「元帥様」の暴走は止まらない

(2016. 2.16)岡林弘志

 

正月早々の「水爆」実験、その制裁を国連で協議している最中、今度は「誘導ミサイル」を飛ばした。一大イベントである5月の党大会を前に、北のメディアは祝賀ムードをあおりたてている。「元帥様」の指導力を誇示するためだが、同時に、いかなることがあっても、核・ミサイル開発はやめないという、世界に向けての強烈なメッセージだ。それでも、周辺国はできる限り包囲網を高くしなければならない。

 

黒焦げた発射台の前で記念写真

 

「地球観測衛星『光明星4』号を軌道に導入させることに完全に成功した」(2・7)。国家宇宙開発局の発表は、当日の正午からの特別放送で、またまた李春姫アナウンサーが、重々しくも喜びに満ちた表情で読み上げた。「水爆」実験(1・6)に続く快挙というわけだ。

 

東倉里発射場から打ち上げられた「人工衛星」は、確かに南に向かい、軌道に乗って、1時間半ほどの周期で地球を回っているようだ。韓国国防省は、前回(2012・12)の「光明星3」とほぼ同じ。推定射程距離は1万2千キロ、米国東海岸にまで届く。しかも、前回より「衛星」部分は重く、打ち上げ技術の進歩がみられるという。もっとも、この衛星からは、何の電波も、情報も送られてはいないらしい。

 

北朝鮮のメディアは、例によって、大騒ぎだ。「労働新聞」は、1面に「水爆」のときと同様、金正恩第一書記が発射命令書に署名する姿を大々的に乗せた。3面は写真特集。発射の瞬間や、金正恩が現場を視察、打ち上がるミサイルを見届ける後ろ姿、そして、おそらく500人ほどの関係者との記念写真。背景は発射の熱で黒く焦げた発射台…。

 

4日後(2・11)、朝鮮中央テレビは、「人工衛星」打ち上げの特別番組を作って、打ち上げの際の動画も見せた。言うまでもなく、真剣に支持したり、打ち上げに喜ぶ金正恩の姿もたびたび出てくる。ただ、この場面は、静止画像ばかりだ。これからも、事あるごとに放映されるのだろう。

 

「人工衛星」なのに、「わが軍の威力」と誇示

 

周辺国は、今回の打ち上げも、長距離誘導ミサイルとみている。国連安保理が制裁の対象にしている「核やその運搬手段」だ。これに対して、北朝鮮は「人工衛星」と発表、どの国家も宇宙科学を発展させる権利があると従来の主張を繰り返す。しかし、人工衛星打ち上げのロケットは、そのまま、核弾頭を乗っけて飛ばすことができる。もちろん、北朝鮮はそのために、開発を急いでいるのである。「衣の下に鎧」がみえみえだ。

 

「再び天下が震え動いている。初の水素爆弾で世界をゆすぶった朝鮮の力が宇宙万里に雷鳴を轟かせている」(2・8労働新聞政論)。喜びのあまりか、思わず「水爆」と「人工衛星」を同列に置く。本当に「人工衛星」というなら、静かに祝えばいい。世界がゆすぶられることもない。

 

「米帝も…正義の水素爆弾と最長距離運搬ロケットまで装備したわが軍の強力な威力の前で、これ以上生きられないであろう」。発射翌日、平壌での慶祝大会で、尹東絃・人民武力部副部長は、水爆と「人工衛星」を並べて、軍備としての威力を誇示する演説をした(2・10東京新聞)という。これでは、衣を脱ぎ捨て、鎧をはっきりと見せつけた格好だ。

 

そもそも、「人工衛星」なら、堂々と国際社会に公開して打ち上げればいい。今回の打ち上げは、前兆がつかめなかったようだ。専門家が衛星写真などを分析したところ、発射台にカバーが掛けられ、ロケットの取り付けも、夜間しかも偵察衛星が上空へ来ない時間を見計らって準備を進めたらしい。

 

そういえば、前回だったか、不具合が起きたと延期したように見せかけて、発射したこともあった。金正恩は、人の裏をかいて喜ぶ悪い癖があるのだろう。いずれにしても「人工衛星」なら、小細工をする必要はまったくない。

 

核・ミサイルは唯一の“守護神”

 

「核ミサイルは金一族独裁の唯一の守護神」だ。韓国との国力競争で負けた。その中で、独裁を守り、国是である「武力赤化統一」するため、金日成主席の時代から、一貫して核・ミサイルの開発に力を注いできた。核開発を放棄したイラクやリビアの独裁者が、この世から消されたことも「教訓」になっている。

 

「国家宇宙開発局は、今後もチュチェ(主体)の衛星をより多く大空に打ち上げるだろう」(2・7宇宙開発局発表)。いかに国連で制裁を厳しくしても、開発はやめないのである。経済的に苦しくなった、あるいはこれ以上外交的に孤立したくない、などの理由で核放棄をするという常識は通じない。これまで、六カ国協議、米朝協議をはじめ、核をめぐる協議が行われたが、結果として失敗した。常識が通じると思ったからだ。常識が通じなければ、約束は意味を持たない。

 

北朝鮮は、初めから核放棄をする意思がない。それでも言うことを聞かせようとしたら、力ずく、武力行使しかない。しかし、戦争を仕掛ける国はない。少なくとも、いまのところ、北朝鮮は、米国も韓国も本気でやるはずはないと、タカをくくっている。

 

「慶事」の最中でも、軍最高幹部を処刑

 

おそらく、金正恩は、核実験・ミサイル発射のたびに、周辺国が驚くのを見て、自分の威力の結果と得意満面なのだろう。誰も止めることはできない。ここまで、書いてきたら、またまた金正恩が軍首脳を処刑というニュースが入ってきた。

 

「李永吉・人民軍総参謀長を処刑?」(2・10)。李永吉は、軍の中でも強硬派で知られ、金正恩のもっとも信頼が厚いといわれてきた。ところが、今月初めに処刑されたという。理由は、韓国からの報道によると、金正恩の時代になって、労働党幹部が軍幹部に横滑りするなど、軍に対する党の影響力が強まっていることに不満を持っていたようだ。それを告げ口されてのことだろう。

 

金正恩は、党と軍との連合会議(2・2~3)で、「軍は、ただ最高司令官の示す方向に進むべきだ」と演説した。李永吉は、この会議の最中、罪名を告げられ、参加者の目の前で逮捕された、という情報もある。金正恩が処刑した軍や党、政府の幹部はすでに百人を超える。軍の最高幹部級だけでも3人目だ。

 

平壌は、「水爆」実験成功の「大慶事」で、国中が沸きたっているはずだった。しかし、金正恩にとっては、少しでも忠誠心に疑いがある、あるいは疑いを告げ口されると、我慢がならない。直ちに「処刑命令書」にサインしてしまうのだろう。これまで、軍も党も自分の思うように人事を動かしてきたはずなのに安心が出来ない。むしろ不安が募る。独裁者の宿命だ。こちらの方の暴走も止まらない。

 

足元を見られた中国

 

話を核・ミサイルに戻すと、今回、もうひとつはっきりしたのは、制裁に対する中国の腰の引け方だ。米韓などから、とくに石油の輸出を押さえるように求められたが、「半島を混乱に陥れてはならない」と、厳しい制裁を拒否している。難民が中国へ押し寄せるなど北朝鮮の混乱を恐れてのことのようだ。

 

このため、中国は北朝鮮から足元を見られている。ミサイル発射にくぎを刺そうと、武大偉・朝鮮半島問題特別代表を訪朝させた(2・2-4)が、到着したその日にミサイル発射予告。「言うべきことは言った」というが、発射には何の影響も与えなかった。恥をかかされた格好だ。

 

別の面からみると、それだけ、習近平に対する金正恩の不信感が強いということだ。金正恩を無視して、韓国の朴槿恵大統領とは何回も会い、ソウルにまで出かけた。元を探れば、金正恩の方の対応にも原因があるのだが、北朝鮮は、悪いのは全部相手だ。

 

それに、昨年末の金正恩肝いりのモランボン楽団の取り扱いも頭にきた。関係修復したいというから、わざわざ派遣した。なのに、舞台背景のミサイル発射をはずせなどと、いちゃもんをつけた。そもそも、中国が持っている核・ミサイルをなぜ北が持ってはいけないのか。ともに帝国主義と闘う武器になるではないか…。いらいら、不信の種は尽きない。

 

「中韓蜜月」終わりの“副作用”も

 

このあおりを受けて、「蜜月」とも言われた中韓の間に隙間風が吹き始めた。「水爆」実験を受けて、朴槿恵は習近平に厳しい対応で同調を求めようとしたが、しばらく電話にも出なかった。

 

この苛立ちもあって、韓国はこれまで渋ってきた米軍が求める地上配備型の最新鋭ミサイル防衛(THAAD)の韓国内設置の協議を始めることになった。中国は、誘導ミサイルの能力が低下することを懸念して、韓国を強くけん制。このため、韓国は米国への返事を遅らせるなど、気配りをしてきた。

 

しかし、中国が北朝鮮の大量破壊兵器開発にブレーキをかけないなら、防衛上から配置は必要になる。韓国は「THAADは北にのみ運用される」(国防省)というが、装備が国境を意識するわけではない。中国にとっては面白くない。「朝鮮半島の緊張を高める」とくぎを刺し、盛んにけん制している。

 

THAADは、弾道ミサイルを撃ち落とす能力を備え、そのために高性能のレーダーが同時に配備される。そのカバー範囲は千数百キロといわれ、軍事的動きは詳細に捕捉される。もちろん、ミサイルの威力も著しく低下する。配備されれば、米中韓の力関係に複雑な影響を及ぼすのは間違いない。すんなり配備とはいかないだろうが、「中韓蜜月」に色濃い影が差したのは間違いない。

 

米韓演習に特殊部隊を投入

 

金正恩にとって、目障りだった中韓の離間は「ざまを見ろ」と言いたいところだが、喜んでばかりはいられない。THAADが韓国に配備されれば、当面の対象は北朝鮮だ。また、来月には恒例の米韓合同軍事演習が行われる。米軍は今回も、ステルス爆撃機、原子力空母、無人偵察機など最新鋭の装備を動員する予定だ。

 

「在韓米軍は第1空輸特戦団と第75レンジャー連隊所属の特殊部隊を韓国にローテーション配備した」。在韓米軍は、珍しく特殊部隊の配備を発表した。この部隊は、イラクやアフガニスタンで、敵の要人を対象に「斬首作戦」を担当してきたという。合同演習に参加する。

 

「開城工業団地の操業を全面中断」(2・9)。韓国政府の危機感がいかに強いかよくわかる。国連の制裁をより厳しくするため、自らが範を示すということだろう。ここから北にわたる外貨が「核・ミサイルの開発に流用されてきた」と人仕置きしてのことだ。

 

確かに、昨年だけで年間1320億ウォン(130億円)の外貨は、外貨不足の北朝鮮にとって“甘い汁”だ。これを止めなければ、制裁は骨抜き同然だ。ここには、124の韓国企業が進出している。設備はすべて韓国側の投資で整えられた。北が没収の可能性も大きいが、それも覚悟してのことだ。

 

日本も送金制限などの独自の制裁案をまとめた。米議会も核ミサイル開発関連企業、ならびに取引のある第三国企業に対しても厳しい金融制裁を議決、オバマ大統領も近く署名するという。国連安保理の制裁協議もこれまでになく厳しいものになるはずだ。これで、北の核・ミサイル開発を止めることは、おそらく難しいだろうが、できることはやらなければならない。

 

問題は中国だ。中国も誇り高い国だ。これほど、北にこけにされて、これまでのよう微温的な制裁では、メンツが立たない。と期待を込めて注目したい。

 

制裁に苛立つ北朝鮮

 

周辺国の制裁は、やはり北朝鮮にとっておおきな痛手だ。開城団地閉鎖に対しては、即日「軍事統制区域」にして、韓国人を追い出し、韓国側の工場施設など全資産を凍結した。日本の制裁に対しては、拉致などの調査中断、特別委員会の解体を宣言した。もともと、拉致については、北朝鮮当局は全員の所在を把握し、監視している。「調査」ということ自体がごまかしだった。

 

北朝鮮は、「水爆」・ミサイルで鼻息は荒いが、制裁に対するいら立ちは隠さない。先にもふれたが、3月8日からは、これまでにない規模の米韓合同軍事演習が予定されている。どんな反応を示すか。少なくとも、5月の党大会前まで、朝鮮半島は、きな臭さも漂わせ、揺らぐ日々が続きそうだ。

更新日:2022年6月24日