“真似”は失敗のもと

(2014・10・6)  岡林  弘志

 

権力を握ってからもうじき3年。金正恩第一書記は、八方ふさがりの印象が強い。外交の孤立は以前からだが、頼りにしていた中国にも愛想を尽かされ、本人も痛風、骨折などで苦しんでいるらしく、表に出てこない。いずれも、国際情勢、時代の変化を無視して、先代にならって核・ミサイルをバックにした恫喝外交、短髪肥満のスタイルを真似たあげくのことだ。

 

「不自由な体で、人民のため…」

 

「不自由な体なのに、人民のための領導の道を炎のように歩み続けるわが元帥様!」(9・25)―朝鮮中央テレビ、女性アナウンサーが感涙にむせびながら、金正恩が足を引きずり、咸鏡北道の工場で現地指導する姿を放映した。7月にも、足を引きずる場面は放映されたが、「不自由な体」と健康異常を公にしたのはこれが初めてだ。

 

この日は、今年2回目の最高人民会議が開かれ、金正恩は最高権力者になって初めて姿を見せなかった。現地指導の記録映像は、人民会議のニュースが放映される2時間前に流された。「欠席」がさまざまなうわさを生むのを事前に防ぐ狙いからだろう。

 

金正恩の動静報道は、9月3日の李雪主夫人との牡丹峰楽団の公演鑑賞以来、途絶えている。時に夫人とともにメディアの前に姿をさらすことで、親しみのある領導者像を印象付ける統治スタイルを続けてきた。いわば出たがりの金正恩にとっては、異常なことである。

 

実際にそれ以前は、8・21(第621育種場)、8・24(11月2日工場)、8・28(陸戦兵区分隊降下訓練)、8・30(同部隊兵士と記念撮影)、と3日にあげず、動静が報道されていた。朝鮮日報によると、動静報道は6月17回、7月24回、8月16回にのぼる、したがって、9月4日以降、一カ月以上もゼロというのは異常だ。

 

30超えたばかりで成人病の巣か

 

「高尿酸血症や高脂血症、肥満、糖尿、高血圧などを伴う痛風に苦しみ、足を引きずっている」(9・26)。聯合ニュースは、「北朝鮮に詳しい消息筋」の言葉を引用して、金正恩の病状を解説した。もしそうなら、30歳を超えたばかりなのに、すでに成人病の巣だ。北朝鮮の医師では手に負えず、欧州の医療陣が訪朝した可能性が高いという。韓国メディアには様々な憶測が飛び交っている。

 

「金第一書記は、両足首にひびが入る負傷をし、9月中旬に手術を受けるため入院している」(9・30)。朝鮮日報は、最近北朝鮮へ行ってきた消息筋の話を伝えた。「6月に無理な現地指導をして右足を負傷、そのままにしていたため両足首にひびが入り、平壌の烽火診療所で手術をした」。この診療所の周辺は厳重な警戒態勢が敷かれているという。

 

韓国政府関係者は「金第一書記が肥満状態で、身長を高く見せるために厚底の靴を履いていたため、足首に無理がいった」と解説する。確かなことはわからないが、170cmほどの身長に、体重は100kg超。不健康なほど肥満していることは間違いない。このため、足腰に過重な負担をかけ、内臓にも支障をきたしたことは容易に推測できる。

 

“金日成そっくりさん”が裏目に

 

そもそも金正恩が、太ったのは祖父の故金日成主席に似せるためだった。先代金正日書記と違って、後継者としての訓練を受け、人々に宣伝する時間の余裕がなかった。手っ取り早いのは、カリスマ性のある金日成の再来を目に見える形で人民に見せつけ、「白頭山の血統」を誇示することだった。

 

金正恩の姿が初めてテレビや新聞で公開されたとき、たまたま平壌にいたが、「おじいさんによく似ていてびっくりした」という感想を何人かから聞いた。もちろん、地域や職場での事前の学習会で教育が行われたが、写真で見たのはこの時が初めてだったようで、“金日成そっくりさん”はそれなりの効果を上げた。

 

それに、朝鮮半島では、肥満は大人(たいじん)の象徴とみる風潮もあった。しかし、うわべだけの真似は、裏目に出たのである。それに、李朝時代ではあるまいし、肥満を権力、金力の表れと見る人もいない。今どき、世界の指導者はまっとうな政治判断をするためには健康が不可欠と、ダイエットに励む時代である。

 

金正恩“不在”がいつまで続くか。長引くようなら、権力基盤にも影響が出てきそうだ。そんな折、叔母の金慶姫が重体という報道があった。「北朝鮮消息筋は2日、米国人の心臓専門医が金正恩第1書記の叔母、金慶喜朝鮮労働党書記を治療するため、先月28日ごろに平壌入りしたと伝えた」(10・2聯合ニュース)。

 

金慶姫は、夫の張成沢とともに、金正恩の後見役を務めてきた。もともと心臓が悪く、夫が粛清されたショックもあり、寝込んでいるといわれる。すでに後見役からは除かれたようだが、独裁者を守ってきた「白頭山の血統」が一人減ることは間違いない。当面は10月10日の朝鮮労働党創建記念日。金正恩が姿を現すか、注目したい。

 

相も変らぬ恫喝外交で孤立深刻

 

“真似”と言えば、金正恩の外交も、先代の恫喝外交の域を出ないため、行き詰まりを招いている。核・ミサイルを“守護神”として、脅しで独裁体制の安定を図り、経済的利益を得ようとする手法はそのまま。ついには、中国の怒りも買ってしまい、外交孤立は深まる一方だ。

 

北朝鮮も、このままではまずいという認識はあるようで、秋になって、盛んに外交攻勢をかけた。外交の責任者といわれる姜錫柱書記が欧州へ、李洙墉外相を国連へ送り込んだ。

 

姜錫柱は、労働党代表団を引き連れ、10日間かけてドイツ、ベルギー、スイス、イタリアを回った(9・7~16)。この結果「多くの問題で相互理解が示され、今後双務関係発展のために積極的に努力することで合意した」(9・19朝鮮中央通信)。なんとも抽象的な表現だ。また、各国で会談した相手の名前を羅列してあるが、政府高官はほとんど入っていない。北朝鮮は、欧州の多くの国と国交を結んでいるが、暖かくは迎えられず、成果はなかったようだ。

 

李洙墉は、9月末からの国連総会出席が主たる目的だった。外相の国連訪問は15年ぶりだ。もちろん、米側との接触も狙っていたようだが、こちらは実現しなかった。このためか、国連演説では核や人権、米韓軍事演習などを持ち出して、米国の「対北敵視政策」を激しく非難した。関係改善の糸口はつかめなかった。

 

一方、習近平が、北朝鮮創建記念日(9・8)に、金正恩に送った祝電には、従来の「伝統継承、協調強化」などの表現はなかったという。要するに、一応祝意は表したが、形式だけ。今の中朝関係の冷え込みを象徴している。

 

核・ミサイルを後ろ盾にした恫喝外交は、完全に裏目に出た。周辺国は、すでに金正日時代からの恫喝外交を“学習”し、簡単に見返りを出す過ちは繰り返さない。金正日外交の真似は通じないのである。ただ、金正日には中国を怒らせてはまずいという、幾分の自制心があったような気がするが、金正恩は政治・外交的配慮もなく、ひたすら恫喝だけ、うわべの真似をしたことで、これまで以上に孤立を深めたということだ。

 

突然、最側近を韓国へ

 

ここまで書いてきたら、「金正恩の最側近が電撃訪韓!」というニュースが飛び込んできた。仁川アジア大会の閉会式に出席という名目だ。顔ぶれは、事実上のナンバー2、黄炳瑞・人民軍総政治局長、崔竜海・国家体育指導委員長、金養建・労働党統一戦線部長…というのだから豪華なものだ。

 

韓国のメディアは、「これだけの顔ぶれが一度に訪韓したのは初めて」といずれも一面トップ。韓国政府は、金寛鎮・国家安保室長、柳吉在・統一相が仁川に送って昼食会で歓待。この後の会談では、金養建が「この機会が北南関係を深める良い機会になることを願う」と、関係改善への意欲を表明。韓国側が8月から繰り返し提案してきた南北高官会談を受け入れ、10月末か11月初めに開くことで合意した。

 

手のひらを返すとはこのことだ。北朝鮮は、これまで高官会談の提案を拒否しただけでなく、米韓軍事演習を非難、朴槿恵大統領に対しても「事大売国奴」「万古逆賊」「一刻も早く除去を」(9.27北朝鮮国防委員会)と面罵するなど、対韓非難を続けてきた。それが一転、関係改善に打って出てきたのだから驚きだ。

 

びっくりショーは常とう手段

 

それだけに、韓国政府はこの動きを大歓迎したようで、さっそく南北関係責任者との会談をセット、これとは別に、鄭烘原首相も会談、閉会式には並んで出席、選手らに拍手送った。朴槿恵大統領も、青瓦台で会うとの意向を伝えたが、北朝鮮側は「時間がない」とやんわり断り、大統領には冷や水をかけた格好だ。例の揺さぶり、離間策だ。それにもかかわらず、韓国政府は高価な「紅参」を土産に持たせた。

 

韓国側の大歓迎は、南北関係を何とかしたいという思惑や、このところ日朝が盛んに接触していることへの焦りもありそうだ。そうした絶妙なタイミングでの3人もの北朝鮮要人が来て交流再開を約束、韓国はうれしさを隠しきれないとみえる。

 

まずは相手の提案を無視してじらし、時を見て逆提案をして恩を売る。さらに、関係改善に積極的なのはわが方と内外に宣伝。韓国に揺さぶりをかけ、南北関係の主導権を握り、ほしいものを獲得する。北朝鮮の常とう手段だ。今のところは、北朝鮮の思惑通りに進んでいる。

 

この背景には、もちろん北朝鮮外交の八方塞がり、何とか風穴を開けたいという狙いがある。中国との関係は冷え切って、改善の兆しはない。日朝関係では、拉致などをきっかけに交渉が始まったが、日本からは思うような見返りは出てきそうもない。米国も軟化する様子は見えない。そこで目を付けたのが韓国だ。ここまでじらしてきた。与し易し。米韓合同軍事演習が終わるのを見ていたのだろう。

 

金正恩の健在も誇示?

 

また、日韓のメディアをにぎわせている金正恩の病気説に水をかける狙いもありそうだ。これだけの顔ぶれを訪韓させられるのは最高指導者しかいない。しかも、金正恩の専用機を使わせ、これまでに見たことがない私服、サングラスのボディガードまで付けた。足に支障はあっても、決断すべきはきちんと決断する。国家運営には何の支障もない。というわけだ。

 

果たしてどうなるか。これまで、北朝鮮は一方的にカネ、モノをもらうなど利益があることには応じてきたが、離散家族再会など、「韓国の風」が入り込み、独裁に悪影響を及ぼす交流は渋ってきた。金正日時代のような対韓政策を繰り返すなら、長続きはしないはずだ。恫喝以外の外交ができるか、“真似”を飛び越えた外交戦術に踏み切れるか。

 

同時に韓国の対応も試されている。

更新日:2022年6月24日