「疑心暗鬼」の虜に

(2015. 5.11)岡林弘志

 

北朝鮮で、引き続き公開処刑が続いているようだ。独裁者は、絶えず猜疑心にとらわれる。まして「人民生活の向上」という実績を上げられない独裁者にとっては、責任を部下に押し付け、求心力を高めるために、もっとも誘惑に駆られる手段が「恐怖政治」「粛清」だ。

 

なんと、ミサイル管制施設を邸宅近くに

 

「北朝鮮の『ミサイル管制施設』 正恩氏邸宅の近隣に」(5・5聯合ニュース)。つい最近、金正恩第一書記が視察した「衛星管制総合指揮所」は、実は平壌中心部の普通江地域、北東400メートルには金正恩の邸宅がある。グーグルアースの衛星写真を解析した結果分かったという。

 

金正恩は視察をした際、「宇宙開発事業は民族の尊厳と自尊心をかけて行う重大事」と訓示を垂れた。しかし、この指揮所は、「事実上のミサイル発射実験の管制施設」というのが周辺国の見方だ。北朝鮮はこれまで、人工衛星打ち上げのロケット発射と称して、長距離弾道ミサイルの発射実験を繰り返してきた。このため、今回の管制施設もミサイル発射のためとみて間違いなさそうだ。

 

もし、衛星写真の解析が本当なら、金正恩は世界中で、自宅のもっとも近いところに弾道ミサイルの発射スイッチのある施設を持つ指導者になるに違いない。これまで打ち上げた「光明星」の発射指揮所も平壌近郊にあったが、新たな指揮所は、正恩邸にさらに近いのだろう。いつでも直ちに臨戦態勢に入ることができる。

 

一方で、部下が信用できず、いざというときは、なんでも自分でやらないと、という疑心暗鬼の裏返しとも見える。そのためには、日ごろ寝起きする場所に近いほうがいい。これからは、足しげく行き来して、得意の現地指導に努めることになりそうだ。もっとも、いざ戦争となったら、ミサイル管制施設はまず攻撃される。照準が400メートルずれれば、邸宅だ。

 

みみっちい理由で幹部を公開処刑

 

「金第1書記 今年に入り高官15人処刑=韓国情報機関」(4・29聯合ニュース)。韓国の国家情報院が国会の情報委員会に報告した内容だ。金正恩第1書記が処刑した高官は、2012年に17人、2013年に10人、昨年は41人に上るという。昨年、急に増えたのは、その前年末に処刑した張成沢の人脈を排除するためだ。今年も4月までで15人、このペースが続けば昨年並みとなる。

 

一つは、張成沢の人脈がいかに広くいきわたっていたかが読み取れる。もうひとつ、処刑者が多いのは、「第一書記は、自分と異なる意見には権威に対する挑戦と見なし、見せしめのために処刑する統治スタイルを取っている」ため、と国家情報院は分析する。自分に逆らう者は些細なことでも許さない。

 

例えば、次官級のイム・オムソンは、山林緑化政策に不満を述べた。国家計画委員会副委員長は建設中の「科学技術殿堂」の屋根をドーム型に設計したが、金正恩から花の形に変えろと言われ、施工が難しく、工期が伸びると言ったところ処刑。このほか、「銀河水管弦楽団」の総監督ら4人は、わいせつビデオを作ったとうわさが出ていたが、スパイ容疑で銃殺された。

 

何とも残酷だが、処刑理由のみみっちいことにも驚く。こんな程度のことで、死刑では、首がいくつあっても足りない。これらの処刑の多くは、公開で行われ、関連部署の人たちは動員されて、時に処刑者に罵詈雑言を浴びせなければならない。もちろん、処刑された一族も強制労働所などへ送り込まれたに違いない。

 

「恐怖」が統治スタイルの柱に

 

この処刑数が、金正日時代より多いのかどうかはわからない。金正日も金日成主席の後継者となる過程、実権を握ってからも粛清をしている。ただ、時に目に余る幹部を左遷して、しばらくして再び重用、ありがたがらせて、忠誠心を一層高めさせるという巧妙な手段をとったことも多々ある。張成沢や崔竜海もその“洗礼”を受けた。

 

しかし、ほとんど後継者教育、経験もないまま、最高権力者になった金正恩には、そんな余裕はないのだろう。また、最高位に上がって3年を過ぎたのに、肝心の「人民生活の向上」は、いまだ遠い夢だ。一番の責任者は自分だが、そんなことは考えない。周りからは「どこどこの誰それが怠けている」「指示どおりに働いていない」、そんな告げ口ばかりだ。

 

告げ口をしていた幹部も、やがて他の幹部から告げ口される。独裁とはそういうものであるが、こうなると、誰も信用できなくなる。とりあえず、悪いというやつ、忠誠心がないというやつは、処刑するしかない。かくして、「恐怖政治」は独裁者の有力な統治スタイルであり続ける。

 

孤独が猜疑心を掻き立てる

 

一方で、処刑してみたところ、周りは「恐れ入りました」とばかりに、ひれ伏すように仕え、指示に応える。独裁者の悦楽だ。金正恩の現地指導の動画を見ていると、すべてが自分の言うことに恐れ入り、ひたすら追従し、賞賛してやまない部下をみて、得意満面、威力のすごさに酔いしれている様が、顔つき、身振り、手振りからよくわかる。30歳を少し越したばかりで、独裁の威力、魔力を知ってしまった。

 

しかし、独裁者は孤独だ。孤独は猜疑心を掻き立てる。疑心暗鬼になった独裁者にとって、信用できるのは一族だけ。兄弟姉妹、子供、親戚を重用する。金正恩も叔母、金慶姫とその夫、張成沢を「後見役」として重用した。しかし、張成沢は、その地位に目がくらんだのかもしれない。金正恩の「目の上のたんこぶ」になった。

 

張成沢失脚のうわさが出たとき、日韓の専門家の中には、まさか血がつながっていないにしても、親族の生命まではとらないという見方もあった。しかし、処刑はもっとも残酷な方法で行われたという。疑心暗鬼をさらに掻き立てられたのだ。かたや、これで金正恩にとって、怖いものはなくなった。タブーもなくなった。ある意味で、一線をこえてしまったのである。親族をも処刑したとなれば、他のものを処刑するのに躊躇する必要はない。

 

「恐怖支配」は始末が悪い。一度、厳しいことをやると、それ以下の緩い対応では、効き目がないという錯覚に陥る。一度殴ると、口で言っただけでは、従わないと思ってしまうし、実際に従わなくなる。一旦「恐怖」を与えたら、その後も与え続けなければならなくなるのだ。

 

もともと独裁政治は、恐怖支配によって成り立つ。それでこそ、他を足もとにも寄せ付けない統治が可能になる。金正恩は、スイス留学の経験もあるが、他の体制を学びもしなかったし、むしろ統制が行きとどかず、だらしない仕組みと思ったのだろう。悲しいことに、民主主義は反面教師にしかならなかった。

 

新たに「首領決死擁護」の組織か

 

「金正恩氏が『直属親衛隊』を設置 『反乱分子』への不安の表れか」(4・22デイリーNK)。北朝鮮には、かねて金一族を警護するための「護衛司令部」があり、精鋭によって構成されている。また、反乱分子を摘発するための「保衛司令部」があり、独裁者に万一のこと、クーデタや反乱が起こらないよう水も漏らさぬ態勢を敷いているはずだ。

 

しかし、今度の「親衛隊」は、金正恩直属の部隊として、「昨年より組織化が始まり今年2月に完了」、「護衛司令部と保衛司令部を統合させた」権限を持つ組織のようだ。ただ、既存の二つの組織はそのままだ。屋上屋を重ねるたぐいの話だ。

 

北朝鮮の最大の課題は「首領決死擁護」。事あるごとに強調し、そのため、先にあげたような組織が党、軍など各部門につくられている。もっとも忠誠心の高い兵士、要員が集められ、絶えずさらに忠誠心を高める教育を行っている。それでも、金正恩は信用できなくなったのか。

 

今年は、「祖国解放70周年」「労働党創建70周年」という記念すべき年に当たる。金正恩は「今年、我々は社会主義政治・思想強国の威力をさらに強化する」(新年辞)と、金正恩への「唯一領導態勢強化」、自らの神格化にハッパをかけてきた。軍の忠誠心を一層高めるため、頻繁に人事にも手をつけた。しかし、全幅の信頼を置くことはできないのだろう。

 

猜疑心は始末が悪い。疑いだすと疑いの種が次々に生まれてくる。まして、孤独な独裁者のところには、追従者によって疑いの材料が絶えずもたらされる。そのための組織があるのだから。独裁の悦楽は、恐怖と裏腹だ。独裁者にとって最大の矛盾だ。

更新日:2022年6月24日