。こうした北朝鮮の対南戦略が、在韓米軍の存在を必要としているのである。北朝鮮が軍事挑発を止め、軍事力による「赤化統一」を国是から下ろすことが、明確にならない限り、在韓米軍の撤退とはならない。

 

 北朝鮮にとって、この条件は「入り口」だが、米韓にとっては「出口」で取り組むべき課題だ。それに、国是を変えるほどの転換をする力が金正恩にあるのか。

 

核廃棄の「工程表」が不可欠

 

 もう一つのハードルは、非核化の実行、具体化だ。それには、核ミサイル開発計画の凍結―保有する核兵器、大陸間弾道ミサイルの開示・申告―それらの廃棄・解体―関係国の専門家、国際原子力機関(IAEA)の立ち会い・検証が必要になる。

 

 こうした「工程表」をつくるには、専門家による詰めが不可欠だ。抜け穴をつくらせないようにするためには、厳しく緻密な作業が欠かせない。トランプ政権では、朝鮮問題専門家の何人かは出て行ってしまった。また、肝心の国務長官が解任され、次期長官は議会での公聴会を経て、承認を得る必要があり、就任は4月末以降になる。トランプ政権の体制が心配だ。

 

 また、北朝鮮側が簡単に「非核化」に踏み出すとは思えない。その場合、トランプが功を焦って、中途半端な合意をすることはないのか。「米国向けの核弾頭ミサイル廃棄」で手を打つようなことになれば、日本や韓国向けの核弾頭ミサイルはそのままになる。日韓にとっては悪夢である。

 

 一方で、トランプは我慢強くはない。北朝鮮がのらりくらりの従来の交渉術を駆使するようだと、堪忍袋の緒が切れて、となりかねない。強硬派の共和党ベテランのグラム上院議員は「ミスター金正恩に警告する。トランプ氏を欺けば、あなたは終わりだ」という声明を出した。

 

 また、後任の国務長官に指名されたポンペオ中央情報局(CIA)長官は、保守強硬派で知られる。CIA内に北朝鮮専門のプロジェクトチームを作り、情報収集に努め、独裁体制の転換が必要という発言もしている。また、軍事オプションの可能性にも言及している。

 

「時間稼ぎ」は通じない

 

 この会談の提案を、核開発のための「時間稼ぎ」と言う見方もある。しかし、のらりくらりと相手をじらして、自らのペースに引き込む。お為ごかし、取るものだけは取ってという、従来の手法は通じそうもない。トランプは、それほど我慢強くはない。再び朝鮮半島にきな臭さが漂うことになりかねない。

 

 金正恩は、首脳会談を要請した以上、韓国語で男に対する最大級の褒め言葉である「腹の据わった」ところをみせて、トランプを満足させるような案を示す目算があるのだろう。「非核化」にどう踏み込むか。どこまで踏み込むか。世界があっと驚くような提案があるのか。

 

 北朝鮮に関わる原稿を書くときは予測をしない方がいい。常識で判断すると必ず間違う。それに「独断と専行」が持ち味の二人のことだ。果たしてどうなるか。首脳会談があるかどうかも、始まるまではわからない。5月末が待ち遠しい。

 

更新日:2022年6月24日