鳴り物入りの外遊と「テロ国家指定」

(2017.11.27)岡林弘志

 

 米国のトランプ大統領は、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定した。11月上旬、鳴り物入りで日中韓をはじめ、東南アジア歴訪を行い、北朝鮮包囲網を強化し、自ら範を示したのか。しかし、北朝鮮は、核弾頭長距離ミサイルを完成させるまで突っ走る方針を変えない。話し合いに出てくる気もない。このくらい脅せば、というトランプの思惑は、いまのところ空回りしている。

「残忍な体制を孤立させよ!」

 「もっと早く再指定すべきだった。残忍な体制を孤立させるため、最大限の圧力をかける取り組みを後押しする」(11・20)。トランプは、閣議の冒頭、「テロ支援国家」再指定の目的を説明した。「北朝鮮は核で世界を脅迫するだけでなく、外国での暗殺を含む国際テロ行為を支援してきた」ためだ。米国は、1987年の大韓航空機爆破事件を受けて88年に北朝鮮をテロ支援国家に指定、2008年、北朝鮮と協議を始めるため解除していた。

 今回再指定の具体的理由としては、今年2月の金正恩・労働党委員長の異母兄、金正男氏の暗殺、北朝鮮に拘束された米国人大学生の死亡などがあげられた。いずれも国家そのものがテロをしており、「支援」というのは、腑に落ちないが、北朝鮮が外国人拉致も含めテロを国家運営の一手段としていることを、あらためて鮮明にしたということだ。

 続いて、米財務省は「再指定」による具体策として、「追加制裁」を発表した(11・21)。北朝鮮の核ミサイル開発に関わる取引をした中国企業4社と実業家1社、そして、北朝鮮の企業9社と船舶20隻などだ。このうち「丹東東源実業有限公司」は、数年間で2800万ドル(約31億5000万円)相当の無線航行補助装置、原子炉関連部品などを輸出していた。

 なお、この会社の持ち主で制裁対象になった孫嗣東氏は、昨年エジプト政府によって、拿捕された貨物船の会社の持ち主だった(11・23東京新聞)。貨物船には、国連制裁が輸出を禁止した北朝鮮製の携行式ロケット弾2万4千発と部品などを積んでいた。北朝鮮との取引に暗躍していた大物だ。

 対象になった企業や個人は、米国内の資産を凍結され、米国人との取引が禁止される。しかし、実際は米国内の資産などはなく、「非常に象徴的」(ティラーソン米国務長官)だ。ただ、米国は、対象企業などの取引の実際を詳しく把握し、北朝鮮船舶については写真や寄港地など詳細なデータを保持している。「北朝鮮に関わろうとする第三国の活動を妨げる」(同)警告だ。

中国の特使に期待したが‥

 「大きな動きだ。何が起きるか見てみよう」(11・16)。トランプは、習近平・中国国家主席の特使が北朝鮮を訪問するという中国からの連絡に、いつものツイッターで異常な期待を寄せた。特使は、宋濤・共産党中央対外連絡部部長。習近平から金正恩への贈り物をもって平壌を訪問した(11・17~20)。

 結果から言うと、金正恩には会えなかった。少なくとも中朝両国のメディアは報じていない。金正恩の最側近といわれる崔龍海・労働党副委員長、外交を担当する李洙墉・副委員長と会談しただけだ。内容については「朝鮮半島情勢、両国関係など共通の関心事について意見交換」(朝鮮中央通信)と、極めて抽象的な報道がされただけだ。

 いま、北朝鮮と中国の関係は、かつてないほど冷え切っている。首脳同士の会談ならともかく、共産党幹部が行ったくらいでどうなるものではない。共産党系の「環球時報」も「中朝間には核を巡るズレがある。宋部長は魔術師ではない」(11・18)と過大な期待にクギを刺していた。

 おそらく宋濤が帰国する日だろう。金正恩はトラック工場を視察し、労働新聞は写真20枚も使って、大々的に報道した(11・21)。中国の特使などは相手にしないよと言いたかったのか。ただ、今回、金正恩と会談しても、両国の立場の違いが鮮明になるだけで、一層の関係悪化を招くだけだ。おそらく、宋濤は、先の中国共産党大会の内容を伝えただけだろう。

 トランプが期待したような、劇的な内容にはならなかった。この結果を待って、テロ指定となったのか。トランプは、事業家出身だけあって、”投資”をすれば、それなりの見返り、もうけがあると思いこむ性癖がある。しかし、国際政治の場では、常識が通じない場合が多々ある。特に北朝鮮は、その標本のような国だ。対北朝鮮関係は思惑通りに動かないことをすでに何回も経験しているのに、今回もむなしく期待をかけてしまったようだ。

中国は「皇帝的接待」と「28億円投資」

 それにしても、今回のトランプのアジア歴訪(11・3~14)は鳴り物入りだった。12日間は米大統領としてはここ4半世紀で最長だという。「アジアでのわれわれのメッセージは明確で、歓迎され、歴史的進歩を遂げた」(11・15)。帰国したトランプは成果を強調、上機嫌だった。   

 ハイライトは、米中首脳会談(11・9)だった。「習氏は、北の核開発中止に関与すると発言した。毛沢東以来のそれ以上の権力者だ」(11・11)。トランプは、訪中を終えた特別機の中で、習近平を絶賛。今回の歴訪の内、中国で最大級に歓待されたのがよほど嬉しかったようだ。

 それだけ、中国側は下にも置かぬ扱いをした。まずは、習近平夫妻が世界遺産である紫禁城を案内し、貸し切り状態にして夕食会を催した。中国から皇帝が消えて以来、初めてだろう。党大会で一層の権力を手にした新しい皇帝がもう一つの大国の皇帝を、最大限に手厚くもてなした格好だ。いかにもトランプが喜びそうだ。意気軒昂な習近平の演出がよく現れている。

 もちろん、トランプの方もそれに答える準備をしていた。接待の真っ最中、会場の壁のスクリーンには、孫娘アラベラちゃん(6っ)が中国語でよく知られた「茉莉花」を歌う姿が映し出された。この歌はプロ歌手である習近平夫人が歌ったこともある。習夫妻が大喜びだったのは言うまでもなく、「素晴らしいお孫さんですね」と褒めそやした。

 もう一つ、トランプを満足させたのは、2500億ドル(約28兆円)にのぼる貿易・投資契約だ。アジア歴訪の目的は、対北包囲網の強化と、「公正で互恵的な貿易の要求」だった。このため、ゴールドマン・サックス、ボーイング、ゼネラル・エレクトリックなどなど、米国の世界的企業29社の代表が同行していた。この約束で「対中赤字が膨大だ」というトランプの口癖は消えた。

 それだけでなく、対北政策についても、これまで辛口の注文を付けてきたが、今回ははなはだソフトだったようだ。習近平は朝鮮半島の非核化には従来通り賛同したが、「対話による解決が重要」と、軍事行動に走らないようクギを刺した。制裁強化についての特段の注文はなかったようだ。最大限の接待に対して、言いたい放題は影を引っ込め、歴代大統領が言及した人権問題にも触れることはなかった。習近平はしたたかさだ。

「日米蜜月」はアジア歴訪の前座に?

 このあおりを受けて、安倍晋三首相が「100%一致した」と興奮して成果を強調した日米首脳会談(11・6)は、いささか影が薄くなってしまった。もちろん中心は対北政策。安倍は、トランプの軍事を含めた「すべての選択肢」に全面的な支持し、「北朝鮮の核ミサイルを止めさせるため、圧力を最大限に高める」ことで一致した。

 とりわけトランプが喜んだのは、安倍が「北朝鮮情勢が厳しくなる中、日本の防衛力を質的、量的に拡充する」と約束したことだ。安倍は、ステルス戦闘機、弾道ミサイル迎撃システム、イージス艦など、最新鋭で高価な装備の”買い物リスト”を示した。

 じつは、安倍がもっとも力を入れたかったのは、対中国牽制を念頭にした「自由で開かれたインド太平洋戦略」における協力強化を高々と打ち上げることだった。安倍の提案にトランプも快く応じた。しかし、その直後の米中首脳の親密さによって、安倍が描いた「日米蜜月」は、影が薄くなってしまった。初日にゴルフを共に楽しみ、バンカーでひっくり返るサービスまでしたが、結局、アジア歴訪の前座という印象に。

「北はカルト・監獄国家」「われわれを試すな!」

 続いて訪れた韓国での首脳会談(11・7)でも米韓首脳は「最大限の圧力」で一致。文在寅大統領も「今は制裁と圧迫に集中しなければならない」と、持論の対話については触れなかった。この後の、トランプの国会での演説(11・8)は、トランプ政権の対北認識・政策の総まとめという感じだった。

 (北朝鮮の現状)「韓国の奇跡と繁栄は軍事境界線で途絶え、北朝鮮という監獄国家が始まる。‥圧政、ファシズム、抑圧のもと、指導者が自国民を収監してきた。‥カルトに支配された国だ」。(米朝関係)「北朝鮮はあらゆる保証、協定、約束を反故にして、核と弾道ミサイルの開発計画を実行した。過去の米国の抑制を弱さと勘違いした。いまの米政権は完全に異なる。われわれを過小評価するな。そして、われわれを試してはならない」

 (対北孤立政策)「責任あるすべての国は、北朝鮮の残忍な体制を孤立させるため、力を合わせなければならない。支援も貿易もすべきでない」(金正恩へのメッセージ)「あなたが手に入れようとしている兵器は、あなたの体制を深刻な危険にさらす。北朝鮮は、楽園でなく、人間が住むにふさわしくない地獄だ。しかし、あなたは罪を犯しているにもかかわらず、遙かによい未来への道を提案できるし、われわれも提案する」「それは、攻撃的態度を止める、つまり弾道ミサイルの開発を止め、検証可能で完全な非核化を達成することだ」

 上機嫌で、2週間のアジアほうもんを終えたトランプは、ワシントンに帰り「北朝鮮に最大限の圧力をかけるよう各国に求め、各国は対北貿易を停止するなど対応している」(11・15)と、成果を強調した。とりわけ、安倍が大量の米国製武器を購入すること、中国と総額2500億ドルの商談をまとめたことなどをあげ、「米国人労働者の雇用につながる」と嬉しそうだった。

テロ国家指定は「白昼強盗的手段」   

 「トランプのような老いぼれ狂人の妄言は決してわれわれを驚ろかしたり、とどめることはできない」(11・11)。北朝鮮外務省スポークスマンは、トランプのアジア訪問にいつものように罵詈雑言を浴びせた。そして「共和国の自衛的核抑止力を奪い取ろうとする好戦狂の対決訪問であり、目下の同盟国の財布を搾り上げて米軍需独占企業を肥やしてやるための戦争商人の商売訪問にすぎない」と、解説して見せた。

 北朝鮮は、日本上空を通過した「火星12」(9・15)の発射以来、核ミサイルによる挑発を控えている。その代わりに官製メディアなどを使っての「口撃」は、ますます盛んだ。「狂犬が吠えても驚くわれわれではない」(労働新聞)。安倍に対しても「主人の対朝鮮敵視政策の先頭に立つ忠犬のこざかしい振る舞い」(朝鮮中央通信)といった具合。韓国に対しても「反共和国制裁・圧迫に日増しに血眼になって狂奔するかいらい一味は、売国反逆の代価をどっさり払うことになる」(労働新聞)と、相変わらずのかいらい非難だ。

 また、米国のテロ支援国再指定についても、当然ながら激しい非難を浴びせている。「尊厳高い我が国への重大な挑発、乱暴な侵害」「屈従しない自主的な国家を圧殺するための白昼強盗的手段」(11・22)。外務省スポークスマンはさらに「われわれを刺激する行為が招く災いに対して、米国は全責任を負う」と警告した。

 北朝鮮の悪口は毎度のことで、無視するのが一番だが、どうもトランプは我慢がならないらしい。「金氏はなぜ私を『老いぼれ』と侮辱するのか。私は彼のことを『ちびでデブ』とは言わないのに」(11・12)。そして「なんとかがんばって彼の友人になろうとするか。いつか実現するかもしれないな」と揶揄した。

 北朝鮮の核ミサイル実験の休止は年度替わりにさしかかったためか、カネ・モノが足りなくなったか、はたまた、米大陸に届くミサイル開発に全力をあげているためか。理由は定かでないが、このまま、開発を止めることはない。一方で、北朝鮮への制裁、包囲網はこれまでになく強化されたことは間違いない。鉱産物や労働力の輸出による外貨稼ぎは大幅に減っているようだ。

核ミサイルと無数の回虫・ボロ船との落差

 このところ、日本海の沿岸に、北朝鮮の漁船や漁師がよく漂着する。日本堆周辺でイカ漁をしていてエンジンが故障、潮の流れに乗せられて来るようだ。秋田には8人が漂着(11・23)。能登半島沖では3人が救助された(11・15)。このほか、漂流している漁船や漁師の救助、船の破損と白骨死体の発見‥と相次いでいる。

 板門店の共同警備区域(JSA)で北朝鮮兵士の脱北事件が起きた(11・13)。韓国側に救助されたが、北からの銃撃で数発の銃弾を受け、重体だった。幸い手厚い手術のおかげで一命はとりとめた。脱北の動機もさることながら、韓国では、腸内から最大27cmもの回虫が数十匹も見つかったことが、注目を集めた。JSA勤務は、軍の中では待遇がいいはずだ。それなのに、これだけの回虫がいるというのは、いかに一般の食糧・衛生状態が劣悪かを象徴している。

 やせこけた漁師やぼろぼろの漁船、そして、兵士の腸に巣くう無数の回虫。一方で、最新技術を積み込んで派手派手しく火を噴いて上昇するミサイルと呵々大笑する金正恩‥‥。これらの光景の間落差は、あまりに大きい。北朝鮮のゆがんだ現状を象徴している。対北包囲網の強化は、この歪みを来年さらに拡大して、きしみを激しくするに違いない。

更新日:2022年6月24日