「虚勢」のツケは高くつく

(2016. 4.20)岡林弘志

 

 「いくら脅かしても驚くか。こっちの方が恐ろしいぞ!」。米韓合同軍事演習に対抗して、金正恩第一書記が、両手を振り回して、怒鳴り散らしている。合同演習が始まって以来の北朝鮮の反応は、こんな風に見える。しかし、肝心の誘導ミサイル実験の締めくくりになるべき「ムスタン」発射実験は失敗したようだ。一方で、大物や集団脱北者が続いていることが暴露され、どうも締まらない。背伸びしているための無理があちこちに現れる。

 

一石三鳥の「ムスダン」発射が失敗

 

 「北韓は、15日午前5時半ごろ、東海岸地域から中距離弾道ミサイル『ムスダン』と見られるミサイル1発を発射したが、失敗したとみられる」(4・15)。韓国軍合同参謀本部の発表だ。発射数秒後、軌道に乗せるために上昇している段階で、レーダーから消えた。爆発したようだ。

 

 「ムスダン」は、旧ソ連の潜水艦発射ミサイルR27を改良したもので、2007年に実戦配備されたが、これまで実験したことはなかった。今回、米韓軍は、だいぶ前から、江原道元山付近に、移動式発射車両に「ムスダン」2基を配備したことを確認していた。

 

 「ムスダン」は、射程が3000~4000キロと推定され、日本はもちろん、米韓演習に参加した戦略爆撃機B52の基地があるグアムまで届く。実験に成功すれば、米国にとって、かなりの脅威になるはずだった。いわば、米国を対話の場に引き出すための「切り札」にしようとした。

 

 同時に、発射の日は、北朝鮮最大の祝日である金日成の生誕記念日。そして36年ぶりの労働党大会のわずか3週間ほど前。金正恩体制の盤石であることを誇示する機会だ。さらに、発射地点の元山は、金正恩が幼いときからよく訪れるなどゆかりの深いところ。一時は、ここを生誕の地として聖地にするという噂もあった。いわば、因縁の深い日時と場所を選んでの決行だった。

 

 金正恩は「ムスダン」発射を、記念すべき日への「祝砲」、同時に米韓合同演習への対応の総仕上げにするつもりだったのではないか。発射成功によって、米国を震撼させ、人民の信頼と尊敬の念を一心に集め、意気揚々と党大会へ臨む。会場の割れんばかりの歓呼の声に迎えられ、金正恩は壇上に登場、太った腹を突き出して、満面の笑みを浮かべ、鷹揚に手を振る。こんな場面を描いていたに違いない。

 

 ところが、周辺国が注視する中での発射失敗。「祝砲」どころか、肝心の締めくくりのところで、すってんころり、赤っ恥を絵に描いたような格好だ。金正恩の性格からして、激怒したに違いない。発射に関わった人たちの顔面から血の気が引くのが目に見えるようだ。

 

 「ムスダン」は、2基配備されている。党大会までに、残りの一基を発射させろかもしれないが、4・15という特別の日の失敗は、取り返しがつかない。屈辱だ。このところの動きから見て、今回も金正恩が現地に出向いていた可能性は大きい。となると、実験の責任者はどうなるか。処刑は免れまいと、人ごとながら気になる。

 

金正恩が先頭に立ち、米韓演習に真っ向から対抗

 

 振り返ってみると、今回の北朝鮮の米韓演習への対応は異常だった。米韓演習は1976年の「チーム・スピリット」から始まり、一時の中断があったが、2000年代からほぼ今日のようなやり方になった。北朝鮮は、その都度「口撃」を浴びせるのが通例だった。対抗して、軍事演習をやることもあったが、燃料不足もあって、小規模だった。

 

 それに対して、今回の対応は激しい。金正恩が先頭に立って、「水爆実験」(1・6)から始まり、核・ミサイル開発が急速に進んでいることを誇示してやまない。

 朝鮮中央通信や日韓のメディアから、動きを拾ってみるとー。(★印は金正恩が現地指導。不完全な部分は乞御容赦)

 1・6 4回目核実験、「水爆」と主張★
 2・7 長距離弾道ミサイル発射。宇宙観測衛星「光明星4」号と主張★
 3・7 米韓合同軍事演習スタート。「キー・リゾルブ(~18)」「フォール・イーグル(~4・30)」
 3・9 軽量化した核弾頭を公開★
 3・10 短距離弾道ミサイル2発★
 3・11 弾道ロケット発射実験★
 3・15 弾道ミサイル大気圏再突入実験に「成功」★
 3・18 中距離弾道ミサイル2発「ノドン」
 3・20 上陸演習、対上陸防御演習★
 3・24 ミサイル固形燃料燃焼実験「成功」★
 3・29 短距離地対空ミサイル1発発射
 4・1 短距離ミサイル1発(2発は失敗)
 4・2 新型対空迎撃ミサイル発射「KN―06」3発★
 4・9 大陸間弾道ミサイル(ICBM)エンジンの地上での噴射実験★
 4・15 中距離弾道ミサイル「ムスダン」発射・失敗(★?)

開き直って、核・ミサイル開発を誇示

 

 「核攻撃能力の信頼性をさらに高めるために、核弾頭爆発実験と核弾頭が装着可能な多くの種類の弾道ミサイル実験を早い時期に断行する」(3・15朝鮮中央通信)。金正恩が弾道ミサイルの大気圏再突入実験を視察した際の指示だ。弾道ミサイルに核弾頭をつけて飛ばせるよう開発を急げという事だ。

 

 これまで、北朝鮮は、長距離弾道ミサイルを打ち上げるたびに、人工衛星のためのロケットと言い張ってきた。ここへ来て、言い訳は面倒、その必要もないと、開き直った格好だ。その前にも「核弾頭を瞬時に打てるよう準備せよ」(3・4)、「核兵器研究部門とロケット研究部門の協力をさらに強化し、核攻撃能力を普段に発展させるべきだ」(3・11)と指示している。

 

 しかし、米国と張り合おうというのだから、どうしても無理がある。米国はかつての威勢はないとはいえ、いくら北朝鮮が虚勢を張っても届かない。それでも背伸びをせざるを得ない。1月の核実験を「水爆」と大々的に発表した。しかし、震度などから推測すると、前回とほとんど同じ。原爆の数百倍の威力がある水爆とは認められない。

 

 さらに、核弾頭の小型化、ロケット打ち上げの固形燃料開発の成功についても周辺国は疑っている。もちろん、北の核ミサイルを「張り子の虎」とは思わないが、実力以上に猛々しく見せるため、どうしてもホラが混じる。北朝鮮の習性でもあり、小国が独善的に生き残るための知恵、というか悪あがきだ。

 

通常装備は遅れたままを露呈

 

 また、米韓演習は、毎年のことだが、メディアに公開する上陸訓練、対上陸訓練は、花火や煙幕を使い、最新鋭の戦闘機、へりなどが空中を行き交い、映像になるように派手に演出される。たぶん、金正恩が「こっちでも、やってやろうじゃないか」と言ったのだろう。同じような訓練が、「元帥様」閲覧の下に行われた(3・20)。

 

 「敬愛する金正恩同志におかれましては、人民軍上陸、反上陸防護演習を指導なされた」(労働新聞)。この様子も「労働新聞」や朝鮮中央テレビで、大々的に報道された。しかし、そこに登場した上陸用舟艇、戦車などの装備は、北朝鮮にとっては最新鋭なのだろうが、1世代から数世代前のものばかり。

 

 通常装備の遅れをまざまざと、周辺国に知らせる機会になってしまった。これでは核・ミサイルにしがみつかざるを得ない、という事情がよくわかる。これも虚勢を張ったあげくの副作用だ。逆効果である。

 

「人民生活」へのしわ寄せは

 

 それと、今回の金正恩の大号令の元での実験や演習で、気に掛かるのは、莫大な費用が費やされたことだ。1月の核実験や2月のミサイル発射の際、韓国では「北の国民を1年は食わせるだけの食料が買える」ほどの経費がかかったとも言われた。

 

 北朝鮮は財政、経済指標などを公開していないため、よくわからないが、今回の演習などに莫大な費用、労力、物資を使ったのは間違いない。特に、燃料などは、備蓄までかなり取り崩したのではないか。金正恩がやれと言えば、誰も反対できない。むしろ、「素晴らしいことです」とひたすら追従するしかない。となれば、軍の備蓄は大幅に減ったはずだ。

 

 さらには、民生経済にも多大な影響を与えるはずだ。「人民生活の向上」どころではない。平壌の中心街に造成された「科学者通り」には、派手なデザインの高層ビルが並ぶ。「経済は向上している」ことを誇示したいのか。

 

 しかし、かつての発展途上国もそうだったが、ショウウインドウ・ストリートは、人民の生活には関係ない。むしろ、「民政経済」にしわ寄せがいき、人々の暮らしの改善は遅々として進まないのが通例だ。財源は乏しいのに、見栄えのいいところに優先的にカネを使うからだ。

 

 さらに、5月の党大会に向けて、2月から「70日闘争」が行われている。記念碑的建造物や工業生産などのノルマ達成に、人民は大動員されている。さらには、毎度のことではあるが、「忠誠献金」も行われている。今回は、周辺国の制裁などによる外貨不足を反映して、富裕層には、外貨による献金、外貨の朝鮮ウォンへの強制換金なども行われている(4・10東京新聞)という。

 

北の「選ばれた人材」が13人も脱北

 

 「食堂の従業員らを、最も卑劣かつ野蛮な手口で、他国に誘拐したあと、南朝鮮に拉致した白昼強盗さながらの悪行」(4・17)。韓国との窓口である祖国平和統一委員会(祖平統)の声明だ。中国浙江省寧波の北朝鮮レストラン「柳京食堂」の支配人と従業員13人が脱北し、韓国に到着した事件(4・8)に対する、北朝鮮の反応だ。

 

 韓国が発表してから、非難声明まで10日もかかったのは、それだけ北朝鮮の衝撃が大きかったことを裏付けている。北朝鮮は、外貨稼ぎのため、十数カ国に130店ほどの朝鮮レストランを経営している。このうち100店ほどは、中国国内だ。

 

 ここで働く従業員、特に女性はスタイルがよく、歌や踊り、楽器もできる。祖平統の声明でも言うように「共和国の懐で思う存分学び、育った幸福童(ママ)、才人」なのである。もちろん思想堅固は必須条件だ。また、いかにピンハネされても、国内で働くより賃金はいい。あこがれの的でもある。いわば選ばれた人材が13人も集団で、というのは初めてだ。北の衝撃度がわかる。

 

 脱北の理由について、脱北者は、韓国のドラマや映画のDVD、インターネットなどで、北当局の言うのがインチキとわかり、韓国の実情を知ったこと。それに今回の経済制裁のあおりで、上部団体から上納金の厳しい要求があったことをあげたという。主な客だった韓国人は、政府による朝鮮レストランへの出入り自粛要請に応じているようで、いずれのレストランも客が激減したという。上納金を納められなければ、本国召還、処罰は必死だ。

 

 このため、従業員のパスポートを没収・管理していた支配人も脱北した。各人のパスポートがあったため、短日で韓国に着くことができた。北朝鮮がショックだったのは、中国当局がこれを阻止しなかったことだ。北朝鮮側は逃げたことを直ちに中国当局に知らせたようだが、無視された。中国外務省報道官は「合法的に入出国した。違法ではないことを強調しておきたい」と、平然と答えた。

 

レストランによる外貨稼ぎは終わり

 

 たぶん、この影響は他のレストランにも及んでいるはずだ。すでにほとんどの店では客が激減し、いくつかは閉店したという。筆者も数年前、中国・瀋陽の店に行ったことがあるが、かなり広い。たいていの店が数十席から百席ほどもあるという。これで客が来なければ大赤字は必然だ。上納金どころではない。

 

 まして、従業員だけでなく、管理する側の支配人までも脱北の可能性がある。それに、北朝鮮の要請で脱北者に厳しく当たり、北朝鮮召還に応じてきた中国の協力が期待できないとなれば、レストランはやっていられない。閉店は急速に進むと思われる。従って、ここからの外貨収入はなくなる。党大会を前に、いくらでも外貨がほしい金正恩は「何をやってんだ!」怒鳴り散らしているに違いない。

 

 このため、「祖平統」の声明は、即時無条件の返還、関係者の処罰か引き渡しを求め、聞き入れなければ「朴槿恵逆賊一味は、想像できない惨憺たる代価を払うことになる」と脅かしている。

 

 「泣き面に蜂」ということか。北朝鮮に外貨を持ち込もうとした北朝鮮人が外国の税関などで、現金を没収・押収されているらしい。中国・丹東では多額の人民元、スリランカでは米ドルを持ち出そうとして、という情報がある。いずれも、北朝鮮の労働者の賃金の上前をはねた上納金のようだ。これも、経済制裁の一つの現れだ。

 

 (話は横道にそれるが、祖平統の声明が、「拉致」は「白昼強盗さながらの悪行」とののしっているのを見て驚いた。その通りだよ。日本人らの拉致も「悪行」だ。わかっているなら、被害者を早く帰せ。他人がやるのはだめで、自分ならいい。自分のことは棚に上げて、盗人猛々しいとはこのこと。)

 

恐怖政治に脱北・亡命が止まらない

 

 脱北と言えば、他にも人民軍偵察総局に所属していた大佐が韓国に亡命していることもわかった(4・11聯合ニュース)。韓国統一省報道官も事実を認めた。大佐は外国留学中の娘と一緒だったともいう。人民軍関係者としてはこれまでにない大物だ。韓国の総選挙(4・13)で与党を有利にするため、故意に漏らされたともいわれる。タイミング的にその通りだろう。(最も与党セヌリ党は、過半数を割ってしまった。)

 

 それはともかく、「偵察総局」は対韓国、外国への工作・情報活動、外貨獲得などを担当しており、金正恩体制を支える核心的な部署だ。この大佐の持つ情報は貴重、北にとっては南北情報・諜報戦争のうえで、多大な損失になる。亡命は昨年暮れ。次々と軍首脳が処刑されるのに恐怖を感じてと言われている。

 

 同時に、アフリカ駐在だった北朝鮮の外交官一家が昨年5月に韓国へ亡命していたことも明らかになった(4・11聯合ニュース)。金正恩は、就任と同時に、脱北・亡命を厳しく警戒、取り締まってきた。しかし、外国に出かけるすべての人間の首に縄をかけておくわけにはいかない。

 

 金正恩体制は安定しているのでなく、恐怖によって、かろうじて内部崩壊を免れていることが、このことからうかがえる。政治・外交についての経験が不足し、見識もないとなれば、恐怖でしか統率はできない。多くの人々は生命や生活を守るために、金正恩に従っているだけだ。

 

 その上、独裁者の多くは気が小さい。気にくわない奴、耳に痛いことを言う奴は許せない。この世から抹殺しなければ、安心できない。従って、小心者が権力、しかも絶対権力を握ることは恐ろしい。独裁体制というのは、それを誰も止めることができないということだ。脱北・亡命は独裁・恐怖支配の副産物だ。

 

党大会までに、「ムスダン」発射、核実験?

 

 「チュチェの革命偉業の偉大な指導者であり、白頭山大国の強大さと尊厳の象徴である金正恩元帥を労働党第7回大会の代表に推挙する」(4・14)。人民軍代表者大会が開かれ、黄炳瑞・総政治局長が推挙の弁を述べた。すでに各道や地域5、職場、団体からの代表選出はすんだとみられる。

 

 36年ぶりの党大会は、5月7日に開かれる予定。準備は着々と進められているのだろう。このところの「朝鮮中央通信」を見ると、「清川江―平南灌漑自然放流式用水路の工事が速いスピードで進ちょく」「40余日間に1000余ヘクタールの果樹園を新しく造成」「鉄道輸送部門で連日、奇跡を生み出す」「平壌市で建設速度2倍、工業生産1.6倍に成長」などという「70日闘争」の成果が、連日報じられている。

 

 一方で、党大会に付きものだった外国要人の招待は、うまくいってないようだ。「1980年に行われた前回の第6回党大会には118カ国から177の代表団が出席した。しかし、今回は、国際社会の北朝鮮制裁の影響により海外からの首脳級の参加者はいないもようだ」(4・19聯合ニュース)。

 

 前回は、金日成とのつきあいで、共産主義国、非同盟諸国が参加、また、北朝鮮がすべての経費を出した発展途上国も多数出席した。しかし、今回はその余裕もないし、制裁に伴い出席拒否、「とてもつきあいきれない」という国も増えている。外交孤立もますます深刻だ。

 

 ただ、「ムスダン」の失敗は、金正恩にとって我慢ならない。来月の党大会を前に、もう1基残っているはずの「ムスダン」を発射するか。あるいは、ひと思いに5回目の核実験をやるか。核実験については、北東部・富渓里の核実験場で人や車両の動きが活発になっている(4・17聯合ニュース)という。

 

 華々しく開かれる「党大会」は、金正恩が完全に権力を掌握していることをアピールするためのものだが、一方で、権力基盤は盤石といえないような出来事が、ポロポロとこぼれ出てくる。

更新日:2022年6月24日