”羊頭狗肉”の党大会

(2016.5.15)岡林弘志

 
 「大山鳴動して鼠一匹」というか「羊頭狗肉」というか。36年ぶりの朝鮮労働党大会、「歴史的分水嶺」(労働新聞)というので、注目していた。しかし、出てきたのは、「並進路線」「核強国」など、すでにおなじみの路線の再確認がほとんど。目新しいのは、金正恩第一書記が背広姿で登場し、「党委員長」と肩書きを変えたことぐらいか。これも金一族独裁の延長線上の話。やはり経済が低迷する中で、展望の開ける未来は見えてこない。

やはり「長」がつかないと

 「わが軍隊と人民は、金正恩元帥に従う道に、朝鮮労働党の永遠なる勝利と白頭山大国の明るい未来があるということを心から痛感した」(5・9決定書)。4日間にわたって開かれた党大会(5・6~9)は、締めくくりのところで、金正恩を新たに定められた「最高位」である労働党委員長に「推戴」した。

 今までも金正恩が最高位と思っていたが、「第1書記」ではピリッと来ない、やはり「長」がつかないといやだ、ということか。そういえば父親も、社旗主義政党としては最高位の「総書記」という立派な肩書きがあったのに、「国防委員会」というのをわざわざ作り、「委員長」におさまって満足そうだった。

 新肩書きについて、日韓のメディアは「労働党重視」を鮮明にするためと解説している。父親の金正日は「先軍政治」と称して、軍事最優先を打ち出し、党の手続きをおろそかにした。金正恩は就任以来、すでに党中心の態勢に替えている。既定路線の再確認にすぎない。

 それに、この4年間、叔父をはじめ気にくわない輩は処刑にするなど、人の生命を奪う権限すら自由に行使してきた。これ以上の「最高位」はないだろう。それ以上の肩書きは、取り巻き連中の阿諛追従と、本人の限りなき権力欲のためだ。独裁には、これで満足というところがない。神格化、偶像化がより加速される。

 もう一つわかったのは、神格化のため、やはり祖父「金日成主席」のそっくりさんを演じるということだ。日韓のメディアは「金日成のアバター(化身、分身)」と揶揄した。まずは、いつもの人民服ではなく、背広姿で登場した。濃い色合いでつやのあるみるからに高級品だ。会場が一瞬、「おおーっ」となったのは、背広姿の意外さと、おじいさんそっくりだったからだろう。かつて、金日成もある時期から背広を着るようになった。なお、金正日は一度も背広を着なかった。

 そして、演説が始まると、「だみ声」が会場に響いた。往年の金日成の声にそっくり。やはり血筋は争えない、地声かもしれないが、これが30代前半の男の声かとも思う。いままでも、体型を似せるため、無理に肥満体になったことを考えると、声の方もわざわざつぶしたのか。あるいは、肥満に伴い、こういう声帯に変わったのか。なんとも涙ぐましい。ただ、長い演説を面倒と思ったのか、早口で、不機嫌な顔つきだった。

外国報道陣の大会取材はわずか8分

 はじめから横道にそれるが、今回の大会で、おやおやと思わせたのは、外国報道陣の扱いだ。日米中、英仏などの西欧から120人の報道陣を受け入れた。大会を大々的に宣伝するのかと思ったら、正反対。最終日にわずか8分ちょっと、しかも20人だけを会場に入れただけで終わってしまった。

 それ以外は、例の未来科学者通り、電線工場、産婦人科医院、人民文化宮殿など、定番の見学コース。しかも案内人は、いちいちどこかから指示を仰いでいるらしく、バスで出かけたのに、途中で引き返し、予定を変更したりなど、スケジュールは行き当たりばったり。しかも一番時間をとったのは待機時間。

 「平壌のプロモーションビデオの撮影に利用された」など、報道陣は不平たらたら。そりゃあ、そうだろう。「歴史的」などと宣伝する党大会があるから、訪朝を申請し、許可された。ところが、現地へ言ってみたら、大会は取材できず、物見遊山の日程ばかり。子供の使いじゃない。怒るのは、当たり前だ。

 日本のテレビもいくつか見たが、いかに北朝鮮の対応が異常か、という報道が中心だった。解説者は一様に「北朝鮮は経済制裁があっても立派にやっているところを見せたかったのだろう」とコメントした。大会を取材させて、金正恩の演説中に、出席者が居眠りをしたり、あくびをしたりする場面を撮られたら、金正恩の権威に傷がつく。担当者は厳しく処罰されるのを恐れた、という解説もあった。

 いずれにしても、この対応では、報道は厳しくなり、皮肉や意地悪が混じるのも当然だ。北朝鮮は、何かを宣伝しようとしたのだろうが、逆効果だ。北朝鮮がいかに非常識で閉鎖的な国かをあらためて世界中に広めた、というか宣伝してしまった。最もまずい対応だ。

並進は無理な「並進路線」

 本題に戻ると、大会の主要議題の一つは戦略的路線、この国をいかに運営していくかの基本方針のはずだ。結論を一言で言うと、目新しいものはなかった。金正恩が強調したのは、「核強国」と、核と経済の「並進路線」だろう。

 「経済建設と核戦力建設を並進させるという戦略的路線を恒久的にとらえて自衛的な核戦力を質量共にいっそう強化していく」(大会決定書)。金正恩の3時間にもわたる報告のまとめだ。要するに、核を柱に据えた「富国強兵」ということだろう。

 「富国」も「強兵」もできるのは、国力あってこそ。国力は、未だに冷戦終結直前、1988年当時のGDPをかなり下回ったままだ。その中で、核・ミサイル大国を目指すというなら「富国」はおろそかになる。どだい無理な話だ。それに、北朝鮮の統治構造、経済構造そのものが民生経済を活発にするようにはできていない。

 東南アジアの現状を見ても、経済発展には外国との経済協力、交流が不可欠だ。しかし、北朝鮮は、今大会で「核大国」指向を鮮明にした。「共和国は責任ある核保有国として」、核の先制使用、核拡散、世界の非核化努力をすると強調した。すでに「核大国」と言いたいのだろうが、国際社会が求めているのは、あくまでも、核開発の中止だ。

 「共和国の自主権を尊重し、われわれを友好的に遇する世界各国との善隣・友好、親善・協力関係を拡大、発展させる」(金正恩)。言うまでもなく、これまで北朝鮮が頼りにしてきた中国までもが制裁に加わっている現状を無視し、核を放棄しないままで、「親善・協力」をうたっても経済制裁が緩むことはない。従って、経済立て直しの必須条件である経済協力が進む見通しはない。

「千里馬」でなくて「万里馬」か

 「マンリマ(万里馬)速度創造の炎を燃え上がらせて社会主義の完全勝利を目指して総攻撃しよう!」(5・9)。今大会締めくくりの全人民に対するアピールのタイトルだ。えっ、「万里馬」?「千里馬」じゃなかったのか。と思ったが、間違いじゃない。「全党、全軍、全人民が一心団結の精神力によって全ての難関を飛躍台に変える大衆的運動」だそうだ。

 インターネットで調べると、「万里馬運動」が、最初に出てきたのは、今年2月10日の「労働新聞」か。「万里馬」と題するエッセイ。2月7日、北朝鮮は「光明星4号」と称して、長距離弾道ミサイルを発射させ、地球を回る軌道に乗せた。それを「万里馬」と称し、言祝いでいる。

 「きょうは、万里馬の話で日が昇り、日が沈む万里馬時代だ。我々の宇宙科学者、技術者が今、万里馬に乗って、全国の人民に心からの訴えをしている/人々よ、我々の空に万里馬が飛んでいる/全ては、党第7回大会が開かれる勝利の5月に向かって、万里馬に乗っていこう!」

 「光明星4号」を景気づけに、党大会までへ向けて頑張ろう。まさにこの期間「70日闘争」が大々的に展開された。「千里」どころか「万里」走れというのだから、人民はたまらない。

 ご存じの通り、北朝鮮は長い間「千里馬運動」を展開してきた。1日に千里を走るという伝説の馬にあやかって、金日成主席が1956年の会議で言い出した。その後の「7カ年計画」などのスローガンとして、人民の尻をはたいてきた。平壌の中心地には、千里馬が駆ける大きな銅像が建っている。金正日の時代にも、1900年代の終わりに第二の「千里馬運動」が行われた。

 それが今度は「万里馬」だ。スローガンの変更は、北朝鮮経済の虚構をよく象徴している。単位を10倍にしたからと言って、仕事の速度や量が10倍に増えるわけではない。まず、スローガンありき。実態を無視した威勢のいい言葉で、躍進を印象づける。

「速度戦」は欠陥工事が付きもの

 それに「速度戦」は、数々の無駄を強いてきた。とにかく早くと言うので、手抜き工事、学生や兵隊などを動員しての素人工事が日常化。できあがった建造物は欠陥だらけ。聯合ニュースは、金正恩が党大会で絶賛した「白頭山英雄青年3号発電所」は、完成したばかりというのに、早くも漏水し、壁面の一部は崩れた。その様子がわかる衛星写真を配信した(5・11)。すでに完成している1、2号もずさん工事で、十分な発電ができていないという。

 金正恩が完成を急がせた結果だ。何でも早くと言うのは、決して誇るべきことではない。まして「われわれ式」を誇っているのだから、もっと着実にやればいいと思うのだが、昔からのクセが抜けないらしい。そういえば、金正恩が誇ってやまない高層ビルの「未来科学者通り」も1年で完成させたと誇っている。大丈夫か。

 また、スローガンを掲げたり、替えたりすれば、経済がよくなるなら、こんな楽なことはない。これまでも「千里馬運動」「速度戦」「自力更生」「われわれ式」「自力更生」などのスローガンが、工場の壁や街角のビルの壁、道ばたに、これでもかとばかりに掲げられていた。

 金正恩時代になって、新たに「自強力」「自立的民族経済」など、新顔が出てきたが、経済の停滞は相変わらず。党大会でも人民が喜ぶような成果は打ち出せなかった。むしろ、労働者は、絶えざる「速度戦」を強いられ、慢性疲労状態。これ以上、早くというのか。人々のうんざりした顔が浮かぶ。

「5カ年計画」を打ち出したが

 その上、久しぶりの「経済5カ年計画」だ。「2016年から2020年までの国家経済発展5カ年戦略を徹底的に遂行しなければならない」(金正恩)。その狙いは「人民の生活に転換をもたらさなければならない」「人民経済発展のための段階別戦略を科学的に、現実性あるものに」というが、具体的にどうするのかは不明だ。

 祖父の時代、1961年からの「第1次7カ年計画」から始まり、第3次(87~93)まで行われた。いずれも目標を達成できず、立ち消えになってしまった。晩年、当初の目標であった「人民に白米と肉のスープを」と言わなければならなかった。父親、金正日も「国家科学技術発展5カ年計画」(1998~)を三回ほどやったと思うが、経済全体の計画経済はやらなかった。というか、できなかった。

 北朝鮮の計画経済の失敗の原因はいくつかあるが、一つは、生産量など基本になる数字がすべて水増し、その上、目標も水増し、統計が目茶苦茶なことだ。ジャガイモの袋に石や土を入れて数字あわせをするなど、ごまかしの数字の上に立てた計画だった。砂上の楼閣。金正恩の治世になっても、この体質は変わっていないはずだ。

 また、軍事に巨額のカネをつぎ込んでいる。春からの米韓演習に対抗しての、核・ミサイルの相次ぐ実験だけでも、大変な額だ。韓国国防省の推計では「2013年の北の国防費は100万ドル、国内総生産(GDP)の20~30%に上る」(韓民求長官、5・5東亜日報)。これでは、核と経済の「並進路線」は無理だろう。民生経済に回るカネは限られる。ちなみに、韓国の国防費はGDP比2.38%だ。

”亡霊”が生き返った人事?

 「処刑されたはずの幹部が健在」―今大会の人事で、日韓のメディアが大きく扱ったのはこれだったか。さる2月に処刑と伝えられた李永吉・前人民軍総参謀長の名前と写真が「労働新聞」(5・10)の政治局員候補一覧に出てきたからだ。ただ、肩章の星の数が一つ減り、大将から一階級下げられたようだ。

 亡霊を見たような思いだが、もとは韓国の情報当局者が誤って韓国のメディアにリークしたのが原因だ。それを日本のメディアも転電した。このため、情報当局の情報収集能力が疑われることになった。それはともかく、今大会では、これくらいしか、関心を呼ぶ人事がなかったということでもある。

 今回の人事の関心の一つは、「若返り」がどの程度進むかだった。金正恩は、かねて「青年重視」を言ってきたからだ。しかし、ふたを開けてみると、注目されたのは、金正恩の妹の金与正・党宣伝扇動部副部長だけだった。金正恩の信頼が厚く、今回、党の中央機関である中央委員会委員に選ばれた。今年、28歳(?)、この年齢での起用は珍しい。確かに「青年重視」だ。

 南北、米朝、中朝など、外交についても触れるべきだろうが、険悪な現状を無視して「対話の必要」を主張するなど、これまでと変わったとは見えない。また、李洙墉外相が党中央委副委員長に、李容浩外務次官が外相(党政治局員候補)に昇格する人事があった。李容浩は英語が堪能で長い間対米交渉に関わってきた。「対米交渉強化の可能性」(聯合ニュース)もあろうが、基本路線が変わらない以上、裁量の余地はほとんどない。

崩壊でしか変化は期待できない体制

 「党大会」は、社会主義国家にとっては、国家運営の大方針を打ち出し、そのための人事や組織など態勢を整える最も重要な行事。しかも、36年ぶりだ。北朝鮮も「歴史的分水嶺になる党大会」(5・6労働新聞)とその意義を強調した。しかし、結果としてみると、すでに始まっている金正恩路線の再確認だったようだ。

 「金日成同志と金正日同志を高く仰いで」「栄えある金日成・金正日主義党の強化発展の歴史的な契機」「金正日総書記式活動方法を全面的に具現」-金正恩は、報告の中で、金日成、金正日の名前を数十回となく使った。いかに自己顕示欲が強くとも、祖父と父親の七光りの下でしか、国家運営ができないことがよくわかる。変えられないのである。

 「分水嶺」とは、川の流れを左右に分ける山脈だ。このため、流れを変えるのかという期待もあったが、独裁、核大国というこれまでの流れをさらに続ける、川幅を広げるという内容だった。

 そもそも、核を唯一の「守護神」と仰ぎ、「首領独裁」を続けるこの態勢は、恐怖支配、恫喝外交によってしか成り立たない。その土台を崩したら、崩壊すするしかない。崩壊することでしか、この態勢は終わらない。変化を期待するのがむなしいということだろう。

更新日:2022年6月24日