今年も正月はめでたくない

(2015. 1.13)岡林弘志

 

「めでたさはどこにあるのかおらが春」――金正恩第一書記の年明けは、毎年あまりめでたくないようだ。今年も、「ザ・インタビュー」騒動が治まらず、米国は年明け早々に対北制裁を発表した。「新年の辞」では南北首脳会談、続いて米朝折衝を呼びかけたが、説得力はない。ことしは「祖国解放70周年」を華々しく祝おうと声を張り上げるが、外交孤立は深まるばかりだ。

 

「藪から大蛇」だったサイバー攻撃

 

「北朝鮮にふさわしい対応をする。これは最初の対抗措置だ」(1・2米大統領報道官)。オバマ大統領は、コメディー映画「ザ・インタビュー」への北朝鮮のサイバー攻撃に対する制裁措置を決め、発表した。首謀者とみる労働党偵察総局、武器取引をする貿易会社2社、幹部10人が対象。ありがたくない“お年玉”だ。

 

「ザ・インタビュー」という映画は、米国のテレビプロデューサーが米CIAに頼まれ、金正恩を暗殺するという筋書き。そこまでのドタバタが売り物で、あまり上品とは言えない内容だ。おそらく、サイバー騒ぎがなければ、一部の好事家の関心を呼んだけで終わったかもしれない。

 

騒ぎは、制作会社である米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントがサイバー攻撃を受け、未公開映画や有名俳優の個人情報、携帯・メールのやり取りなどが盗みとられたことから始まった。米メディアによると、同社員がパソコンでネットをみると、骸骨が現れ「平和の守護神が乗っ取った」という画面が現れた。ハッカー集団はさらに、上映した映画館をテロ攻撃するなどの脅迫をネットにのせた。

 

これを受け、制作会社は公開禁止を決めたため、「表現の自由」侵害というレベルの騒ぎに。オバマ大統領は、FBIの捜査をもとに「北朝鮮が国として攻撃を決めた」と断定、「どこかの独裁者が米国で検閲するような社会を許してはいけない」「とても高い代償を伴う」(12・21)と明言していた。

 

制作会社は、「表現の自由」を守れという大声援を受けて、予定通り暮れの25日から上映に踏み切り、ユーチューブなど動画サイトでの有料配信も始めた。これらを合わせて、正月4日までに3千百万ドル(36億8千万円)と、同社の最高売り上げを記録した。サイバー攻撃までやらなければ、こんなに関心を呼ぶこともなかっただろうに。藪をつついたら、蛇どころか、大蛇が出てきてしまったのである。

 

早くも北朝鮮に流入

 

さらに、この動画は、脱北者らを通じて、すでに北朝鮮にも流入したという。北朝鮮向けのラジオ「自由北韓放送」は、この映画を見たという住民の感想を紹介している(12・29)。また、韓国の脱北者の「自由北韓運動連合」はこの映画のDVD5万枚とUSBメモリー5万個を風船につけて北へ飛ばす計画を立てている。

 

これには、北朝鮮もびっくり、大ごとになると恐れを感じたようで、同連合の朴相学代表を名指しして、「自分の首に絞首台の縄をかけた」「死んでから埋葬する土地もないだろう」(1・7平壌放送)と脅迫している。

 

北朝鮮が強く反発するのは、「最高尊厳を謗った」からだ。ところが、対北強硬対応を決めたオバマに対しては、「熱帯林の中で生息する猿面そのまま」(12・27国防委員会政策局スポークスマン)と、人種差別むき出しの罵詈雑言、米国の「最高尊厳」を冒とくしてやまない。これでは目くそ鼻くそ、対米非難は説得力がない。

 

北はサイバー部隊を増強中

 

「米国はわれわれを弱めたのではなく、むしろ先軍の霊剣を一層強く、鋭く研ぐ正反対の結果をもたらした」(1・4)北朝鮮外務省は、米国の制裁追加について、直ちに報復もありうると警告した。もちろん、サイバー攻撃については、「我が国は何の関係もない」「われわれに無理に結びつけながらの反共和国騒動」と、関連を否定している。

 

サイバー攻撃を自分がやったという素直な国はない。しかし、FBIは「2013年3月に韓国の銀行や放送局に対して行ったサイバー攻撃と類似点がある」「使われたソフトウエアがかつて北朝鮮で開発されたものに似ている」という。FBIのコミー長官は、「今回は、故意か間違いか、いくつかは北朝鮮だけが使用するIPアドレス(インターネット上の住所)から、犯行に関する電子メール送信やオンラインでの声明投稿を行っていた」(1・7)とより具体的に言及した。そして主導したのは偵察局とみている。

 

北朝鮮の対韓国サイバー攻撃は、何回か行われた。もっとも大きいのが、先にあげた13年3月20日、韓国では「サイバーテロ320」と呼ばれている。この時は、農協のATM1万6千台が停止、新韓銀行や済州銀行では取引の一部ができなくなった。また、KBS、MBC、YTNのテレビ局も攻撃を受けた。それ以前、2009.7、2011.3、2013.6にもシステム障害が発生、韓国政府は、いずれも北朝鮮の犯行と断定している。

 

「サイバー空間」は、陸海空、宇宙に続く「第五の戦場」と呼ばれ、すでに安全保障の重要な部門になりつつある。世の中全体がコンピューター化しているいま、サイバー攻撃は、国家存立、企業活動から個人生活まで決定的な損害を及ぼす。門外漢には想像もできない広がりがありそうだ。

 

「北朝鮮は現在、サイバー戦争向けの人員として6000人を投入し、韓国の軍事作戦や国家インフラを阻害するなど、物理的、および心理的な混乱を引き起こすためのサイバー攻撃を行っている」(1・6)韓国の2014年版国防白書は、北朝鮮のサイバー部隊が短期間のうちに大幅に増強されたと指摘した。

 

「現代の戦争は、石油を使って砲弾を打ち合う戦争から、コンピューターを使う情報戦に変わった」。サイバー部隊は、こうした故・金正日総書記の指示で創設されたと言われ、後を継いだ金正恩も核・ミサイルと並ぶ「三大攻撃手段」と位置付けて、増強を図ってきた。

 

この部隊は、人民武力部の情報・工作を担当する偵察総局にある「121局」にあるとみられている。通常兵器に比べて、はるかに安い費用で、人力を中心にして、大きな攻撃効果を上げることができる。経済混迷の北朝鮮にとっては、韓国にはるかに後れを取った通常兵力を補い、優位に立つうえでも強力な攻撃手段だ。

 

中国経由の「攻撃」はどうなる

 

「サイバー戦争」「ハッカー戦争」が、ますます盛んになることは間違いない。韓国内には、「北朝鮮のハッカーの能力は、米CIAにも劣らない」という見方もある。韓国や今回のソニー子会社へのサイバー攻撃を見てもかなりの水準にあるのは間違いなさそうだ。

 

それでは金正恩は大満足かというとそう単純ではない。これまで、北朝鮮へのハッカー攻撃はほとんど聞いたことがないが、これは一般的にインターネットが禁止され、普及していない現状では、攻撃の効果が小さいとみられていたこともある。

 

今回は、騒ぎが起こると同時に、北朝鮮のインターネットサイトが、一時的に通じなくなった(12・23夕~24朝、27夜~28朝)。確かに、いつもは個人のパソコンから簡単につながる朝鮮中央通信や労働新聞のサイトが「検索不能」だった。聯合ニュースは「米国の報復というより、韓国の反北朝鮮団体が行ったとみたほうが説得力を持つ」(12・23)とみる。

 

おそらく、初歩的なサイバー攻撃で、北朝鮮のサイトを不能にする程度はできるということだろう。米国が本気でサイバー攻撃を仕掛けたらどうなるか。北朝鮮の挑発が続くなら、そのうちに明らかになるはずだ。

 

もうひとつ、北朝鮮にとって気がかりなのは、中国の出方だ。ケリー国務長官が王毅中国外相に電話をして、北朝鮮のサイバー攻撃防止への協力要請をした。これに対し王毅は「いかなる国や個人であろうと、他国領内の設備を利用して、第三国へサイバー攻撃することに反対する」と答えた(12・21)。かねて北朝鮮のサイバー攻撃は、中国が運営するネットワークを経由しているといわれてきた。このため行われた要請だ。

 

もちろん中国もサイバー部隊を持っており、昨年5月には米国で企業情報を盗んだという理由で、5人が起訴され、サイバー攻撃をめぐって米中関係は微妙だ。それだけに、中国としては、これ以上対米関係を悪化させたくない思惑がある。それに表向きサイバー攻撃を認めるわけにもいかない。

 

さらには、最近の中朝関係の悪化も北朝鮮への不快感に拍車をかけている。これ以上騒ぎを起こすようだと、中国も中継遮断に乗り出す可能性もある。サイバー攻撃は、北朝鮮にとって核・ミサイルに続く、有力な“宝刀”になりつつあるが、そう簡単には抜くわけにはいかない。いずれにしても、今回の騒ぎで、北朝鮮の外交孤立が深まったのは間違いない。

 

対話を呼びかけたが

 

「雰囲気と環境が整い次第、最高位会談も開催できない理由はない」(1・1新年の辞)。金正恩は、南北首脳会談の提案をしたが、なんとももって回った言い方だ。続いて、米国政府に対しても、米韓軍事演習をやめれば「核実験を臨時に中止する用意がある」(1・9)というメッセージを伝えた。

 

日韓のメディアは「積極的な外交攻勢」などと報じている。しかし、いずれも米韓合同軍事演習をはじめとする「軍事策動の一切中止」(金正恩)が条件だ。このため、米国務省は直ちに「防衛目的の米韓演習を中止することはない」と冷ややかだ。韓国も、「北が真摯さと実践の意思を、行動で見せることが重要」(朴槿恵大統領)と、さらなる北の出方を見守っている。

 

北の提案はいずれも、米韓に対する注文が先立ち、自らが信頼醸成のために何をするのかには、具体的に触れていない。金正恩は「朝鮮式社会主義体制を南朝鮮に強要しない」というが、それは当り前のことで、すでに「太陽政策」を実行した金大中、盧武鉉両大統領の時代にも言っている。「北と南はこれ以上無意味な口論や些細な問題で時間とエネルギーを費やしてはならない」という提案は全くその通り。まずは、北朝鮮が実行すべきことだ。

 

どうも、新年早々の韓国、米国への対話呼びかけが、外交孤立から抜け出すきっかけにはなりそうもない。もっとも、これらの提案は「われわれは画期的な提案をしたのに、米韓はかたくなに拒否した、朝鮮半島の秩序を壊しているのは米韓だ」という内部固めのためのアリバイ作りかもしれない。

 

「新年の辞」で「自主統一」を繰り返し

 

「2015年は祖国解放70周年と朝鮮労働党創立70周年に当たる非常に意義深い年です」金正恩が「新年の辞」のなかで、もっとも力が入っていたのはこの部分だ。そして、「統一」という言葉を繰り返し使っている。「全民族が力を合わせて自主統一の大路を開いていこう!」ということだ。

 

いわゆる北朝鮮の国是である「赤化統一」である。そのために「白頭の革命精神をもって最後に勝利を早めるための総攻撃戦に立ち上がろう!」と呼びかける。そのあとで、先にふれた南北対話の提案が出てくる。決して体制を押し付けることはないからさあ、といっても、これまた説得力がない。

 

独裁者の正月は大変だ

 

「新年の辞」でおやおやと思ったのは、今年の目標・課題で、最初に持ってきたのが「社会主義政治・思想強国の不抜の威力をさらに強化」だったことだ。「強盛国家」の三本柱の一つ「政治・思想強国」は、すでに金正日時代に達成したと公言、これまでの新年の辞では未達成の「経済強国」の実現が最初に来ていた。

 

実権を握ってから4年目に入った金正恩にとって、まだまだ不安にとらわれているということか。昨年秋には、伯父・張成沢の粛清から一年を過ぎたのに、まだ残党がいるとみて、数十人を粛清した。それに、経済の低迷からは依然脱却できず、核・ミサイルに端を発する外交孤立は、人権問題が加わり、深まる一方だ。

 

金正恩が最高権力者になってから、3度目の正月。1回目は父親の死去の直後、2回目は伯父の処刑の直後、今回は自らが暗殺されるという映画の騒ぎの真っ最中。独裁者の宿命ではあるが、ゆっくりめでたさを味わえる正月はなかなか来そうもない。

更新日:2022年6月24日