やはり人材不足か
岡林  弘志
(2014.04.27)

 

    北朝鮮はついこの間、韓国に大げさに対話を呼びかけたと思ったら、もう韓国大統領を口汚くののしるなど、相変わらずの恫喝、こわもて外交に戻ってしまった。その上、偵察用と思われる無人機を青瓦台上空などに飛ばした。対話攻勢が米韓軍事演習をやめさせるのが狙いだったとすれば、やり方が拙劣だ。先に、新代議員による最高人民会議が開かれ、新しい人事も行われたが、やはり人材不足なのか。

 

    「無人機はでっちあげだ!」

 

    「われわれとまったく関係ない無人機事件まででっち上げ、反共和国の謀略宣伝と誹謗中傷に一層狂奔している」(4・14、祖国平和統一委員会)北朝鮮のいつもの「謀略説」だ。対韓国の窓口機関であるこの組織は、このところ韓国内に墜落した無人機をはじめ、韓国側の言動を取り上げ、「せっかくこっちが対話しようと言っているのに許せない」という調子で激しい非難を繰り返している。

 

    見つかった無人機は3機。ソウル近郊(京畿道坡州)、西海岸の白翎島、そして東海岸近くの江原道三陟で、3月下旬から4月初めにかけて、相次いで見つかった。三陟の1機は、近くの住民が「昨年10月4日に見た」という。坡州の1機、長さ143センチ、幅192センチ、重さ15キロ。他は少しずつ異なる。他の2機も大体同じ大きさ。

 

    韓国国防省によると、いずれも、平均高度1・4キロ、時速100~120キロ前後のため、レーダーでは捉えられず、それ以前には、まったく気付いていなかった。また、航続距離180~300キロ。各機にはニコン(D800)やキャノンのデジタルカメラを搭載してあり、ソウル近郊で見つかった無人機のカメラには、坡州市付近から青瓦台(大統領府)周辺を撮影した映像が残っていた。

 

    軍事パレードで見せびらかしたのに

 

    「北朝鮮が飛ばしたものと確実に言える状況証拠を多数識別した」「北朝鮮の仕業と確実視される」(4・11)韓国国防省は中間報告を発表した。航続距離から言っても、他の国からは飛ばすことはできないし、日本や中国が初歩的な機器でソウル上空を撮影する必要もない。ただ,精密部品などは、日米中韓それにチェコなどのものがほとんどで、レーダー捕捉ができなかったため、離陸地が特定されていない。

 

    3機とも、空中で見えにくくするため、空色のうえに雲のように白色をまだらに塗ってある。と言えば、2012年の故金日成主席の誕生日の軍事パレードを思い浮かべる。トラックに乗せられ、やはり空色に塗られた無人機が金日成広場を行進した。そのころから実用化に向けて、懸命に開発を続けてきたのだろう。

 

    韓国国防省は、発表の記者会見で、衛星利用測位システム(GPS)の解読に時間がかかることも明らかにしている。これの解析が進めば、離陸地、経路などが判明する可能性もある。このため聯合ニュースは「北朝鮮のものとする決定的な証拠を見つけることができなかった」(4・11)と解説した。

 

    「第二の『天安』の邪心」

 

    この発表や韓国内の報道から3日後、北朝鮮が出したのが、祖平統の冒頭の発表だ。「ちゃんとした証拠がないなら、韓国のでっち上げでいける」と判断したのだろう。「真相公開状」と名付けられている。同じ日に国防委員会の「検閲団」は南北共同調査を要求した。

 

    「第2の天安号を捏造する邪心を示した」というわけだ。2010年3月、韓国の哨戒艦「天安」が黄海のNLL(北方限界線)近くで爆沈、軍民の合同調査団(米韓英豪など)は、近くで見つかった北朝鮮製の特徴を持つ魚雷の残骸などから、北朝鮮の犯行と断定した。

 

    この時も、北朝鮮は決定的証拠がないとみて、韓国のでっち上げと、韓国を非難し、今日に至っている。今回も、同じ手が使えると判断したのだろう。もっとも、北のものと認めれば、明らかな領空違反、軍事挑発で、韓国に謝罪しなければならない。

 

    しかし、「しっぽ」も出している。朝鮮日報(4・16)によると、金正恩第一書記が昨年3月部隊視察をした際の写真に、今回墜落した無人機と同じ形の翼が映っていたという。この部隊は人民軍1501部隊、「北朝鮮の対韓国工作機関『偵察総局』傘下にあり、これまで韓国潜入用の半潜水艇などを製造・運用してきた」。

 

    写真は、金正恩が関係者から説明を受けている場面で、「左下に空色に塗った上から白で雲の模様を描いた翼のような物体が映っており」、国防関係者が「坡州、三陟に墜落した無人機の翼と、色はもちろん折れ曲がった翼端部分の角度までまったく同じ」と説明している。もちろん、これで北朝鮮が「参った」とは言わないだろうが、状況証拠はまた増えた。

 

    3カ月前「敵対」を中止と言ったのに

 

    それにしても、北朝鮮の1月16日の韓国に対する「重大提案」何だったのか。「誹謗中傷、軍事的敵対行為を全面中止」し、「我々は実践的行動を先に見せる」と声高に宣言した。ところが、無人機はその後も飛ばしている。昨年秋にも飛ばしたが、韓国で騒ぎが起こらなかったので、バレないと高をくくったようだ。

 

    また、朴槿恵大統領が、ドイツ訪問中に南北統一の基盤を作るため、北のインフラ整備、住民同士の交流拡大などの構想を発表する(3・28)と、呼び捨てにし「チマをはいて、いたずらに年をとって下品になった」(4・1労働新聞)などと、それこそ下品な表現で悪口の言い放題。

 

    1・16提案では、同時に韓国に対して2月からの恒例の米韓軍事演習を中止するよう求めていた。それが主な目的としたら、呼びかけが大げさだ。それに、核実験やミサイル発射をしておいて、急に対話攻勢に出れば、米韓演習を止められると思っているなら、あまりに甘い。

 

    米韓演習中止はとりあえず言及しておくべきということで、本気に対話・交流をしたいのなら、もっとそのための雰囲気作り、要するに信頼醸成に努めるべきだろう。どうもその後の罵詈雑言を聞くと、そうでもないらしい。どう見ても中途半端だ。

 

    前線に戦闘機パイロットがいない!

 

    「敵が連合上陸訓練、空中訓練を行って、情勢を戦争の瀬戸際に追い込み、朝鮮半島の平和を脅かしている」(4・15)。金正恩は、平壌で開かれた人民軍飛行士大会で、米韓合同軍事訓練を非難した。この大会は、初めて行われたもので、「全軍のすべての飛行士が参加した歴史的な大会合」だそうだ。

 

    「戦争の瀬戸際」という米韓演習が行われている最中に、すべての軍用機のパイロットを平壌に集め、前線基地も空っぽにして大丈夫なのか。人ごとながら気になるが、どうも金正恩の考えは違うらしい。

 

    「朝鮮半島の南の空が帝国主義のオオバエの群れで覆われている情勢下で、全軍の飛行士を平壌に呼んで大会を開くことは、われわれの度胸と胆力、気概の勝利」なのだそうだ。「勇敢な飛行士らの精神世界が敵を圧倒している」からだ。

 

    「敵は武器万能論、我々は精神万能論」「思想が強ければ打ち勝てない敵はいない」(金正恩)。要するに「領袖決死擁護」の精神がしっかりしていれば、何も恐れることはないというのだろうが、「精神」だけで戦争に勝てれば何の苦労もいらない。

 

    実際は米韓が攻めてくることはないと高をくくっているのではないか。「飛行士大会」の翌日には、参加者全員を招いて、美女をそろえた牡丹峰楽団の公演を見物させた。金正恩も夫人同伴で顔を見せ、盛んに拍手をしていた。

 

    「天安」の時も韓国は何の仕返しもしなかった。このところの米国を見ていると、軍事力行使をする余裕はない。人民には「今にも米韓が攻めてくるぞ」と緊張を強いていて、実は何の危機感も持っていない。そういえば、昨年9月にも、北朝鮮は「ワシントンを火の海に」と「戦争前夜」をあおっておいて、金正恩は米国の元プロバスケのロッドマン選手を招いて、バスケの試合を楽しんでいた。

 

    核実験場はあわただしく

 

    米韓演習をその程度に見ているなら、1月の「南北関係改善宣言」を実行に移せばいい。しかし、反対に関係を険しくするための言動をつづけている。つい最近も、北東部の豊渓里核実験場で、しきりに資材を動かしたり、車両を増やしたりして、「実験前夜」を演出している。これは、オバマ大統領の訪日、訪韓(4・25‐26)をにらんでの陽動作戦に見える

 

    どうもこのところの北朝鮮の動きは、見え透いている。日本や韓国から見ていて、「こんなことだろう」と推測出来てしまう。それに、戦闘機のパイロットを前線から引き上げたと思えば、核実験場は「実験前夜」を演出するなど、やることがちぐはぐだ。かつて北朝鮮は「周辺国や大国を手玉にとって」とも言われたことがあったが、どうも最近、意外性がなく、見透かされている。

 

    そうした対外政策に金正恩も載せられているのか。あるいは、金正恩自身が単純な発想しか持ち合わせていないのか。行き当たりばったりなのか。ゲーム感覚なのか。周辺に知恵者がいなくなったのか。

 

    張成沢人脈が残る

 

    北の指導部の陣容を垣間見る大きな機会である、選挙後の最高人民会議が開かれた(4・9)。代議員687人のうち、53%が入れ替わったようだ。金正恩側近と目される名前も何人か新たに加わった。

 

    しかし、金永南・最高人民会議常任委員長、経済を担当する朴奉珠首相、金養建書記、崔富一人民保安部長らは再任された。この中には、86歳になる高齢者、粛清された張成沢人脈といわれる顔ぶれも残り、大ナタを振るうところまではいかなかったようだ。

 

    日韓のメディアの中には、「安定」を目指したためという解説も多かった。そう解釈もできるが、張成沢人脈を根こそぎにしたら、体制運営に支障をきたすのではないか。かつて張成沢や崔龍海軍総政治局長らも中央から排除されたことがあるが、2、3年すると復活した。次から次へ人材が輩出というわけにはいかない。有能と思われる人材を抹殺するわけにはいかない。

 

    代議員より妹の登場が話題に

 

    今回の最高人民会議の選挙で目を引いたのは、金正恩の妹の金ヨジョン(朝鮮中央通信は初めて中国語版で「予正」と表記した)だった。どうも代議員にはならなかったようだが、朝鮮中央テレビなどが初めて「労働党中央委員会責任イルクン(活動家)」という肩書を付け、投票する姿を報道した。

 

    金ヨジョンの年齢などは報じなかったが、1987年生まれ、27歳のようだ。「兄弟の中で一番頭がいい」ともいわれ、兄二人とともにスイスに留学、英語やフランス語ができるらしい。労働党組織指導部か宣伝扇動部の副部長クラスと推測され、身内として金正恩を支えるのだろう。後見役と言われた叔母の金慶姫は病気で、夫の張成沢が処刑されたこともあり、代議員を外れた。その穴埋めの意味もありそうだ。

 

    結局、いつもの揺さぶりか

 

    最高人民会議関連では、画期的というほどの目新しい人事にはならなかったようだ。それが、このところの対外政策にも反映されているのではないか。もともと、独裁体制の外交は、強面や恫喝なしには成り立たない。すでにそうした外交を展開して60余年。考えられる手法は出尽くしたか。

 

    北朝鮮が画期的と自賛した緊張緩和・交流・対話促進の「重大提案」も、「毎度おなじみの」揺さぶり戦術に終わるのか。

更新日:2022年6月24日