「ちぐはぐ」は北を喜ばせる

(2017.6.26)岡林弘志

 

 周辺国は政権が代わる度に政対北策が変わる。これでは北朝鮮の核ミサイル開発は止められない――反省も込めて、かねて言われてきた。まさに北朝鮮の核弾頭付き大陸間弾道ミサイルが完成間近という大事な時、その悪弊が表面に出てきた。これでは、金正恩労働党委員長がミサイルを発射の度に見せつける大笑いを止めることはできない。

 

「膝を突き合わせて協議を」

 

 「北が核ミサイルの追加挑発を中断すれば、私は条件なしで膝を突き合わせ、どのように従来の南北合意を履行するか協議する用意がある」(6・15)。文在寅韓国大統領は、南北首脳会談17周年記念式典で、南北対話を呼びかけた。しかし、「無条件」とは言うが、これは北朝鮮が絶対に飲めない「条件付き」だ。

 

 案の定、北朝鮮は「対話を行うといいながら、相手を『挑発者』と決めつけ、『国際的な制裁・圧力』とわめき立てるのは、事実上、対話をしないというのと同じだ」(6・21)とにべもない。北朝鮮の対韓国窓口である祖国平和統一委員会は、文在寅の対話の呼びかけを事実上拒否した。

 

 そのうえで、「民族同士で北南関係を改善する気なら」「米韓合同軍事演習の中止を決断できるか」(6・23北の「民族和解協議会」)と、反対に公開質問状を突きつけてきた。さらに核問題については「朝米間で解決する問題」と、韓国はカヤの外ということだ。

 

 それでも、文在寅の対北融和策は止まらない。来年2月の平昌冬季五輪では「南北単一チームを構成し、平昌で栄光を見たい」「世界平和の実現に寄与する」(6・24)と打ち上げた。韓国南部で開かれた世界テコンドー選手権大会の開会式でのことだ。この大会には北朝鮮の選手団も招待、韓国は滞在費として7千万ウォン(684万円)を支給している。

 

 文在寅政権は、は盧武鉉時代に南北関係に関わった人材を南北関係の部署に起用している。中には、学生時代に北朝鮮の「主体思想」を信奉する「主思派」だった経歴の持ち主もいる。いずれも反日・反米で、筋金入りの対北融和派だ。これからも融和政策は次々と出てきそうだ。

 

 先には、民間で北朝鮮でのマラリア防疫事業を計画する「我が民族同士助け合い運動」の訪朝を許可した(5・26)。このほかにも、数十の民間団体が統一省に対して、交流の申請をして、ほとんどを許可し、許可する方針だ。もっとも、第1号になるはずだった団体は、北朝鮮訪問を申請したが、なしのつぶて。結局、延期せざるを得なかった(6・5)。

 

 北朝鮮のいつもの手だ。もし本気で交流する気なら、対北非難を止めろ、対北制裁を解除しろ、米韓合同演習をやめろ、THAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)の配備を止めろ、昨年集団亡命した朝鮮料理店の店員を帰せ‥‥。次から次へと要求はエスカレートする。

 

 文在寅は南北関係改善を公約にしている以上、その旗印は下ろせない。北朝鮮は文在寅の足下を見て、タカをくくっているのである。そもそも、一銭のカネも出さずに交流しようというのは厚かましい。巨額の資金提供の具体な話を持ってこい。交流に前向きというだけで、よしよしとはいかないのである。

 

 「私は対話主義者だが、対話も強力な国防力があってこそ可能であり、包容政策も北を圧倒できる安全保障能力があって初めて可能だ」(6・23)。文在寅は、国防部・国防科学研究所(ADD)の総合実験場を訪れ、弾道ミサイル「玄武2」の発射実験を視察し、北朝鮮への備えの重要性をあらためて強調した。全くその通りではあるが、どうもとってつけた感はぬぐえない。

 

悩ましい米韓首脳会談

 

 文在寅にとって悩ましいのは、初めての米韓首脳会談だ(6・29~30、ワシントン)。ミサイル発射実験の視察もそれを意識してのことだろう。融和政策はトランプの対北政策とは相容れないはずだ。外交関係者がワシントンで事前の調整をしているが、あまり雰囲気はよくないようだ。

 

 先に、韓国政府が南部に配備した高高度防衛ミサイル(THAAD)について追加の4台の稼働を渋っていることについて、トランプ大統領は韓国を「恩知らず」と非難した。韓国のために、高いカネを使って配備してやったのに、といらだってのことだろう。首脳会談で融和政策を打ち出せる雰囲気にはなさそうだ。

 

 まして「国連安保理制裁に触れない範囲内で」といっても、トランプが南北交流にいい顔をするとは思われない。南北関係の複雑さなど、わかりにくい話を理解するとも思えない。まして、北朝鮮が強く求める米間軍事演習の中止などを持ち出した日には、何を言い出すかわからない。この間の米韓演習の際には、空母や原子力潜水艦まで派遣してやったのに、である。

 

 金大中、盧武鉉両大統領の時代、韓国から巨額のカネが北朝鮮に渡った。金大中は、首脳会談実現のために4億5千万ドルを金正日総書記に贈ったことが後で暴露された。また、物と金の援助が大々的に行われ、交流で北へ行く団体・人はほぼ例外なく上納金のごとくドルを捧げた。これが、北朝鮮が南北交流に積極的だった理由だ。そして、カネは金一族の統治資金、急速な核ミサイル開発資金に回され、北東アジアの不安定要因を増幅した。

 

 いずれにしても、北朝鮮がほくそ笑んでいるのは、間違いない。まずは日米韓中の包囲網に大きなほころびが見える。これでは北朝鮮の核は止まらない。韓国が戦略・戦術なしに融和政策を進めれば、北朝鮮に翻弄され、馬鹿にされ、何も得るものはないという哀れな結果に終わる。

 

「北朝鮮は残虐な政権だ!」

 

 「北朝鮮は残虐な政権だ。われわれはそれに対処する」(6・19)。トランプ大統領は、米学生が北朝鮮に1年半拘束されて昏睡状態に陥り、帰国直後に死亡した事件について、北朝鮮を厳しく非難した。バージニア大学の学生、オットー・ワームビア氏(22)は一昨年観光で訪れた平壌で、国家転覆陰謀罪で拘束され、15年の労働教化罪で服役していた。

 

 おどろおどろしい罪名からすると、暴動でも先導しようとしたのかと思いきや、なんとホテルの壁の政治スローガンのポスターを盗んだというだけのことだ。北朝鮮は釈放について「人道的見地から送還した」(6・15朝鮮中央通信)と恩に着せたが、「人道的なら」こんな微罪で拘束しない。国外追放にすればいいだけのことである。

 

 ポスター一枚で独裁体制がひっくり返ることはない。米国との取引材料にするための人質が欲しかったからだ。北の常套手段である。そして、罪名を自白させるため拷問にかけ、その結果昏睡状態に陥った。死んでしまっては非難を受けると見て、慌て厄介払いに釈放したのである。北朝鮮は目的のためには手段を選ばない。

 

 トランプは「対処する」と言うが何をするのか。このほかにも3人の米国人が拘束されている。手段を選ばず取り戻すのか。圧力をかけるのか。口先だけで、北朝鮮がチジミ上がることはない。北朝鮮への軍事攻撃は、韓国、日本、米国の被害も想定され、簡単には踏み切れない現状の中で妙手は見つからない。

 

軍事演習の最中に「対話も」はないだろう

 

 先にトランプは、米韓演習、それに合わせて空母2隻、原子力潜水艦1隻を日本海に派遣、これまでにない軍事圧力をかけていた。これに対して、北朝鮮は連続してミサイル発射実験をするなど、強気の姿勢を曲げなかった。しかし、一方で、金正恩は現地視察の際、自分のベンツではなく、部下の別の車種の自家用車に乗るなど身辺警護をこれまでになく厳しくした(韓国国家情報院)という。

 

 空母一隻は、中進国並みの装備を積載している。金正恩は米軍の攻撃を本気で恐れていたのである。その直前、米軍は地中海の空母からシリア軍航空基地に59発の巡航ミサイルをぶっ放した。ある消息通は「あの頃、中国もトランプのことだから何をやるかわからないと本気で米軍の攻撃を心配していた」という。トランプが目指していた軍事的圧力はかなりの効果を発揮していたのである。ところが-。

 

 「金正恩は賢い奴だ」(4.30、CBSインタビュー)、「適切な状況下であれば、会談するだろう」(5.1ブルームバーク通信とのインタビュー)。いずれもトランプの言葉だ。それも、空母を近海に展開している最中である。これではこぶしを振り上げている最中に、本気で殴る気はないよと言っているのと同じだ。シメシがつかないとはこのことだろう。ちぐはぐの典型だ。

 

 その直後、米朝接触がノルウェーで行われ、北朝鮮の崔善姫・米州局長は「対話の用意がある」と米側に伝えたようだ。この動きを念頭に置いてのトランプ発言だったのか。北朝鮮は、かねて米朝対話・交渉を求め続けてきた。「応じてやるよ」と持ちかければ、喜んで応じるはずと踏んだのか。

 

 順序としては、軍事的圧力をかけて、十分効果がでたところで、次なる段階として対話を提案する。北朝鮮は、まずは核保有国であることを米国に認めさせ、そのうえで取引しようとしている。自発的に核ミサイル開発を止めることはない。最終的にはおそらく米朝の間の対話・協議で呑ませるしかない。そこへ持って行く過程・戦略を描いておく必要がある。

 

 「北朝鮮問題は最優先課題」。トランプ政権はそう位置づけたはずだが、いまだに戦略があるようには見えない。北朝鮮担当の専門スタッフがいまだに揃わないのではないか。トランプのツイッターで政治が動いているように見え、落ち着かない。薄っぺらだ。これでは北朝鮮に対してだけでなく、他の周辺国にもシメシがつかない。

 

中国もトランプの足下を見た?

 

 そのせいか、ワシントンでの「米中外交・安保対話」(6・21)は、トランプ政権の思うようには進まなかったようだ。会合の後、ティラーソン国務長官は「中国はより強い経済的、外交的圧力をかける責任がある」と不満を漏らした。4月の米中首脳会談で協力を要請していたのに、北朝鮮のミサイル発射は止まらないじゃないかということだ。

 

 トランプもこれに先立って「中国からの協力がもう少し欲しい。うまくいっていない」とクギを指した。しかし、中国が圧力をかけて、北の核ミサイル開発が止まるなら、とっくに止まっている。北朝鮮は中国の言うことを聞かなくなって久しい。トランプが思うようには、世の中は動かないのである。

 

 中国側は、共同声明の発表、共同記者会見にも応じなかった。そして、本国で外務省が「中国は独自制裁には一貫して反対する」と、国連制裁以上の制裁はしないことを明言した。また、対話の中で、「米韓の大規模軍事演習を控えて、対話に乗り出す」よう求めたとも言われる。米国による軍事攻撃はないとみて、主張すべきは主張することになったのか。

 

 それでも、今回の対話で「国連安保理の制裁対象になった北朝鮮の団体などと、米中の企業は取引を行わない」ことでは一致した。これが厳格に守られれば、北朝鮮にとってはこれまで以上の締め付けになるのは間違いない。すでに知られているように、中国は4月から北朝鮮の石炭輸入を止めた。また、北朝鮮労働者の入国もかなり厳格にチェックしているようだ。

 

 また、7月中旬、ドイツでの主要20カ国首脳会議(C0サミット)があり、米中首脳会談があるはずだ。4月の首脳会談で、100日以内に北朝鮮に対して具体的な行動をとることで合意している。ちょうどその期限にもなる。トランプは、その内容や成果をただすはずだ。習近平主席がわかりにくい返事をすれば、米中通商関係で報復しかねない。中国も手をこまねいていることはできない。

 

金正恩は4週連続で大笑い

 

 北朝鮮に話を戻すと、トランプの対話発言からしばらくした5月半ばから、北朝鮮は4週連続と、これまでにない頻度で日本海に向けてミサイルを発射した。しかも軍事パレード(4・15)に登場した新型ミサイルを次々と登場させ、いずれも「成功」した。米国による軍事攻撃はないとタカをくくってのことだ。

 

 そして、金正恩は、ミサイル発射が成功する度に大笑い。しかもその様子を新聞、テレビで大々的に報じさせている。また、軍事境界線に近い最前線のチャンジェ島防御隊と茂島英雄防御隊を視察した際には「延坪島砲撃戦は(朝鮮戦争の)停戦以後の最も痛快な戦いだった」と満足な表情を見せた(5・5労働新聞)。この砲撃戦は2011年10月、韓国領の茂島への砲撃を指す。韓国軍の兵士2人に民間人2人も死亡した。

 

 こうした喜び様は、金正恩の残忍性がよく現れている。その半面、気の小ささを隠そうと剛毅なところを人民に誇示するため、あるいは大笑いで恐怖を紛らわそうとしているとも見える。そう考えた方が、あの笑顔はわかりやすいような気もする。

 

「やがて悲しき花火かな」

 

 その延長線上に連続ミサイル発射もあるのだろう。5月から6月に掛けて、4週連続だった。近いうちに、米国が神経をとがらす、ICBMの成功・配備も可能、弾頭に付ける核の小型化も進んでいることを、米国に誇示するためだろう。核実験はいつでもできる状態にあるという。脅しに脅して、米国が頭を下げてくるまで、突っ走るつもりだ。

 

 それにしても、ミサイル1発発射すれば、数百万ドル~数千万ドルかかる。今年になってからのミサイル発射は10発。巨額のカネが、空中や海中に消えた。平壌には高層ビル、マンションも増え、平壌訪問者の中には、経済は成長しているという感想もあるようだが、後進国と言われる他のアジアの国に比べると、例え成長しているとしてもその歩みはあまりに遅い。民生経済にカネやモノは廻らず、経済の混迷は続く。

 

 それに、軍拡競争にはこれで安心できるという線引きはない。強力な武器を持つほど、もっと強力なのを持ちたくなるのは、軍事装備の魔力だ。際限がない。金正恩が狙われている恐怖心を克服するには、おそらく米国をしのぐほどの軍備を持たなければならない。その前に、独裁体制が立ちゆかなくなる。

 

 

 金正恩が肥満体でミサイルを振り回しても、失うものは多く、得るものはあるのだろうか。長年の制裁で統治資金も先細りのようだ。ミサイル連射は華々しく、一足早い花火大会のようでもあったが、「面白うてやがて悲しき花火かな」(江戸時代のザレ歌)になりはしないか。

 

更新日:2022年6月24日