「どうにも止まらない」

岡林弘志

(2016.9.19)

 

 「どうにも止まらない!」。金正恩労働党委員長は、核・ミサイル開発の道をひたすら走り続けている。国際社会が何を言おうと、全く耳に入らない。これまでで最大と言われる5回目の核実験を行った。「米帝の核脅威」から身を守るためというが、なぜそれほどおののかなければならないのか。それとも、それを口実に自らの権威を高めるために、止められなくなってしまったのか。まさに「精神状態はコントロール不能」(朴槿恵・韓国大統領)だ。一方で、人民は「解放後最大」の水害に苦しんでいる。

大成功なのに、なぜか姿を見せず

 「今回の核実験では、戦略弾道ロケットに装着できる核弾頭」を「必要なだけ生産できるようになり、より高い水準に上がった」(9.9)。北朝鮮は、東北部の豊渓里の核実験場での5回目の核実験をした4時間後に、「成功」したことを朝鮮中央テレビなどのメディアを通じて、一斉に発表した。

 中央テレビでは、例のリ・チュンヒ・アナウンサーが登場して、チマチョゴリ姿で、「朝鮮核兵器研究所」というところの声明を、おどろおどろしくも感極まった例の口調で読み上げた。ちなみにこの日は、北朝鮮創建68周年の記念日。

 今回の実験は、韓国気象庁によると、マグニチュード(M)5.0で、前回(1.6)の2倍程度の爆発力と推定され、これまでで、最大だった。それに、「ミサイルの弾頭に装備できる小型化」に成功したと、「核弾頭」であることを強調している。米・韓軍当事者も「小型化は確実に進んでいるようだ」と受け取めた。

 ただ、前回の核実験やこのところのミサイル発射実験には立ち会って大笑いしていた金正恩の映像は出てこなかった。これまでのやり方からすれば、「米帝、これが見えぬか!」と呵々大笑したはずだ。やはり放射能の影響を恐れて、現場に立ち会うのは止めたせいか。今回は、核実験に関わる記事も写真も公開されていない。

 今年1月の第四回では、労働新聞の1面すべてを使って、得意満面で実験命令書にサインする姿を登場させた。また、テレビも2時間前に「特別重大放送」を予告するなど、金正恩が前面に出て、大々的に宣伝した。また、声明の主体も「政府」だった。今回の「核兵器研究所」というなじみのない部署で、格下げの感もある。

 この理由について、日韓のメディアは様々に推測する。①すでに核保有国として認識されており、冷静に事実を伝える方が脅威を与えることができる②金正恩への個人攻撃や名指しの制裁を避けるため③中国を刺激しないため――などなど。

 このうち、②については、いかにもありそうだ。今年2月の国連人権理事会には、金正恩らの刑事責任を追及するよう求める報告書が提出された。また、米国は金正恩を金融制裁の対象として名指しで指定した(7.6)。裁判なしの処刑や強制労働、拷問や性的虐待などの人権侵害の最高責任者としてだ。

 これに対して、北朝鮮は「最高尊厳」を侮辱したと激怒した。本人も怒り心頭にという様子だったという。名指しの非難や処罰はなんとしても避けなければならない。よほど懲りたのか。それにしても、出たがりの金正恩がこれだけの「大慶事」なのに、出てこないのは異常である。

 実験から4日後、朝鮮中央通信は、金正恩が人民軍参加の農場を現地指導したと伝えた。「腕のようなトウモロコシと弾丸のように実った稲穂」の新種を前に「見ただけでも満ち足りる。気持ちがよくなる」と満足げだった。しかし、核実験に関わる動向報道はない。ただ、今さら、金正恩の名前が出てこないと言って、その指示なしに実験をやったなどとは誰も思わない。

急遽浮上した「核兵器研究所」

 もう一つ、声明を発表した「核兵器研究所」は、聞き慣れない名前だ。今年になって初めて明らかになり、金正恩が現地指導したという報道があった(3.9)。労働新聞には防寒帽に防寒コートを着た金正恩が、核弾頭らしき球体を前に、なにやらしゃべっている写真がついていた。

 核兵器の特に小型化、弾道化の開発に力を入れるため、当然金正恩のお声掛かりで設置された機関だ。「軍需工業部参加の『83研究所』の別名とされ、研究所長は元寧辺原子力研究センター所長の李弘燮氏。同氏は2009年に国連制裁対象に指定」(9.14東京新聞)されているという。

 「今回の実験は、堂々たる核保有国として、米国をはじめとする敵対勢力の脅威と制裁騒動に対する実際的対応措置の一環として、我々も打撃する準備ができているという超強硬意思の誇示である」。声明にはこんな文言もある。我々を脅したり、攻撃するなら、いつでも核で報復するぞと、「研究所」には似合わない物騒な警告までしている。

米韓もこれまでになく強硬だが

 「米国は北朝鮮を核保有国として決して認めない」(9.9)。オバマ大統領は、核実験の直後に、強い声明を発表した。北脅威論は、これまで比較的関心が薄かった米国でも高まっているようだ。「これまでの実験で、米本土に核・ミサイルを飛来させる段階になりつつある」(ワシントンポスト紙)などと分析。「小型化の主張を本当と想定して、防衛手段を講じなければならない」(国防総省報道官)と、ミサイル防衛などに力を入れる方針をあらためて強調した。

 そして、4日後には、米太平洋軍がグアムに配備してある最新鋭の戦略爆撃機B1Bを2機韓国に飛ばし、ソウル近郊の烏山空軍基地では、低空飛行をするデモンストレーションを展開した。さらに10月に済州島近海で行う米艦合同演習には、空母「ロナルド・レーガン」を派遣する。

 「狂的無謀さを証明している」(9.9)。朴槿恵は、滞在先のラオスで緊急の対策会議を開き、金正恩政権を厳しく非難した。さらに、帰国後の前線視察では、金正恩を呼び捨てにし、冒頭に紹介したように、精神状態がおかしいとまでで言い切った。

 あわせて、韓国軍も対北強攻策を明らかにした(9.9)。合同参謀本部のイム・ホヨン戦略企画本部長は、国会への報告の後、記者会見して、北朝鮮が核攻撃を仕掛けてきた場合「北の軍指導本部を含む指揮部を直接狙い反撃・報復する」と述べた。もちろん、最高指揮官である金正恩も対象ということだ。具体的には、「同時に大量の精密攻撃が可能なミサイルなどを使い、精鋭特殊作戦部隊を用いる」。大量反撃報復概念「KMPR(Korea Massive Punishment & Retaliation)」と名付けられている。

 どうもチキンレースだ。韓国もかつての融和策はかえって北の核・ミサイル開発の手助けになったという反省から、強攻策に転じている。特に、開城工業団地を閉鎖して以来、ただちに人質を取られる心配がなくなり、北のおどしが通じなくなっている。

 しかし、北の核・ミサイル開発を止める即効的な手段はない。オバマ政権も、任期わずかとなり、米国は大統領選の最中だ。北はそうした情勢も見ながら、強硬路線を走っている。人民がどうなってもいいと開き直られると、手が付けられない。というのが現状だ。

これでも中国は我慢するのか


 「どうにも止められない!」。周辺国の嘆きを一言で言うと、こういうことだ。核・ミサイルの実験のたびに、国連安保理は対北制裁を決議し、金融、貿易、人の往来など経済面を中心に様々な制裁を実行してきた。しかし、金正恩は、開発計画を止める気はない。というより、積極的に推進している。注意をすればするほど、ムキになっていやがることをやる。だだっ子か、反抗期の子供のようだ。

 そして、いつも批判されるのが中国である。日米間を中心にあらゆる国が制裁を行っているのに、中国と北朝鮮のモノのやりとりはあまり変わらないからだ。日韓のメディアが、時に中国が鉱物資源の輸入を止めたなどと、期待も込めて報道するが、しばらくすると、従前に戻ったという報道が出る。そんなことの繰り返しだ。

 中国は、これまでも言われているように「緩衝地帯」としての北朝鮮が不可欠であり、同時に東北三省の経済にとって、北は必要不可欠だからだ。三省は、中国の中でも経済成長率が最下位に属し、北朝鮮との交易なしには動いていかない。従って、中国政府も、交易を厳しく制限することができないのである。

 「今回の実験で放射能物質漏出現象が全くなく、周囲の生態環境にいかなる否定的影響も与えなかった」。朝鮮核兵器研究所は、実験の成果を誇る中で、いかなる粗相もしなかったことを強調した。これは、北朝鮮人民向けと言うより、厳しい制裁に消極的な中国、ソ連を意識したものだろう。

 しかし、今回の実験でも、170Km離れた吉林省吉林はかなりの揺れがあった。小学校では、サイレンが鳴り響き全員が校庭に非難し、その映像がインターネットで流された。また、住民も屋外に飛び出し、町中が騒然としたようだ。

 もともと、このあたりは地震がほとんどない地域であり、少しの揺れでも、我々が考えるより激しい恐怖を感じる。日本のメディアの取材に、住民は揺れの恐ろしさを訴えた。当然、中国政府も無視する訳にはいかない。

習近平肝いりの国際会議にぶつけて実験

 それに、最も中国の神経を逆なでしたのは、習近平主席が国際的な威信をかけて杭州で開いた「20カ国.地域(G20)首脳会議」(9.4~5)の直後の核実験だったことだ。また、会議の最中にも、北は「金正恩元帥の指揮の下、成功裏に」中距離弾道ミサイル「ノドン」3発を続けざまに日本海に向けて発射した(9.5)。

 それに、全体の首脳会議に続く朴槿恵との個別会談で、習近平は在韓米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)について「北との対立を激化させる」と強く反対した(9.5)ばかりだった。今回の実験によって、対立を激化させているのは北朝鮮の方で、むしろTHAAD配備の妥当性を見せつけられることになってしまった。メンツ丸つぶれだ。

 中国も、北朝鮮にまして自尊心は強い。これでは「いかに緊張を高める措置は好ましくない」と言いながらも黙ってはいられない。外務省は、池在龍.北朝鮮大使を外務省に呼んで、厳しく抗議した。また、報道官も「国際社会の反対を顧みず、再び核実験を行ったことに断固反対する」との声明を発表した。

 また、王毅外相も、周辺国の外相との会談で「安保理が核実験に対して行う必要な対応に賛成」と、従来になく積極的だ。具体的にどこまでやるかは、注視しなければならないが、これまで通りではシメシがつかないだろう。ここは、周辺国の意向を伝えながら、中国の対応を見守りたい。

 他の周辺国は、最大限の表現を使って、北朝鮮を非難している。しかし、メディアの論調も「日米韓の連携を深め、中国と協調を」という程度で、具体的にはなかなかいい知恵は出てこない。制裁をより細かく、徹底してやるしかないようだ。とにかく、外交常識が通じない以上、画期的な解決策はそうそう出てこない。制裁を地道に実行して、北内部のきしみ、矛盾の拡大を待つということだ。

豆満江が氾濫して未曾有の大被害

 「8月29日から9月2日に咸鏡北道を襲った台風による水害は解放後初めてとなる大災難だった」(9.14、朝鮮中央通信)。第10号台風は、珍しく北朝鮮北部まで達し、豆満江を氾濫させて、流域に甚大な被害をもたらした。死者.行方不明は数百人、家屋倒壊などで6万8900人が屋外で暮らしているという。また、道路や橋も損壊して交通網は遮断され、鉄道は不通、発電所や変電所も破壊され、電気、通信も途絶えている。

 北朝鮮の災害報道は時に大げさだが、今回はおそらくここ70年余で最大は間違いなさそうだ。しかし、北朝鮮では、この季節になるとほぼ毎年、恒例行事のように大水害を出している。地球規模の天候不順もあるが、「治山治水」をおろそかにしたことが、被害をいっそう大きくしている。

 「金正恩元帥は、全党的、全社会的に復旧作業を力強く展開するように対策を講じた」(同)。いかにも、金正恩が人民のためを思って災害処理に当たっている、ありがたく思え、と言わんばかりである。「200日間キャンペーンの主打撃方向、最前方を北部被害復旧作業場に定め」と、折からの労働強化を被災地に振り向けたという。

 当然のことではあるが、被害を深刻にしているのは、他でもない金正恩だ。「治山治水」という国家存立の基本に力を入れないで、核・ミサイル開発に総力を注ぎ、首都平壌のショーウインドウ建造物や遊園地など、生活基盤からはかけ離れた部門の整備にばかり力を入れているからだ。

「治山治水」おろそかに「核」に入れ込んだツケ

 特に最優先で進める「核・ミサイル開発」はカネがかかる。「5回目の核実験に約500万ドル(約5億1千万円)を投入した」。(9.9)。韓国国家情報院が国会に報告した推計だ(9.13朝日新聞)。また、「2013年までに核・ミサイルに投じた金額は、30億ドル以上」「13年以降、核開発に、総計11億~15億ドルを投入」したという。合わせて41億~46億ドル以上になる。

 「請求権資金8億ドル以上」。ふるい話になるが、1965年に日韓条約が結ばれた際、日本が約束した無償贈与、政府や民間の借款の合計だ。韓国はこれをインフラ整備につぎ込み、「漢江の奇跡」といわれる経済成長を実現した。それから半世紀以上がたち、物価は上がっているが、10億ドル単位のカネをつぎ込めば、「治山治水」は格段と進むのは間違いない。インフラ整備も急速に進む。

 北朝鮮が宿痾のように毎年の水害に苦しむのは、金正日時代の「先軍政治」、金正恩になってからの異常な核実験、ミサイル発射に国力を傾けたとばっちりだ。というより、「治山治水」を優先政策として取り上げない金正恩の失政の結果である。

 被災民にとって、金正恩の笑顔は我慢できないはずだ。これもあって、核実験の後、メディアに姿を見せなかったのか。

更新日:2022年6月24日