毎度おなじみの…

  (2015. 8.31)岡林弘志

 

緊張を高め、相手を対話のテーブルに引き出し、欲しいものを獲る――見慣れた展開だ。従って、久しぶりの南北高官会談だったが、合意内容はあまり変わり映えがしない。それに、北朝鮮はまず韓国を脅してみたが、反対に脅し返され、尻っぽを巻いたように見える。迫力がない。10月10日の労働党創建70年の大きな節目、大々的な行事の準備を進めている最中でもあり、やっていることがちぐはぐだ。

 

時間が長い割には

 

延べ43時間――今回の会談は、かなり異例な会談だった。まずは時間。かつてない長さだった。8月22日夜から始まり、途中休憩をはさんだが、徹夜もあり、25日0時55分まで、足かけ4日間続いた。北朝鮮は少しでも気に食わないと、席を蹴って出て行くクセあるが、今回はじっと我慢の子だったようだ。

 

また、顔ぶれも豪華だ。南北二人ずつ。韓国側が金寛鎮・大統領府国家安保室長と洪容杓・統一相。いずれも朴槿恵大統領の信任が厚い。対する北側は、黄炳端・人民軍総政治局長と金養建・労働党統一戦線部長、金正恩第一書記の最側近だ。これほど権力中枢に近い顔ぶれが顔を合わせるのも珍しい。余分なことだが、黄炳端は公表された写真では、顔合わせなど会談が始まっても軍帽をかぶっていたが、その後もかぶりっ放なしだったのだろうか。

 

もうひとつ、会場は板門店の韓国側施設「平和の家」だったことだ。これまで板門店の会議は、南北の施設を相互に使って行われるのが恒例だったが、今回は韓国側だけで行われた。急な会談設定で、北側は準備が間に合わなかったのか。このため、北朝鮮側は、会談場隣の待機室に、盗聴防止機能の付いた電話とFAXを持ち込んだ。もちろん連絡先は金正恩だ。北側は、頻繁に協議を止め、「神御一人」の意向をうかがっていたという。もちろん韓国側も、朴槿恵に連絡を怠らなかった。

 

自ら招いた「宣伝放送」中止が成果?

 

いろいろ異例づくめではあるが、中身はというと、さしてびっくりするようなものではない。「共同報道文」によると、6項目。今回のいざこざの原因である地雷爆発事件(8・4)については、北朝鮮が「遺憾を表明」。これに伴い、韓国側が11年ぶりに再開した「拡声器放送を中断」する。これには「不正常な事態が生じない限り」という条件が付いている。それに対して、北側は「準戦時状態を解除」するというものだ。

 

後は、これから南北交流を活発にしようという内容だ。ひとつは「南北関係改善のための当局者会談開き、対話と協商を行う」。第二は「今年の中秋を契機に南北離散家族の再会を行い、その後も続ける」。第三は「多様な分野での民間交流を活性化する」――。一言でいうと、何年か前に戻ろうということだろう。

 

このうち、北朝鮮にとって最大の懸案だったのが、対北「拡声器放送」の中止らしい。放送内容には、金正恩独裁体制批判が含まれており、「最高権限の冒涜」は絶対許されないからだ。今回の合意で、北朝鮮の当面の唯一の成果はこれだけだ。「拡声器放送」は、11年前から止まっていたのだから、北朝鮮が悪さをしなければすんだだけの話だ。

 

「われわれが危機を打開」と自慢するが

 

「破局に瀕した北南関係を和解と信頼の道に戻らせた重大な転機になる」。金正恩は、労働党中央軍事委員会拡大会議(8・28)で、南北高官会談の成果を強調した。また、「一触即発の危機を打開することで、民族の頭上に垂れこめていた戦争の暗雲を払いのけた」ともいうが、暗雲を作ったのは、北朝鮮の方。

 

また「われわれが主導的に北南高位級緊急接触を開いて」と、今回の会談は、北が先導したと強調している。そうかそうか、だけどこういうのを「瀬戸際外交」あるいは「マッチポンプ」という。既視感、前にも何回か見たことがあるなあ。

 

この拡大会議で、もうひとつ、引っかかったのが「党軍事員会の一部委員を解任、任命、組織問題が取り扱われた」と報じられたことだ。朝鮮中央通信は、内容には触れていないが、「朝鮮日報」によると(8・29)、韓国に対して軍事挑発をした李栄吉・人民軍総参謀長、金栄哲・偵察総局長の二人が解任されたようだと伝えた。

 

韓国に対して、非武装地帯に地雷を仕掛けたことのけじめをつけるためかと思いきや、違うらしい。「軍事挑発が失敗し、最高尊厳(金正恩氏)に迷惑をかけた」ためと消息筋の分析を紹介している。「拡声器放送」を再開させたことが大きな誤り、あくまで、内向きの話だ。

 

ついでだが、朝鮮日報(8・31)は、米国のラジオ放送「自由アジア放送(RFA)」を引用して「党で対南工作を担当する統一戦線部のナンバー2、元東淵・第1副部長が海外の団体から賄賂を受け取ったとして粛清された」と報じた。金正恩の治世になって、幹部らの粛正がよく報じられるが、これでは、少ない人材がますます足りなくなるのではないか。

 

また、この裏には、軍や党との間の軋轢、摘発ごっこ、金正恩への忠誠ごっこもあるようだが、そうだとすると、金正恩の権力基盤は、お互いに激しく争い、安定していないとも思える。

 

狙いは南北交流、支援、外貨稼ぎ

 

話を南北会談に戻して、合意文の行間を読むと、北朝鮮が話し合いを仕掛けてきた狙いは、南北交流の再開にあるようだ。南北交流は、金剛山でも北の兵士による韓国人観光客の銃殺(2008・7)、北朝鮮による韓国哨戒艦「天安」撃沈事件(2010・3)などによって途絶え、韓国は制裁を課している。これにより、北朝鮮は、韓国からの「カネヅル」のほとんどを断ち切られた。

 

金大中・盧武鉉の「太陽政策」時代は、韓国からさまざまの分野の人士が多額のドルを持ってやってきた、食糧や肥料、医薬品の支援物資も要求する通りにもたらされた。あの頃はよかった。こんな思いもあるかもしれない。

 

金正恩体制になって、公園などの派手な施設はいくつか作られたが、重要公約である「経済の再生」「人民生活の向上」は一向に成果が上がらない。外貨不足は深刻で、国内はハイパーインフレに襲われて久しい。韓国がもたらす「ドル」は、喉から手が出るほどほしい。それには南北交流の再開が必須条件だ。

 

金正恩も、先の拡大会議で「破局に面した北南関係を和解と信頼の道に戻らせた重大な転機」と期待を寄せる。会談に出席した金養建も、朝鮮中央通信記者の質問に答えて「対話と協商を通じてお互いの不信と対決を解消し、大胆に関係改善の道に入らなければならない」と、大幅な交流を求めている。関係改善、韓国からの支援、外貨流入がなければ、経済立て直しができないということだろう。

 

韓国との経済協力・支援をいかに必要としているか。この間、前線に「準戦時状態」を命令しながら、前線に接する開城工業団地は、何の支障もなく動いていたことだ。北朝鮮にとっては、ここで働く人たちの労賃の上前をはねるのが、貴重な外貨稼ぎになっているからだ。

 

それなら、素直にかつてのように交流を活発にしようと言えばいい。ところが、それでは下手に出るようで、メンツが立たない。一度脅して、向こうからまた交流をやりたいと言い出させる。なんとも、面倒くさい。厄介な国だ。

 

腰が引けていた北朝鮮

 

というようなこともあってか、北の今回の瀬戸際外交は、だいぶ腰が引けていたように思う。「拡声器放送」が再開された(8・10)のを受けて、北朝鮮は「南朝鮮の謀略とねつ造」と非難(8・14)。韓国に向け砲弾2発(8・20)を打ち込んだ。これに対して、韓国側は155ミリ砲43発(北朝鮮は36発と断定)と、10倍以上の報復をした。ところが、北朝鮮はそれ以上反撃しなかった。

 

代わりに、金正恩主催の労働党中央軍事委の非常拡大会議を緊急招集し、前線地帯に「準戦時状態」に入るよう命令した。同時に、北朝鮮は最前線に76・2ミリ直射砲を配備、砲兵を倍増し、特殊部隊を運ぶホーバークラフト20数隻を黄海の韓国との境界線近くに移動させた。また、70数隻と言われる潜水艦のうち50数隻を基地から出航させるなど、臨戦態勢を整えた。「いつでも、戦争ができるぞ」と誇示したわけだ。

 

ところが、今回、韓国はさして驚かなかった。朴槿恵は戦闘服に身を包んで前線部隊を訪れて、「いかなる挑発も容認できない」と決意を語った。さらに「拡声器放送は、北の謝罪と再発防止がない限り続ける」「挑発すれば北が後悔するほど強力に対応する」(国防省)と、強硬な姿勢を誇示した。

 

片や、恒例の米韓合同軍事演習「乙支フリーダムガーディアン」(8・17~28)の最中だった。一時中断したが、すぐに再開、米韓の戦闘機が合同で朝鮮半島上空を飛行した。国防部当局者は、B52戦略爆撃機の投入も検討していることを明言した。B52はかつて平壌上空に飛来し、金正恩が恐怖を感じたともいわれる。かつては、北朝鮮のほうが威勢よく脅していたが、今回は韓国も負けていなかったということだ。

 

こうした経緯を見てか、初めから予定していたのか、北朝鮮の方から突然、高官会談を求めたのである(8・21午後4時)。当初、金養建(党統一戦線部長)が、金寛鎮(大統領府国家安保室長)に手紙を送り、「関係改善の出口を開くため努力する意思がある」と、会談を要請。これに対し、韓国側が実のある会談にするため、「ナンバー2」と言われる黄炳端(軍総政治局長)の出席も求めると、北は、洪容杓(統一相)の参加を条件に、ただちに応じた。いつもなら、つばぜり合いの段階から激しくやりあうが、これほど柔軟なのは珍しい。

 

今回の北朝鮮の一連の動きについて、中には、10・10の労働党創建70年を前に、危機で国内の結束を固め、会談の合意で、金正恩の威力を人民に知らしめる、南北関係で主導権を握り、「自主統一」を誇示する―という分析もあるが、客観的にみると、北の思惑通りに推移したとは見えない。

 

一番得したのは朴大統領?

 

今回の会談で一番得したのは、朴槿恵だろう。毅然とした対応が評価され、会談直後の世論調査(ギャラップ社、8・28発表)で、支持率は前週に比べ、15ポイントと急上昇、49%になった。評価の理由では「対北安保政策」が最多の38%。また、南北高官会談は65%が「よくやった」と評価した。北朝鮮は朴槿恵の人気回復に手を貸したかっこうだ。

 

また、ちょうど任期五年の折り返し点にあった朴槿恵にとって、南北関係改善は、大きな成果になる。「太陽政策」時代のように、韓国の支援が北の核・ミサイル開発の資金に、ということがない限り、韓国にとって体制競争での優位を誇示できても、失うものはない。

 

もちろん、北朝鮮内では、会談は北の勝利という大宣伝をしている。しかし、10・10記念行事に向けて、ただちに人民の腹を膨らませるような効果は出ない。それでも、北朝鮮は急いでいる。韓国側がさっそく離散家族再会のための南北赤十字実務協議を9月7日に開くよう申し入れた(8・28)ところ、翌日同意の意向を伝えてきた。しかも、今後定期的に開くことにも前向きな反応を示しているという。

 

離散家族再会は、かねて韓国側が人道問題として強く求めてきた。ところが、北朝鮮は韓国の経済の豊かさの宣伝に利用され、北の体制に不利になると消極的だった。それでも今回、素早い対応を見せたのは、一刻も早くさまざまの経済支援・協力が欲しいからだ。

 

ミサイル発射が第一関門

 

はたして、これからの南北関係は順調に進むのか。ひとつの関門は、北朝鮮が10・10を景気づけるため、打ち上げが予想される長距離弾道ミサイルの発射である。衛星情報などによると、北西部の東倉里のミサイル基地の発射台は、すでに7月中に完成したという。

 

北朝鮮は2012年12月、長距離ミサイルを発射した。金正恩がこの年4月に第一書記に就任したのを記念してのことだ。北朝鮮は「人工衛星」と言い張ったが、周辺国はミサイルと断定、安保理は対北経済制裁を強化した。もし、今回、ミサイル発射となれば、当然、国連は非難・制裁の措置をとる。韓国としてもそのまま関係改善とはいかない。これが第一関門だ。

 

もうひとつは、関係改善に北がいつまで耐えられるかだ。これまで、南北交流がかなり進んだ時期もあったが、結局、北朝鮮が韓国の風が吹き込むのを恐れて、さまざまないちゃもんをつけて、交流を断ち切った。

 

体制競争における南北関係の構図は、これまでとほとんど変わっていない。いかに北朝鮮が策を労しても、カネとモノに限って受け入れることはできない。カネ、モノは韓国の経済的優位を雄弁に物語る。北朝鮮にとっては独裁体制、金正恩体制の危機だ。

 

 

となれば、またまた、北朝鮮は何らかの理由をつけて、交流を止めざるを得なくなる。「毎度おなじみの」である。金正恩肝いりの南北関係改善のようだが、どこまで耐えられるか。ミサイル発射を断念できたとしたら、そこが見ものになる。

更新日:2022年6月24日