ナンバー2はいない

(2015. 4.28)岡林弘志

 

あらためて、北朝鮮にはナンバー2も3もいないと思う。最近も「ナンバー2に誰それ」という報道があったが、あるのは「腰ぎんちゃく1号」あるいは「2号」というたぐいの序列だ。それゆえに、独裁者の独断と偏見、思い込みを正すことができず、「人民生活向上」はいつまでもスローガンのままという異常な国として続いている。

 

やはり黄炳瑞が昇格

 

「ナンバー2に黄炳瑞・人民軍総政治局長が昇格か」――こんな記事が4月9日の最高人民会議の前後、日韓のメディアに出てきた。金正恩第一書記の最側近になったということだ。北朝鮮のメディアが、故金正日総書記の国防委員長推戴2周年の中央報告会(4・8)で報告をした黄炳瑞の肩書を「政治局常務委員」と報じたからだ。

 

かつては、崔竜海書記が2012年4月、「軍総政治局長」「政治局常務委員」に昇格し、「ナンバー2」と言われた。ところが、崔は昨年5月、軍の役職を解かれ、今年の3月には「政治局常務委員」から「政治局員」に降格されたことが確認されている。この時、「ナンバー2」に黄炳瑞と推測されたが、今回の昇格で、ほぼ確定というわけだ。

 

確かにだいぶ前から、金正恩が現地視察に行った際の北朝鮮の報道で、黄炳瑞が随行員の最初に名を連ね、同行回数も多い。また、行事や会議などの参加者の名簿でも、順番が上がっている。

 

共産主義の国では、こうした時の名簿が、権力・実力の順番になっている。このため、西側のメディアは、これをもとに、権力層の順位をつける。北朝鮮も社会主義国ということで、こうした慣例に従って、順位づけをしてきた。

 

「忠誠度ナンバー1」ならいる

 

しかし、北朝鮮は社会主義国と言っても、血脈を中心とした特異な独裁体制。一部の北朝鮮専門家は、かねてナンバー2、3…等の言い方は適切ではないと言ってきた。もちろん「ナンバー1」は最高実力者である金日成、金正日、金正恩と継承されてきた。が、実際にはそれに続くナンバー2や3に該当する実力者はいない。名簿の2番目に来ても、実力はナンバー10にもいかない。

 

もし実力ナンバー2が出てきたら、ナンバー1を脅かす存在として、ただちになきものとされてしまう。周辺国から「ナンバー2」と言われた、張成沢が処刑されたのはそのためだ。かつて金日成主席も、弟の金英柱を重用した。国家副主席まで務め、実力をつけたが、金日成の後継者と見られたころから、閑職に追いやられ、金正日の差し金もあって失脚した。独裁者は、ナンバー2を許さない。

 

日韓のメディアのほとんどは分かっているのだろうが、ほかに適当な呼び方がないためか、従来通りの表現を使っている。あえて、正確に表現しようとしたら、「腰巾着1号」とか「忠誠度ナンバー1」、「ごますり度ナンバー1」ということになるか。

 

いろいろ「特区」をつくっているが

 

こんなことを言うのは、北朝鮮の抱える難題の全てが、こうした権力の仕組みのせい。このことを、あらためて思うからだ。金正恩が実権を握って3年が過ぎた。核と経済活性化の「並進路線」を掲げているが、経済は全く好転しない。独裁の持つ病弊、ナンバー2、3がいないため、臨機応変、的確な対応、判断ができないせいだ。「特区」をみると、よくわかる。

 

「白頭山のふもとの両江道三池淵郡に『国際観光特区』を設置」(4・23朝鮮中央日報)。つい最近も「特区」を指定した。聯合ニュースによると、標高1220メートル地帯で宿泊施設や浴場があり、「山中の休養所」と宣伝してきた一帯だ。観光特区の指定は金剛山(2011)に続いて2例目。狙いは、外国人を呼び込み、外貨を獲得することにある。

 

「金剛山」については、かつて韓国人が大挙押し寄せ、北朝鮮のドル箱になっていた。ところが、韓国人観光客が立ち入り禁止区域に入ったという理由で、北朝鮮兵士が射殺(2008・7)。このため、韓国政府は、金剛山ツアーを停止した。

「特恵」が無視されれば

 

ツアー停止は暫定措置だったが、北朝鮮が謝罪などを拒否しているため、すでに8年近くになるが、そのままだ。この事件の後、北朝鮮は金剛山を「国際観光特区」に指定したが、ときどき、外国人が訪れる程度で、外貨獲得は十分にできていない。やることがちぐはぐ、稼ぐための環境を整えることができないからだ。

 

また、この地区の開発に、外国資本の導入、外国企業の参入を図るため、中国で説明会を開いたというが、これも思うようには進んでいない。今回指定した特区についても、もっともお得意さんになるはずの韓国はツアーも、韓国政府が許可しないはずだ。こちらも、そのうち外国企業の参入を求めるだろうが、うまくいく見通しはない。

 

その理由は簡単だ。参入しても、取り引き、商売として成り立つ保障がないからだ。いわゆる「特恵」がいとも簡単に無視される。「保証協定」のようなものはあるようだが、これまでも、突然に施設を没収されたり、金を貸しても返さない、利益が出ても本国に送金させない。それに、観光地で観光客の安全を保証しない、射殺されても泣き寝入りでは、どうにもならない。

 

観光は、どこの国でも外貨獲得のもっともやりやすい、しかも効率のいい手段だ。北朝鮮でも、特区を設置する場合の外国からの投資、参入の環境整備と、法に従った対応の必要性を分かっている当局者がいるはずだ。しかし、事態を改善、改革する動きはない。なまじのことを言えば、自分の首が危うくなる。

 

忠誠競争の中では、上にいるものの耳に痛い話はできない。また、的確なアイデアを出しても、あいつは韓国や中国言うとおりに動いているなどと陥れられる恐れがある。まして、神御一人がかつて指示した、ほとんどは思いつきにすぎないが、措置を変える、批判になるようなことは、口が裂けても言えない。北朝鮮式独裁の弊害だ。

 

「羅先特区」指定からすでに四半世紀

 

「特区」と言えば、よく知られたのが「羅津先鋒経済貿易特区」。1991年末に指定され、すでに24年と四半世紀が経過したが、いまだに順調に進んでいるという話は聞かない。知られているのは、香港資本の「エンペラーホテル」でカジノがにぎわったことぐらいだ。これも、最大の客である中国人は本国での汚職追放が厳しくなり、激減しているようだ。

 

このほかにも中国資本の石油精製工場などが進出したが、だいぶ前に「修理中」という看板が掛けられ、、開店休業と伝えられた。確か、金正日が現地視察をした際、「スローガンがない」と叱責したという話も聞いた。あっという間に、金一族をたたえるスローガンが、あちこちに出現した。

 

いま、中国企業や、中国との合弁企業、とくに軽工業がいくつか操業しているようだが、中国は企業ベースで利益が出なければ、手を引く。北朝鮮が一方的に、利益を独り占めという虫のいいことにはなっていないようだ。

 

忠誠競争の典型的な張成沢処刑

 

また、張成沢の処刑は、羅先特区が深くかかわっている。埠頭の中国、ロシアへの長期間租借や合弁企業設立など、多くが張成沢主導で行われた。この過程で、袖の下をとり、私腹を肥やした。というのが、断罪の一因になった。

 

たぶん、張が懐にした以上に、金一族の秘密口座を潤したはずだが、周辺が放っておかなかった。手下を集め、やがて最高実力者になろうとしている…こうした告げ口が金正恩のもとにもたらされた。忠誠ごっこは、自分より上にいる奴の悪口から始まる。この事件は、北朝鮮の権力構造のいやらしさ、だめなところをさらけ出した標本のような性格を持っている。

 

ついでに「特区」の話を続けると、よく知られた中朝国境の「黄金坪」「威化島」。2011年6月に「経済区」に指定され、中朝共同で開発することになり、起工式まで行われた。同時に「特別法」も制定されたが、いまだにペンペン草が生えたままだ。北朝鮮側の条件が商売ペースに合わないからだろう。また、共同開発を主導した張成沢が処刑されたことも影響している。

 

北朝鮮式独裁の弊害があらゆる所へ

 

このほかにも、北朝鮮は昨年秋「14特区を新設」(昨年10・28朝日新聞)した。「外資導入へ向け、法人税を低く抑え、50年にわたって土地の利用・開発権を与える」という。貿易や観光、農業、工業、養魚などのさまざまな分野にわたっている。

 

しかし、北朝鮮が「特区」というだけでは、打ち出の小づちにはならない。これまでの北朝鮮のやり口が広く知られているからだ。特区は実が伴ってこそ、富を生み出すことができる。北朝鮮の独裁は、実を備えるという当たり前のことができない仕組みになっている。

 

韓国統一省は、民間団体による北朝鮮への肥料などの支援を認めた(4・27)。情けない話だ。普通の肥料は、もっとも簡単な化学工業で生産できる。「農業最優先」という北朝鮮で、いまだに不十分、悪口を言ってやまない韓国から施しを受けなければならないとは。北朝鮮式独裁の弊害がここにも表れている。

更新日:2022年6月24日