まったくその通りだが…

(2015. 3. 2)岡林弘志

 

「歴史的」とは大げさだが、金正恩第一書記が「人民の食糧問題」が解決していないと、労働党の会議で認めた。金日成主席以来の課題である「人民に白いメシを食わせる」ことが、創建70年に当たる今年になっても実現していない。そして、原因は担当機関の幹部の怠慢だと決めつけ、しっかりしろと叱正している。しかし、元をただせば、“神御一人”の経済常識を外れた“現地指導”、経済政策に多くの原因がある。独裁体制の失政からくるものだ。

 

70年しても「白いメシ」は食えない

 

「主席と総書記の遺訓の中で、人民の食糧問題、食の問題、衣料問題に関連して与えた遺訓からまず執行していくべきだ」(2・18)。金正恩が、労働党中央委員会政治局拡大会議の中で行った演説の一節だ。朝鮮中央通信は「歴史的結語」と高く讃えている。

 

要するに、金日成、金正日も目指した、人民に十分に食べさせ、着せるという課題が、いまだ果たされていないことを、あらためて認めている。「総書記の遺訓を貫徹する3年間の戦いを通じて…総書記の教えた通りにすれば不可能なことはありえず、最後の勝利は我々のもの」と、「結語」の前段では威勢のいいことを言いつつも、食の問題だけは「教えた通り」にはいっていない、どうにもならないことを告白している。

 

というより、はたから見るとよくわかるが、「教えた通り」にやったら、うまくいかなかった。もっと率直にいえば、教えが間違っていたのである。よく知られている金日成時代の「段々畑政策」をはじめとして、首領様の「現地指導」の思いつきや太っ腹を見せるための命令が、現場を混乱させ、民生経済をだめにしてきた。金正恩の時代になっても「馬息嶺スキー場」などの遊園地優先政策が、民生経済を圧迫している。

 

ご存知の通り、人民に「白いご飯と絹の服、瓦の家」を与えることは、金日成が社会主義朝鮮で実現すべき最大の課題として掲げた目標。「だから今は苦しいが、我慢しろ」と言いつつ、人民に向けた最大の公約だった。今年は「祖国解放70年」「労働党創立70年」に当たる。これほどの長い年月がたったのに、いまだに実現していない。金正恩も、最高責任者に就いて間もなく、「人民の生活向上」を約束してほぼ3年。自ら認めたようにやはり解決できていない。

 

「幹部は責任感に欠ける」

 

「経済指導機関の幹部をはじめ少なからぬ幹部が、活動において責任感に欠け、主人の役割を正しくしていない」。金正恩は、この「結語」の中で経済失政の原因は、経済関係部署の幹部の怠慢と厳しく指摘した。確かに、これが原因の一つではある。

 

続いて、「幹部は、まじめで清廉潔白でなければならず、良心的に働き、生活すべきだ」と、これまた厳しい。幹部連中は、ふまじめで、事あるごとに袖の下を求め、人々の懐に手を突っ込み、納屋を探って、金や食糧はじめ、金目の物を搾り取っている。

 

上から下まで、どっぷり汚職体質に侵され、人民からの搾取は日常茶飯事、習い性になっている。なによりも、清廉潔白では食っていけない。汚職体質は東南アジアに広くはびこっているが、原因の一つは、公務員の月給が安く、それだけでは食っていけないからだ。まして、超インフレ、北朝鮮ウォンは紙切れ同然。外貨や食料を潔白でない方法で、手に入れなければ、飢え死だ。「元帥さま」は、「人民に負担と不便を与えないようにすべきだ」と命じるが、あまりにむなしい。

 

「現実に足を据える」べきは誰

 

では、幹部はどうあるべきか。「幹部が今日の現実に足を据え、世界に目を向けながら、すべての活動を新しく着想し、革新的に展開していくこと」。なるほど、それは望ましい。北朝鮮経済を混迷から立て直すための第一歩ではある。ただ、幹部に言論の自由があるなら、「あんたにだけは言われたくない」と言うに違いない。

 

「現実に足を据え」というのは、まず金正恩に必要なことだ。人民が食うに困っている現実を見れば、必要なのは、何かは簡単にわかる。また、幹部が本当に「世界に目を向け、革新的に」人民を指導すれば、今の体制に欠陥があることはすぐにわかる。独裁体制は成り立たない。隣の中国は言うに及ばず、東南アジアはかつて貧困にあえいでいた。しかし、いまや街には食料や日用品などモノがあふれ、車がひしめいている。すぐ近くの国々へ目を向けるだけでも、北朝鮮経済がいかに低迷しているかがわかる。

 

これまで、北朝鮮でもこの窮状を何とかしようという試みは何回もあった。当然、最高責任者のサインをもらってのことだが、独裁体制の枠の中での努力は限界がある。ほとんどの改革(北では「経済措置」という)は失敗した。このため責任をかぶせられ、粛清された元首相、経済閣僚は少なくない。

 

人間は、人のことはよくわかるが、自分のことはわからない。まして、独裁者は「裸の王様」になりやすい。というより必ずなる。執政から3年、早くもこの病弊だけは身にしみついたようだ。

 

スローガンが343も!

 

そういえば、今年は「祖国解放」「労働党創建」から70年。北朝鮮はこの節目を大々的に祝おうとしている。そのためのスローガンが発表された。労働党中央委と中央軍事委が共同で作ったものだ。ここには、北朝鮮が、金正恩がこの国をどうしようとしているのか、何を目指しているのかが現れているはずだ。「食の問題」もあるに違いない。

 

さっそく、朝鮮中央通信のホームページからプリントアウトした。話は横道にそれるが、スローガンというから1ページに収まると思ったら、長いこと長いこと、なんと343項目もある(デイリーNK)。A4を目いっぱい使って、11ページにもなった。

 

スローガンというのは、主張を簡潔明瞭に現すものだ。短いから強い印象を与える。それが343もあっては、とても印象には残らない。読むだけでも大変だ。北朝鮮は事あるごとに、スローガンを並べ立てるのが好きだ。街には金一族礼賛のスローガンが満ち溢れている。しかし、こん何数が多くては、スローガンの役割を果たせないではないか。しかも、人民はこれを学習時間に暗記させられるという。ご苦労なこと、労力の浪費だ。

 

話を「食の問題」に戻すと、「農業と畜産業、水産業を3本の柱として、人民の食の問題を解決…するのは、わが党が提起している重要な課題である」というスローガンを筆頭に25ある。食糧問題解決の道は示されているか。

 

「農業部門は、社会主義防衛線の第一梯隊第一線の塹壕であり、経済強国建設の主要攻略部門である!」「節水農法、科学的農法を大いに取り入れよう!」「分組管理制の優越性を高く発揮させよ!」「科学的畜産ののろしを上げ、より多くの肉と卵、牛乳を生産せよ!」―いずれも当たり前といえば、当たり前だ。

 

「わが国をキノコの国に!」

 

目新しいのを捜すと、「キノコ生産を科学化、集約化、工業化して、我が国をキノコの国にしよう!」。「キノコの国」というと、あちこちにキノコの家があって、その周りで小人が楽しげに…という童話の世界を想像させる。どうもこのスローガンでは、北朝鮮中にニョキニョキとキノコを生えさせ、人民は年がら年中、キノコを食べられるようにしよう、ということか。

 

ほかにも食べ物はいっぱいあるが、なぜキノコに特化し、「キノコの国」を目指すことになってしまったのか。金正恩は、年明け早々(1・10)、完成した平壌キノコ栽培工場を現地指導し、育ったエリンギを見ながら「各道、市、郡もこのような近代的なキノコ生産拠点を立派に建設せよ」と指示している。「キノコの国」づくりは、おとぎの国の話ではないのだ。

 

このほかにも、「金正日同志が切り開いた黄金の田野の新しい歴史を子々孫々に輝かせていこう!」「穀物生産を画期的に増やして、我が国を米があふれる国にしよう!」「鉄嶺のふもとのリンゴの海で果物の香りが漂い、果物が波打つようにせよ!」「全国に養魚の熱風が巻き起こるようにせよ!」――

 

「黄金の田野」「米があふれる国」「リンゴの海」…まさに「地上の楽園」だ。こんなスローガンで、食の問題が解決するなら、何の苦労もいらない。それとも、スローガン作成者は、極度の楽観主義者か、はたまたロマンチストか。それはともかく、作成者の意図とは正反対に、北朝鮮への皮肉だ。食うに四苦八苦の現状に照らし合わせると、言葉がむなしく踊る。

 

ついでにスローガンをなぞると、当然、金日成・金正日崇拝、労働党並びに幹部、人民軍の役割、軍需産業、工業・鉱業などの各種産業、インフラ整備、教育、スポーツ、文化、医療…多岐にわたっている。いわば、金正恩の新年辞を事細かく、スローガンにしたともいえる。

 

「地上の楽園」へ行きつく前に

 

このうち、おやっというものを拾うとー。「(軍人は)党と制度、人民を決死擁護する鋼鉄の盾、赤い猛獣になろう!」「道路と鉄道の周辺にコスモスが咲き乱れるようにせよ!」「草花や地被植物をたくさん植えて地面がむき出しになったところがないようにせよ!」「党政策擁護歌謡、興趣をそそる民謡の豊作によって、前進する隊伍に熱情とロマンを与えよ!」

 

あちこちに花が咲き乱れて、歌声が聞こえる。目指すはやはり「地上の楽園」だ。もっとも、343にのぼるスローガンの最後は「他人が10歩、100歩歩けば一行千里せよ!」。とにかく、他人よりはるか先に歩け、というのだから大変だ。楽園に行きつく前に倒れてしまう。「元帥様」が「遺訓通りに食の問題解決を」と叫んでも、このスローガンではいかんともしがたい。

更新日:2022年6月24日