現ナマ支給とは芸がない

(2015.10. 1)岡林弘志

 

金正恩第一書記は、わかりやすい。労働党創建70周年(10・10)を記念して、全人民に「一か月分の生活費」をプレゼントするという。最大の公約「人民生活の向上」が実現できず、たとえ核実験やミサイルをぶっ放しても、満腹にはならない。カネは何より有り難い。それにしても芸がない。他に打つ手がなくなったということか。

 

全人民に「一か月の生活費」

 

「全人民軍将兵と人民に、月の基準生活費の100%に該当する特別賞金を授与する」(9・25鮮中央通信)。最高人民会議常任員会の政令(9・23)によるものだという。「基準生活費」なんて統計を取っているのか疑問だが、とにかく現金をバラまくということだろう。その理由は「朝鮮労働党に送る忠誠の勤労の贈物をもたらすために献身的にたたかってきた朝鮮の軍隊と人民」に対する「特別賞金」としてだそうだ。

 

この説明は、回りくどいが、兵士が大動員されて、創建記念の建造物などを建設するためよく働いた。褒美としてさし下すということだろう。しかも、「年金、補助金、奨学金を受け取っているすべての人々」も含むという。韓国の聯合ニュースは「高校生以下を除く全住民」が対象という。

 

これまでも、記念日などに、学生や児童に衣料や食料、お菓子、学用品などをプレゼントという報道はよくあった。現金についても「金日成主席や金正日総書記の時代に成果を上げた企業所や農場に対し特別激励金を支給したことはあった」(聯合ニュース)が、全人民に対しての現金支給は珍しい。ラヂオプレス(RP)は、北朝鮮で特別賞金が発表されたのは26年ぶりという。

 

かつて日本では、竹下内閣(1988~89)のときに、「ふるさと創生事業」と称して、各区市町村に1億円を配った。自治体の中には、カラオケ中心の遊興施設まがいや、金のこけし、カツオ、金塊そのものを購入したところも。どれだけ本来の目的である地域振興になったかは不明。バブルの発想、政治の無策、壮大な無駄遣いと批判された。

 

権力は、政策を実現するために、金を集め使う。その知恵がなければ、カネを配るしかない。したがって、現金支給は、政治の無策を自らさらすようなものだ。下世話な話をすれば、子供がいうことをきかない時、こずかいをやるのと同じか。効果はあるが、しつけにはならない。子供は、駄々をこねれば金をもらえることを覚え、さらにいうことを聞かなくなる。

 

それに、北朝鮮で、現金を配るとなれば、政府に手持ちがない以上、紙幣を印刷することになる。ものが不足する中で、大量に紙幣を印刷すれば、そうでなくとも進んでいるインフレをさらに刺激する。「市場(いちば)経済」がはびこる中で、権力は物価を統制できない。物価は上がり、生活費も上がる。しかし「特別賞金」は一回だけ。物価高はその後も続く。

 

となれば、カネをもらって喜んでみたが、なんてことはない、その後の生活苦は必至だ。今回の現金支給は、金正恩が「国民生活の向上」をいつも頭においていることを人民にアピールするためだろうが、結局は有難迷惑。これでは、忠誠心を高めようとしても、逆効果。本人が思いついたか、周辺が考え出したかわからないが、なんとも底の浅い政策だ。

 

核・ミサイル予告は“ヤブヘビ”

 

「衛星の打ち上げは迫っており、最終準備が進められている」(9・14国家宇宙開発局長)。「われわれは、各種核兵器の質量的水準を絶えず高めている。いつでも核の雷鳴で応えることができる」(9・15原子力研究院長)――。10・10を前に、北朝鮮は恒例のように、ミサイル発射、核実験をやるぞ、と周辺国に聞こえるように予告し、衛星から見えるのを意識して、さまざまな動きをする。今回も同じだ。

 

北朝鮮の祖国平和統一委員会は、ウエブサイト「わが民族同士」で「核実験の意思を明らかにしたもの」(9・17)と、念押し。ミサイルについても「国際法的に認められた主権国家の合法的権利である平和的宇宙開発」と従来の主張を繰り返した。その後も、わざわざ米CNNのインタビューを受けて、国家宇宙開発局のヒョン・グァンイル局長が「衛星の打ち上げは迫っており、最終準備が進められている」と語った(9・24)。

 

しかし、かつてのように、周辺は驚かない。「国連制裁決議違反だ」と冷たい。そのうえ、中国の習近平主席は「朝鮮半島に緊張をもたらし、国連安保理決議に違反するいかなる行動にも反対する」(9・25)と厳しい姿勢を見せた。それも、ワシントンでの米朝首脳会談のあとの共同記者会見の席上でだ。中国はこれまでも、北の核・ミサイルに反対してきたが、主席がこれほどはっきり反対を表明するのは珍しい。北の談話発表は、米中首脳会談をけん制する狙いもあったのだろうが、“ヤブヘビ”だ。

 

ただ、今回の核・ミサイルの予告は、腰が引けている。国家の重大事というのに、担当部局の責任者の談話になっている。権力中枢の機関や責任者ではない。しかも、ミサイル予告は、外国には送られたが、国内では報道されていない。2009年の人工衛星「光明星2号」、12年の「光明星3号」打ち上げが、人民に向けて、大々的に宣伝したのとは大違いだ。

 

対外的に、金正恩の勇断で差し止めたとアピールする余地を残すためか。国内では、住民にはカネを配るので、これ以上、核・ミサイルで国威を誇示する必要がないと判断したのか。かつてより歯切れが悪い。それに、10月10日を目前にしているにもかかわらず、衛星情報によると、核実験場で大型車両などの動きはあるが、ミサイル発射場での打ち上げの兆候はない(9・25聯合ニュース)そうだ。

 

発電所完成で上機嫌

 

「このダムは素晴らしい。本当に壮大だ。美男子のようにスマートだ」(9・14)。金正恩は、完成間近の白頭山発電所を現地指導し、上機嫌だった。「建設突撃隊の指揮メンバーたちの手をいちいち取って、「新たな奇跡が生み出された」「青年はすべて英雄だ」と称賛して、「白頭山英雄青年発電所」と命名した。

 

外交的な孤立が深まり、頭の痛い判断を迫られる中で、白頭山ダムは、久々に手放しで喜べる現地視察だったのだろう。そのうえ「ダムの上に上がれば誰でも詩想が浮かぶ」と、「白頭の烈風に帆をあげて、わが党が定めた朝鮮革命の針路に沿って、嵐のごとく疾走する白頭青春の気概と偉勲よ」と、朗々と謳いあげ、ついには詩人になってしまった。

 

10・10に向けて、核・ミサイルの予告をしてみたものの、断行すべきかどうか。決断を迫られる。いかに「人工衛星」と称しても、発射すれば、周辺国は非難し、国連はさらに厳しい対応をする。核実験ともなれば、中国は原油や食糧など実質的な経済制裁をするかもしれない。

 

南北間でも、わざわざ腹心を派遣して合意を作った(8・25)が、振り出しに戻る。韓国は独裁体制批判の対北スピーカー宣伝を再開するかもしれない。と言って、一度ぶち上げた以上、何もしなければ、周辺国の圧力に屈したと受け取られる。

 

ストレスで体重130kg?

 

ダム視察の中央通信の報道には、17枚の写真が付いている。現場を写した5枚以外はすべて、金正恩の上機嫌な顔が映っている。このうち、真横から取った写真では、腹が出ているのが目立つ。そういえば、顔も一段と横に広がり、借り上げた頭の毛より頬の方が幅が広いのでは。と思っていたら、「金正恩の体重は130kg」という記事が出た。

 

「金正恩第1書記の肥満が進み、韓国政府が体形や足取りから、過去5年間で体重が約30キロ増えて現在は約130キロと分析している」(9・26朝鮮日報)。ちなみ写真は、朝鮮中央通信が配信した(9・13)農場視察した際のもの。たっぷりした開襟シャツを着ているが、それでも大きく腹が出ているのがわかる。見た目でも130kgはゆうにありそうだ。

 

なぜか。「13年12月に叔父の張成沢・元国防副委員長を処刑した後に正恩氏の体形が急速に肥大化しており、ストレスによる暴飲暴食が原因とみられる」との消息筋の分析をのせている。昨年5月には、韓国で「体重120kg」と報道された。この時か、李雪主夫人がダイエットを勧めていると言われたが、節制しなかったようだ。去年から今年にかけても、腹心の部下まで公開処刑したこともあり、ストレスはさらに貯まり、過食症を止めることができないのか。

 

肥満は政治判断を狂わせる

 

「肥満の進行は循環器系の病気につながるため、周辺国は正恩氏の体形の変化にも注目している」(同)。「健全な精神は健康な体に宿る」である。反対に、不健康では、正常な判断ができなくなる。政治判断を狂わせる。32歳の若さで、次々と幹部を処刑するのは、どう見ても正常ではない。やたらに粋がって、核実験をしたり、ミサイルをぶっ放されては困る。韓国と小競り合いを起こされては困る。

 

 

また、インフラ整備、治山治水などすぐに成果が出ない地道な政策より、スキー場や遊園地の建設など派手な政策を好むのも、こらえ性がないせいか。今回の現金支給は、政策としては愚策だ。これも肥満とかかわりがあるのかもしれない。

更新日:2022年6月24日