北東アジアの”ガン”は増殖した

(2017.12.18)岡林弘志

 

 今年最後であろう「大花火」だった。「火星15」は、これまでになく高く上がり、バラバラになって、日本海に消えた。北朝鮮が北東アジアの不安定要因になって久しいが、その度合いはこれまでになく高まった。不安定要因としてでなければ存続できないという独裁体制の異常、特異性がより顕著になった年だった。

 

「世界最強の核強国だ!」

 

 「我が国は世界最強の核強国、軍事強国に一段と前進、飛躍するだろう」(12・12)。金正恩・労働党委員長は、平壌で開かれた「第8回軍需工業大会」で、さらなる核ミサイル開発の方針を強調した。確かに大陸間弾道ミサイル「火星15」の発射(11・29)は世界を驚かせた。

 

 「最大頂点高度」は4475㎞に達した。これまでの最高度3700㎞(7・28)に比べて、格段と性能は向上している。米の専門家は通常軌道では射程1万3000㎞と分析している。金正恩は、恒例の現地指導をして「米本土全域を打撃できる新型弾道ロケットシステムを保有することになった」「喜びを禁じ得ず、満足、大満足だ」と、上機嫌だった。

 

 当然、各地で祝賀行事が開かれ、厳しい寒さの中、全国民が動員された。平壌ではおそらく10万人が参加した軍民交歓大会が開かれ、「誰もが我が国の戦略的地位を認めざるを得なくなった」(朴光浩党副委員長)と、大言壮語、夜には大同江で花火大会が催された。

 

 「火星15をはじめとする新戦略兵器システムを開発し、国家核戦力完成の大業を成し遂げた」。金正恩の演説の一節だ。ほぼ目的は達成したような発言だが、こうしたハイテク装備は、一回の実験だけで、すぐ実戦配備できるものではない。米韓の専門家は「少なくとも十数回の実験が不可欠」という。

 

 今回の実験でも、「大気圏に再突入する際、複数に分解していた可能性が高い」(12・2、米CNN)と、米政府高官の見方を伝えている。また、「火星15」は、2段式だったが、1段目は液体燃料が使われたようで、固体燃料方式に変えるには、さらなる開発が必要だ。金正恩が演説の終わりで示したように「戦略的課題と重大課題」は残っているのである。さらには、米国を脅すには、米本土の近くまで潜行して発射する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発も進める必要がある。

 

 一段落とはいかないだろう。まだまだ、米国が恐れ入って、「北朝鮮を核保有国として認めるから、話し合いのテーブルについてくれ」と頭を下げてくる段階に至ったとは、北朝鮮も考えていないに違いない。むしろ、反対に、頻繁に行われる米韓合同軍事演習に、大きな脅威を感じているのが実情だ。北朝鮮が狙う「優位な立場で」となるために、息を抜くわけにはいかないはずだ。

 

 「北朝鮮との最初の対話を前提条件なしで行う用意がある」(12・12)。ティラーソン米国務長官は、突然のように歯切れのいい発言をした。「核放棄を明示しなければ、対話をしないというのは非現実的だ」と説明した。ワシントンでの政策フォーラムでの講演の中の発言だった。これまでの「話し合いには、核・ミサイル放棄が大前提」というトランプ政権の方針とは大きく違う。

 

 「火星15」に驚いて、方針を変えたのか。米メディアは一斉に報道し、世界中に転電された。ところが、直後の国連安保理閣僚会議(12・15)では「北朝鮮は対話の前に挑発行為を停止しなければならない」と前言を撤回、対北方針に変更がないことを確認、各国に圧力強化を呼びかけた。トランプとの間のズレを印象づける結果となった。いずれにしても、対話の機運は出てこない。

 

ミサイル連射と「トランプ劇場」と

 

 今のところ、ここまでが今年の動きだ。振り返ってみると、北朝鮮は北東アジアの最大の不安定要因と言われて久しい。1950年の朝鮮戦争からは、67年が経過している。北朝鮮は、これまでも様々な軍事挑発、テロを行ってきたが、今年ほど、周辺国も巻き込んで、きな臭さが増した年はなかったのではないか。

 

 今年は、3月に弾道ミサイル4発を同時発射させたのを初めとして、7月には「火星14」、8月には「火星12」、11月には「火星15」など、それこそ打ち上げ花火のように、ミサイルを発射し、北朝鮮戦略軍司令官は「グアム近海への発射も計画中」と明言した。そして、米本土を射程に収めるミサイルの実験成功だ。

 

 9月には6度目の核実験を行った。北朝鮮は「大陸間弾道ロケット装着用の水爆実験に完全に成功した」と宣言した。確かに過去最大だった10キロトン(16・9)を大幅に上回る160キロトンと推定(小野寺防衛相)される。これを受けて、北朝鮮は「米本土も狙える核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル」という最大の脅威を手中にした、ということだろう。

 

 こうした動きに、敏感に、時には過激に反応したのが、今年初めに米大統領に就任したトランプだ。いわば、「トランプ劇場」の始まりだった。「われわれは強い態度で対応する」と言ったとおり、軍事行動も選択肢の一つというメッセージを、ツイッターなどを通じて、わかりやすい言葉、というか粗野な表現でつぶやいた。これには、罵詈雑言を浴びせるのが得意技だった北朝鮮も顔負け。さらなる非難の応酬が繰り返された。

 

 「小さなロケットマン。病んだ子犬だ」。春の米韓軍事演習は従来にない規模に広げ、B1B爆撃機ステルス戦闘機など戦略的装備を気前よく投入した。秋の演習では、空母3隻を同時に展開するなど、演習としては、最大限までの規模を見せつけた。さらに、シリアには地中海の駆逐艦から巡航ミサイル59発を発射、基地を破壊した(4月)。トランプ政権は、演習だけでなく、必要と思えば実戦もいとわないという警告だろう。

 

 北朝鮮も「老いぼれ」などと言いながら、ミサイル発射の度に「米本土を焼土にする」と、脅しの度合いを上げた。秋頃には一触即発の危機にまで高まったことは間違いない。朝鮮戦争以来のことだろう。北朝鮮は北東アジアのこれまでに増して不安定要因として存在している。

 

「はた迷惑」で成り立つ国

 

 それにしても、北朝鮮ははた迷惑な国だ。というより、周辺に迷惑をかけなければ、成り立っていかない国家。こうした特異な存在であることをあらためて、世界に知らしめた1年でもあった。

 

 経済は長い間、疲弊のまっただ中にあり、通常兵器は老朽化して、核ミサイルに頼るしかない。人々の飢餓、貧困に対する不平不満を抑えるために、外の脅威を高めて、内部の締め付けを厳しくする。要するに北東アジアの不安定要因になることで、金一族による独裁体制は維持できている。周辺国家との共存共栄とは、正反対の国のあり方しかできないのである。

 

 周辺の脅威がなければ成り立たない国家にとって、「米帝主敵論」は実に使い勝手がいい。そして、巨大な軍事力を持っていることで、わかりやすい。そのうえ、トランプのように敵愾心むき出しにしてくれると、「外からの脅威」を人民に説明しやすい。

 

 それに米国の軍事力は、北朝鮮の数百倍だ。「米帝の脅威」は永遠に弱まることはない。言ってみれば、米国を主敵としている限り、金一族の独裁は永遠だ。実に有り難い存在である。対話のテーブルなどに出て行って、こんな貴重な脅威を弱める必要はないのである。

 

 今年も30代半ばの首領様が率いる金体制は安泰だった。来年も「グアムやハワイ周辺にミサイル発射」「ワシントンを火の海に」と、言っていれば、「米帝」はちゃんと、「外的脅威」を演じくれる。

 

両首脳の”自己抑止力”はどこまで

 

 今まで、米朝ともに先制攻撃には踏み切らなかった。もしそうすれば、北朝鮮は、瞬く間に壊滅的打撃を受ける。体制の危機だ。また、日韓は最初の一撃にしても大都市を狙われれば、途方もない被害を受け、経済は大混乱。こうした被害想定が先制攻撃への両首脳の”自己抑止力” になっている。

 

 この抑止力は来年も有効に働くだろうか。トランプは、つい最近、在イスラエル大使館をエルサレムに移設すると宣言した。これは、エルサレムが首都であることを公式に認めることだ。これまでの国際的な取り決めなどによる微妙なバランスを破壊することになり、中東での紛争激化を招く。パレスチナはもちろん、すべてのアラブ諸国、西欧諸国も反対だ。それでも断行した。

 

 トランプには、歴代米政権が慎重に扱ってきたいわば”タブー”を破り、オレしかできないだろうと誇る性癖がある。朝鮮半島がその例外という保証はない。内政の課題の解決は難しく、両下上院の補選などで保守党が連敗、支持率はさらに低迷、となれば、劇的な起死回生策をとなる可能性は否定できない。

 

 一方の金正恩。相次ぐ戦略兵器を投入しての米韓演習はやはり脅威だ。また、中国がかなり本気度を増した経済制裁は、徐々に効き目を現し、北朝鮮高位層の中にも不安、動揺が増しつつあるという情報が漏れてくる。金正恩にとっては、恐怖だけでなく、疑心暗鬼がますます募る。どこまで冷静に判断ができるのか。大陸間弾道ミサイルの発射ボタンを押す誘惑に駆られないだろうか。

 

 物騒だった今年はもうじき終わる。来年はよい年をと言いたいところだが、北東アジアの危機の水位は、上がりこそすれ、簡単には下がりそうもない。

更新日:2022年6月24日