「泰山鳴動」、騒がしかった4月

 

岡林弘志

(2017.4.27)

 

 残念ながら、「大山鳴動ネズミ一匹」で終わるか。米韓合同演習が行われる4月は、北朝鮮が「戦争前夜」と反発するため、毎年騒がしいが、今年は、米国にトランプ大統領というかなり荒っぽい指導者が登場したことにより、あわやとも思われた。しかし、金正恩・労働党委員長は、最高指導者として5年、自信を付けたのか、さらに不安を募らせたのか、核開発を止める気配はない。朝鮮半島を巡る恫喝合戦は、当分続きそうだ。

 「最先端攻撃手段」がパレードにずらり

 「全面戦争には全面戦争で、核戦争には朝鮮式の核打撃戦で対応する」(4・15)。北朝鮮最大の祝日である金日成生誕百五周年記念日、軍事パレードを前に、崔龍海・労働党中央委副委員長は祝賀演説で、いつもの通りではあるが、米国何するものぞ、と言わんばかりの威勢のいいところを見せた。

 その威勢の良さの背景にあったのが、閲兵式に登場した7種類の弾道ミサイルだ。特に、移動発射台に載せられた2基は、かなり巨大で、これまで公開されたことがないミサイル発射筒だった。おそらく米本土に届くという新型の大陸間弾道弾(ICBM)なのだろう。日韓の専門家の中には、張りぼてでまだ完成していないという見方が有力だ。ただ、北朝鮮が開発を急いでいることは間違いない。

 このほか、ICBM「KN08」や潜水艦発射ミサイル、中距離のムスダンなどが続々と登場、なかなかの壮観だった。さらには、「特殊作戦軍」が登場した。迷彩服に身を包み、顔を黒く塗り、サングラスをかけて、銃を持ち、ヘルメットには暗視ゴーグルを付けている。この格好で出てくるのは初めてだろう。米韓の首脳部「斬首作戦」に対抗して、韓国の中枢部を攻撃する目的のようだ。

 「帝国主義者が自慢する軍事技術の優勢に終止符を打つため、我が国の威力ある最先端攻撃手段を見せつけた」(4・15、朝鮮中央テレビ)。パレードの様子は、いつものようにテレビで中継され、翌日の労働新聞は、通常の6ページを10ページに増やして、大々的に報道、このうち、ミサイルなどは個別に撮影した写真を1ページに27枚も並べて掲載した。

 翌16日早朝。北朝鮮は、日本海側の新浦の潜水艦基地近辺からICBMを発射した。中距離ミサイル「スカッド」とみられるが、60Kmほど飛んで日本海に墜落した。これには、失敗、米国を過度に刺激しないよう自爆。米国のサイバー攻撃で爆発‥‥様々な推測が飛び交っている。サイバー攻撃でミサイルを破壊できるなら、何も苦労することはない。

 一方で、金正恩は平壌の一角に建造した「黎明通り」の完成式典(4・13)に姿を見せた。当時滞在していた外国メディア約100人を招いて公開した。この「通り」は、金正恩が何回も現場に足を運ぶなど力を入れてきた「記念碑的」プロジェクト。約1年の突貫工事で作らせた。ブルーやオレンジなど彩り鮮やかな70階建てのマンションなどがずらりと並んでいる。余裕のあるところ、経済制裁は効いていないことを世界に発信したわけだ。

 それに先立ち、3月からの米韓合同軍事演習に対抗すると称して、立て続けにミサイルを発射した。中距離弾道ミサイル1発(2・12)、弾道ミサイル4発同時に(3・6)、大出力エンジンの地上燃焼実験(3・18)、弾道ミサイル1発=失敗(3・22)、弾道ミサイル1発=失敗(4・5)‥‥。ざっと見てもこんな具合だ。

 金正恩が「最高首位」に就任して5年、その「慶祝中央報告会」も開かれた(4・11)。一連の動きで、米国の軍事的な脅しには屈しない、これからも核・ミサイル開発を続行するぞと、意気盛んなところを目一杯誇示して見せた。確かに、前年に比べて、ミサイル開発の進み具合は驚くほどだ。

 トランプは「武力行使」で警告

 しかし、こうした北朝鮮の言動は、政権についたばかりで、「米国第一」を掲げ、誇り高いトランプにとっては、我慢ならないものだった。しかもその一発は、日米首脳会談(2・12)にぶつけ、別の一発はトランプと中国の習近平・国家主席との初の首脳会談(4・6~8)の直前だった。日米、米中に対する嫌がらせ、脅迫だ。特にトランプは激しく反応した。

 まずは、習近平との夕食会の最中に、米軍は初めてシリア軍を攻撃した(4・6)。地中海の駆逐艦2隻から巡航ミサイル「トマフォーク」59発を発射、シリア西部の空軍基地を攻撃した。アサド政権が化学兵器、毒ガスを使ったことで、堪忍袋の緒が切れたのである。

 この事実を、トランプは夕食会の席で習近平に「あなたに説明したいことがある。我々はたった今、シリアにミサイル59発を発射した」と伝えた。習近平は一瞬言葉につかえたが、理解を示した、と米メディアは伝えている。もちろん、これは、中国が北を抑えず、これ以上軍事挑発を続けるなら、「選択肢の一つ」武力行使を辞さないというメッセージでもある。

 続いて、米海軍はシンガポールに寄港していた原子力空母カールビンソンを中心とする第一空母打撃軍を朝鮮半島近海へ派遣すると発表した(4・9)豪州での合同演習の予定を変更してのことだ。この打撃軍には、トマフォークを積んだ駆逐艦も加わっている。いつでも北朝鮮を攻撃することができるということだ。

 さらに、トランプ政権はアフガニスタンの「イスラム国」(IS)のトンネル施設などに「最強爆弾」といわれる大規模爆風爆弾(MOAB)を投下した(4・13)。この爆弾は、核兵器を除けば最大の破壊力を持ち、投下すれば、キノコ雲が立ち上がるといわれる。実戦で使われるのは初めて。地下施設は崩壊し、IS戦闘員94人が死亡したという。

 北朝鮮は、各地に地下の軍事施設を作っている。アフガンのIS攻撃も、当然北朝鮮へのメッセージだ。シリア攻撃と合わせて、核・ミサイル開発を止めなければ、米国は軍事攻撃を断行するという強烈なアピールである。しかも近海には原子力空母を派遣して、不審な動きに迅速に対応するという姿勢も見せたのである。これまでにない武力の誇示だ。

 制裁を強化せざるを得ない中国

 「中国は北朝鮮の問題で大きな影響力を持っている。われわれに協力するのは中国にとってもいいことだ」「中国が解決しなければ、我々は独自の対応を取る」。トランプは、二日間にわたる米中首脳会談で、習近平に対してはっきりと、北朝鮮への経済制裁の完全実施をはじめ、核・ミサイル開発を止めさせるよう積極的に動くことを求めた。

 シリア、アフガンへの武力攻撃、朝鮮半島近海への空母派遣を背景に、中国が北朝鮮に言うことを聞かせられないなら、実際に北朝鮮を攻撃するぞ。北朝鮮が混乱したら、一番困るのは中国ではないか。それでもいいかと迫ったのである。これまでと違うのは、トランプが、中国の為替操作、貿易不均衡を是正するように強く求めていることだ。制裁強化をしないなら、こちらの締め付けをというわけだ。経済が停滞気味の中国にとって、なんとしても避けなければならない。

 米中首脳会談で、中国がどのような約束をしたか明らかにされていない。しかし、習近平にしても、たびたびの北朝鮮の神経を逆なでする行為には頭が来ているのは間違いない。表向き、北朝鮮問題の解決は「外交と話し合いで」といいながらも、北朝鮮のやりたい放題を止めたい思いは強い。

 「習国家主席は、適切に行動しようとしている」(4・12)。トランプはその後も機嫌がいい 。中国が、石炭を積んだ北朝鮮の運搬船の寄港を認めず、引き替えさせたという報告を聞いて「これは大きなステップだ」と満足そうな表情を見せた。同時に、中国が国連安保理(4・12)で、ロシアが主導したシリアを巡る決議に賛成せず、棄権したことも「素晴らしい」と評価した。

 北からの石炭輸入を止めたようだ

 中国はすでに、北朝鮮からの石炭輸入を「国連安保理決議に従い、年末まで停止する」と発表している(2・18)。今年の輸入量に達したというのが理由だ。しかし、今年はまだ4月である。制裁実施を国際的にアピールするのが狙いだろう。北朝鮮の対中輸出のうち、石炭は約4割。金額にして12億ドル近くに上る。北にとっては最も主要な外貨獲得の手段だ。

 実際に、中国税関当局が、国内の商社に北朝鮮から輸入した石炭の返還を命令した。国境の丹東に運ばれた石炭はすべて送り返されている。中国の港湾で石炭を下ろそうとした運搬船が何隻も拒否され、北朝鮮の黄海側の南浦に向かっている‥‥などの報道がされている。

 現に、共産党周辺からも「6回目の核実験をやるなら、中国は大半の石油の供給を止めるというべきだ」(4・16)「核実験をするなら、石油供給を大幅に減らすべきだ」(4・22)(いずれも「人民日報」系の「環球時報」社説)という主張が出ている。「環球時報」は、これまでも、政権の本音を代弁することがよくあった。

 一方で、中国の東北三省では、個人取引はこれまでと同様続いているという情報もある。しかし今回、抜け穴を放置という情報がもたらされれば、トランプはすぐに頭にくる。通商・経済関係で厳しい対応をするのは間違いない。これまでのように、表向き国連の経済制裁を実行するように見せて、実は抜け穴だらけ、というわけには行きそうもない。

 トランプは足下を見られた?

 北朝鮮に対する包囲網がいつになく高まっていることは間違いない。また、オバマ政権と違い、トランプ政権は軍事を含めた選択肢があることを繰り返し強調している。それでは、北朝鮮は核・ミサイル開発にブレーキがかかるかというと、今のところその気配は全くない。

 おそらく、金正恩は米国が先制攻撃をする可能性はほとんどないと、足下を見ているのだろう。トランプは、荒っぽい言葉を発しているが、いま求めているのは、中国による対北制裁強化だ。韓・日・豪を回ったペンス副大統領は、「外交的、経済的圧力をかけることで団結」する必要性を繰り返し強調した。

 もう一つ、米国が先制攻撃をすれば、北朝鮮による韓国、日本、両国にある米軍基地への反撃は覚悟しなければならない。人口が集中し、経済活動が活発な都市、それに原子力発電所などの被害は計り知れない。軍事攻撃に脆弱だ。それに豊かさに慣れた人々は、危機に耐えられない。

 従って、米の先制攻撃を韓国や日本の政治指導者が同意するのは、よほどのことがない限り難しい。金正恩は人民の生命がいくら失われようと痛くもかゆくもないが、日韓の政治家は、国民の生命、財産を守るのが至上命題だからだ。

 それに、米国が脅せば脅すほど、「最後の守護神は核・ミサイル」と確信する。逆効果だ。「核戦力が米国の侵略策動を粉砕して国を守る。核武力強化の選択は極めて正しかった」(4・26労働新聞)というわけだ。かねて言われているように、イラクのフセインとリビアのカダフィが殺されたのは、核を持っていないか、放棄したから。金正日、金正恩はそう固く信じているのである。

 それに、金正恩は簡単にトランプの言うことを聞いて、すぐに核ミサイル開発を止めるとは言えない。強面できたこれまでの姿勢を変えれば、国内でのシメシがつかなくなる。独裁体制が崩れてしまうからだ。

 史上最大の「示威」は花火ショー?

 「我々の強軍は即時に対応する万端の準備を終わらせ、命令だけを待っている」(4・21北朝鮮外務省)。「米空母はただ太っただけの変態動物。一気に水没させる万端の戦闘準備を整えた」(4・23労働新聞)。北朝鮮の意気盛んは当面止まりそうもない。(余談だが、「ただ太っただけの変態動物」と言えば、すぐ思い浮かぶのは、あんたのところの首領様ではないか。こんな表現を使っていいのかねえ)。

 口では威勢がいいが、一方で米国の「レッドライン」と思える核実験、大陸間弾道弾の実験は、いまのところ控えている。北朝鮮の中枢部を狙われることは、何よりも恐ろしい。人民軍創建記念日(4・25)に行われた「建軍以来最大」という演習も「人民軍種合同打撃示威」(4・26労働新聞トップの見出し)と称している。取りようによっては、これはあくまでデモンストレーションですよといっているようでもある。

 確かに、海岸に300台もの自走砲をすき間なく並べ、一斉に閃光とともに発射する光景は迫力がある。しかし、素人が見ても、実戦でこんなに陣形を取れば、空中からの数発の爆弾で、全滅してしまう。確かに、花火をあげたに等しいショーだ。このほか、潜水艦からの魚雷発射、戦闘機も登場しての陸海空入り交じってとにかく賑やかだった。

 ただ、「示威」をするのに、こんなに派手派手しく燃料や砲弾を使っていいのか。人ごとながら心配になる。おそらく、最低でも半年分の備蓄は消費したはずだ。後先考えずに、とにかく、米空母が近くへ来ても恐れる「元帥様」ではないところを見せるため、「元帥様」が命令されたに違いない。しかし、恐れていることの裏返しのような印象も受ける。黙っている方が迫力があることもある。

 その翌日、米韓合同演習は仕上げの意味もあってか、京畿道で「総合火力撃滅訓練」を公開した(4・26)。軍事境界線に近い山岳地帯に設けられた標的に向かって陸空からピンポイントで攻撃する。大型攻撃ヘリ「アパッチ」も登場した。こちらは実戦さながら、そして、装備における新旧の差はあきらかだった。北の装備はいかにも旧式が目立ち、対外的には「示威」にならなかったのではないか。大規模な演習を視察した金正恩は、終始笑顔だったが、米韓演習の画像を見れば、愕然とするに違いない。

 「確信犯」を改心させるのは難しいが

 米韓合同演習のヤマは超えた。しかし、トランプは引き続き軍事的な誇示を続けそうだ。原子力空母「ミシガン」が釜山港に寄港(4・25)。隠密行動が原則の潜水艦が姿を現したのは異常だ。ICBM「ミニットマン」(    射程13000km)を米本土から太平洋へ向けて発射訓練(4・26)。旧式でも北まで届くという示威か。さらには、空母「カールビンソン」が朝鮮半島近海に到着し、米艦の合同訓練が予定されている。また、高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」の韓国委配備も前倒しで始まった(4・26)。

 しかし、北朝鮮は特殊な国だ。すでに触れたが、いかに国際的な非難を浴びても、「核が唯一の守護神」と三代にわたって堅く信じ込んでいる。「確信犯」を改心させるのは、極めて難しい。少なくともこれまではそうだった。トランプが米国の雇用を増やせ、外国に工場を持っていくなとツイッターで吠えれば、国際的な大企業が「ハ、ハーッ」と頭を下げてすり寄ってくるような具合には行かないのである。

 それでも、トランプは北朝鮮に対して、様々な圧力をかけ続けるに違いない。大国意識の強いトランプにとっては、極東の小国が逆らっていることに我慢がならない。そして、米国の軍事的圧力が続けば、北朝鮮の軍事的体力、国力を著しく消耗させる。トランプと不仲になったロシアのプーチン大統領は、北朝鮮に手をさしのべているようだが、経済的な支援をする余裕はないはずだ。

 「ネズミ一匹」は「トラ」に化けるか

 この4月、「泰山鳴動」したことは間違いない。今のところ出てきた「ネズミ一匹」は、中国の対北制裁強化の約束だ。もし、中国が実質的に北朝鮮への燃料の輸出制限、金融面での締め付けを実行せれば、北朝鮮への打撃は大きい。「ネズミ」ではなく「大トラ」が出てきたことになる。

 それに、これまで北朝鮮が周辺国と妥協したのは、米国による武力行使が本気と恐れたときだ。1994年、クリントン政権が北攻撃を検討した時、金日成主席は米朝会談に応じて、米朝合意を結んだ。また、2002年、ブッシュ政権は北朝鮮を「ならず者国家」と激しく批判、武力行使も辞さない姿勢を示した。この矛先をそらすためもあって、日本人拉致被害者を返した。

 果たして、北朝鮮はどこまで耐えられるか。軍事と経済両面の外からの圧力は、やがて北朝鮮内部の様々な問題を拡大し、動揺を誘う。何も影響がないということはあり得ない。やがて体制を揺るがせるに違いない。

更新日:2022年6月24日