”政治空白”は大丈夫か

 

岡林弘志

(2016・11・22)


 韓国は朴槿恵大統領を巡るスキャンダルで大揺れだ。韓国政治の”負の遺産”である「縁故」にまつわるあれこれに足を取られて、晩節を汚すことになりそうだ。週末ごとに退陣を求める集会が開かれ、果てしない。背景には経済混迷の不平不満もありそうだが、政治空白はさらなる経済の混乱をもたらす。また、今年、やたらにミサイルをぶっ放し、核を爆発させた金正恩・労働党委員長の動きも気になる。大丈夫だろうか。

検察と青瓦台が真っ向から対立

 「犯罪事実の相当部分で共謀関係にある」(11・20)。ソウルの中央地検は、日曜日にもかかわらず、大統領の友人である崔順実容疑者(60)と側近二人を職権乱用などで起訴した。このなかで、大統領が共に違法行為をしていたことを強調して、起訴状に明記した。朴槿恵は、任期を1年以上残して”死に体”になりかかっている。

 3人の容疑は大きく分けて二つ。一つは、文化振興、スポーツ振興のための「ミル財団」「Kスポーツ財団」の設立資金集めのため、財閥企業などに圧力をかけ、774億ウォン(約72億円)を拠出させた。もうひとつは、青瓦台の秘密文書を崔順実に漏らした疑いだ。いずれも朴槿恵が指示したと指摘している。

 少し砕いて言うと、朴槿恵は、二つの財団の運営を崔順実に任せ、側近に資金集めをさせた。同時に、崔順実に内政外交から人事に至るあらゆることを相談するため、私人には漏らしてはいけない文書までメールで送らせていた。権力を私物化したということか。

 「検察の主張は事実認定が不当で正当性がない。事情聴取には一切応じない」(11・20)。朴槿恵の弁護人は、検察の起訴内容を全面否定し、真っ向から対決する姿勢を明らかにした。数日前、朴槿恵は記者会見で「検察の事情聴取に協力する」と言っていたが、対応を変えたようだ。

 これに対して、世論はおさまらないどころか、さらに油を注いだ格好で、週末ごとの集会は、これからも全国で続きそうだ。野党も勢いづいている。国会で弾劾決議を進める予定だ。与党の反主流派も同調する意向で、決議が成立すれば、大統領の職務は一時停止される。それを憲法裁判所が是とすれば、罷免される。いずれにしても、韓国は当分の間、政治は麻痺状態、政治空白は避けられない。

青瓦台の機密事項にまで口出し

 一連の事件は、ある意味で、韓国らしい。かねて書いてきたように、「法治」ならぬ「情治政治」「情治社会」という政治風土が生んだ事件と思う。法律や政治の常識よりも、個人的なつながり、情にほだされ、情によって政治や世の中が動く。財閥の娘が、グループの中でわがままし放題というのも、会社の論理より、情が優先したあげくのことだ。

 発端は、韓国のテレビ局JTBCの報道(10・24)だった。崔順実の意見を聞くため、大統領府の文書を渡していた、という内容だ。民間人への機密漏洩、国政介入の疑い。検察も直ちに捜査に乗り出した。「大統領記録物法」に違反するそうだ。

 崔順実の父親は、故・崔太敏。「大韓救国宣教会」という新興宗教の教祖。1974年、朴槿恵の母親、陸英修夫人がテロで死亡した後、朴槿恵に手紙を送り、慰労した。親身になって悩みの相談に乗り、信頼を得た。そのつながりで、娘の崔順実とも親しくなった。79年には父親の朴正煕大統領も暗殺され、兄弟姉妹も頼りにならず、不信感にさいなまされていた朴槿恵にとって、崔親娘は唯一の相談相手、話し相手だった。

 その朴槿恵が大統領になった。こうした個人的関係は貴重だ。地縁・血縁に注意を払っていた朴槿恵も、警戒が甘かった。というより、人間不信が強く、側近も深く信頼できない中で、大統領という地位は孤独だ。「寂しき青瓦台の女王」(韓国紙)にとって、崔順実が唯一心置きなく、話し、相談できる存在だったのだろう。

 崔順実はやがて、朴槿恵の私的な政治顧問のような存在になり、演説や記者会見の内容、外遊の際の対応をどうするか、政権の根幹にかかわる内政外交についても相談にのる。自ずとその存在は大きくなり、側近はそうした関係に最大限気を配る。当然、青瓦台は顔パス、電話でも直で話しができた。

 これほどおいしい話はない。必ずカネが絡んでくる。崔順実は、文化やスポーツ振興にかかわるミル財団、Kスポーツ財団を任されたことで、カネへの足がかりをつくる。基金は財閥企業、大企業に出資させる。もちろん、青瓦台が「一桁多い数字を」などと資金集めのお先棒を担ぐ。774億ウォンも集まったという。絵に描いたような情実の絡む利益誘導、便宜供与だ。

あまりに異常だった「反日」

 朴槿恵が大統領に就任してしばらく、おやっと思ったのは、「反日」にえらく執心していることだ。父親の朴正煕・元大統領に対する「親日派」という批判をかわすためという解説もあった。しかし、李明博・前大統領は、恒例のように、政権末期になって、「反日」を振りかざし、竹島へまで出掛けていった。反日は十分に盛り上がっていた。

 歴代大統領は、就任当初、日韓関係の改善、進展に力を入れるのが通例だった。経済のつながり、対北戦略など、実利を考えてのことだ。朴槿恵が就任した2013年2月、安倍晋三首相の右寄り姿勢が面白くないといことはあっただろうが、日韓に特別な懸案があったわけではない。むしろ、台頭する中国、核開発を進める北朝鮮を考えれば、連携を強める必要があった。

 就任直後の安倍との電話会談では、「未来志向の関係を作るため、歴史認識が重要だ」と、歴史を真正面から取り上げた。安倍も「過去をしっかり認識しながら、未来志向の関係に」と応じた。こうした原則論は、一言しておく必要があるのだろう。と思っていた。

「影のアドバイザー」がいたためか

 しかし、その後も朴槿恵の「反日」は続き、外遊して首脳会談をするたびに、日本は過去を反省していないと、その国には関係ない歴史問題を持ち出し、同調を求めた。日本の首相に直接言うならともかく、アメリカやヨーロッパに行ってまで、「反日」を言いつのるというのは、どういうことか。

 父親の朴正煕は、国内の批判を受けながらも、日韓条約を結び、その際の「協力金」などで、経済発展の基礎を築き「漢江の奇跡」をもたらした。その”遺産”を意識して、朴槿恵は就任演説で「第二の漢江の奇跡を起こそう」と呼びかけた。奇跡の土台には、父親の実利を貫いた日韓国交があったことをよく認識していたと思う。

 それなのに、なぜいつまでも反日なのか、首をかしげざるを得なかった。真相はまだ不明だが、その後ろに強力な「影のブレーン」がいて、その指図でというなら、わかりやすい。この女性が、反日あるいは親中国をアドバイスしていたのか。

やはり情実、縁故に溺れた

 大統領との関わりを誇示し、あるいはほのめかして、便宜を得る。歴代大統領の時代にも、地縁・血縁が利権をあさるため群がってきた。「一人傑出すれば、九族潤う」(ことによると七族か)。便宜をはかってくれなければ、地域や親戚の風上にも置けない。こうして、歴代大統領は、政権末期、あるいは退任後に司直の調べを受け、晩節を汚した、「情治政治」にがんじがらめにされて、足をすくわれた。

 歴代大統領は、そのことをよく知っていた。しかし、拒絶できなかった。民主主義の闘士を自認した金大中、盧武鉉大統領も例外ではない。そうした政治風土だからだ。唯一の例外が、朴正煕だった。在職中、反対陣営からは、スイスに隠し口座があり、巨額の秘密資金があるなどと、盛んに宣伝され、そうした悪口が日本にも聞えてきた。ところが、死後になってみると、その痕跡はなく、残された財産もごくわずか。その清廉さは、いまに続く高い評価の要因の一つになっている。

 このため、朴槿恵は地縁・血縁の便宜供与には厳しく対応し、兄弟姉妹も青瓦台に出入りさせなかった。従って、この方面のスキャンダルはない。しかし、上手の手から水が漏る。深い知り合いとの情実に負けてしまった。ということだろう。

かねてマスコミとは敵対関係

 いま、反朴槿恵の動きは激しい。大統領退陣を求めて、週末の度にデモが行われる。ソウルの中心地、光化門通りは人の波で埋まり、全国各地でも集会がある。建国以来の規模という。世論調査による支持率は5%に落ち込んだ。特に10代後半の支持率は0というのだから激しい。極端に振れる。

 「朴大統領が主犯だ」「憲政史上初の容疑者大統領」(11・21)―韓国紙は、検察の起訴をこんな見出しを付けて報じた。反朴キャンペーンはとどまるところを知らない。背景には朴槿恵とマスコミとの確執がある。金大中の時代だったか、新聞論調が厳しいこともあって、新聞社の税務調査を厳しくし、激しく対立することがあった。権力者は、マスコミによる批判が我慢ならないようだ。

 その点では、朴槿恵政権も同じ。あるいは、それ以上だ。ソウル駐在の産経新聞記者が、朴槿恵のスキャンダルを書いたと拘束された。最近では「朝鮮日報」が青瓦台の秘書官の土地取引疑惑を報じた。これに対して、検察は、記者の携帯電話を押収、与党幹部は朝鮮日報の主筆が大企業の招待で欧州旅行という情報を、他のマスコミに漏らし報道させた。

 マスコミへの警戒心が強く、ほとんどのメディアと対立していた。為政者はメディアと程々の距離をとり、批判を受け入れる度量が必要。強権で押さえ込もうというのは、最も稚拙な対応だ。今回の朴槿恵スキャンダルに、マスコミは「目にものを見せてくれよう」と、腕まくりといった格好だ。

格差拡大と貧困も背景に

 それに、韓国には元々父親の時代から、「反朴」運動で弾圧された人たちを中心に、根強い反朴勢力が一定の割合で続いている。この多くは、対北融和指向が強い。朴槿恵は、これまで北朝鮮に核開発停止を求め、開城工業団地を閉鎖、人権問題へも厳しく対応してきた。こうした対北強硬政策に、かねて不満を募らせてきた。

 もちろん、野党は好機到来とばかりに民衆を扇動する。来年は大統領選挙の年だ。この際、朴槿恵だけでなく、与党のセヌリ党も叩きつぶせとばかりに勢いづいている。有力な大統領候補といわれるソウル市長も、大衆デモを先導する。この際、一気に流れを変えようということだろう。ただ、反朴勢力は一本化しているわけではない。

 それに、多くの民衆が賛同しているのは、朴槿恵批判に加えて、政治に対する不平、不満がたまっているからだろう。大きいのは、経済の混迷だ。財閥中心の経済構造はそのままに、かねて問題だった所得格差は広がり、大卒の就職率も下がる一方。中心だった輸出は、世界経済、特に中国経済の低迷で、下降線をたどっている。しかも、展望は開けない。

 特に、若い層の不安も強い。いい高校、大学に入り、財閥企業に就職できなければ、いい生活はできない。明日がわからない。なのに、訳のわからない女が大統領とのコネを利用して、娘をコネで一流大学に入れる。しかも、出席していない授業の単位まで取っている。甘い汁を吸い放題。これは許せない。それを許した朴はもっとにくい。人々の不平・不満に火を付けてしまった。

経済はさらに混迷する

 しかし、経済の低迷は、世界的な傾向だ。グローバリゼイションによって、金融資本がバッコして、各国の経済をかき回している。その元祖である米国も格差と貧困が拡大、無視できないほどに広がり、とにかく政治を変えろと叫んだトランプが大統領に当選した。

 すでに、経済混迷は一国内で解決できる状態ではなくなっている。日本もアベノミクスと称してマイナス金利などという奇手も使いながら経済対策を行っているが、明るい展望は開けない。韓国も様々な対策は打ち出したのだろうが、景気が好転する兆しは見えない。

 経済混迷は、ときの政権が責任を持つべきは当然だが、いまはそれでどうなるというものではない。政権批判をしても、経済がよくなるわけではない。これから、少なくとも半年以上、次の大統領が決まるまで政治空白が続く。経済を引っ張ってきた財閥企業も不祥事や欠陥商品の発覚などで、かつての元気はない。経済はますます悪くなる。当然生活にも響いてくる。

様子をうかがう北朝鮮

 「100万人余の各階層の人々が‥国政を壟断して民生を塗炭に陥れた朴槿恵逆徒に対する鬱憤を吐露しながら、夜が開けるまで徹夜闘争を続けた」(11・13朝鮮中央通信)。韓国の混乱は、北朝鮮にとっては、おいしい話だ。韓国の反朴集会を報じる記事の行間からは、「もっとやれ、やれ」といったニュアンスが露骨だ。朴槿恵には、このところ「逆徒」を付けるのが通例になっている。

 ただ、北朝鮮にとって難しいのは、変に刺激すると、国家存立の危機ということで、せっかくの混乱が下火になってしまうことだ。韓国の混乱は「赤化統一」のスタートになる。そして、対北強硬の保守の大統領を阻止して、対北融和の大統領が生まれれば、さらに段階は進む。

 今年、相次いで核実験、ミサイル発射を命令し、威勢がいい金正恩労働党委員長も比較的静かだ。黄海の北方限界線(NLL)に近い麻蛤島の砲兵部隊(11・11朝鮮中央通信)、カルリ島前哨基地と長在島防御隊(11・13)を連続して視察した。しかし、報道では「戦いが起きれば、麻蛤島防御隊の軍人が一役買ってくれなければならない」と、ごく一般的な訓示を垂れただけだ。

 その後は、日本海側にあるらしい朝鮮人民軍5月27日水産事業所と朝鮮人民軍1月8日水産事業所を現地指導した(11・17)。ここでは「最近の数日間に数千トンのハタハタを獲ったという報告を受けて全国の人民に珍しい漁獲大豊の報を一刻も早く伝えたくて万事を後回しにして訪ねてきた」と「大満足の意を表した」そうだ。ハタハタの大漁に喜んでいる。北朝鮮の報道は、軍事挑発の気配を避けているようだ。

韓国の動揺は北の思うつぼ

 北朝鮮は、しばらく成り行きを見守るということだろう。もう一つ、米国のトランプ次期大統領がいかなる対北政策をとるかわからないからだ。選挙中、トランプは、米国は世界の警察官にはならない、韓国や日本は駐留米軍の経費をもっと負担しろ、そうでなければ撤退も、などと激しい言葉を発して、日韓政府を困惑させた。

 在韓米軍撤退は、かねて北朝鮮が求めてきたことだ。早速、北朝鮮の徐世平・ジュネーブ国連代表部大使は、ロイター通信のインタビューで「トランプ次期大統領が在韓米軍などすべての軍事資源を韓国から撤退させて韓半島(朝鮮半島)終戦平和条約を締結すれば、北朝鮮と米国が関係を正常化することができる」と述べた」(11・19)。早速のアドバルーンか。

 そうなれば、北にとっては御の字だ。また、荒っぽい話し方をするトランプは、ことによると組しやすい相手かもしれない。意外に金正恩と気が合ったりして、なんて期待もあるかもしれない。ここは、変に刺激しない方がいい。もっともトランプは、選挙中に、金正恩のことを「悪い野郎だ」と切り捨てるような発言もしている、各国がトランプの出方、政策を見守っているように、ここは静観するしかないのだろう。

 しかし、韓国の混乱、在韓米軍の地位の動揺は、北朝鮮にとっては望ましい状況であることは間違いない。しかも米韓の側が自ら引き起こした混迷だ。いつまで黙ってみているか。韓国の混乱が続けば、北朝鮮がつけいるスキはますます大きくなる。まずは、韓国自身がよく考えることだ。

更新日:2022年6月24日