“順調”に独裁者の道を

(2015.12.20)岡林弘志

 

 金正恩第一書記の治世に変わって、4年になる。“順調”に首領独裁の道を歩んでいるようだ。太った体をそらし気味に八の字歩きをする格好は、いかにも独裁者という雰囲気を醸し出している。反面、その副作用として、経済の立て直しは遅々として進まず、恫喝を表に出す外交は孤立を招き、今年もそこからの脱却はできなかった。これも独裁国家としては“順調”な成り行きだ。

 

「国宝的」モランボン楽団がドタキャン

 

「新世紀の先軍朝鮮の芸術を代表し、先導する国宝的な芸術団体として一躍浮上した」(12・10朝鮮中央通信)。北朝鮮がやたらに誇るモランボン(牡丹江)楽団が訪中して、公演するはずだった当日の朝、突然帰国してしまった(12・12)。カーキ色のミリタリーコートと防寒帽をかぶった美女の団体が北京のホテルから出て、空港へ向かう姿は、日本でもテレビで放映された。

 

モランボン楽団は、2012年、金正恩の指導のもとに結成された将軍様“御用達”。しかも本人が選考したより抜きの美女数十人で構成されている。ミライタリールックやミニスカートで、歌と踊り、演奏もする自慢の楽団だ。このため、「正気はつらつとした姿と芸術的魅力で、中国人民を限りなく魅惑させる」(同)はずだった。しかも、初めての海外公演だ。

 

北朝鮮の最大の狙いは、ここ2年で冷え切った中朝関係修復の象徴にすることにあった。北の大イベント、10月の労働党創建70周年大会に、劉雲山・共産党政治局常務委員が出席し、修復のきっかけを作った。今回のモランボン楽団と朝鮮人民軍の「功勲国家合唱団」の共演によって、改善に拍車をかけたい。

 

「習近平主席が、10月に金正恩第一書記に親書を送ったのは、中朝関係の発展を望んだからだ」。今回の訪中団を歓迎するパーティーで、中国対外連絡部の宋濤部長は、その意義を強調した(12・10)。このため、公演の会場も、中国で最も権威のある「中国国家大劇院」を用意、習近平の参席も予定するなど、中朝ともに今回の訪中にかけた期待は大きかった。

 

このチケットは、党や政府の幹部に配られたが、少なくない数がダフ屋にわたり、数千円相当で売買されるなど、人々の人気も高かったようだ。ところがわずか一晩で暗転。中国新華社は「実務レベルの意思疎通で行き違いがあった」と簡単に報じたが、書いた本人も読んだ方も、そんな些細なことで中止とは誰も信じない。

 

中国を逆なでした「ミサイル発射」の映像

 

少なくとも、金正恩肝いりの楽団である。本人の意向を無視して、勝手に動かすことは誰もできない。しかも中朝関係の機微に触れる問題だ。何があったか、日韓のメディアには、さまざまな憶測が飛び交っているが、最大の原因は「誘導ミサイル」だったようだ。

 

公演前日のリハーサル(12・11)。モランボン楽団と功勲国家合唱団の演奏が、大団円に差し掛かったあたり、背景のスクリーンに、北朝鮮が2012年12月12日に発射した「光明星3号」の発射場面が映し出された。当時、国連安保理はこれを長距離誘導ミサイルと断定して制裁決議。中国も賛成した。こうしたいきさつもあり、中国側はこの部分の削除を強く求めた。しかし、北側は応じなかった。

 

このため、中国は「習近平主席が黙って見ているわけにはいかない。その部分を除かなければ、主席をはじめ指導部は観覧しない」と、観覧者の格下げを通告。北側は「ならば我々は公演できない」と帰国(以上、12・18朝鮮日報)―という次第だったようだ。習近平も「やらせないなら帰ると言うなら、やらせるのでなく、帰らせろ」と直接指示(12・19朝日新聞)したという。

 

また、その直前の金正恩の発言も中国に不快感を与えた。改修された平川革命史跡地を現地指導した際(12・10)、「わが祖国は、自衛の核爆弾、水素爆弾の巨大な爆音を響かせる強大な核保有国となることができた」と、水爆にまで言及し、核保有を誇った。

 

外交でもわがままが前面に

 

かねて「朝鮮半島の非核化」を求めてきた中国にとって、横面を殴られた思いだろう。核開発の放棄どころではなく、水爆の開発・保有まで確言したのだから。中国外務省は、ただちに「われわれは非核化を求めてきた。情勢緩和に役立つことをやるべき」と批判した。金正恩発言は、訪問団が北京に到着したその日である。中国の反対など大したことはないと言わんばかりだ。

 

ただ、10月の70周年記念式典、金正恩は演説したが、ここでは「核」発言を控え、「経済と軍事」の「並進路線」に一言触れただけだ。中国首脳が参加してくれたこと、習近平が親書をよこしたことを意識してのことだった。ところが、今回は、そうした外交的な配慮、というより戦略的な配慮がなかった。12・12は、北にとって誇るべき「ミサイル記念日」だろうが、今年はタイミングが最悪だ。

 

関係改善の気運は、一挙に冬空に飛び散り、返って冷却の原因になってしまった。ここに見えるのは、金正恩の外交への鈍感さだ。こんなとき、水爆発言をすれば、中国がどんな反応をするか。想像できなかったのだろう。側近も何をしていたのか。もっとも、粛清好きの金正恩に「それはまずい」とは言えない。反対に、「中国はけしからん。引き揚げさせましょう」などと威勢のいいことを吹き込んで、ご機嫌をとるという類ばかりなのだろう。

 

来年5月には、36年ぶりの党大会が予定されている。おそらく、中国との関係改善-金正恩の訪中-習近平の訪朝…。金正恩外交の成果を誇る、という筋書きを描いていたのだろうが、水の泡と消えた。気まま、わがまま、いかにも独裁者らしい言動ゆえの結果。自業自得である。

 

この夏になって、北朝鮮が急に乗り出した南北関係も、ほとんど進展していない。8月の高官協議で、具体的な緊張緩和を進めることで合意、10月には、1年8カ月ぶりに南北離散家族の再会が行われた。ところが、さらなる交流・改善を目指した南北次官級協議(12・11-12)は、次回の日程も決めずに打ち切りとなった。

 

韓国側は、離散家族の高齢化が進んでいるため、生死確認や再会を急ぐように求めた。これに対して、北側は、金剛山観光の再開を繰り返し求めたようだ。金剛山観光は「ドル箱」といわれ、韓国人ら観光客の払うドルは、北にとっては、有力な外貨稼ぎになっていた。しかし、韓国人観光客射殺(2008年)の謝罪はしないまま、再開というのは、虫がよすぎる。したがって、南北関係も冷却したまま、年を越すことになる。

 

「平壌はきれいになった」

 

「平壌の中心地には、高いビルが建ち、人々の服装もきれいになり、タクシーが増え、朝夕のラッシュ時には渋滞もある」――最近、北朝鮮を訪れた人たちは、たいがいこんな感想を漏らす。金正恩が最近力を入れたひとつが、大同江沿いに建てられた「未来科学者通り」だ。53階をはじめ、多くの高層マンションが建てられ、真上から見ると星形になったビルも、労働新聞に紹介された。ビルの低層階には、ショッピングセンターやスポーツジムなど150程のサービス施設が作られている。先に建てられた倉田通りとともに、平壌の空にそそり立つ。

 

30年ほど前、インドネシアのジャカルタを訪れたことがある。バスで中心部を通ると、高いビルが林立している。「すごいなあ」と驚いたら、案内人に「プロトコール・ストリートですよ」と言われた。見た目を良くして、客を迎えることを優先した街づくりだ。確かに、一歩横に入ると、バラック同然の平屋が広がっていた。

 

いまどき「プロトコール・ストリート」は、東南アジアでも死語同然だが、平壌の現状を聞いて、久しぶりにこの言葉を思い出した。確かに「苦難の行軍」と言われた1990年代に比べて、街はきれいになったし、人々の表情も明るくなった。長い間、戦争をしたわけではない。これくらい変化するのは当然。むしろ、他の国比べれば、その速度は極めて遅い。と見る方が適当ではないか。

 

「甫田担当責任制の導入で、驚くほど収穫量が増えている」――農場や政府の経済部門の担当者は、一様に新しいやり方の成果を強調したという。「甫田担当責任制」は、かねてあった分組管理制(20人前後)をさらに分けて、ほぼ家族単位(2,3人)で一定の農地を担当、生産する。政府に納める以上の収穫は、本人の収入になる、というような仕組みのようだ。

 

この結果、生産は3,4割の増産になったという。ただし、政府の担当者は「13年の穀物生産量は566万トン、14年は干ばつなどで、若干減少した」という。なお、別の担当者は、「昨年は570万3000トン」という説明したという。ただ、今年も、例年にない干ばつや水害に襲われており、ほぼ横ばいだろう。

 

かねて北朝鮮の穀物需要は、600万トン前後と言われてきたが、いまだに届いていないのか。ナマズやダチョウ、それにリンゴなどを育てる施設は、次々つくられ、そのたびに、金正恩が出向いて、「よくやった」とほめているが、肝心の穀物生産が増えなければ、「人民生活の向上」にはならない。まだまだ、党大会で誇れるほどの成果は生んでいないようだ。

 

これは「現地指導」経済の結果だ。経済原理、農業理論を無視した、うわべを誇る思いつきの政策の押しつけでは、経済の立て直しは難しい。あらゆる部門の生産を、現場に任せれば、さらに増産となるのは間違いない。もっとも、それでは独裁国家でなくなる。

 

「財政をしっかり」と言われても

 

「財政・金融部門を強化することは、強盛国家建設のための必須の要求」「財政の土台をしっかり固め、貨幣流通をしっかり行うべきだ」――金正恩は、25年ぶりに開かれた第3回全国財政・銀行活動家大会(12・13)に書簡を送り、訓示した。言っていることは至極もっとも。

 

しかし、そういかなかったのは、神格化、軍事を最優先にしたゆがんだ経済・財政構造にある。そこに手をつけないで、財政の土台をしっかりと言われても、活動家は困ってしまう。また、記念碑的建造物のために貨幣を湯水のごとく印刷すれば、インフレはさらにひどくなる。

 

訪朝者の話によると、為替相場は、公定価格で、1ドル105・58ウォン、これは以前とほとんど同じ。一方、実勢レートは8000ウォン。2012年に訪朝したときは、4000ウォンだった。3年でウォンの価値はは半分に下がった。恐ろしいほどのインフレだ。

 

また、政府関係の役所の中堅の給与を聞いたところ、「さまざまな手当てを含めて20-25万ウォン」と答えたという。数年前まで、「平均給与は4000~5000ウォン」と言っていた。当時でもこれで、食っていかれるはずもない。今回の額は、妥当なところだろう。それにしても、この急激な増額は、いかなるからくりによるものか、よくわからない。

 

このほか、目に付いたのは、平壌市内で「売台」という路上の簡易店舗が増えたことだという。「闇市場」から始まった「市場」が全国に広がっている。何年も前から、配給が有名無実になっているため、人々の生活を支えるのは「市場」だ。

 

しかし、「市場(いちば)経済」の盛況を、金正恩体制の成果として誇ることはできない。もともと当局は、「市場」を制限しようとしたが、人民の処世術として広がった。「独裁経済」とは相いれない。

 

今年の金正日の命日(12・17)。金正恩は、恒例の錦繍山太陽宮殿参拝をしたが、人民を動員しての追悼大会などはさせなかったようだ。「遺訓統治」のときは終わった。「金正恩時代」になったということだろう。

 

ただ、北朝鮮は、外交、経済ともに展望の開けないままの年越しになりそうだ。さて、36年ぶりの来年の党大会では どんな路線を打ち出すのか。威勢を示すために、すぐ考えられるのは、核・ミサイルだが、やれば孤立はさらに深まる。人々に拍手喝さいさせたとて、展望が開けるわけではない。何かいい知恵はあるのだろうか。

更新日:2022年6月24日