恐ろしい独裁者の”謙遜”


岡林弘志

(2017.1.10)

 
 新年早々、なんか気持ち悪いなあ。金正恩労働党委員長が恒例の「新年の辞」で、厳しく自己反省し、8日の誕生日も祝わなかった。これまで「上御一人」、万能の人、決して過ちを犯さない、「決死擁護」せよと人民に強いてきたのに。ここへ来て、急に謙虚なところを見せられては戸惑う。「核強国」を誇っても、スローガンの経済立て直しはダメ、何か思惑がありそうだ。

なんと「人民の真の忠僕に」と宣言!

 「いつも気持ちだけで、能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りましたが、今年はいっそう奮発して全身全霊を打ち込み、人民のためにより多くの仕事をするつもりです」。なんともしおらしい。「新年の辞」の締めくくりで、威勢のいい言葉が出てくると思ったら、強面の「元帥様」の日頃からは、想像もできない深い反省と人民への慈しみの言葉だった。

 そのうえ「一点のくもりもない清らかな心で、人民に忠実に仕える人民の真の忠僕、忠実な僕(しもべ)になることを、この元旦に厳かに盟約します」と続く。何だ!何だ!どうなっちゃったんだ!思わず、目をこすってもう一度読み直したほどだ。ひたすら、全人民に忠節を押しつけてきたのに、ここへきて、急に「人民の忠実な僕」になると、同じような表現を繰り返し、「盟約」までしちゃったんだから。しかも「清らかな心」で。

 「新年の辞」は、恒例によって、元日の正午から、朝鮮中央放送などで、全国に放映された。多くの人民がかしこまって拝聴していたはずだが、この部分で感涙にむせんだか、あるいは悪い初夢を見たような気分になったか。それはともかく、首筋が急に寒くなった人たちもいたのではないか。

 そして、1月8日。金正恩の誕生日だ。昨年末、北朝鮮が発売したカレンダーで祝日になっていなかったので、大々的なお祝いはないとわかっていたが、祖父、父親の誕生日が祝日になっていることからすると、異常なことだ。「新年辞」の反省、誕生日を人民に祝わせないことから、「謙虚さ」をアピールするため、という見方も出ている。

まずは「バッジ着用」の廃止を!

 もしそうなら、まずは「金日成・金正日バッジ」着用の廃止を提案したい。本人は、「新年辞」の際、着用していなかった。自分が付けていないのに、自分の父と祖父のバッジ着用を人民に強要するのは驕りだ。謙虚とはほど遠い。人々は、長年バッジ着用に悩まされてきた。服を替える度に、バッジを付け替えなければならず、いくつか用意しようとすればカネがかかる。もちろん、忘れれば取り締まりの対象になる。

 「世界の奇習」でもあるバッジ着用の義務から、人民を解放することは、まずはわかりやすい「人民のしもべ」になった証明になる。英断だ。カネもかからず、「鶴の一声」で実現出来る。「元帥様」、旧正月のお年玉として、いかがでしょうか。

 しかし、年初からの現地指導、カバン製造工場(1・5)、製糸工場(1・8)では、お付きや労働者は人民服や作業服で説明に懸命な中、自分だけはいかにも高級そうなオーバーを着たまま。30代半ばの若さというのに、とても謙虚とは言えない。もっとも、「自責の念」を持つ謙虚な人は、部下の生命を奪ったりしない。いまさら「元帥様は謙虚」と受け取るほど、北朝鮮の人々もウブではないだろう。

「反省」は粛正の前触れか

 「新年辞」に話を戻すと、「上御一人」が反省した以上、下々は当然、反省しなければならない。反省すれば責任が付いてくる。「元帥様」以外は。後で触れるが、昨年も経済はうまくいかなかった。立て直しができない構造になっているからだ。金正恩体制の責任だ。しかし、責任をとらされるのは、いつも担当部署の責任者。北朝鮮経済はここ数十年低迷を続けているが、人民の不満が膨らむと、経済担当の大臣や副首相が公開処刑などで責任をとらされてきた。

 だいたい、強面がしおらしく振る舞う時は要注意だ。真に受けていると、そのうち「俺が下手に出れば、いい気になりやがって!」と、急に居丈高になる。よくある話だ。韓国国情院傘下の国家安保戦略研究院は、今回の反省は「党、政、軍内部の大規模な整風運動(1940年代の中国の粛正運動)を予告したもの」(1・4、聯合ニュース)と分析する。

 最後に、金正恩は「明るい未来に向かって力強く前進しましょう!」と締めくくったが、幹部席に座っているうちの何人かは、首筋に冷たいものを感じたはずだ。近いうち「明るい」どころか、「未来」そのものがなくなってしまうかもしれない。今年も「恐怖統治」は続く。

ICBMの準備は「最終段階だ」

 「新年辞」で、最もわかりやすかったのは、「核強国」だ。2016年の総括では「国防力の強化で画期的な転換がもたらされ」「アジアの核強国、軍事強国として浮上した」と胸を張った。そのために「いかなる強国も、手出しができなかった」と、成果を強調している。

 具体的に「初の水爆実験」「核弾頭爆発実験」と成果を羅列した。実際に、北朝鮮は昨年、次から次へと花火を打ち上げるように、核・ミサイルの実験を繰り返した。昨年1年間に核実験は2回、ミサイル発射は24回を数える。実績を見てみろと、自信満々だ。

 そして「大陸間弾道ロケット発射準備が最終段階」にあることをわざわざ強調した。そして、今年は「核武力を中枢とする自衛的国防力と先制攻撃能力を引き続き強化していく」そうだ。おそらく米本土にまで届くという「KN―14」の発射実験を行うということだろう。核弾頭の小型化も続けるという決意表明だ。

 ついでに、米国に関わる部分では例年通り、米韓演習の中止、「時代錯誤の対朝鮮敵視政策の撤回」を求めている。そして、要求を受け入れない限り、米本土にも届く核・ミサイル開発を進めるぞと脅している。これに対して、トランプ次期大統領はなんと翌日、ツイッターで「そんなことは起きない」といちゃもんを付けた。

 トランプは選挙中にも「(金正恩が)米国に来るなら受け入れる。公式夕食会はしないが、ハンバーガーでも食べればいい」と発言している。どこまで本気かわからないが、オバマ大統領は「北が核放棄をしない限り」と無視してきたのとは大違いだ。対北政策は定かではない。また、在韓米軍についても先行き不透明だ。とにかく様子見、あまり激しい非難はしていない。

「朴槿恵は粉砕しろ!」

 一方、南北関係で、槿恵非難は歯切れがいい。「民族の統一志向に逆行する内外の反統一勢力の挑戦を粉砕すべきだ」。その第一歩として「朴槿恵のような反統一的な事大主義的売国勢力の蠢動を粉砕するための全民族主義的な闘争を力強く展開しなければならない」と呼びかけた。

 これまでの「新年辞」で、韓国大統領の固有名詞を出すのは珍しい。韓国の具体的な政治の動きに触れるのも珍しい。朴槿恵がすでに”死に体”であり、対北融和政権を作るチャンスとみての勇み足なのだろう。韓国の騒ぎを喜ぶ心中が露骨に出ている。

 そして「今年は歴史的な7・4共同声明発表45周年と、10・4宣言発表10周年に当たる年」だそうだ。それを意識して「全民族的な統一大会合を実現しよう」と提案した。これはいつものように、各界各層、右も左も出てきて統一を話そうという揺さぶり作戦の域を出ない。

 ただ、韓国大統領選が近いとみて、「破局状態にある北南関係を袖手傍観するなら、どの政治家も民族に対する自分の責任と役割を果たしたとは言えず、民心の支持を受けられない」と、対北融和勢力、親北勢力にハッパをかけている。そして、「民族の根本的利益を重んじ、北南関係の改善を望む人なら、誰であろうと手を携えていく」。「北風」を吹かせている。

相変わらずの「自力自強」

 その反面、経済についての所信はわかりにくい。今年の方針で、真っ先に取り上げたのが「国家経済発展5カ年計画」だ。昨年、36年ぶりに開かれた第7回大会で、金正恩が明らかにしたものだ。民生経済の各部門を活性化して「人民生活の向上」を計るというものだ。しかし、具体的な数字はあるのか、ないのか、公表されていない。「新年辞」では、「遂行に総力を集中すべき」とゲキを飛ばしている。

 今年、北朝鮮が赤陰るスローガンは「自力自強の偉大な原動力によって、社会主義の勝利の前進を早めよう!」。やはり、国際的な経済制裁の中では「自力更生」でやらざるを得ない。重点は「原料と燃料、設備の国産化」というが、金正日総書記の時代からやってきたが、うまくいかない。

 昨年の実績では「70日間戦闘」「200日間戦闘」で、「誇るべき勝利の砲声をとどろかせた」そうだが、「画期的」と言うだけで、具体的な成果については、相変わらず触れていない。ただ、「党や社会主義に対する信頼」「連続的な徹夜進軍において不屈の攻撃精神、決死貫徹の気概、集団主義の威力を発揮」と精神面の成果は強調されている。これらの文言からは、休む間もなくひたすら尻をたたかれ働かされる人々の憔悴した姿がちらちらする。

 今年の目標についても具体的ではない。金正恩の各部門に対する指示も「速やかに発展」「画期的に発展」「大々的に達成」「需要を最優先に満たす」と、とにかく「頑張れ!」の羅列だ。また昨年、「千里馬」から代わった「万里馬」は何回か出てくる。「早く!早く!」は相変わらず、今年も「00日間戦闘」で、人々は休む暇もなさそうだ

 こうした中、思わず現状がちらりという部分もある。「発電設備と構造物」については「補修を入念に行い」、「電力管理システム」を「着実に運営し」と指示した。発電所、ダム、変電所、送電線などが老朽化し、新しい施設も「速度戦」による手抜き工事で、正常に動いていない現状がよくわかる。電力事情は相変わらず深刻だ。

もともと「並進路線」はスローガンだけ

 そういえば、去年まで大々的に宣伝していた核開発と経済立て直しの「並進路線」はどうしたのか。「新年辞」に出てこなかったようだ。もっとも、言及があったとしても、「並進路線」とは名ばかり。昨年はひたすら核・ミサイル開発最優先で突っ走った。厳しい財政の下、民生経済は二の次どころか、三の次、四の次だ。

 先代、先々代の治世でも、金一族の神格化、核を含めた軍事力強化が優先された。いずれも「生産財」ではなく「消費財」だ。GDPを押し上げるだろうが、次の生産にはつながらず、経済低迷の構造的な原因になってきた。金正恩の治世になって、この傾向はさらに激しい。「並進路線」は世を欺くスローガンでしかなかった。

 民生経済が停滞する中で、人民が食って行かれるのは「市場(いちば)」が全国に広がり、それを通じて人々が自ら生き残る術を身につけたからだ。「元帥様」のおかげではない。金正恩は、今年も「核武力」を強化すると強調した。また、自らの「神格化」キャンペーンも強化されそうだ。やはり人民生活は後回しになる。

 今年は、1月20日にトランプ大統領就任、半ば頃は韓国大統領選挙と、北東アジアの政治は大きく動く。北朝鮮はその狭間で有利な立場を確保しようと、様々な動きを見せるだろう。ただ、金正恩の権力基盤は、「恐怖政治」なしにやっていけるほど強くはない。混迷は続きそうだ。

更新日:2022年6月24日